逃避の先で   作:横電池

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エピローグ
知る世界とは違う場所へ


「こっちこっち!」

「あァ……っとと」

「団長、歳なんだから……」

「馬鹿を言うなアカリ、まだまだ俺は現役だ!」 

 

 団長を禁足地へと案内。長い登り道とあまり使われていなかったため足場が不安定な場所を、少し危なっかしい足取りで歩く団長を揶揄う。

 団長を連れてきた理由は今までの旅の目的、あの鱗の持ち主だった存在を間近で見るため。

 

 それと、今回のシナト村の、ひいては天空山の騒動の原因となった龍を見るために。

 

 

 

 もう空の色は蒼く、黒い風はどこにもなくなったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍の亡骸がある場所についたころには、日も傾き夕暮れ時になっていた。

 

「コイツが……」

「うん、天廻龍シャガルマガラ……」

 

 私の言葉のあと、団長はシャガルマガラの亡骸に近づいていく。

 シャガルマガラの亡骸。右翼脚と右前脚が傷だらけで、角が片方折れ、頭部には大きく斬られた痕があった。あの戦闘から二日しか経ってはいないとはいえ、死してなお存在感を強く感じる雄大さがある気がした。

 帽子から鱗を取りだし、見比べるように並べる。

 

「この鱗と同じだな……」

「うん……」

「そして、コイツを止めたのか……クライは……」

「…………うん……」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 風の音と、穏やかに回る風車の音だけが流れた。

 

「……よし、俺たちも帰るとするか! 我らの団に!」

 

 シャガルマガラをしばらく見つめた後、団長は鱗を帽子に再び仕舞い明るく言った。

 

「山は下りのほうが危ないって言うからね! 気を付けてよ!」

「はっは! フィールドワークは得意な方だから問題な───っとと!」

「大丈夫? おんぶしよっか?」

「……いらん」

 

 

「あ……」

「ん? あれは……早いもんだな。もう山がもとの姿に戻ろうとしてるなんてな」

 

 団長と禁足地を降りていく途中、遠くで飛竜や鳥の姿が見えた。

 風の音と風車の音、そして自分たち以外の生命の音が、山に戻ってきたのだろう。

 

 

 

 団長とともにシナト村に戻り、停泊中のイサナ船へ向かう。

 目的の部屋に近づくにつれて、ため息が自然と漏れた。

 

「そう目くじらをたてるな。無茶してるわけじゃないんだ。それに、語ることも大切なことだろう」

「でもはしゃいでそうだよ……安静にって話なのに……」

 

 団長は楽しげに笑った。こちらとしては複雑な気持ちだ。

 目的の部屋から聴こえてくる複数の声。軽くノックして中に入る。返事は待たない。

 

「だから性格が悪かったんだって! 陰湿で自慢しいで高慢なんだって!」

「うそだー」

「うそつきだー!」

「わるものだー!!」

「このガキども……!!!」

 

 興奮してるのか入ったことに気づいていない。そして話の内容がよくわからない。

 軽く咳ばらいをして話に入る。というか終わらせる。

 

「もうすぐ日が暮れるよ。お話はそこまでにしてほら、家に帰ろう! 解散!」

 

 村の子ども達に帰るよう諭す。

 その言葉を受けた子ども達は、

 

「あ! ふともも好きのやべーやつだ!」

「怪力のやべーやつだ!」

「やべーやつだ! かえろー!」

 

 きゃあきゃあ騒ぎながら一目散に部屋から出ていった。去り際の言葉から、吹き込んだであろう人物を睨む。

 その人物は毛布を頭から被り、顔を見せようとしない。

 

「いったいなんの話をしてたのかなぁ……?」

「ぷるぷる、ぼくはわるいクライじゃないよ……だ、大僧正様の頼みでシャガルマガラについて話してただけだから……」

「なんで子ども達にやべーやつだって私は言われたわけ?」

「参戦者の紹介で自然と……ふぇぇ……こわいよぉ」

「安静にって指示がなかったらしばくとこだわ……」

 

 話し込んで体調がまた崩れたらどうするつもりなのか。こちらは話したいことを我慢しているのに。

 

「はっは! なんにせよ、元気そうで何よりだ!」

 

 団長の言葉の通り、確かに元気そうである。最も、これまでのことを考えると油断はできないが。

 

 

 

 この人物はずっと風邪をこじらせていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ご立腹なアカリの様子に、絶対安静という盾がなかったらやばいと想像。

 やはり村の子達と話さず寝てるべきだったか。子どもの去り際のやべーやつだ発言で怒りゲージアップした感あるし。でも退屈だったしなぁ。

 

 それに、大僧正様の頼みというのは本当のことだし。

 

 シャガルマガラとの戦いが終わってから、なんだか目まぐるしい気がする。今こうして生きていると……ウイルスの影響もあったのか、若気の至りもあったのか、シャガルマガラ戦前の自暴自棄っぷりは軽く黒歴史に感じる。

 そんなことを考えながら、目が覚めてからのことを思い出した。

 

 

 

 目を覚ましたら、団の人達と筆頭ハンター達、村の長老と大僧正様に囲まれていた。そしてなぜか一番近くには、見知らぬお爺さん。

 そのお爺さんが神妙な表情で、風邪ですね。と告げたのだ。

 

 なんでも俺とネコ太郎が寝て、ネコ太郎は少ししたら目を覚ましたが俺だけ寝たままだったとか。そしてネコ太郎は症状があっさり完治。その一方で長引いていた俺の症状を変に思い、医者を連れてきたのだとか。

 そして診断結果が、風邪で抵抗力がひどく落ちた状態が続いていて、そのまま狩猟などしていたからウイルスにいつまでも勝てずにいたのでは、と。

 

 つまり完治できないウイルスではなかった。最も、シャガルマガラがいなくなったためかもしれないが。なんにしろ、狂竜症を治すならまず風邪を治せとのこと。

 そのため絶対安静再びである。

 

 そういえば、ハンターは一眠りしたら風邪などは完治する人達だと言われたなぁと思い出した。そして俺は一般のハンターより抵抗力が弱いとも言われていた。

 

 そんな人物が、風邪ひいて、樹海探索からのケチャワチャ鼻水まみれ、そして武器特訓、嵐の海で戦闘。さらに不衛生なババコンガ戦。そしてだめ押しのゴア戦。

 色々な要素が重なって、悪化に悪化を重ねた結果、シャガルマガラのウイルスは完治不可という勘違いを引き起こした。

 

 

 今はだいぶ回復したのか、ずっとあった焦燥感のようなものがすっかりなくなっている。かあちゃん特製の滋養たっぷりメシパワーのおかげかもしれない。

 

 もしくは、もう焦る必要がなくなったからか。

 

 

 

 

「それにしても、大僧正様の頼みってどんなのだったの?」

 

 丸椅子をベッドのそばに動かし、アカリが聞いてきた。どこか心配げな表情。体調が崩れるような頼まれごとをされたのではと思っているのだろうか。別に頼みごとは本当に大したことではない。

 

「シャガルマガラがどんな龍だったか、教えてあげてほしいって」

 

 ざっくりと大僧正様との会話をアカリに告げた。

 

 

 ベッドで独りでぼけーっとしていた時、大僧正様がやって来て深々と謝られた。

 大僧正としての立場から、禁足地への立入り禁止をしたにも関わらず、個人の願いでシャガルマガラに挑ませたことへの謝罪だった。

 

 ギルドの勘違いからの決定もあったし、謝ることではないと思ったがとりあえず謝罪を受け入れた。真面目そうだし、別に謝らなくても、なんて言っても無駄そうだったので。

 

 その後、身勝手なお願いだけど、と前置きしてから言ったのだ。

 

『ただそこに存在しただけで、生けるものに影響を与えた龍を……悪意なき故に恐れられた風の姿を、子ども達に教えてほしい』

 

 シャガルマガラも山の命のひとつ、自然の一部だからその存在を、悪しき風や山から降りた神などではなく、一体の龍として語り継ぎたいからか。

 実際にそういう思いが込められた願いなのかはわからない。勝手な想像だ。なんとなくそうなんじゃないかと思って、子ども達にはシャガルマガラがどんな龍だったのか教えた。性格悪いってなかなか信じてもらえなかったけど。

 

 

 

「どんな龍、か……なんでシャガルマガラは禁足地に戻ってきたんだろうな」

 

 団長が静かに言った。

 そう言いながらもきっと団長の中ではなんとなくの形で想像されてるのだろう。

 

「高い場所だとウイルスを撒きやすいから、とか?」

 

 夢のないことを言い出すアカリである。

 

「さぁてな。ひょっとしたら、ただ故郷が恋しかった、とかだったりしてな」

「シャガルマガラが?」

「俺の勝手な考えだがな。俺も時折、故郷が恋しくなるときがあるからな」

「故郷……」

 

 団長の言葉にアカリは何か考え込むようなそぶり。それにしても、ホームシックな団長の姿が想像できない。

 

「お前さん達も、療養が終わったら一度故郷に戻ってみるか? うむ、戻るべきだな!」

 

 言われた言葉が難しい。気まずい空気になるのでは、と思い恐る恐るアカリを見た。

 

「うん、そうしてみる!」

 

 陰りなど一切なく、嬉しそうに言った。

 

「そのためにもまずは完治だな! 料理長に元気になれるメシを頼んでこよう!」

 

 そう言いながら団長は部屋を出ていった。元気になれるメシってなんだ。団長にとって元気になれるものといえば酒だけど。

 

 団長が出ていったことにより、必然的にアカリと二人きりになる。

 

「その……なんだ、ごめん」

「何が?」

「シャガルマガラと戦ってたとき、クライって名乗ったけど、実際はやっぱり違うから……」

 

 あの時はクライとして振る舞った。それが今にして思うと、また騙したことになった気がしたのだ。

 

「そっか……」

 

 シャガルマガラ戦で言っていた、時間をおいてからもう一度お話。

 時間をおいても答えは変わらない。戻らない。

 

 後はお別れだけだ。自暴自棄からのお別れでないのは良いことか、辛いことか。

 

「クライじゃないなら、なんて名前なの?」

「え……? あ、名前……それが、なんでか思い出せない」

 

 思わぬ質問に少し戸惑ってしまった。

 

「思い出せない?」

「あぁ、だけどクライじゃない。それは確実だ」

 

 ぬか喜びさせないために、また誤魔化さないために、その点はしっかり言う。

 

「じゃあこれからなんて呼べばいいかなぁ……」

 

 腕を組んでわかりやすく悩んでますポーズを取り出すアカリ。というか、今の言い分だとまるで───

 

 

「これからって……追い出さないのか?」

 

「へ?」

 

 

 ───これからも一緒にいるみたいな言い方ではないか。

 

 

 俺の言葉がトンチンカンに感じたのか、なんだか間の抜けた表情で返されるリアクション。

 

 え、俺間違ってないよな?

 

「追い出すってなんでまたそんな発想に……」

「いや……だって、知り合いの中身が違うやつになってるんだぞ……嫌じゃないか……?」

 

 俺なら嫌悪感を感じる。だからアカリもそのはずだと考えていた。

 だけど、ひょっとしたら違うのか……?

 

 

「そりゃ嫌だよ?」

 

 

 一瞬抱いた都合のいい考えが、その一言であっさり砕かれた。

 

「……じゃあなんで」

「んー……理由は何個かあるけど、説明めんどくさいしなぁ……」

 

 口下手な方だし、とぼやいた。

 

「……団長達がこのことを知らないからか?」

 

 だから勝手に追い出すわけにはいかないとかだろうか。アカリが追い出したいというなら、そのことを伏せて団から自主的に抜けるつもりだが。

 

「そういうわけじゃないけど……」

 

 じゃあ一体なんでなのか。行動パターンはだいたい一緒なはずなのに、さっぱりわからない。

 

 

「バルバレからだっけ。変わったのって」

 

 

 確認の言葉。

 ただの確認の言葉なのに、なんだか普段と違う気がした。どこがなのかはよくわからないが。

 

「あ、あぁ。バルバレからだ」

「それから今までは、中身が変わったわけじゃないんだよね?」

「あぁ、そうだけど……」

「ならいいじゃん」

 

 何がいいのか、わけがわからん。さっき嫌だって言ったばかりじゃないか。

 

 納得できていないことがわかったのか、アカリが補足するように言葉を続けた。

 

 

「クライがいないのは嫌だけどさ。今ここにいるクライとも、旅の間一緒にいたわけじゃん。なのに突然、嫌いだとか気持ち悪いだとか言って遠ざけるのはおかしくない?」

 

「そりゃ理屈の問題だろ……こう、感情面では違わないか普通……」

 

 

 説明されて言いたいことはわかったけど、気持ちの面ではそんな正しくなんていられない。

 

 

「感情面でも同じだよ。いきなりお別れとかする気はないよ。するとしても、ちゃんと段階を踏みたいから」

 

「そんなわけないだろ……俺だったら知り合いに別人が成りすましていたなんて、遠ざけるっての」

 

 

 遠ざける。俺だったら。そしてそれはアカリも同じはずなんだ。だって、俺とアカリは同じ行動パターンだ。アカリの元となる性格は俺で、だから同じで───

 

 

「私と君が一緒の考え方をするわけじゃないでしょ。別人なんだし……そりゃ同じ考えをする時もあるだろうけど」

 

 

 ──────あ。

 

 なんて今更なことに気づいたのだろう。

 

 クライに俺の知らない過去があるとわかった時点で、アカリにも俺の知らない過去があるとわかった時点で、気づくべきだったのだ。

 いや、気づいていたはずなのだ。なのにずっと、アカリだけ別に見ていた。

 

 ずっと、どこかゲームのキャラと同じように捉えてしまっていた。

 

 自己嫌悪要素がまたひとつ増えてしまった。

 

「アカリ」

「ん? なに?」

「ごめん。今までちゃんと、アカリのことを見てなかった」

「は、はぁ……」

 

 突然の謝罪に困惑気味だが、説明はしない。

 それよりも、似た部分があるだけで、違う人間なのだと受け止めないといけない。だから考え方だって違って当然だ。

 

「えっと、とにかく! 突然追放だーとかしないから。だから……そっちも勝手に、突然いなくならないでよ……?」

 

 不安げに言う。

 俺がいなくなることも、嫌なことに感じてくれているのだろうか。

 

 

「本物のクライみたいに、突然いなくなってたなんて……もう嫌だから。いなくなるとしてもせめて、さよならくらいは言わせてほしい……」

 

「……」

 

「それに、クライがいなくなってるのは嫌なことだけど、だからって君までいなくなってほしいなんて思えないから。一緒に旅してきた仲間なんだし、楽しくなかったなんてこと、なかったから」

 

 

 自分がアカリの立場だったら、この言葉は恨まれるのを嫌がって社交辞令的に出した言葉になっていた。だけどもうこの考えは無意味だろう。

 似てる部分は多いが、違う部分だってあるのだ。今回の考えも、違う部分なのだ。

 

 

「私はそういう思いだけど……そっちは早くお別れしたい?」

 

 

 聞かれてから初めて考え出す。

 アカリの決定に従おうと決めていたのだ。自分の考えなんて全くなかった。

 

 しかし、考え出してすぐに答えがでた。

 

 シャガルマガラと戦っていた時に未練がましく思ってしまったこと。あれが本音なんだというのは自覚している。だからすんなりと吐露できた。

 

 

「まだ、この団に居たいさ……自分でも図々しく思えるけど、まだ居たい……」

 

「なら問題ないね!」

 

 

 いいのだろうか。当人がいいと言ってるならいいのかもしれない。

 

 いや、まだひとり、当事者の答えは聞けていない。聞くこともできない。

 

 

「でも、本物のクライは、そんなこと許してくれるのか……?」

 

 

 許すも許さないも、勝手な想像でしかわからない。そして俺はクライのことを一切知らない。だからアカリに聞くしかない。そして、やっぱりその答えに委ねることにした。

 

 

「わかんないねぇ。私とクライも当然考え方とか違うこともあるし、だからわからない。だけどさ」

 

 

 アカリがそこで言葉を区切った。

 特に何かが起きたわけではない。ちょっとした溜めのような空気。

 

 

「だからって、自分の身体で不幸になっていかれるのって、嫌だと思う。たとえば自殺するかのようにウイルスに侵されている身体で単身、古龍に挑んだりされるのとかね!!」

 

「すいませんっしたぁぁあ!!」

 

 

 そう言われるとすごくつらい。

 確かに憑依しておいて自殺とか、やばいくらいに悪霊だ。憑依時点でもう悪霊なのにかなりの悪霊だ。

 

 いや、一応クライの夢を叶えるために頑張ったんだけども。傍から見たら自殺かあれは。

 

 

「だから、許されるとか許されないとか考えずにさ。まずはやりたいことをやっていこう?」

 

「やりたいこと……」

 

「うん。私も私でやりたいことをやっていくからさ。もし身体が元に戻った時、クライ自身が、身体を預けていたのが君で良かったと思えるような、楽しい生き方をしていこうよ」

 

「元に戻れるか、まったくわからないんだぞ……」

 

「でも戻れるかもしれないなら、その身体は大事にしてほしいし、周囲のことも大事にしてほしい」

 

 

 やりたいことをやれと言われたが、今は漠然と団に居たいとしかない。

 

 

「ちなみに、アカリのやりたいことってなんだ」

 

 

 参考程度に聞いてみた。それに、アカリについてもちゃんと知ってみたい。

 

 

「クライを元に戻すこと」

 

「───」

 

 

 ──────そりゃそうか。

 

 

「あ、別に追いだそうとしてるわけじゃないよ。ここまで話しておいて今更って感じかもだけど、まだ半信半疑だったりするわけで……」

 

「半信半疑?」

 

「うん。だって、君自身の名前、思いだせないんでしょ? それならやっぱり、なんか頭でも打って一時的な記憶の混乱とか、思い込みとかの可能性もあるし……そうじゃないにしても、やっぱり自分自身の身体に戻るのが一番だと思うし」

 

「俺はクライではないけどなぁ……でもなんにしろ、元に戻すって言っても方法なんてあるのか?」

 

「とりあえず私と一緒に故郷に一度戻ろう。私とクライの。クライのこう、魂的な? ソウル的な? スピリチュアル? そんなものが故郷の風景で刺激されて蘇るー! とかなるかもだし!」

 

 

 なんかふわっとした作戦を話された。

 まぁでも何もしないよりは断然いいかもしれない。元に戻ったら俺自身がどうなるかわからないけど、このままにするより、自暴自棄になってさらに逃避するより、断然いい。

 それに、元に戻りそうになったらちゃんとお別れの言葉を告げれるかもしれない。

 何もせず元に戻るのを待っていたら突然お別れが来そうだ。

 

 

「ってことはアカリがやりたいことは俺も一緒にいないとできないわけか」

 

「まぁそうなるね!」

 

「それ、俺のやりたいこと自由にやれなくね?」

 

「まぁ、交互にやってくとか……? こう、交代制……?」

 

 

 こういうところは勢いで言っちゃうのか。そういうところは同じ考えになっちゃうのか。

 しどろもどろになっている姿を見ながら少しため息。

 

 

「……まぁいいさ。それならしばらく、よろしくお願いします?」

 

「うん! よろしくお願いします! とりあえず先当たっては風邪と狂竜症の完治だね!」

 

 

 アカリの故郷はどんなところだろう。思えばゲームとは無関係な場所に行くのは初めてになるのじゃないだろうか。ゲームとは違う違うと思っていながら、今までなんだかんだでゲームの流れから大きく離れていかなかった。

 

 故郷でも元に戻らなければどうしようか。

 その時は少し我儘を言わせてもらおう。ゲームの記憶なんて意味のない、未知を探させてもらおう。

 

 

「故郷に戻って、その後団に戻ったらいろんなところを旅しようか」

 

「それがやりたいこと?」

 

 

 アカリがどこか楽し気に聞いてきた。

 

 

「ああ。いろんな景色を見てみたい。それでいつか元に戻った時、本物のクライに、俺とアカリが行った土地のことを聞かせてあげてほしいなって思ってさ。なんかこう、カッコいいだろ?」

 

「後を託す的な?」

 

「そそ。それに俺も俺自身の身体に戻った時、この世界で見た広さをこう……胸に抱いて生きてみたいし?」

 

 

 たいそうなことを言ってみたが、ただ単にいろんなものを見てみたい。そして憑依してしまったけど、罪悪感に悩んでいたけども、楽しかったと思えるような道のりを歩みたい。

 開き直りのような気もするが、それが俺のやりたいことだ。現実逃避の先でやりたいことなのだ。

 

 

「それならいっぱい旅をしよっか! お土産話をいっぱい作りたいし、いろんな思い出を作りたいし! あ、なんて呼んだらいい?」

 

 

 呼び名についてアカリが尋ねてくる。

 いつまでもクライではアカリとクライに悪いし、かといって自分の本当の名前が思いだせない。

 

「そうだなあ……ダーク……とか?」

「変えてもみんなが混乱するし、慣れたころに戻った時もまたみんなが混乱するしクライでいっか!」

「ダークだめ?」

 

 カッコいいと思うのにこのスルーっぷり。アカリ的にはアウトなのだろうか。

 というか

 

「さすがにクライは名乗れねぇよ。名乗ってしまうと、また成りすまししてしまいそうだしな」

「でもダークは痛いから嫌だよ? 呼ぶ方も恥ずかしいし」

 

 酷評である。

 痛いとカッコいいは紙一重なのかもしれない。

 

「それじゃあ……クライム、とかどうだろう? あれ? 我ながら結構まともじゃね?」

「あ、うんまともまとも。予想以上にまとも」

 

 たしかロッククライムとかあるし、登る的な意味だったはず。

 登る、という名前は意味わからないけど、クライという名から離れすぎてもダメだろうからまぁいいだろう。それになんかスライムって響きと似てる。いや、だから何って話だけど。

 

 

「完治したら覚悟しておけよ。俺は結構こだわり派だからな! じっくりいろんな場所を見ていくからな!」

 

「そっちこそ。いろんな場所に連れまわされる覚悟しときなよ。私だけじゃなく団長たちもあっちこっちへ引っ張ってくだろうからね!」

 

 

 こんなことを言っておいて、故郷に戻ったとたんに元に戻ったらちょっと恰好つかない。まぁ、その時はその時だ。

 アカリの言う通り、アカリだけでなく団長たちもいろんな場所へ連れていってくれるだろう。世界中の未知を探しに。

 

 俺の知ってるゲームの範囲から、知らない外の世界まで連れていってくれるだろう。

 

 あ、そうだ。

 

 

「アカリアカリ」

「ん、なになに」

 

 もう英雄を目指す必要はなくなった。英雄になろうとして、危険を冒すわけにはいかない。

 

 というわけで──────

 

 

 

 

 

「俺、採取クエ専門のハンターになるわ」

 

 

 

 あ、握りこぶしを作ってらっしゃる。

 

 そしてため息をついて一言。

 

「堂々宣言されるとすごい腹立つわー」

「てへぺろー」

「却下ね。無理のない範囲での狩猟もしていこうか! 大丈夫! シャガルマガラと渡りあえてたし! 毒とかウイルスとかババコンガ以外ならいけるいける!」

「安静とはいったい……」

「完治するまでの話でしょ」

 

 

 厳しい言葉である。

 

 だけど遠慮とか一切ない感じがまた嬉しくて、却下されたにもかかわらず嬉しく思えた。

 

 この分なら新しく始まる旅も、たくさん楽しめそうだ。これは早く完治しないとである。

 

「無理じゃない範囲と言っても、大型とかも任せちゃうからね。なんか笑ってるけど本当だから!」

「でもひとりで狩れってわけじゃないだろ? ひとりじゃないなら大丈夫だ」

「そうだけども、楽観視とかじゃないよね?」

 

 楽観視などではない。

 ドスジャギィとかですら油断していたら命を奪われかねないと思っている。

 

 だけど

 

 

 

「頼れる仲間がいるなら頼る、っていうのが俺らしいしな。任せきりにはしないけど、頼りにして頑張っていこうと思ってる。だから改めて、よろしくお願いします」

 

「ん、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 

 

 もう、ソロ狩りとは無縁だから大丈夫だ。

 

 いや、最初からソロ狩りなんて結局一回もなかったか。英雄になるためにシャガルマガラにはソロのつもりで挑んだけども。

 

 なんにしろ、英雄を目指すお話はもうおしまい。

 

 今度は色んな景色を見に行くのだ。ひとりで頑張ることなんてない。

 

 

「旅行記買っとかないとな!」

 

「一応クライムもハンターだからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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