少女牧場物語   作:はごろもんフース

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だんよ


甘味

「ふんふふ~ん」

「ご機嫌だな」

「だって……缶詰買えたし!」

 

 あれから、一時間ほどの時間であるが店内を巡り、チトとユーリは互いに欲しい物を買った。

勿論、モリヤの件もありチトとユーリは迷惑をかけないように行儀良く買物を済ませて大黒屋を後にした。

チトとユーリ、二人の腕の中には大きな紙袋がありそれを大事そうに抱え込んでいる。

 

 ユーリの紙袋からは金属製の何かが擦れ合い、ガチャガチャと音が鳴った。

逆にチトの紙袋からは何の音もしなかった。

 

「相変わらず、ちーちゃんは本好きだね」

「まーね。 だけど、今回買ったのは本じゃないけどな」

 

 そう言って、チトは自分の紙袋の中へと視線を向けた。

 

「あれ……本に見えるけど……」

「本じゃなくて……日記用の何も書いてないノートと……」

 

 チトが不思議そうに首を傾げるユーリに買った物を答える。

 

「勉強用の漢字ドリルと計算ドリル」

「べんきょっ……かんじ……けいさん」

「ユーの分もあるぞ」

「うえぇー……」

 

 買った物を告げば、ユーリは素直に嫌そうな表情でチトから距離を取る。

勿論、物理的に距離を取ったところで意味はない。

それなのに無意味に距離を取るユーリにチトは呆れて溜息を付いた。

 

「うん……?」

「××××?」

 

 距離を取るユーリをチトが手招きで呼びなおしている時であった。

静かに二人の後ろを着いて来ていた青年が立ち止まり、二人とは別の方向をじっと見つめている。

その事に不思議に思い、チトとユーリも青年と同じ方向に視線を向けてみた。

 

「おぉ……なにあれ……ねこ?」

「猫……のような、犬かな?」

 

 視線を向けた先は草むらであった。

里の端っこの草むら、周りには木々があり、奥へ奥へと緑が続いている。

そんな所に生えている一つの草むらにそれは居た。

 

 それは真っ白い綺麗な色の毛に覆われており、頭には大きな三角形の耳が生えていた。

ユーリはそれを見て唯一知っている動物の名をあげて、チトに答えを聞く。

聞かれたチトと言えば、ユーリに答えようにも答えを知らないのでユーリ同様に首を傾げた。

 

「ねぇ、××××……あれってなに?」

「きつね……そうか、あれが狐か」

 

 結局、二人では答えが出ず、ユーリがじっと見つめ続ける青年の服を引っ張り聞いた。

聞いてみれば、青年は視線を動物から離さずに『あれは、狐って言う動物だよ』と簡潔に答えてくれる。

答えを聞いてみれば、チトは納得した。

名前を聞いて、自分の中の知識と照らし合わせた結果、狐を知っていたのだ。

 

「あっ……いっちゃった」

「××××?」

 

 三人で白い狐を見ていれば、狐が一鳴きして草むらに消えていってしまう。

狐が居なくなり、触りたかったのかユーリが残念そうな声を出した。

そんなユーリと対照的に青年の様子を伺っていたチトは、不思議そうに呼びかける。

先ほどからじっと見つめたまま、無言となりまったく動かないのだ。

心配もするだろう。

 

「どうかしたは此方のセリフなんだけど……」

「凄い集中してたね」

 

 そうこうしていれば、チトが服を引っ張り青年の意識を無理矢理に自分へと向けさせた。

青年もそれでようやく気付いたのか、チトに『どうかした?』と逆に不思議がられる。

 

「え……別にいいけど……」

「急だね、本当に」

 

 心配をしていた事を伝えれば、青年は『ごめん。 ちょっと用事を思い出してね』と罰悪そうに伝えた。

里を出ていないと言っても既に三人は家に帰宅する途中であり、急な予定の変更で悪いなと思っているのだろう。

そんな青年に対して、チトは勿論ユーリも特に反対しなかった。

 

 

 

 

 

「え……ここ?」

「何かふいんきが違うね」

 

 青年の用事に付き合うべく着いて行けば、不思議な場所に辿り着く。

そこは、人を遮るように緑色の植物を使用した柵に囲まれており、奥には人が住むには小さな家が建っている。

その家の前には先ほどチトとユーリが見た狐の像が二体並んでいて、それを見てチトは前の世界で見た石像を思い出す。

 

「……じいん?」

「寺院……いや、そうじゃないな。 ……神社かな?」

 

 チトがそんな事を思い出していれば、ユーリも同じ事を思ったのだろう。

前の世界の記憶を思い出し、呟く。

しかし、そんなユーリの言葉にチトは何かが引っかかり、改めて知識を呼び起こし正解を掘り出す。

 

「じんじゃ? そうなの?」

 

 ユーリが疑って青年に聞いてみれば、青年は『正解、良く知ってるね』と驚きつつもチトを褒めてくれた。

 

「……この位なんでもないよ」

「といいつつも顔を真っ赤にさせるちーちゃんなのでした」

「うるさい! それと……ふいんきじゃなくて、雰囲気(ふんいき)な」

「え……?」

 

 青年の褒められ何でもないように装うもチトの顔は赤く染まる。

そんな彼女にユーリがニヤニヤとからかうも反撃と言う名の事実を知らされ、固まった。

 

「ふいんきじゃないのか……マジで?」

「マジだよ。 それにしても神社か……何で神社に?」

「じんじゃってなんなの?」

「神社って言うのは、神様を祀るところだよ」

「……」

 

 ユーリは固まるも青年が奥へと進むのでチトも着いて行き、一人になりそうなところで再起動して二人に追いつく。

二人に追いついた際にユーリはチトへと質問を投げかけた。

 

「寺院とどう違うの? 同じ神様を祀る場所でしょ?」

「う~ん……文化の違いって言うか」

「ぶんか?」

「神道と仏教の違いとか」

「なにそれ」

「詳しくは知らないって……取り合えず、ここには神様が住んでいるってことは確かだよ」

 

 そう言って、ユーリに説明をしていた時だ。

チトは自分の言った言葉ではっと青年の用事に気付いた。

 

「そうか……神様に会わせる為にここに来たのか」

「かみさまに……何で会うのさ」

「いや……お前な、女神様が言ってたろイナリちゃまと魔女ちゃまにも協力してもらいましょうって」

「あぁ……そういや、あったね」

「女神様の友人であれば、相手は神様の類だろう」

「なるほど、ここにそのイナリちゃまか魔女ちゃまが居るんだね」

「そうだと思う」

 

 大事な事であるのに覚えていないユーリにチトは肩を落す。

落すもすぐに何時もの事かと気を取り直し、少し身構えた。

 

「神様か……どんな人だろう」

「人ではないだろう。 神様なんだし」

「ふ~ん……」

「怖くなければいいけど……というか協力してくれるかな……」

 

 何の障害もなく、まるで自分の家のように青年は進んで行く。

チトとユーリは逸れないように着いて行くもチトは心配だ。

何せ、相手は神様なのである。

自分達よりも格上の絶対的強者。

そんな人物と会うとなると嫌でも緊張はしてしまう。

 

「大丈夫だって、ほら……ここの神様も××××の知り合いなんでしょ?」

「……そう言えばそうか」

 

 緊張していたチトだが、ユーリの言葉であっさりと緊張が解けた。

 

「泉の神様……えっと、ややこしいな。 女神様だっけか、女神様も優しかったし」

「そうだな……小さく子供みたいだったけど、しっかりとしてたな」

「そそ、問題なんてないよー」

「うん……取り合えず、ユーは失礼のないようにだけ気をつけてくれ」

「はーい」

 

 話に集中していたせいか、チトとユーリは歩みを止めていたらしい。

前方の方で青年が二人を手招きして、チトとユーリを待っていた。

チトとユーリは、会話をそこで区切り小走りで青年へと追いつく。

 

「おぉ……」

「……あの人……かな……」

 

 青年へと追いつけば、そこは神社の後ろ側であった。

神社の後ろは雑木林となっており、家どころか人の気配すらない。

完全に静かな空間に神様は居た。

 

 神様は白かった。

シズと同じような和服を着込んでいるのだが、和服も髪の毛も肌さえも白い。

何よりも特徴的なのは頭の上の耳だ。

通常であれば、人間の耳は頭の横についている。

しかし、神様の耳は頭の上についており、尚且つ先ほど見た狐と同じ耳であった。

 

「綺麗な人だね」

「うん」

 

 此方にはまだ気付いていないのか、縁側に座り込み静かに空を見上げている。

そんな神様は絵になり、チトとユーリは暫しの間、黙り込む。

 

「ん……来たか」

 

 青年も同じ気持ちだったのだろう。

チトとユーリ同様に黙って見守っていたのだが、神様自身が三人に気付いた。

大きな耳をピクっと動かして、手に持っていた茶器を横へと置く。

そして、空を見上げていた顔を三人へと移した。

 

「……えっと」

「そう畏まるでない。 女神どのから話は聞いておるし、取うて食うたりはせん」

「だってさ、ちーちゃん」

 

 白い神様の目は真っ赤であった。

宝石の様に綺麗で真っ赤な瞳で見られてチトは一瞬言葉に詰まる。

先ほどまで緊張をしていなかったのに見られた瞬間に緊張が戻ってきたのだ。

しかし、そんな事も神様にはお見通しだったのだろう。

チトの緊張を解くようにそう言って、袖で口元を隠し愉快そうにくすくすと笑った。

 

「えっと……チトです」

「ユーリです!」

「うむ、わしはつゆくさの里を見守る役目についておる神様でイナリちゃまと申す。 わしが見える者が増えて、嬉しく思うのじゃ」

 

チトが頭を下げて挨拶をすれば、ユーリが大きく手を上げて挨拶を交わす。

そんな対照的な二人をイナリちゃまは、暖かく迎えてくれた。

 

「やっぱり、神様も寂しいの?」

「そうじゃな。 寂しいかも知れんな」

「……」

 

 イナリちゃまの言葉にユーリが反応した。

なんとも無遠慮な問いかけであるが、イナリちゃまは特に気にする様子は無かった。

むしろ、耳を垂らし、後ろにあった尻尾をピタンと地面とくっつけ落ち込んだ。

 

「まぁ……今は××××どのも居るし、二人も見える者が増えたしの寂しくはないのじゃ」

「里に来たら遊びに来るよー」

「うむ、待っておる」

(ユーの奴……簡単に親しくなったな)

 

 相手は神様だ。

それでもユーリの何時もの態度は変わらず、あっと言う間に二人は仲良くなる。

そんな二人を見て、チトは何とも言えない気持ちとなった。

 

「ちーちゃんも座れば?」

「……何時の間に」

 

 気付けば、ユーリはチトの隣に居らず。

イナリちゃまの隣で談笑をしていた。

そんなユーリにチトは呆れて溜息を着いた後、姿が見えない青年に気付き辺りを見渡す。

見渡せば青年は直ぐに見つかった。

後ろ辺りでしゃがみ込み、先ほど草むらで見かけた白い狐を相手にしている。

チトは好き勝手に動いている二人にもう一度諦めの溜息を付いて、イナリちゃまの隣に座った。

 

「あの狐って神様の友達だったの?」

「うむ、私の友じゃな。 それとユーリどの、わしの呼び方は神様でなくイナリちゃまで良いぞ。 神様は多く居るから、分からなくなるのじゃ」

「わかった」

「……気軽い」

「神様によっては気難しい者も居るが、わしの場合はこういう気質じゃ」

「そう聞くと、神様も人間もあまり変わらない様に思えるな」

「ねー」

「そうかも知れん。 ただし、人よりも強い力を持つ。 良く知らぬ神様は相手にせんほうが無難じゃがの」

 

 チトも恐る恐る会話に混じってみれば、スムーズに会話は進んで行く。

思った以上の話しやすさにチトも何時の間にか気軽に話していた。

 

「……そういえば、イナリちゃまと××××っていつ約束取り付けたの?」

「あぁ……確かに。 私達がここに来た時に来たかって言ってたよね」

 

 話を続けていけば、ユーリがふと気になったのか質問をした。

その質問は連絡の話。

遠くに居る人物と話が出来る電話などの機械をチトとユーリは教わっていたが、神様が機械を使うようには見えない。

ならば青年が挨拶周りに出かけた時かと思うも、帰る直前までそんな話は無かったのだ。

 

「そりゃ、さっきじゃな。 あやつを迎えに行かせたであろう?」

「あやつって……あの狐?」

「うむ、二人も見たと思うが」

「そりゃ……見たけど、狐は喋らないし分からないよ」

 

 聞いてみれば、イナリちゃまは青年と遊んでいる狐へと視線を向けた。

確かに狐はチトと三人の前に現れている。

しかし、狐は喋るわけでもなく見つめて去って行った。

 

「まぁ……普通であればそうじゃろな」

「ふつうであればー?」

「……何となく察した」

「まぁ……チトどのが察した通りじゃ。 ××××どのは動物の心が分かるのでな」

 

 イナリちゃまの何でもないかのような言葉にチトとユーリは互いに顔を見合わせた後、青年へと視線を向けた。

向ければ、先ほどまで一匹であった狐が増えており、もはや青年に群がっている様な状態になっている。

 

「……」

「マジか……すげー! 私も出来るかな?」

「そうじゃな。 心を込めて動物と接していれば、なれるやも知れぬな」

「よし! 頑張ろう!」

「もはや……魔法の領域の様な気がする」

 

 青年の意外な事実にチトは、溜息しか付けない。

 

「それで……私達を呼んだ理由ってのは?」

「あぁ……それは顔を見たかっただけじゃ」

「それだけ?」

「うむ、協力をするにしても話だけではと思うてな。 顔を見て実際に話して見たいとな」

「実際に会ってみてどうだった?」

「そうじゃの……」

 

 ユーリが聞いた。

イナリちゃまは、ユーリの言葉に目を瞑り少し考え込む。

そんな彼女にチトはまた緊張が戻って来た。

フレンドリーに話をしていて、良い関係だと思ったが実際にはどう思ってるかは本人しか分からない。

 

「ふふっ……少し脅かし過ぎたかの。 問題なしじゃ。 最初に言うたろう? 嬉しく思うと……」

「あっ……」

「そっか~……よかった」

「うん……本当に良かった」

 

 イナリちゃまの言葉にチトは肩から力を抜いて大きく息を吐き出す。

 

「ん……そろそろ時間か」

「おぉ……何時の間にか暗くなってた!」

「本当だ……気付かなかったな」

 

 楽しく会話をしていれば、狐を抱えた青年が三人の下にやって来た。

そして『イナリちゃま、満足出来た?』と少し微笑み聞く。

青年の問いかけで三人は辺りが暗くなっていることに気付いた。

 

「××××どのもありがとう。 気を使ってくれて」

「気を……?」

「いや……私達だけで話せるように気を使ってたろ」

「そういえば……会話に混ざってこなかったね」

 

 イナリちゃまのお礼に青年は言葉を話さず、にっと良い笑みで返す。

イナリちゃまから言われたのか、青年の思いつきなのかは分からない。

それでもチト達だけで交流を深める事が出来るように気を使っていた。

お蔭でチト達主体で話しこめ、短い時間で仲良くなれたような気がチトはした。

 

「さて、新しく出来た友の為に少しばかり力を使うかの」

「ちからー?」

「神様の祝福って奴か? あれは私達には出来ないんじゃ……」

「女神どのの祝福とわしのはちと違うのじゃ。 二人の存在をこの地に結びつける事は不可能じゃが……人との縁を結ぶ事は出来る」

 

 イナリちゃまは、ふわりと席を立つとくるっとその場で周り、チトとユーリに向き直る。

そして手の平を合わせてパンっと手を打つ。

 

「人との縁を結ぶ……」

「うむ、わしは稲荷の神。 代々豊穣と縁結びを司る神様じゃ」

「それじゃ……私達が誰かと仲良くなれるように?」

「まぁ……人の心を動かすような事は出来ぬから、切っ掛けを与える程度じゃがな」

「……」

「××××どの、今宵の夕飯はギンジロウどのの所で取るのが良かろう」

「ぎんじろう……?」

「だれだろね?」

 

 イナリちゃまは、手を打った後、青年に視線を向けてそう言った。

チトとユーリと言えば、ギンジロウと言う人物に心当たりなく首を傾げる。

 

「って……何で××××も首を傾げてるんだ」

「ふふふ……何故かの」

 

 知っているであろう青年に誰かを聞こうとチトが視線を向ければ、青年は狐を下ろし不思議そうに首を傾げていた。

そんな青年の様子をイナリちゃまは愉快そうに笑う。

 

「まぁ……行ってみれば分かるのじゃ。 それじゃ……また」

「またね~」

「うん、また」

 

 青年がイナリちゃまに何かを尋ねようとすれば、イナリちゃまは短くそれだけを言って手を振る。

そんなイナリちゃまに何も考えていないユーリが手を振り、チトもしょうがないとばかりに手を振った。

青年も聞きたいことがあっただろうが、イナリちゃまの態度から聞きだすのを諦めたのだろう。

素直にチト達同様に手を振ってイナリちゃまと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ……何で首を傾げてたの?」

 

 イナリちゃまと別れた後、ギンジロウと言う人の所に行く為に三人は里の中を歩く。

神社に居る時は夕暮れであったが、外に出れば既に真っ暗となり、人の姿もまばらとなっていた。

 

「がいしょくってなに?」

「外食って言うのはな……」

 

 歩いている途中でチトが青年に問いかけた。

知り合いであれば、首を傾げるのはおかしな話である。

そのことで問いかければ、青年は『茶屋を経営してる人なんだけど……今日は茶屋がお休みで外食は出来なかったはずなんだよね』と答えた。

答えを聞いてユーリはいつものように質問をし、チトがそれに答える。

 

「なるほど……お休みでお店が開いてないから不思議がってたんだね」

「んー……縁結びって話だし、私達とギンジロウって人を会わせる為にかな?」

 

 話を聞いてチトが言ってみるも青年は『うん、分からない。取り合えず行ってみよう』と考えるのを放棄した。

その放棄をした青年にチトは何か言おうかと思うも諦める。

こういった開き直った態度をしている人には何を言っても無駄だと分かっていた。

なにせ、隣にそんな態度を何度も取った人間が居るのだ。

 

「ここなんだ」

「明かり付いてるね。 一階がお店なんだよね?」

 

 それからは別の話題に移りつつも、お店へと行ってみる。

行ってみれば二階建ての建物があり、その建物の一階が明るく光っていた。

更には扉も開いており、青年も『休み……じゃなかったっけっかな?』と呟きながら不思議そうだ。

それでもイナリちゃまに言われた通りに青年とチト達は足を踏み入れることにした。

 

「ごめんください……」

「ごめーんください!」

 

 青年は開いている扉を軽く叩き『ごめんください』と一言告げてから入った。

チトとユーリもそれに習って、中に入った。

店内は、広く仕切りの壁が存在せず吹き抜けとなっている。

そんな広い店内に幾つもの椅子や机が並んでおり、初めて見る光景にチトとユーリは目を奪われた。

 

「あー……お客さん、申し訳……おろ、××××やん! 久しぶりやな!」

「ふへ……××××?」

「おや……」

 

 チトとユーリが物珍しく店内を見ていれば、男性の声が聞こえた。

声を聞いて改めて其方に視線を向ければ、そこには三人の人が居た。

 

 一人目は最初に声を出した男性だ。

細長い顔に細い目、額には緑色のハチマキをしている。

青年を見てにっと笑う姿には、人の良さが滲み出していた。

 

 二人目は青年の姿を見て首を傾げた少女だ。

黒い髪の毛をショートカットにまとめ、目は大きくぱっちりと開いており、可愛らしい。

シズなどが着ている和服と似たような構造の服を着ているが、彼女のは腰辺りの部分が短いスカートになっており、変わっている。

それでも明るいオレンジや赤といった色を基調とし、いっぱいのフリルがくっ付いている服は彼女に良く似合っていた。

 

 三人目は椅子に座り、お茶を啜っていた少女。

此方は和服を着込み長い髪の毛を後ろで結びポニーテールの形に纏めている。

目は少々釣り上げっておりきつく、雰囲気だけで真面目そうだとチトは思った。

 

「元気そうで何よりやな!」

「まったく便りのないのは良い便りといいますが、一言あってもよいのでは?」

 

 そんな事を思っていれば、二人の女性が青年へと声を掛ける。

ショートカットの方の子は変わった喋り方をし、にっと活発そうな笑みを浮かべて喜ぶ。

長髪の方の子は言葉の中身は厳しいものであるが、表情は緩み嬉しそうなのが分かった。

 

「ほらほら! そんな所居らんでこっちに……おろ?」

「あれ……誰?」

「こ……こんばんは」

「こんばんは!」

 

 青年の背中から覗くようにしていたのでチトとユーリに気づかなかったのだろう。

男性が手招きし、青年を呼んだ際に二人に気付き不思議そうな声をだした。

その声を聞いて青年はチトとユーリが後ろに居た事に気付き、二人の背を押して三人の前に押し出す。

前に出されれば、挨拶をするしかない。

今まで一番多い視線に晒され、チトは恥ずかしさを感じながらも丁寧にお辞儀をした。

ユーリのほうと言えば、既につゆくさの里の挨拶を忘れているのだろう、普通に手を上げて挨拶を交わす。

 

「こんばんは……××××って妹が三人やったっけ?」

「いえ……そんな話は聞いた事ないですね。 確か妹さんは一人だと聞いた覚えが……」

 

 ショートカットの子が首を傾げそんなことを言った。

それに合わせて長髪の子も不思議そうにしている。

そんな二人を見てチトは青年に挨拶周りしたのではと聞いた。

聞かれた青年と言えば『ギンジロウさんとコマリはお店が休みだったし、カスミは寺小屋で里に居なかったからね』と教えてくれた。

 

「えっと……春から××××の牧場で働くことになったチトです」

「同じくお世話になっているユーリです!」

「あぁ……噂の」

「本当やったんか……」

 

 自己紹介をした後、チトは緊張しつつも相手の反応を待つ。

今度は受け入れてもらえるだろうか、それともモリヤの時のようになるのかと思考が回る。

何度か深呼吸をした後、隣に居るユーリの手を握った。

握れば、ユーリもまた素直に受け入れてくれてぎゅっと手を握り返す。

 

「なぁ……牧場の仕事ってどう思う?」

「え……?」

 

 ユーリと共に待っていれば、ショートカットの子が近くに来てチトとユーリの目を覗いてきてそう言った。

最初こそ何を言われたのか分からなかったチトであるが、話の内容を理解し考え込む。

 

(牧場の仕事……)

 

 聞かれて改めて、チトは考えた。

最初に思った事が大変と言う事だ。

チトとユーリが手伝った仕事と言えば、キャベツの収穫ぐらい。

経った半日手伝っただけで、疲労困憊でぐったりと倒れ込む。

他にも青年が早起きして仕事をし、動物の臭いと汚れで酷い状態になることも多々だ。

酷い時だと、お世話をしている牛に背中から激突されて青年がドロの中にダイブしている時もあった。

手と体はボロボロだ、生き物を相手にしているので休みの日などない。

 

「大変な仕事だと思う。 正直やっていけるのかなって思ったりもするよ」

「……」

「でも……」

 

 チトとユーリ、二人が前の世界で一番苦労したのが食事だ。

おじいさんと暮らして居た時でさえ、お腹一杯食べるなど稀にしかない。

旅に出れば尚更食事には困った。

何しろ自分達で生み出すといった事も出来ないし、植物さえないのだ。

昔の人々が残した缶詰やレーション、そういった物を拾い食い繋ぐ。

 

 食べ物が無くて水だけを飲んで過ごした事もあった。

一か月分の備蓄が出来ても、未来を思えばお腹一杯食べることなど出来ない。

一日三食など夢のまた夢だった。

そんな生活をしていたのだ、食料を苦労しながらも作り出している青年はチトにとって眩しいものであった。

だから、そんな仕事に関われる事はとても――。

 

「それでも……皆の口に入る食料を作る××××は凄いと思うし誇らしく思う」

「うん、美味しい物を作れるって素敵だよねー」

「簡単にまとめやがった」

 

 チトが思ったとおりの言葉を口に出す。

真剣に考えて話せば、ユーリも同調して喋る。

喋ったはいいが、ユーリの言葉はとても簡潔だ。

そのことにチトはしょうがないかと溜息を付いた。

 

「おわっ!?」

「おぉー、ちーちゃんが襲われた!」

「襲われてないって!」

「っ~~~!」

 

 喋り終えた瞬間だ。

その一瞬でチトは、ショートカットの子に抱きしめられる。

何故、そんな事をしたのかとチトは訳も分からずうろたえた。

取り合えず、助けを求めて手をばたばたとさせるもユーリも青年も見守るばかりだ。

 

「な、なにっ!?」

「っ!」

 

 わたわたとチトがしていれば、ショートカットの子は体を離しチトと真正面で向き合う。

 

「ええ子や……ええ子やね!」

「へ……え?」

「……」

 

 ショートカットの子は目を輝かせてチトにそう告げた。

 

「気に入ったわ! うちはコマリ! コマリって呼んでなー。 あっちのはうちのおとうちゃんで」

「ギンジロウや! よろしくな!」

「あれでもこの里のまとめ役なんよ」

「あれでもってのは酷いわ……」

 

 コマリと名乗った少女はテンション高く、楽しげに笑い自己紹介をしてくれた。

その中で先ほどのハチマキを巻いた男性、ギンジロウとは父子の関係らしく気軽に会話をしている。

 

「そんで、こっちがうちの親友のカスミや! 隣の町の寺小屋で先生をしとるんよ!」

「カスミです。 呼び方はお好きにどうぞ……それと、すみません。 コマリさんには悪気は無いので……」

「悪気って何や、普通に自己紹介しとるだけやろー!」

「コマリさんのテンションが高いせいでお二人が着いていけてないですよ」

「ありゃ……そりゃ悪かったな~」

 

 先ほどの静かだった時が懐かしくなるぐらいに賑やかとなった。

コマリは次々にニコニコと笑いつつ、言葉を発し続ける。

そんな彼女にチトもユーリも黙ることしか出来ず、ただただ止まるのを待った。

 

「いや……大丈夫」

「……初めて会うタイプの人だ」

 

 カスミに注意されて、我に返ったのかコマリがしゅんと軽く落ち込んだ。

そんな彼女にチトは平気と答え、隣のユーリはコマリに聞こえない程度の声でぼそりと呟く。

 

「それにしても××××も人を雇うようになったんやなー」

「良い事ですね。 あの牧場はどの里からも離れてますし、お一人で住んでたので便りがないと心配で心配で」

「あー……昔から無茶してるんだね、××××」

「無茶ってもんじゃないわ! 地面に倒れてるのをおとうちゃんが見つけた時もあるんよ?」

「あぁ……あったなー。 俺もあれには、心底驚いたわ」

「そんなことがあったのか……」

 

 人が六人も揃えば会話も賑やかとなる。

チトとユーリはこんなにたくさんの人と会話をするのは初めての経験で少し戸惑う。

しかし、話題が青年の事になり喋りやすくなれば会話にも混じれた。

ただ、話題の中心となった青年は何処か居心地悪そうである。

 

「チトちゃんとユーリちゃんが居るんやから、無茶したらあかんからな!」

「そうですよ。 ××××さんが無茶をして倒れたら、二人に迷惑が掛かります」

「××××凄い攻められてるね」

「あんな広い牧場を機械なしで一人でやっていたんだ。 他の人から見れば気が気じゃなかったんだろう」

「そうなんよ! 分かってくれるかー? チトちゃん」

「まぁ……分かる」

 

 次々に投げかけられる言葉に青年はたじたじだ。

視線があちら此方に飛び、一生懸命に話題を逸らそうと試みている。

しかし、相手はコマリにカスミにチトとユーリの女子四人。

男性であり一人の青年ではどうしようもなかった。

 

「はっはっは、これに懲りたら生活面に少し余裕を持たせるべきや」

 

 そんな攻めを受けていれば、この中で青年以外では唯一の男性のギンジロウが大きく笑った。

そして、カスミとコマリが座っていた机にお茶を三つ置いてチトとユーリと青年を手招きする。

 

「ありがとう」

「ありがとお」

「丁度ええし、××××達も食べていってなー」

「何か食べるのー?」

「カスミちゃんがお土産におもろい道具を持って来てくれてなー」

「へー……」

「あっ、おとうちゃん出来たんやね」

「おうよ! 完璧や!」

 

 手招きに預かり、そのまま三人で席に座る。

席に座れば、ギンジロウはにっと笑って集まっていた経緯を話してくれた。

経緯を聞けば何かを食べると言う事でユーリがそわそわとしだす。

そんな彼女をチトは暴走しないように目を離さず、お茶に口をつけた。

 

「おぉー……! 魚だ!」

「本当だ……魚だな」

 

 暫くして、ギンジロウがお皿を持って五人の下に戻って来た。

大きなお皿の上には大量の茶色い魚が乗っている。

魚が好きなユーリは、それを見た瞬間立ち上がり、机に手をついで乗り出そうとするも首根っこを掴んだチトによって強制的に椅子に座らされた。

 

「なんや、二人はたい焼き初めてかい」

「たい……」

「やき?」

「珍しいですね。 たい焼きを初めてとは……」

 

 チトとユーリの態度にギンジロウとカスミが首を傾げた。

どうやら、二人にとってたい焼きとは知っていて当たり前と言うほどに馴染み深い物だったらしい。

不思議そうにする二人にチトはどうしようと悩む。

ここで下手な言い訳をすれば、怪しい人になってしまう。

だからと言って、誤魔化し様もと考えたときだ。

 

「そっか……初めてかー。 なら……物凄く美味しくて驚いてまうなー」

「……そんなに美味しいの?」

「うん! 何せ、うちの親友が持ってきた道具を使って、うちのおとうちゃんが作って、このたい焼きに使用されてる材料は××××の牧場の物やからな!」

 

 コマリがチトとユーリに優しく微笑み、そう告げた。

告げられた言葉に先ほどまで不思議そうだった、ギンジロウは当たり前だと胸を張る。

娘のコマリに褒められた事が嬉しいのだろう。

カスミのほうは、何となく察したのか特に何も言わずに微笑んだ。

ちなみにコマリの口から名前が出た青年は『たい焼きの材料で家の物を使う……?』と不思議そうに呟いていた。

 

「ちなみにたい焼きって言うのはな。 鯛って言う魚を形とったお菓子でなー」

「たい……これってお菓子なんだ」

「うん、甘くてめっちゃ美味いんよ」

「……確かに甘そうな良い匂い」

 

 コマリに勧められ、チトとユーリは前のお皿から一つのたい焼きを手に取る。

チトは軽く匂いを嗅ぎ、甘い甘い匂いに喉を鳴らした。

 

「……食べていい?」

「うん!」

「ちーちゃん……」

「うん、食べよう……」

「いっただきます!」

「いただきます」

 

 たい焼きを持っていれば、チトとユーリ以外の人が二人を見つめていた。

見つめている視線の数々はどれもこれも優しい目をしており、二人を見守っている。

そんな視線の中、チトはユーリと視線を一瞬合わせて二人一緒にパクっと口に入れた。

 

「あっまー……」

「あまい、あまい」

 

 ふわっふわの生地を噛み込めば先ほど嗅いだ甘い匂いが口の中を突き抜けていく。

それだけでも美味しいと感じるのに、噛み込めば更に美味さが押し寄せる。

生地の中に入っていたのは、なめらかな物だった。

舌にまったりと絡みつき、甘い。

 

「おいひ」

「うん……おいしい」

 

 舌に絡みついた物は黄色い食べ物だった。

その黄色い食べ物は、濃厚な甘さであるものの後には引かず、上品な甘さがあった。

 

「良かった。 美味いだっておとうちゃん」

「よっしゃ!」

 

 チトとユーリは隠すこともなく思ったままに感想を言う。

感想を言えば、コマリが嬉しそうに笑い、ギンジロウが立ち上がりガッツポーズを決めた。

 

「これって……なんなの?」

「どれの事ですか?」

「この黄色いの」

「あぁ……それはクリームですね。 牛乳を使用して作れる物です」

「これも牛乳なのか」

 

 嬉しそうなコマリとギンジロウを横目にユーリがカスミに中にあった黄色い食べ物に付いて聞いた。

聞かれたカスミと言えば、嫌な顔もせず、微笑みユーリの質問に答えてくれる。

答えを聞くと青年が『あぁ……家の牛乳を使ってるのか』と納得いったように手を叩いた。

 

「そや! 普通なら餡子を入れるんやけど、××××の所の牛乳があったからな。 クリームにしてみたんや」

「ふふ……××××の所の牛乳は大会でも優勝するほどの物やし、最高やろ」

「たいかい?」

「競技会の事だな。 皆が同じ物を持ち寄って、優劣を競い合うんだよ」

「へー……それじゃ××××の作った牛乳って凄いんだね」

「そうですね。 最高峰のレジェンド杯で優勝してる高級品ですからね」

「普通の牛乳に比べて何倍も値段も張るからなー。 その分美味いんやけど」

「え゛」

 

 残りのたい焼きを食べつつ、会話を続けているとカスミの言葉でチトは固まった。

というのもチトは最初のクリームシチュー以降、牛乳が好きになっていた。

その為、食事ごとに飲めれば牛乳を飲ませてもらうといった行為を続けている。

青年も何も言わず、出すので高い物と思っていなかったのだ。

 

「ちーちゃん……がぶ飲みしてたね」

「うぐっ……」

 

 しかし、話を聞けば最高峰のレジェンド杯と呼ばれる大会で優勝できるほどの高級品である事が分かり焦る。

チトはぎぎぎっと音が聞こえそうな位に小刻みに顔を動かして、隣に居る青年へと視線を向けた。

視線を向けられた青年と言えば、暢気にたい焼きを頬張っている。

 

 それでも話の流れからチトがどう思うか察していたのか青年は、ちょっとしてからチトにチラっと視線を向けた。

チトの大丈夫なのかといった視線に対して青年は最初から言う事が決まっていたのだろう。

『牧場で働いている人の特権』とだけ答えた。

 

「ええなー……羨ましいわ」

「ふふ……確かに羨ましい限りですね」

「ちーちゃん、大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも……」

 

 コマリとカスミに羨ましがられるも、チトは普段何気なく食べている物にどれだけの価値があるのだろうかと考え胃が痛くなった。

そのまま、お腹を押さえて机に突っ伏し、早めに物価や価値と言ったものの知識を付けようと思ったのであった。

 




二年目となると色々とおかしな牧場になりはてる。

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