村の答えとギルドの答え
ジンオウガの死骸は、持ち帰れる分だけ剥ぎ取り、残りは他のモンスターと同じく焼くことになった。
最も、剥ぎ取ったがそのほとんどは狂竜ウイルス研究のため、手元に来ないこととなる。
「ガブラスももうほとんどいないようね」
ガンナーの言葉に頷く。死肉を喰らうガブラス等への対策の焼却。そのガブラスも剥ぎ取っている間は見当たらなかった。
ガブラスの翼の音も鳴き声も聞こえない。
聞こえるのは、風の音と石が落ちる音、火の音。これくらいだ。
非常事態宣言で狩られたか、餌がほとんどなくなったから移動したか、ウイルスにやられたか。
「シナト村に戻るとしよう。ジンオウガの件、それにベースキャンプの扉の件も報告しなくてはならない」
リーダーに言われて移動を開始する。
村に戻る頃には、アカリも戻っているだろうか。シャガルマガラの存在による被害、それを止めるためにも。
天空山から遠ざかるにつれ、灰色が薄くなっていく。とはいえ完全になくならない限り、脅威は変わらずだ。
村には夕暮れ前に戻ることができた。完全に暗くなる前に戻れて良かった。夜道の吊り橋など渡りたくない。
村にはイサナ船ともう一隻、飛行船が着いていた。
「戻りました」
村の入口で集まって何やら話し込んでいる団長達に、リーダーからの帰還報告。集まっている面々は団長、お嬢、アニキに、村の長老と大僧正様。それにアカリと、何故かランサーとルーキーもいた。療養とか言ってなかっただろうか。
「おお、戻ってきたか! 無事でなにより!」
「山の様子はどうだったんじゃ!」
団長は普段通りに、長老はあわただしく聞いてくる。狂竜化ジンオウガがいたこと。狩猟したこと。そして天空山の様子を伝えると、長老はわかりやすく意気消沈した。
長年親しんできた山の変貌にショックが大きいのかもしれない。
「それと、ベースキャンプにある巨大な扉が破壊されていました」
最後に扉の件の報告。
「な、なんじゃと!? 禁足地への扉がじゃと!?」
意気消沈しては驚きのリアクションを見せる長老。その一方で大僧正様は落ち着いた様子で目を閉じて、何かを想いながら静かに呟いた。
「そうなんだね……やっぱり、禁足地に戻ってきたんだね……」
「何か知っているのですか」
その呟きにリーダーは反応した。その疑問への返答は、大僧正様からでなく、ランサーから行われた。
「ゴア・マガラだ。正確には新たに生まれ変わったゴア・マガラ、そのモンスターが禁足地にかつていた存在だと判明した」
「ゴア・マガラが……?」
ゴア・マガラが生きてたことに関して、特に団の誰も反応していない。な、なんだってー的な反応があると思ったのに、俺が寝ている間に知らされていたのだろうか。
「脱皮したゴア・マガラ……いや、眩く輝くそのモンスターは天空山に向かったという目撃情報を得られた」
「山から吹く悪しき風により、命あるものは暴れ、やがて全て死に絶えた。この村に伝わる昔話、大災害の内容だ。今の狂竜ウイルス騒ぎの状況と全く同じ、な」
ランサーの言葉を継いで、団長があの鱗を取り出しながら続けた。
「この純白の鱗は、その話に出てくる存在の物でな。この村では不吉の象徴だ。ギルドの古い文献、この村の伝承から、今回の騒動もかつての騒動も、同種によるものだと判断された」
「ギルドはこのモンスターを正式に古龍と認定し、かつて、天空山の大災害にて山の頂に現れたという昔話の中の神の名を取り、天廻龍シャガルマガラと名付けた」
ゲームだとリーダーが告げていたような内容をランサーが告げた。些細な違いがなんとはなしに気になった。
この説明はジンオウガ調査組以外にはすでにされていることなのだろう。状況把握しようと、リーダーが内容を詰めて聞く。
「古龍……シャガルマガラはなぜ天空山に再び……?」
「それはギルドも把握は出来ていない。大僧正様は何かご存じでしょうか」
「大僧正様?」
「今は大僧正の衣を着ていないから、ただの畑いじりが好きな村人だよ」
大僧正様が困り眉にして笑いながら言い、そして雰囲気を改めて自己紹介を始めた。
「衣がないため不躾な挨拶となってしまいますが、わたくしが今代大僧正を担う者。どうぞよろしくお願いします」
にこやかさ一切ない自己紹介。といってもその一言が済んだ途端普段通りにこやか青年に変わった。
「と、まあくわしい話は省くけど、そんなわけで僕がこの村の大僧正なんだ。少し前に代替わりしてね。未熟者だけど村の皆に支えられてなんとかやってるよ」
「あなたが大僧正様でしたか。それで、シャガルマガラについて何か知っているのですか」
余計な話なんてしてられないと言わんばかりのリーダー。今ならわかる。この人はただ人づきあいが苦手だから、話が目的まで一直線なのだ。
「残念だけど、僕も知っていることはないよ。だけどこの村の、大僧正として決めたことがあるんだ。ハンターの人たちからは、身勝手に思われることかもだけど」
「……聞かせてください」
リーダーが主体になって話を進めていく。その姿からまるで主人公だ。
大僧正様はにこやかな表情を消しながら、何かを思いだすかのように目を閉じて話し出す。
「この村には古くから伝わる唄があるんだ。その唄はまるで、あの古龍のことを指しているような、いや、たぶん生きている者すべてを指しているのかもしれない。光が出来れば影が出来る。生まれる一方で、死に往くものがある。死に往くものも地に還り、新たな命の息吹を待つ。そんな内容の唄でね」
この唄が基になったわけじゃないけど、この村の人たちのほとんどが、そういった考えを持っているんだ。
「えと、どういった考えか、よくわからな……あ、いえ何でもないです」
思わず言ってしまったが、注目が集まって引っ込んでしまった。ヘタレと笑うなら笑え。真面目な状況で野暮な突っ込みを入れるのはどれほど勇気がいることか。
「ははは。ごめんごめん。回りくどかったね」
大僧正様は特に気にした風でなく、またまたにこやかになった。もうずっとにこやかでいてください。
「禁足地はその名の通り、足を踏み入れることを禁じている地。だから────」
禁足地への立ち入りは、許可しない。
「このままシャガルマガラを放置しておくと言うのか!」
大僧正様の言葉に、リーダーが激昂した。
だけどその通りだ。禁足地への立ち入りを許可しないということは、シャガルマガラをそのままにしておくということだ。すでに山の命のほとんどが亡くなった。だけど、シャガルマガラがいなくなれば、再び山の命が芽吹くかもしれない。シャガルマガラを放置するということは、その可能性を摘むということだ。
「僕らは山を守り、山に守られ、そして山と共に生きていく。山が死に往くのなら、僕らはそれも自然の答えとして受け入れるつもりだよ」
「シャガルマガラによる災害が自然の答えなわけがない! 悪しき風と伝わっているのだろう!」
リーダーの怒りに対して、大僧正様は穏やかに、凛としたままだ。諦観するような答えがあるが故なのか、大僧正としての立場がそうさせるのか。
「ただそこに存在しただけで、生けるものに影響を与えた古龍。そこには悪意なんてない。その龍は、ただ、生きているだけなんだと思う。……何が悪しきで何が良しなのか、僕らにはわからない」
リーダーが何かを言おうとしたところで、ランサーが遮るように言いだす。
「リーダー、落ち着くんだ。ギルド側からも今回のことで決定したことがある」
「───っですが!」
「シャガルマガラの討伐は行わず、シナト村より住人を退避させ、以降、近隣の立ち入りを永劫に固く禁ずる……とのことだ」
シナト村だけでなく、ギルド側もそう言う答えになるなんて思わなかった。
リーダーは言葉を失ったかのように、真偽を確かめるようにランサーを凝視する。
「シャガルマガラによるウイルスの影響は、ゴア・マガラのものより大きい。被害の広さだけでなく、その症状の深刻さもだ。討伐に赴けばその者は、ウイルスの影響を確実に受けると判断した。それに……未だウイルスの影響を受けているハンターがいることから、シャガルマガラが引き起こす狂竜症は完治出来ないものという認識をしたようだ」
ランサーが一瞬俺のほうを見た。今俺に視線を寄越す意味ってあった? なんかアイコンタクト? リーダーを一緒に説得しろとか?
あ。
ウイルスの影響を未だに受けているハンターって俺のことかひょっとして。
でも俺のウイルスはゴア状態のものでは。
このまま訂正しなければ、シャガルマガラ討伐は完全になしになってしまう。そう思い声を出す。
「えと、そのハンターが俺のことなら、俺の受けたウイルスはゴアのものだし、シャガルとは関係ないかと……」
「ゴア・マガラによるウイルス、シャガルマガラによって感染したババコンガによるウイルス、そのババコンガから感染したイーオスのウイルス。君の感染経路は多すぎる。シャガルマガラが無関係とは言えない」
それ言ったらランサーもじゃないだろうか。ゴアに感染、非常事態宣言中にイーオスの攻撃を受けたって聞いたぞ。
そんなことを思っているとランサーが何かを投げ寄越してきた。それをキャッチし、何か見る。
なんか気持ち悪い虫だった。
「うわっ!?」
思わず投げ捨てる。ちょっとこのタイミングで悪戯とか意味わからない。
「……今のはウチケシの実だ」
「え……」
なんだかもう、ウチケシの実はずっと違うものに見えている気がする。そういう不意打ちはやめてほしい。
「やはりまだ、幻覚が見えているんだな……」
「ウチケシの実だけはなんかずっとそう見えてるんだよ……それ以外は普通なんだけど」
「ウチケシの実はウイルスを抑える効果がある。ウイルスがそう言った物を摂取させないようにしているかもしれないな。兎に角、君が未だ感染状態なのは今のでよくわかった……」
妙にランサーが辛そうに表情を歪ませた。
俺が完治していれば、シャガルマガラのウイルスの影響を気にせず討伐に行けたのだろうか。
「リーダーも、これでわかったろう。それにあの天空山の黒い霧はすべてウイルスによるものだそうだ。シャガルマガラの討伐に赴けば、ウイルス感染の危険度が高いだけでなく、そのウイルスの完治も難しい。仮に討伐が出来たとしても、その者は……この先幻覚と戦い続けていずれ……」
「……ですが」
「シャガルマガラの討伐に行けば、そいつの命は蝕まれる。討伐できても人身御供だな……。俺も今回ばかりは反対だ」
団長もシャガルマガラ討伐を反対した。リーダーもその言葉に納得しているのか、何も言わなくなった。
「というわけで、あとはシナト村の住民の避難をさせたいんだが」
ランサーが話を切り替えるように言いだしたが
「僕以外の住民の避難をお願いするよ」
大僧正様は避難をする気はないようだ。
先ほどの話から、受け入れることを選んでいるのだ。命より大事な考えなのだろうか。山と共に生きるというのは。
「いえ、大僧正様は避難するのじゃ。山との約束を果たすのは、儂ら老いぼれだけでよい」
長老が大僧正様に反対した。シナト村全員の考えが一致しているわけではないようだ。
ギルド側からしたら全員に避難してほしいところだと思う。
「すぐに避難しろと言うわけではありません。しばらくは準備があるでしょう。ですが数日後には強制的に避難してもらうこととなります」
村の人たちが山と生きるという考えは、村の外の人には理解できない。命を捨てるような行為を止めるためにも強制避難。そのことをランサーが告げる。
それからシナト村の人たち、団長たちが避難するしないとの話が始まった。
シャガルマガラ討伐の話は完全になくなったようだ。
そんな中、肩をちょんちょんと叩かれた。
「クライ、少し話しない?」
「いったい何の」
「少し、ね?」
そう言って、腕を掴んでアカリは引っ張りだした。質問にまともに返さずに連行とか。
引っ張る手は、あまり力が込められていなかった。