角笛の音に反応した姿から、聴覚は正常だと判断。狂竜化は幻聴までは起こさないようだ。考えたらケチャワチャの幻覚は一切音を立ててなかった気がする。自信はないが。まあ、幻聴はないからなんだって話だが。
余計な分析をしながら現状を認識する。
しっかりと見据えられている。なんとなく確信できた。ジンオウガは幻覚を見ていない。角笛を吹いていた俺を見ている。
とりあえずこちらに引き付けることは出来そうだ。後は、回避を頑張るのみ。
小細工といったが、今から狙う行動は小細工要素が薄い。
狂竜症の暴走状態と、天空山の立地を利用した作戦だ。内容は至極単純。崖際で突進誘発。そして突進を回避、ジンオウガは崖から落ちる。
暴走状態ならまともにものを考えれない。ただ攻撃するのみだ。崖は天空山には沢山ある。浮いているかのような足場ばかりなのだ。岩や蔦、根などが絡まってできたような土地。落とせる場所はいっぱいだ。
ジンオウガに翼はない。落ちれば勝負ありだろう。
問題は、突進をしてくれるか。そしてその突進を俺が回避出来るか、突進後その勢いのまま落ちてくれるか、だ。
ジンオウガは身体を軽く屈め、前の両脚に力を込めた。飛び掛かってくる───
ゲームと同じ予備動作から、飛びかかりとあたりをつけた。ならば避けるとしたら、ジンオウガに向かって左だ。突進とは違ったが、飛びかかりでも落ちてくれるならそれでいい。───って速っ。
想像よりもはるかに上回る速度で飛び掛かってくるジンオウガ。あらかじめ左側に跳ぶと決めていたから咄嗟に避けることが出来た。背後に着地する音。
──────落ちていない。
そのことに落胆する余裕もない。みっともなくもバタバタと手足を動かしてその場から動き振り向けば、目の前に切断された尻尾の断面が、轟音とともに地面の岩盤に叩き付けられるのが見えた。
身体から脂汗が滲み出る。尻尾が斬り落とされていなければ、今ので終わっていた。
安堵と同時にハンマーを構える。
落ちなかったのであれば、作戦その2へ移行だ。
そのためにも、纏う雷が危険だが少しばかり応戦しないといけない。
背中が特に雷を纏っている。次点で前脚だ。狙えるとしたら頭。頭も身体に纏う雷が迸っているが、他の部位よりましだ。案外なんともなく叩けるかもしれない。
振り向きに合わせてハンマーを叩き付ける。フルスイングなど狙わない。踏み込んで身体を捻り、斜めからの叩き付け。
「そぉぉい!」
気合いの掛け声と共に、ジンオウガの頭部へ当たり、爆発が起きた。ガンハンマーによる火薬の炸裂。
その衝撃により、わずかにジンオウガが怯んだ。痛みに鈍いが、視界に入る攻撃は、それも爆発が伴う攻撃は無視できず認識してしまうのだろう。徹甲榴弾の時のように。
しかし、今更ながら自分でも何でこんな間抜けな掛け声がしっくりくるのだろうか。憑依する前までは、こんな掛け声を出したことはなかったのに。
余計な考えに気が回る余裕があるのか、それともただ単に集中力がないのか、自分でもさっぱりだ。
どちらにしろ、目の前のことに集中しなくては。追撃か、退避か。
「────! やっば!!」
見えた光景から、退避を即座に選んだ。
ジンオウガの身体がより一層青白く輝きだしたのだ。バチバチと音を立てながら。イーオス達や、筆頭ハンター達に放った放電が来る。
放電が行われる前に、この小さな足場から逃げなくてはいけない。
背後からバチバチ音がどんどんと激しくなっていく。振り向くことなどせず、前にある別の岩盤による足場に跳躍した瞬間───────ジンオウガの身体から放電が、電撃が放たれ、その電撃のほとんどが特定の場所へ誘導されていった。
爆雷針。それを岩盤を繋げていた蔦や根に、設置しておいたのだ。
悪天候時にしか本来は使えないアイテム。避雷針を攻撃に使っているようなものと考えて、今回使えるかもと持ってきていたアイテムだ。もっとも、雷を扱うジンオウガに雷でダメージを与えれるとは思っていなかった。だから、足場を破壊することにしたのだ。
崖から落ちてくれないなら、足場ごと落とせばいいじゃない。
天空山の不安定な足場だからこそ出来る強引な方法。狙い通り、蔦や根を、誘導した雷が焼き切った。傾いていく岩盤。一部がバランスを崩したためか、頭上から石がどんどんと降ってくる。もしかしたら他の足場にまで影響があったかもしれない。ちょっと不安になってきた。
それに。別の足場に移動したにも関わらず、激しい揺れが襲う。この足場も危険かもしれない。そう思いさらに移動。
一方のジンオウガは突然の地面の傾きなど気にせず相変わらずの放電を行っている。もう爆雷針は役割を果たしたからか、使い捨てだったためか、雷を誘導はしていない。それゆえに、別の蔦までも雷が襲う。
────もう落ちるのも時間の問題だ。
そう思ったのもつかの間、ジンオウガは岩盤ごと落ちていった。
ちゃんとした狩猟とは言い難い結果だが、充分な成果だろう。大金星と言ってもいい。
どうにか作戦通り行けたことに安堵のため息をついた。それに今回は、見逃すことなく倒せたのだ。イマイチ実感のわかないやり方だったけど。
「旦那さーん!」
「おお、ネコ太郎! どやぁ!」
「本当に旦那さんなのニャ!? 実はニセモノなんじゃないかニャ!?」
「旦那って呼ぶ割に本当に扱い酷いよな」
もっとこう、尊敬の眼差しを寄越してくれてもいいと思う。ニコを見習え。ニコはなんでか異様にアカリを尊敬の眼差しで見ているぞ。たぶん。
「二人は?」
「まだ身体が痺れているみたいだニャ。傷はなかったケド、念のためウチケシの実を食べてもらったニャ」
「なるほど。ネコ太郎も念のためウチケシの実食べとけ。俺も食べとこ」
傷はないにしても、長時間ここにいれば感染してしまうかもしれない。この灰色の景色がなくならない限り。
ウチケシの実と思われるナニカを取りだし、目をつぶりながら食べようとしたが、突然の地面の揺れで思わず落としてしまった。
地面が、というよりは岩盤が揺れた。
「な、なんだニャ!?」
遠くから、何かがきしむ音と、何かが弾ける音が聞こえる。
バチバチと音が聞こえる。
音がどんどんと大きくなり、巨体が俺たちのいる岩盤に着地する大きな音が聞こえた。
「今だけは幻覚であってほしいんだけど……」
「ボクも幻覚に感じてしまうニャ……」
青白い輝きを放った、ボロボロの姿のジンオウガが、再びその姿を現した。
落ちずに復帰してくるなんて想定外だ。落ちていく岩盤から跳んで蔦に、そしてここまで戻ってきたのか。なんであれ───
「逃がす気なさそうな感じがするんだけど……」
「何かさっきみたいな作戦はないかニャ……」
「思いつかない」
さっきのは咄嗟のアイデアにしてはかなりいけてると思ったのに。
もはや小細工なしでやるしかない。ハンマーを構え、両手に力を込めた。正直、勝てる気がしてない。
「団長に後で怒られるなこれ。戦うなって言われてたのに」
「たくさん怒られたらいいんだニャ」
無事に切り抜けられたらの話、その通りにならないかと願掛けのつもりで言った。ネコ太郎もノってくれたことだ。怒られるために、なんとか頑張ろう。
戦う気持ちが固まるのを待ってくれてたわけではないだろうが、特に何もしてこなかったジンオウガにほっこり。調子を整えるように、首をゆっくり回していた。狂竜化していても、本人にとってはいつも通りな感覚なのだ。狂竜症被害者の会の会員である俺が言うのだ。間違いない。
とにかく回避重視、無理に攻めない。幻覚で変なことするまではその方向だ。方針を固めたとき、ジンオウガの身体が一瞬ブレたように見えた。そして至近距離まで近づかれた。
速すぎだ───
俺の左右に両前脚を圧迫感を与えるように突きだし、なかば滑りながらの接近。
ただの接近? 攻撃? わかんねぇ!
判断がつかないことと、圧迫感から萎縮して固まってしまった。
避ける専念のつもりなのに、そもそもどこに避ければいいんだ。前は無理だ。横はつき出された前脚が怖い。後ろ? 距離をとるためにも後ろか?
ジンオウガの右前脚がブレた。
後退して距離を───
威圧感からか、膝に思ったように力が入らず、後ろに行くどころか前に崩れてしまった。近づく地面。このまま倒れてやられるなんて、ひどすぎる。咄嗟にせめてと、身体を回し前転。
そして、背後の地面が抉られた。
後ろに逃げていたら終わっていた。初撃を避けれて身体から堅さが抜けていく。
続いて二撃目、左前脚が雷を纏いながら襲いくる。
身を屈めながら地を蹴り、すぐ体勢を戻すため前転での回避。そして背後の轟音。
ここに来てようやくまともな回避行動だわ。
自画自賛しながら三撃目を待ち構える。回避のコツはわかった。前へコロリンだ。無双の狩人という異名を持つジンオウガに、後ろに逃げるなど獲物同然。前に進めば案外避けれる。
前脚に注視していると───目の前を切断されて短くなった尻尾が通りすぎていった。ジンオウガの尻尾の薙ぎ払い上げ。
前脚の動きしか頭になくて反応が出来なかった。前に進んでいたらやられていた。尻尾が残っていてもやられていた。もしもの想像をしてゾッとする。
薙ぎ払う勢いをそのままに、ジンオウガは跳び上がる。着地の時が狙い目だと思うが、頭だけがわかっていても、身体はすぐに攻撃に転じれない。
「後ろに跳べ!」
突然聞こえてきたリーダーの声に従い後ろに跳んだ。もう痺れが収まったのだろうか、などと考えることも出来ずにその通りに動いた。
距離を取りながら見ると、ジンオウガの着地にあわせて、その背中にボウガンの弾が撃ち込まれた。弾から何かがバラけて弾み、弾んだモノに背中の電撃があたり───連鎖的な爆発が起きて背を巻き込む。あれは───拡散弾?
「電撃が強力なら、その元を断てばいい!」
リーダーがジンオウガに双剣を、斬りかかったというより当てて高く跳び上がり、背を薙ぐように斬撃を浴びせた。今の攻撃は肉や鱗を斬った音はしなかったが、ジンオウガの毛を幾本か斬った。
また俺の見てるモンスターがハゲに近づいた────
一種の呪いなのでは、と思っている最中、リーダーが地面に華麗に着地。
「書記官殿との約束をしっかり守りたかったが……すまなかったな。だがもう大丈夫だ」
「お、おお……って前! 前!」
新たな乱入者、もとい戦線復帰してきた者にジンオウガはその爪を振るう。
しかしその攻撃は明らかに遅くなっていた。
その前脚を掻い潜りながら、前回より遥かに深く刃を入れた反撃が決まる。激しい出血。しかし気にする素振りは見せない。
「電撃が弱くなってるニャ!」
だがネコ太郎の言う通り、電撃が弱くなった。スピードも落ちている。
その間にも撃ち込まれ続けるボウガン。その弾は全て背にあたり、幾度となく爆発を起こす。背中への執拗な攻撃。あれはジンオウガに対してではなく───
「背中の雷光虫を……」
ジンオウガがチャージで集めていた光、雷の力の源を確実に削いでいく。今まで身体から溢れでていた電撃もなりを潜め、ただ傷だらけの姿を晒す。
「ジンオウガの鱗を削ぐ!」
そんな魚の鱗を落とすみたいな。そんな能天気な感想が頭から出てきた。
ひとり変なことを考えている間に、リーダーとジンオウガが肉迫する。前よりも深く距離を詰めて。
今までと立ち回りが大きく異なる動き。今まではジンオウガの前脚の外側、ジンオウガの顔と自身の間に前脚がくるような立ち位置だった。
今は内側へ、正面に対峙する位置。いくら遅くなっているとはいえ、危険な位置だ。その立ち位置のまま、ジンオウガの猛攻をしのぎ、さらにさらに深く距離を詰める。もはや触れている距離。その距離で、下から上に、斬撃を放った。狙いは胸。
胸って結構硬くなかったっけ?
そんなことを思う俺を他所に、双剣は振り切られた。そして舞う数枚の、鱗。
マジで鱗削いだけど、筆頭ハンターでも数枚が限度なのか。戦況の変化としては微々たるものに感じた。
鱗を削いだリーダーは、迫るジンオウガの身体を蹴って離れた。その直後にボウガンの撃ち出す音。そういえば、いつの間にかボウガンの音は止んでいた。今度の射撃は単発ではなく、連射。そして狙いは背中ではなく───たった今、鱗がなくなった部位に。
何発も弾は撃ち込まれる。撃ち込まれた弾は吸い込まれるように、鱗がなくなった体皮を貫通し、体内に入っていく。その事を気にする素振りもなく、離れたリーダーに向かって走り出すジンオウガ。
走っている最中でも、弾は胸に撃ち込まれ続け──────
──────前のめりになるように、突然ジンオウガの動きが止まった。
「た、倒せたのかニャ……?」
ネコ太郎の不安げな声。それに対して誰も返答せず、ジンオウガを注意深く見やる。
突然動き出すことなく、ジンオウガは倒れている。今までの動きが嘘のように、その身体はボロボロで。狂竜症により無理やり動かされていたようなものだ。だが、狂竜症でももう動かせないようだ。
つまり、絶命。
「………任務、達成?」
確認するように俺も声をあげる。見てるだけの割合が多かったが、命の危険を感じまくりだった。
緊張の糸が切れてへなへなな俺を見ながらガンナーも声を出す。
「フフ……そうね。お疲れ様」
その言葉に思わず座り込む。本当に疲れたのだ。ウイルスの脅威はまだ残っているが、目先の脅威は今倒れた。
「いや、まだだ」
気が抜けていく中で、リーダーのみが何かを感じたのか、ひどく真剣な様子で告げた。
その視線はジンオウガに向けられている───
「ま、まさかまだ!?」
生きているということなのか。死んだふりなのか。
「ああ。剥ぎ取って、そして帰るまで任務達成とは言えない」
「あ、そっすか」
帰るまでが任務なようだ。
真剣なままで言うことがなんとも言えなさすぎて、さらに気が抜けていった。