「さぁ! 買物だ!」
「おー……って何でお前が仕切るんだよ」
場所は大黒屋店内の端っこ。
ユーリが目を輝かせて腕を挙げ、張り切った。
そんな彼女にチトは合わせて手を上げそうになり、慌てて突っ込みへと変える。
今のユーリの行動と声で既に注目を浴びているのだ。
ここでチトもやれば、もっと多く目に晒されていただろう。
「ほら、目立つだろ。 それに迷惑だ」
「むふん」
チトはそうならなかった事にほっとしつつも、ユーリの腕を掴み下へと無理矢理下げさせた。
しかし、当の本人のユーリと言えば何故か胸を張り満足気である。
そんなユーリを買物客でなくチトの方が奇異の目で見ることとなった。
「まったく……少しは落ち着けって」
「それは無理な話だねぃ。 だって、ちーちゃん!」
「なに……」
「ここにある物を好きに買っていいんだよ? 心躍らなくちゃ、嘘でしょ!」
「言いたいことは判るけど……ユーはテンション上がりすぎ」
子供のように目を輝かせて、商品を一つ一つ見ていくユーリ。
そんな彼女にチトは溜息を付きつつ世話を焼くも、内心では同じ気持ちであった。
様々な野菜や果物、棚には色んな袋や箱で売り出されている物もある。
更に言えば、チトの好きな本すら置いてあるのだ。
これで心が躍らないといえば嘘になる。
それでもチトが冷静なれてるのはひとえに隣に居る人物の為であった。
チトの隣には先ほど合流したばかりの青年が二人を見守るように立っていた。
先ほどのユーリの行動に対してお客がチト達に視線を送れば、青年は微笑み『問題ないです』とばかりに小さく手を振る。
手を振られた客はと言えば、最初こそきょとんと不思議そうにするも、青年の笑顔に釣られてか微笑んで手を繰り返してくれた。
優しい空間。
こんな空間を作り出す中心が青年であり、彼がどれだけ人が良いのかが分かる。
だからこそ迷惑は掛けられないと思いチトは冷静でいられた。
「××××、時間ってある?」
取り合えず、ユーリを落ち着かせてチトは青年にこれからの予定を聞いてみる。
聞いてみれば、青年は少し考えてから自分の腕へと視線を向けた。
「なにそれー」
「あー……腕時計か」
「みせて!みせて!」
「私も……」
青年の腕には、腕に巻かれた革のベルトの上に小さな丸い時計が載っていた。
チトはそれを見て、本の知識から正体を見抜き口に出す。
口に出せば青年は頷き、ユーリは興味津々に青年の腕を両手で掴み下へと、自分の見やすい位置へと下ろした。
「おぉー……」
「小さいな」
下ろされた腕にはしっかりとした時計があり、チトとユーリは目を輝かせて覗き見た。
「あっ……ごめん」
興味津々に見ていたチトであったが、青年が苦笑しているのが見えて慌てて謝った。
そして後ろに数歩下がり、未だに青年の腕を押さえて覗き込んでいるユーリの首根っこを掴んで後ろに引っ張る。
「いいなぁー……一万Gで買える?」
後ろに下げられたユーリと言えば、指を咥えて名残惜しそうに腕時計を見てから青年に聞いた。
青年はユーリの問いに対して、また少し考えてから『安い物であれば買えるよ。 あそこにも置いてあるし』と伝える。
そう言って、青年が指差した方向へと視線を二人して向ければ確かにそこに幾つかの腕時計らしき物が置いてあった。
「おぉー……」
「いっぱいあるな」
「そだねー……えっと……千……千ご……」
「千六百Gな」
「一万G持ってるから……一万引く千六百で……」
「八千四百Gが残るよ」
「なるほど……まだ他のものを買う余裕はあるね」
早速とばかりに二人は見ていくが、腕時計は種類が多かった。
見ていた際にユーリが値札を見て計算を始めるが、間違えたのでチトが訂正をした。
既にユーリの中では買う事が決まっているのだろう。
チトが訂正して教えてあげると、輝いた目で物色を続ける。
そんなユーリを見てチトは、とある疑問が思い浮かび聞いてみるとことにした。
「なぁ……ユー」
「なぁに?」
「時計を買うのはいいけど……お前、時計嫌いじゃなかったっけ?」
「……」
チトが疑問に思ったのはそれであった。
元々自由奔放であったユーリは時間に縛られるといった事が苦手であった。
時計の説明をすれば『めんどう……』、目覚まし時計で起こされれば『うぅ……これ苦手、好きな時間に起きたい』などなど、もっとも時計から遠い存在がユーリだ。
そんなユーリが時計を何に使うのだろうとチトは思った。
「買わないのか……」
「……うん」
「別に買ってもいいと思うよ?」
「いいや」
聞かれたユーリと言えば、先ほどのテンションが何処かへ行ってしまい、静かに手に持っていた時計を戻してしょぼんと落ち込んでしまう。
これにはチトも予想外で、あれやこれと慰める。
チトとて別に否定したい訳でも買わせたくない訳でもない。
むしろ、ユーリが時計に興味を持ったことはいいことだと思っている。
「いや……ほら、持っていれば時計が好きになるかも」
「ちーちゃん……私は時間には縛られない生き方をしたいんだ」
「……腕時計だけに?」
「腕時計に腕は縛られないぜ! あいたっ!?」
思って慰めて勧めてみれば、これだ。
チトが変なジョークを言ってきたユーリを殴るのは、当然の行動である。
「今日からお前を敵と認定する!」
「あっそ……はぁ」
殴られたユーリと言えば、まったく堪えた様子もなくビシっと腕時計を指差して威嚇しだす。
そんなユーリに付き合わされたチトと言えば、これだけで既に疲れてしまった。
既に浮ついた気持ちなど吹き飛び、家に帰ってゆっくりと寛ぎたいとさえ思ってしまう。
「んっ……?」
状況がひと段落し、チトが大きく溜息を付いて肩を落としていると頭に何かが乗っかった。
自分の頭に乗せられた物にチトが不思議がって、少し上を見上げればそれは何回か擦るように動き出す。
(あっ……手か)
チトの頭の上に乗っかったのは青年の手であった。
何度か頭を擦り、チトは自分が頭を撫でられている事に気付く。
チトは撫でる手から『お疲れ様』といった感情が読み取れる気がした。
「んー……」
そんな感情を読み取り、チトは目を細め撫でられるままとなる。
「ちーちゃんもだいぶ慣れたね」
「まぁ……ね。 流石にあれだけ一緒に居れば慣れるよ」
撫でられていれば、ユーリが嬉しそうな声でチトにそう聞いた。
チトはユーリの問いに対して何でもないように答える。
しかし、ユーリに聞かれて内心で何処で慣れたのだろうと疑問を浮かべていた。
(なるほど……切っ掛けはあったか……)
疑問に浮かべてあれやこれと思い返せば、切っ掛けはあっさりと思い出す。
例えば、女神様の前に立つ背中を見たとき。
例えば、優しくハグされたとき。
例えば、見守っているとき。
他にも……。
「気持ちいいの?」
「別に……ただ」
チトやユーリよりも大きな手。
ユーリと手を握った時とは違った感触だ、決して柔らかくない。
青年の手は力仕事をしているせいでゴツゴツしていて硬い。
触っていても触られても気持ち良くはないだろう。
「ただ?」
それでも真面目に働いてきた人の手。
苦労を重ねてきた手、今を作り出してきた人の手、何かを守って来た人の手。
「安心できるかな」
そんな手は、幸せだった昔を思い出させる。
「……××××! 私も!」
それから暫くして、チトは満足し『もういいよ』と言って手を退けて貰う。
退けて貰えば、案の定と言うべきかユーリが羨ましがり青年に強請る。
そんなユーリをチトは一瞥するも、何も言わない。
自分ばかりがいい思いをするのもと思っての事だ。
しかし、ここは店内であり、買物をする所。
「まて……買物をせんか、買物を」
「わっ!?」
「ありゃ……」
青年が少し悩みながらもユーリの頭に手を置きそうになった時だ。
三人の後ろから男性の声がして、その手を止めさせた。
「おっとっと……ちーちゃん、驚くって」
チトがその声に驚き、近くに居たユーリの背に隠れてから様子を伺う。
ユーリの背から覗き込めば、そこには少し不機嫌そうな一人の男性が居た。
その男性は立派な髭を生やしており、フランクよりも年上に見える。
「まったく……買物に来たのだろう?」
「えっと……?」
「だれ……?」
声を掛けて来た男性は、青年の知り合いなのだろう。
青年に向けて少々きつめの言葉を言って来る。
そんな男性を見てユーリとチトは首を傾げ、青年を見つめた。
青年を三人の目が見つめれば、『ごめんなさい、モリヤさん。 チト、ユーリ、この人はモリヤさん、この大黒屋の主人だよ』と紹介してくれる。
「はじめまして! ユーリです!」
「はじめまして……チトです」
「ふむ……なるほど……話には聞いていたが、この子等がか」
「……何か見られてるね」
「そうだな」
ユーリとチトが自己紹介をすれば、モリヤは改めて真面目な表情をしてチトとユーリを眺めた。
モリヤの無遠慮な視線に晒され、チトは身じろぎすると隣のユーリが不思議そうに小さな声でチトに問いかける。
「まったく……お前という奴は、厄介事を抱え込みおって」
「あっ……」
「……」
暫くしてモリヤはチトとユーリから視線を外すと青年に向け、呆れた声と視線でそんな事を言った。
そのモリヤの言葉にチトはぎゅっと胸が締め付けられたように苦しくなる。
チトはすっかり忘れていた。
青年やフランク、シズなどの人々と触れ合い、こういった事もあるということを失念していた。
当たり前の事だが、チトとユーリに好意的な人ばかりではないのだ。
何より、他所から見ればチトとユーリは得体の知れない怪しい人物。
言葉は喋れるのに文字は読めない、書けない。
出身地も言えなければ、今まで暮らしてきた経緯も曖昧となる。
素直に他の世界から来ましたと言って、どれだけの人が素直に受取ってくれるだろうか。
何しろ証拠は、チトとユーリの記憶と青年とチト達しか見えない女神様の証言のみ。
どんなにいい人だろうと、普通であれば信用などしてくれないだろう。
むしろ、別の意味で心配されるのが落ちだ。
そんな謎の人物を自分の知り合いが引き取ったと話す。
心配しない人はいない。
現に引き取った青年を心配してモリヤのように苦言をしてくれる人も居る。
「前にも言ったように人をそんな簡単に信用するべきではない」
「あ……あの……」
きっぱりとそう言い放つモリヤにチトは何かを言いかけるも言葉に出来ない。
頭の中で解決しなければとチトは考えるも、思考がぐるぐると回り最適な答えを出せない。
チトにとってこの様に人に攻められるといった行為は、初めてであった。
人生の中で、他人とのコミュニケーションなど育て親のおじいさん、一日だけ共にしたカナザワ、数日だけ共にしたイシイ、他に取れたと言えるのは自立型の機械程度。
喧嘩などはユーリとするが、大抵はユーリが何か仕出かしてチトが怒り、ユーリが謝り、チトが許すといったもの。
チトから許してもらうといった事に慣れていない。
何よりも今回の件は喧嘩ではないのだ。
一方的に敵意を受けている段階、喧嘩の一歩前。
その一歩前の段階で相手がよく知らない他人、チトには解決の方法が分からなかった。
(このままだと……)
チトは心臓が苦しいほど鳴り、泣きそうになりながらも考える。
既にモリヤにとってチトとユーリの印象は最悪だろう。
謎の人物の上にモリヤのお店で騒ぎ迷惑をかけているのだ。
(それでも……なんとかしないと……)
このままモリヤが苦言を続ければ、青年の事だ。
チトとユーリを理解している唯一の存在の彼は、きっとチトとユーリの肩を持つ発言をする。
そうなってしまえば、最悪の場合、モリヤと青年がぶつかり合ってしまう可能性も高い。
(私達が怒られるのも嫌われるのはいい……けど、私達のせいで××××が不幸になるのは嫌だ)
住む場所を与えてくれた、食べ物を恵んでくれた、着る物を買ってくれた。
他にも生きていく上で必要な事を全て、分け与えてくれて受け止めてくれる。
そんな人が不幸になっていい訳がないとチトは思う。
自分が傷つくよりも怖い事があるのだ。
(そんな体験は一回で十分だ……だから……)
好意的でないのは、モリヤがチトとユーリを知らないため。
モリヤと青年がぶつからない様にするには、自分達自身がどんな人かしっかりと知って貰おうと前に出る。
涙目になりながらも、モリヤの視線を合わせチトは喋りだそうとする。
この結果でチトやユーリはモリヤに更に悪い印象を植えるかも知れないし、好印象かも知れない。
どんな結果になるか分からないが、それでも青年が喋りだす前にとチトは一歩踏み出した。
(あれ……?)
しかし、モリヤの目を見て震えながらも一歩踏み出した時だ。
厳しい目で見ていたモリヤの目が一瞬柔らかいものになったようにチトは感じた。
そして、その事に疑問を持った瞬間、モリヤはチトから視線を外し青年へと視線を向ける。
「まぁ……ここまで言っといてあれだが、私とは違う。 人の見る目があるお前の事だ。 この子達は信用できるのだろう」
「あ……」
「おっと……」
「騒ぐのはいただけないがな」
先ほどまで仏頂面だったモリヤがそう言って少し微笑む。
そんなモリヤの態度にチトが唖然としていれば、肩に重みを感じる。
少し視線を横にずらせば、先ほどまでチトの頭に乗っかっていた手がチトとユーリの肩の上に載せられていた。
手を見てから少し上を見上げれば、青年の顔があり、青年は見上げたチトとユーリに応える様に『もちろん、二人は良い子だ!』と笑顔で言い切った。
「……良い子だって、ちーちゃん」
「はは……そうらしいな、ユー」
一言だ。
一言、そう言い切られただけなのにチトの心は軽くなる。
先ほどまでの不安も恐怖もない。
むしろ、呆れのほうが大きいぐらいだ。
チトは先ほどの思いは何だったんだと涙目で背中を軽く後ろに預ける。
そうすれば、後ろに居る青年の大きな体が軽く受け止めてくれた。
背中を預けてからチトが隣を見れば、ユーリも安堵したのか微笑んで青年に背中を預けていた。
「はぁ……本当にお人好しめ」
そんな三人の姿を見て、モリヤは何回目か分からない溜息をついた。
今度の溜息は何処とか呆れた様子であるものの優しさを感じる。
そして『言う事は言った。 仕事があるので私はこれで失礼する』と言って背を向けて歩き出した。
「あっ……騒いでごめんなさい」
「……買物をしていけ」
「うん!」
去って行くモリヤを三人で見送っていれば、ユーリが最初の件を思い出し声を出して謝罪する。
謝罪されたモリヤと言えば、背を向けたまま軽く手を上げて振るとそれだけ言った。
「ちーちゃん……ごめん、何も出来なかった……」
「むしろ、正解。 ユーだと場をかき乱してたかも知れないしいいよ。 それと……もう騒ぐなよ。 強く止められなかった私も悪いけど」
「うん……ごめん。 怒られたくないし、もう大丈夫」
ユーリは謝罪した後、涙を浮かべチトに抱きついてくる。
チトは安堵の溜息をついて、抱き着いて来たユーリに釘を刺す。
釘を刺されたユーリはと言えば、申し訳なさそうな表情をしている。
ここまで落ち込むユーリも珍しいとチトは思いつつも彼女をあやした。
「××××もいいよ」
「うん、元は私が騒いだのがいけないんだし……」
チトがユーリをあやしていれば、青年も落ちこんだ様子で『ごめん。 しっかりと対応していれば……』とチトとユーリに謝罪をした。
そんな青年にチトとユーリは『大丈夫』と応える。
騒ぐユーリをチトが治めている時に青年は他の客への対応をしてくれていたのだ。
チトとユーリがそう言うと青年は、少し悲しげな表情を残しつつ『あとモリヤさんの事だけど……あの人も良い人だから、嫌いにならいないで欲しい』と続ける。
その言葉にチトとユーリは素直に頷いた。
元より、チトはそのつもりだ。
確かに最初の印象は最悪だろうが、あれは此方に非があり、青年を思っての言葉であった。
話が拗れるかも知れない、嫌われるかも知れない。
それでも友人に対して、しっかりと苦言を言ってくれるモリヤは不器用だが優しい人だ。
それがチトのモリヤに対しての印象であった。
「行き成りは無理だけど……少しずつ信用してもらえる様に頑張る」
「私も!」
そう青年に伝えれば、青年はまだ引き摺っているのか少し悲しげでありつつも微笑んでチトとユーリの頭を撫でた。
今回は、先ほどと違って忠告されたので数回撫でられただけだった。
それでも最初に撫でられた時と同じく安心出来る。
「それじゃ……買物しようか。 モリヤにも言われたし」
「そうだな。 食べ物が目の前にあっても騒ぐなよ」
「……がんばる」
「大丈夫かな」
撫でられたユーリと言えば、先ほどの落ち込んだ姿は何処へ行ったとばかりに元気になる。
むしろ、元気過ぎて心配になるほどでチトはこれからの買物を想像し溜息をつくのであった。