逃避の先で   作:横電池

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準備を終えて

 眠気が一切来ない。

 

 ずっと気持ちが落ち着かない。

 

 気づいたら眠っていて、いつも通りの朝を迎えてしまった。なんてことがないというのは、良いことなのか悪いことなのか、今の揺れている気持ちでは判断がつかない。

 

 ただ静かに部屋の外の音に耳を傾けていた。

 

 聞こえるのは人の話し声と、風の音。

 

 時計はないが、かなり遅い時間まで何かを話し合っているのは団長とお嬢だ。普段は真面目な雰囲気など感じさせない二人はいつも遅くまで何かを決めていたのだろうか。

 

 団長は純白の鱗の持ち主を、その正体を知ってどう思っただろうか。

 

 そしてその鱗の持ち主が起こす問題を、表向きには放置するしかないことにどう考えただろうか。

 

 人身御供のようなもの。それに反対していたが、解決できるのなら解決したいと思ってそうだ。

 熱い人物なのは知っている。だけど団を預かる者として、犠牲が出る方法は選ぶのが難しいのだろう。

 

 

 お嬢はモンスターが大好きだ。そのモンスターが起こす被害についてはどう考えてるのだろう。

 

 モンスターが好きと言うが、素材などを眺めてうっとりしていたところを見たことがある。モンスター好きと言うより、モンスターを含む自然そのものを好きな感じがする。シナト村の人たちのように、モンスターも人も自然の一部という考えを持ってそうだ。ただ、表現が違うのと、受け入れるかどうかの違いがありそうだけど。

 

 あの二人が話し合うとしたら、シャガルマガラのことか、それとも次の旅の目的地についてか。

 

 純白の鱗の正体はわかったのだ。次はまた別の『未知』を探求するだろう。世界には未知が溢れていると団長は言ってた。

 

 

『その未知を暴くためにも、お前さんにはまだまだ頑張ってもらおうかな! はっは!!』

 

 

 空飛ぶイサナ船の上で言われた言葉を思いだしてしまった。

 

 ダメだ。思いだしたらダメだ。

 まだ引き返せてしまう時に、引き返したくなるようなことを思いだしてはダメだ。

 

 もうこれ以上逃げない。逃げちゃダメだ。

 この任務から逃げないと決めたのだ。

 

 頭に浮かぶ団の人たちの声を聞こえないようにするため、気分を少しでもよくするため、顔を洗いに部屋から出ることにした。二人に気づかれないように、静かに。

 

 

 

 

 

 

 

 せっかく出たのだしと思い、顔を洗いに行く前にアニキの仕事場へ足を運ぶ。

 プライドofシャドウを取りに行くために。

 

 そこには丁寧に布で包まれていた大剣があった。

 

 確認のため布の中身を少し覗く。黒と紫の妖し気な姿が見えた。

 中身は間違いなさそうなので布をほどき、その全身を露わにさせる。

 

「これは厨二心擽るダークな感じ……」

 

 刀身部には目を模したデザインが施され、鍔には髑髏。妖しげな紫の魔眼と髑髏の双眼。

 

 これは正義のヒーローが使う武器ではありませんわ。

 悪者側か、せいぜいダークヒーローだ。

 

 

『何が悪しきで何が良しなのか、僕らにはわからない』

 

 

 大僧正様の言葉が頭に浮かんだ。

 

 ただ生きているだけで災害となる龍に挑む武器に、善悪なんて考えるのはシナト村の人たちの考えを否定することに繋がるかもしれない。

 ならそういう意味では、この武器は最適かもしれない。それに、シャガルマガラに挑むゴア・マガラの大剣って運命的じゃないか。

 

 それとクライの武器が暗い武器。ふふ、しょうもな────

 

「……っとと」

 

 誰かが歩いてくる音が聞こえて身を隠した。

 

 足音の主、アカリはそのまま素通りしていく。超怖い。こんな時間まで起きてるとは意外だ。

 

 いや、あんな暴露をされたんだから、寝付けなくもなるか。

 

 

「……そろそろ行くか」

 

 

 まだ数人起きているようだが、部屋からわざわざ出てきたりはしないだろう。それに今から部屋に戻るのも不安だ。揺れる心がどう動くか、俺自身のことなのにわからないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空山への吊り橋を独り歩く。

 

 聞こえるのはやはり、風の音だけだ。生物の鳴き声など聞こえない。誰かの話し声も当然、聞こえない。

 

 まだこれで天空山へ行くのは三回目だが、思えばこんなに静かなのは初めてだ。

 

 前回も、前々回も後頭部に何故かネコ太郎がいたのだ。

 揺れが辛いからまともに動けないと言って後頭部にフィットしてきたのだ。

 

 そう考えると後頭部がスースーする。ハゲてるわけではいないが。

 

 ハゲコンガの時といい、ハゲ・マガラといい、ジンオウガの毛のそぎ落としといい、ハゲが続いているから不安になって後頭部を確認するようにぺたぺた触る。うん、髪の毛ある。

 

 考えると、天空山でなくても独りで狩場へ行くのは初めてだ。

 

 今まで誰かしらいた。

 

 クンチュウ退治にはアカリが、ドスジャギィにはルーキーが、ケチャワチャにはアカリとネコ太郎。ババコンガの時とゴア・マガラの時はネコ太郎、ジンオウガの時もネコ太郎、それと筆頭リーダーとガンナー。

 

「初のソロが古龍ってなー……」

 

 そんなことを独りぼやく。

 そろそろ吊り橋も終わり、BCが、禁足地への扉が見えてくるだろう。念のためポーチからウゾウゾしている何かを取りだし口に含み、飲み込む。

 

 ポーチにはウチケシの実しか入っていないのだ。だから大丈夫だ。

 

 

 破壊された禁足地への扉。その向こうから聞こえてくるのは風の音、そしてカラカラと音を立てて回る、風車の音。そして何故か──────

 

 

「ずいぶん遅かったニャ」

 

 

 ネコ太郎が、そこにいた。

 腰に手をやり、胸をやたらと張ったポーズでそこにいた。

 

 

「何、やってんだよ……」

 

「何って決まっているニャ。旦那さんのオトモだニャ」

 

 

 こっそり抜け出したのがバレてしまった? いや、でも村からここまでは一本道だ。吊り橋しかない。先回りなんて不可能だ。つまり俺が出発する前にすでに天空山に出発していたということだ。でもいったいなんで……

 

「……ネコ太郎、ひょっとして……迷子か?」

「どう迷えばこんなとこに来れるんだニャ……」

 

 ネコ太郎がどこか呆れたように言った。

 しかし他に考えても、この任務を知っていないと先回りは不可能だし、ランサーがいくら仲が良いからって極秘内容を事前に漏らすとは考えにくい。

 考え込む俺をよそに、ネコ太郎は軽く咳ばらいをした後大きく息を吸った。

 そして槍を掲げ高らかに言う。

 

 

「ボクは筆頭オトモだニャ! 旦那さんがいく場所にはどこまでもついていくのがオトモというものだニャ!」

 

「目の前でストーカー宣言が来るとは……」

 

「プライベートには干渉したりしないニャ。でも、ハンターとしてどこかへ行くのなら、オトモをしなくちゃ筆頭オトモの名折れだニャ!」

 

「……どこ行こうとしてるか、知ってんのか?」

 

「……知っているニャ……旦那さんを探しに村中歩いていたら、師の声が聞こえてきて……聞いてしまったんだニャ」

 

 

 知っていてついて来ようとするのか。

 アイルーが感染するとは聞いたことはないが、生物はすべて感染すると思っていたほうがいい。ネコ太郎も来てはいけない場所だ。

 

 

「まぁ、村の中で話してたしなぁ。聞こえちゃうこともあるか……でも、聞いたんなら知ってるだろ? 俺が今からやる任務ってあれなんだよ。内緒なんだよ」

 

「極秘の任務だニャ……それも、シャガルマガラを討伐だニャ」

 

 

 内容までばっちり聞かれていたようだ。

 任務の内容も間違いない。かまかけを警戒して言葉をふわふわにしてみたけど、ただ頭悪そうな雰囲気を出してしまっただけだった。

 

 

「そこまで知ってるなら……ネコ太郎は村に戻れ。極秘任務だから誰にも言っちゃダメだからな」

 

「旦那さんが戻らないならボクも戻らないニャ」

 

「行けば確実に感染するんだ。俺はもう感染しているから選ばれたんだよ……ネコ太郎はダメだ。まだ戻れる。この任務は俺ひとりでやれって内容なんだよ」

 

 

 村に戻るよう諭すも、素直に戻ってくれない。筆頭オトモって言うくらいなら旦那さんの言葉に従ってほしいところである。

 

 

「旦那さんひとりじゃまず無理だニャ。それに、ボクは言ったはずだニャ」

 

 

 どう説得しようか悩んでいる俺を真っ直ぐ見つめながら、ネコ太郎はまず俺ひとりじゃ無理だと否定しだした。たいした信頼である。ランサーにも無理と言われたし、やっぱり師弟な感じでもある。

 そんなことを思いながらも、その間にネコ太郎の言葉は続く。それは力強く、そして譲る気が一切ないという気概が伝わるような言い方だった。

 

 

「旦那さんが変になったら、必ず無理やり口にウチケシの実を突っ込んでやるって、言ったはずだニャ! その言葉を嘘にしないためにも、絶対についていくニャ!」

 

 

 確かに言われた。

 だけど、それはジンオウガの前に言われたことだ。そして確かに口に思いっきり突っ込まれた。だからもうその言葉は達成されたはずだ。期限は言ってなかったが、それで充分じゃないか。

 

 ネコ太郎は置いていくべきだ。今すぐにでも村に返すべきだ。

 

 

「……ついていったら、感染するんだぞ。古龍が撒くウイルスに……それに……古龍相手だ。ウイルスなんて関係なく死ぬ可能性の方が、高い……」

 

「その可能性を減らすためにも、ボクがオトモするんだニャ」

 

「……勝ててもウイルスに蝕まれる」

 

「生き延びたら療養をがんばるんだニャ。そうすれば、絶対に治るはずだニャ」

 

 

 気休めなどではない。本気でそう信じていると感じれた。だからといって、つれていくわけにはいかないのに

 

 

「後でやっぱり帰るって言っても無駄だからな……!」

 

 

 つれていくことを選んだ。

 

 

「帰る時は旦那さんも一緒だニャ!」

 

 

 こんな毛むくじゃらがついてきてくれることが、思いの外嬉しく感じる。きっとこれはアニマルセラピーだ。訳のわからないことを考えながら、込み上げてくる気持ちを誤魔化した。

 

「それじゃこれ渡しとくわ」

 

 そう言ってウチケシの実しかはいっていないポーチをまるごと渡す。

 俺が持ってなくても大丈夫だろう。必ず口に突っ込んでくれるのだ。無理矢理。なら全部渡しておく。このまま持っていては、いつか幻覚を見て全て捨てかねない。

 

「じゃあボクはこれを渡すニャ」

 

 なんでプレゼント交換みたいになってるんだ。

 

 頭に浮かんだ言葉は、以前のゴア戦と同じ言葉だった。その時いたルーキーは今はいないが、同じ流れになんとなく安心感を覚える。

 

「閃光玉と、こやし玉?」

「ウチケシの実以外に何がいるかわからなかったから、便利そうなものを選んだんだニャ」

 

 風がよく吹くこの地帯でこやし玉とかテロかよ。

 

 まあ拘束攻撃から逃れるときに使えるか。閃光玉も使えるものだ。

 ゴアと違って目があるのだ。シャガルマガラは。

 

 ……そうか、目が今までなかったんだ。

 

 ということは、あのマガラにとっては初の顔合わせ? になるのだろうか。もう俺にとっては三度目の邂逅になるというのに。

 

 だからなんだという話だが、それなら────

 

「自己紹介、しないとな────あガァ!?」

 

 勢いよくウチケシの実を口に突っ込まれた。

 

「別におかしくなったわけじゃねぇから!」

「突然自己紹介しないと、なんて言うのはジュウブンおかしいニャ……」

 

 ネコ太郎のウチケシ突っ込み判定は厳しいようだ。

 

 なんだかグダグダな空気になってしまいそうだ。おかげで肩の力が抜けていく。

 これから天空山の、シナト村の存続を賭けた戦いに赴くというのにこの空気。なんだか笑えてしまった。突然笑い出したことに、またまたウチケシ判定が来たのがアレだけど。

 

「あー、顎いてぇ……」

「ボクは悪くないニャ」

「真っ先に自分の身の潔白を主張するとはこやつ……」

 

 まずは心配とかしようぜ。そして次回から優しくウチケシの実を突っ込もうぜ。

 

「なんだかいつも通りな感じになってきたし、それじゃ…………行くか」

 

 このままいつも通りな雰囲気で挑もうと思ったが、案外難しい。

 

「あ、ネコ太郎」

「なんだニャ?」

「後頭部にフィットしててくれ」

「訳がわからないニャ……」

 

 別にもふりたい訳ではない。ネコ太郎の毛並みが恋しい訳でもない。

 だけどこのことは譲れない。

 

「幻覚を見てお前に斬りかかるかも知れないからさ」

「…………」

 

 イーオス達のように同士討ちをする可能性がある。ウチケシの実を突っ込んでもらってるが、向かってくるネコ太郎をモンスターか何かに見えてしまえば……結果はあまりいいものにはならないだろう。

 

「それに後頭部からなら口に突っ込むときも、勢いはソフトになってそうだしな!」

「……わかったニャ! ボクの腕力をフルに発揮するニャ!」

「こいつぅ……!!」

 

 そんなやり取りをして後頭部にフィットするネコ太郎。小声でパイルダーオンと呟いた俺は悪くない。

 

 頭にネコをのせた姿のまま、禁足地への扉をくぐる。

 

 ふざけた格好かもしれないが、大真面目だ。

 

 

 

 

「それじゃ今度こそ……行くか!!」

 

「ニャ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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