逃避の先で   作:横電池

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まるで真逆の存在

 シナト村にある伝承に、風車の話がある。

 村についたときに長老が言ってた話だ。

 

 山に黒い風が吹き荒れた時、勢いよく回って危機を伝えたというお話。

 

「これが当時の風車なのかもな」

「あちこちにいっぱいだニャー」

 

 禁足地への道中、そこら中に風車が置いてあるのだ。

 

 禁足地は、あの扉の向こうは村の人たちも足を踏み入れない場所。

 つまりこの風車は、大昔のシャガルマガラが訪れた時に置かれたものなのだろう。

 

「何を思ってこんなに風車を置いたんだろな」

「危機を伝えやすくするためじゃないかニャ?」

「どーだろなー」

 

 禁足地への扉を閉じる前からある風車。危機を伝えてくれた風車を、災害の主とともに扉の向こうへ閉ざすものだろうか。

 

「案外、風車を見せて楽しませるためだったりしてな」

 

 シャガルマガラになって、ようやく視覚が生まれたのだ。目に映る光景はどれも新鮮だったのかもしれない。それはまるで赤子のように、なんにでも興味があって。そんな龍を楽しませるために……

 

「なんて、妄想しかできないけどなー。当時のことなんて」

 

 当時の想いも、状況も、よく知らない。ただ伝わっているのは、聞いているのは、風車が危機を教えた。あとは禁足地を守るようになった。それだけだ。村の外部の者だから、本当は他にもあるかもしれないけど。

 

「あんまり狩猟する相手の心情を想像しない方がいいと思うニャ」

「アカリみたいなこと言いだしたなぁ」

 

 相手に情がでて、肝心な時に動けなくなることを危惧されているのだろうか。

 だけど今回ばかりはその心配は杞憂だ。色々と覚悟は決まっているつもりだ。

 

「大丈夫だ。この任務で英雄になるって決めたからな。相手がどんな心情だろうと、それを真っ直ぐ受け止めて、偉業を達成してやんよ」

 

 どんな心情かなんてわからないけども。こうなんじゃないか、と想像くらいはしておきたい。悪しき者、と決めつけないで。

 

「それにしてもあれだなー」

「あれなのニャー」

「全然頂上見えねぇ。疲れちゃいそう」

 

 上の方が黒いから、視覚的にも見えないというのもある。だがそれより、案外道のりが長いのだ。

 

「歩いているだけでバテる英雄はどうかと思うニャ……」

「普段より頭が重いんだよ……毛むくじゃらの方が乗ってらっしゃるから……ってこんなとこにもクンチュウいんのか」

 

 本当に生息域の広い奴らである。

 古龍が出ようと沸いてくるとは。小型モンスターは古龍が出現している時はいなくなるもんじゃなかったのか。

 

「とりあえず蹴とば────シュゥ!?」

 

 後頭部のネコ太郎が口に何かを突っ込んだ。

 不意打ちすぎて驚いたが、理由がすぐにわかった。

 

 クンチュウが、見当たらない。

 

「ついさっきも食べたばっかのはずなんだけどな……わるい、助かった」

「……どういたしましてだニャ」

 

 シャガルマガラに近づいているからウイルスの濃度が濃くなっているのだろうか。明らかに症状の進行が早くなっている。

 

 かなりの数のウチケシの実は持ってきてはいる。だが、この調子だとそれもすぐに無くなってしまうかもしれない。それまでに決着を、短期決戦を目指さないといけない。

 条件はより厳しくなっているのに、絶望感を感じないのはなぜだろうか。むしろあるのは高揚感である。

 高揚感による落ち着かなさ。これも狂竜症の症状の一つだろう。好戦的な状態になるという。今だけはそれがありがたくもある。怯えて立ち止まることはない。

 

 

 少しだけ、歩く速度を早くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう随分と歩いた気がする。時間がさっぱりわからない。

 

 最初のうちは、黒い風にぼやけながらも月明かりが道を照らしてくれていた。

 

 だが今は月が全然見えない。

 辺りが黒いもやで包まれている。

 

「もうすぐ頂上みたいだニャ……」

「ああ……」

 

 ここに来るまでに、結局あれからウチケシの実を七回突っ込まれた。何もないところに幻覚が現れるのはまだいい。だが酷いときはネコ太郎がモンスターに見えた。視界の隅に見えたネコ太郎の手がクンチュウの節足に見えたのだ。超怖かった。

 もしも全身が見えていたら、きっと蹴り飛ばしていただろう。

 

 

 

 長い坂道も終わり、ようやく頂上についた。

 

 頂上の光景は、強く吹く風に揺れる白いススキ、巨大な中央の岩、離れた場所にて紅い布がはためく建造物。そして────

 

 

「黒いもやもやの塊があるんだけど、幻覚じゃないよな」

「……だニャ」

 

 

 少しずつ、その黒い靄の塊に近づく。

 

 靄の塊に吹く風が、周囲を黒く染め広げる。

 

 俺たちが近づいてくるのがわかったのだろう。いや、もっと前からわかってたのかもしれない。

 

 

「───!」

 

 

 ネコ太郎の掴む力が一瞬上がった。

 突然黒い靄の塊が散っていったからだ。

 

 散っていった理由は、その靄の中にいた龍が畳まれていた翼を勢いよく広げたからだ。

 

 

「あれが……シャガルマガラ……」

 

「ああ、随分と姿が変わっちゃったよな」

 

 

 白とも黄金とも取れるようなその姿を隠すことなく晒す龍は、広げた翼を再度畳み、静かにこちらを眺めていた。

 

 

「そんなに凝視すんなよ。テレるじゃ───ナフゥ!?」

 

 

 待ってましたといわんばかりの演出する相手に対して、恰好よくやり取りしようとしてたのにネコ太郎の容赦ないウチケシアタックである。

 

 

「別におかしくなってねぇよまだ!?」

 

「念のためだニャ」

 

 

 心配してくれるのはありがたいけど……てか心配してくれてるんだよな? ネコ太郎さんって俺への扱いひどいこと多いから逆に不安になっちゃう。

 ってそうだ。シャガルマガラにあったらまずすることを決めていたのだ。

 

 

「えっと、初めまして? っても俺はもうお前と会うの三度目だけどな」

 

 

 自己紹介である。シャガルマガラはゆっくりと歩きだす。距離は一定に開けたまま、回るように歩きだす。ずっと視線はこちらに向けて。

 

 

「……しかしあれだなぁ。本当に、前まで黒かったのに随分と変わっちゃって……新生活デビュー? 古龍デビュー?」

 

 

 思いつくままに言葉を紡ぐ。ついさっきウチケシの実を突っ込んだからか、今は突っ込んでこない。正常状態が頭おかしいやつって扱いを受けてそうだけど。

 

 

「暗い存在から明るく輝く存在になって、しかも故郷に帰れちゃって……正直羨ましいわ」

 

 

 俺はクライという存在になって、しかも故郷に帰れないのだ。まるで真逆だ。

 

 

「あれだな……お前が光で俺が闇ってなんかこう、あれだな!」

 

 

 ボキャブラリーが尽きたわけじゃない。良い言葉が思いつかなかった。

 

 羨ましいと言ったが、そんなものは八つ当たりだとわかっている。だけど言いたくもなってしまったのだ。

 

 

「ていうか無反応だなシャガル君」

 

「旦那さんは逆にずいぶんと饒舌だニャ……」

 

 

 ネコ太郎の言葉に、どこまでもシャガルマガラとは真逆のようだ。

 ただこちらを観察するように眺めているだけだ。

 

 ここまで無反応だと寂しい。一応宿命の敵って感じじゃないのだろうか、俺にとっても。シャガルマガラにとっても。

 

 

「ひょっとしてあれか。アカリが来ると思ってたのか?」

 

 

 ゴア・マガラの時のトドメはアカリが刺した。

 海上戦でもアカリがほとんど戦った。

 

 だからアカリじゃないことにリアクションに困っているとか? だとしたらあれだわ、傷つくわ。

 

 そんなことを思っていたら、シャガルマガラが突然動きを変えた。

 

 高く飛び上がり、そして滑空してくる。

 それは攻撃ではなく、ただそばを通り過ぎていって、再び高く上がり───空中でその姿を見せつけるように翼を広げて留まった。───あ、これムービーで見たやつだ。

 

 

「…………神様扱いも納得だニャ」

 

 

 ネコ太郎が小さく言ったのが聞こえた。頭にのせてなかったら聞こえないような声量だ。あのシャガルマガラの姿に呑まれたのだろうか。

 

 俺としては、神秘的とか神々しいとか、そんな感想より思い浮かぶのは腹が立つ感じだった。

 古龍デビューの自慢をされた気分だ。

 

 

「神様じゃなくてただの龍だ。自慢してくる性格の生き物だ」

 

 

 神様扱いなんてしてやるものか。それに、神様扱いしてしまえば、まるで勝てないことへの言い訳みたいだ。相討ちしてでも倒すと決めたのだ。そうしないと英雄になれないから。

 だからこそ、神様扱いはできない。

 

 樹海で戦った相手について覚えてるか怪しい感じをしつつ、輝く姿を自慢してくる古龍。その姿に、八つ当たりを遠慮なくぶつけてやる。

 

 シャガルマガラは姿勢を変えて、再び滑空してくる。

 

 ─────今度は当たる軌道だ。

 

 その軌道を避ければ勢いよくシャガルマガラは着地し、鋭い咆哮をあげた。

 負けじと怒鳴るように叫んだ。

 

 樹海で傷をつけたことを覚えていないというのなら────

 

 

「もう一度同じような傷をつけて! 無理やり思いださせてやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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