少女牧場物語   作:はごろもんフース

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昼寝

「なぁー……ユー」

「なーにー?」

 

 牧場の一角、家の隣にある木にぶら下がっているブランコの側。

そこでチトは空を見上げながら、ユーリの名を呼んだ。

呼ばれたユーリと言えば、今にも眠りそうなだるさを隠そうともしない声で答えてくれた。

 

「私達は何をしてるんだろうね」

「さぁ……? でも、こういうのもいいよね」

「……そうだな」

 

 チトが今現在の状況をユーリに問いただす。

問いただすもユーリ自身判ってないのか、面倒臭いのかきっと面倒で話さない。

それでもチトは誰かに問いかけたかっただけなのでそれだけで満足し、目を瞑った。

 

「あたたかいなー……」

「ちーちゃん……」

「わかってるよ」

 

 目を瞑れば、冷たい風でなく暖かい風がチトの頬を擽った。

チトはそれを感じて思うままに感情を口にする。

口にして言葉に出してみれば、ユーリが呆れた声で返す。

珍しくユーリに呆れられたチトは、自分でも判っているのだが素直に現状を受け入れる事が出来ないでいた。

取り合えず、寝ることも出来ないので自分の疑問をチトは解決すべく、今日の始まりから思い返すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……」

 

 チトの朝は目覚まし時計の音から始まった。

ふぁっと大きく欠伸をして目を擦りながら、あいている手で隣にあるカーテンを開く。

開けば今日は天気が良いのか眩しいほどの太陽の光を浴びる事が出来た。

 

「……」

 

 暫しの間、目覚まし時計を止めずにぼーとする。

 

「う~ん……」

「起きろー……朝だぞ」

「あと……ごじかん」

「一生寝てろ」

「ぐえぇ……」

 

 止めないでいれば、隣で寝ていたユーリが音がやかましいとばかりに眉を顰めて寝ぼけた事を言う。

チトはそんな彼女に小さな小さな溜息を付いて毒を吐くと、そのままユーリに圧し掛かりながらベッドを抜けるべく横切った。

 

「んー……」

「うぼぁ……」

 

 ベッドの端に座り、下に置いてあったスリッパを履くとチトは改めて体をほぐす様に腕を上に伸ばし伸びをする。

ぐぐっと力を腕に込めて息を止める。

暫くその状態をキープした後、息を吐き力を一気に抜いた。

そうすれば、ぼーとしていた頭がスッキリとし頭が回るようになる。

 

「よし」

「もぉー……せっかちだな……ちーちゃんは」

「朝食の用意しないといけないだろ……しっかり起きろ」

「は~い……」

 

 パタパタとスリッパを慣らしながら、チトは洗面所に行き顔を洗う。

洗い終わった後は、歯磨きをし髪を整えてから台所へと向った。

何だかんだ言いつつもユーリもしっかりと起きたらしく、入れ替わりで洗面所に入っていった。

 

「ほら……さっさと着替えて」

「むー……」

 

 台所で水を一杯飲み終えれば、チトはタンスの前に立ち開け今日着る服を選んでいく。

一着を手に取ってみれば、のろのろとした動きでユーリも合流し同じようにタンスを開いた。

 

「……ジャージでいいよね」

「別にいいけど……昨日もジャージだったろ」

「いちいち着替える服を選ぶのが面倒になってきた」

 

 ユーリはタンスを早々に閉めて今着ていたジャージを引っ張った。

最初こそ、色んな服を着て楽しんでいたユーリであったが数日もすればこれだ。

次第に毎日着る服を選ぶのが面倒になり、遂に二日続けてジャージを選び出す。

 

 そんなユーリにチトは思うところがあるも、きつくは言わない。

元より、前の世界ではずっと同じ軍服を着込み過ごしていたのだ。

慣れるまでには時間も掛かるだろうと思ってのことである。

勿論、このままずっとジャージで過ごすようであれば意識を変える為に何かをしなければいけないとは思ったが。

 

「……」

「こんなもんかな」

 

 結局ユーリは着替える事無く、チトが悩みつつ着替える様子を眺めるだけで終わった。

チトはその場で後ろを見て裾を引っ張り、足元を見てと念入りに変な所がないかを確認していく。

何度も確認し可笑しな所がない事を確認したときだ。

パシャリと機械音が聞こえて来た。

 

「ん?」

「おー……撮れた」

「何してんだ……」

 

 音の鳴る方向を見れば、そこにはソファーに寝転んでいるユーリが居た。

よく見ればユーリの手には小さなカメラがあり、それを覗き込んでいる最中であった。

 

「何で撮った……」

「いや~、ちーちゃんのスカート姿って珍しいなーって」

「別に……珍しくはあるか……」

「あっちだとスカートなんて履かなかったしねー」

「寒かったからなー」

 

 ユーリに撮られたチトは、改めて自分の姿を確認する。

白いセーターを着込み、腰は青色のプリーツスカートでまとめ、足は黒タイツを着込んでいた。

確かにユーリの言うとおり、このような服を着る機会など皆無であり、珍しかった。

 

「そのカメラは使える?」

「うん! 前のカメラよりは小さいし撮れる量も少ないけどね」

「まぁ……××××も言ってたけど、安物だしな」

 

 話題は服からユーリの持っているカメラへと移る。

ユーリの持っているカメラは、つゆくさの里に買物に行った時にお店の客がカメラを首からぶら下げているのを見かけて買ったものだ。

値段が値段だったので、ユーリだけのお金だけでは足りず。

二人一緒にお金を出し合った。

 

「カナザワのくれたカメラって凄かったんだね」

「そうだな。 こうやって比べると性能が段違いだな」

「持ってこれればよかったのにね」

「ぬこの仲間に食われちゃったからなー」

「そうだった……美味しいのかな?」

「食べてみれば?」

「あー……」

「本当に食べたら、私が出した分のお金請求するからな」

 

 ユーリに付き合っていれば、時間が幾らあっても足りなくなる。

チトは適当に会話を流すと自分の仕事をすべく、台所へと向かった。

 

「さて……」

「ちーちゃん、今日の朝食はなにー?」

 

 台所へと着くと壁に掛けてあったエプロンを一着手に取り、服が汚れないように着込んだ。

料理をする準備を終え、チトは冷蔵庫を開けて何を作ろうかと考え込む。

 

「ハムエッグかな……」

「……ちーちゃん。 ちーちゃんの前の当番の時もハムエッグだったよ。 更に言うとちーちゃん、ハムエッグしか作ってない」

「……」

 

 卵とハムを手に取り、ユーリの質問を答えた後、チトは無言となった。

そのままユーリの無言の視線を受けつつも、フライパンを用意し温めてから油を引いた。

油は程よく暖まったフライパンの上でぱちぱちと弾け、ユーリ同様にチトを攻めるかのよう体当たりをしてくる。

 

「せめて、焦がさないでね」

「……分かってる」

 

 先にハムをフライパンに乗せ、卵を手に取り卵を割っていく。

 

「手……震えてるね」

「うるさい……集中してるんだ」

「……」

「やった……!」

 

 卵を軽く机に叩きつけ罅を入れると両手で開き中身をフライパンの上に落す。

手は震えていたが、卵は上手く割れてハムの上に綺麗に乗っかった。

 

「……ちーちゃん、ハム焦げる」

「はぁ……ユー」

 

 喜びも束の間、卵を割るのに慎重になりすぎて時間が掛かっていた。

割った卵は一つで残り四つの卵が残っており、残りが全て綺麗に割れたとしてもハムは無残な姿になる。

チトは、先ほどの喜びが嘘のように消えて溜息をついた。

そして、結局は諦めてユーリに手伝ってもらうことにした。

 

「あいよー、ちーちゃんはパンお願い」

「わかった……」

 

 チトに呼ばれてやって来たユーリは、慣れた様子で卵を手に取る。

卵を持ち、カツンと机にぶつけた後、すぐに罅に指を差し込み開く。

割れた卵からは、綺麗に黄身と白身が飛び出しハムの上に乗っかった。

ユーリが卵を持って割るまでの時間は数秒ほど、戸惑いがないというのが大きいのだろう。

 

「……」

「躊躇無くいかなくちゃ」

 

 卵を二つとも割り、そのまま焼き加減を見ながらユーリが言った。

チトはそんな得意げにしている様子を何とも言えない表情で見つつ、食パンをトースターで焼いていく。

 

「誰かも言ってたじゃん。 失敗してもそこから得られるものがあれば成功だと!」

「……得られなかったら?」

「××××なら焦げたハムでも何も言わずに食ってくれるって」

「実際食べてたなー……」

 

 トースターに食パンを入れ終えた後、チトはお皿を並べ、飲み物の用意を始める。

飲み物はユーリと青年がコーヒーでチトが牛乳だ。

準備をしている時に初めて朝食を作った時を思い出す。

初めて作った時は、ユーリが卵を粉砕しチトは焦がした。

お蔭で朝食はスクランブルエッグと焦げたハムとなった。

 

「無言で食べてたね」

「私は申し訳なさでお腹一杯になったけどな」

「できたー! ちーちゃん、パンはー?」

「焼けてる、お皿に乗っけるから乗せてって」

「がってん!」

 

 話題に花を咲かせていれば、あっと言う間に朝食が出来上がる。

お皿にパンを乗せ、その上にハムエッグを乗せていく。

チトは一枚で青年とユーリが二枚枚ずつだ。

 

「サラダも作るか」

「トマト食べたい!」

「あるかなー……」

「昨日はあったよ」

「しっかりと確認してるのな……」

 

 ハムエッグだけでは寂しいのでサラダも用意する。

チトが冷蔵庫を漁っていれば、ユーリが野菜をリクエストした。

リクエストした野菜はユーリの言う通りあり、トマトを持ちながらも冷蔵庫の中身を把握しているユーリにチトは呆れる。

 

「おかえりー」

「直ぐ出来るよ」

 

 そうこうしていれば、朝の仕事を終えて青年が帰ってきて朝食となった。

ついでに言えば、朝食の際に青年がハムの後ろを確認し、チトが不機嫌になったとだけ追記し午前中は概ねそんな感じで終わった。

 

 

 

 

 

「んー……」

「どしたの?」

「いや……ちょっとね」

 

 昼ご飯も終わり、午後の始まり。

チトとユーリは洗い終わった洗濯物を籠につめて外へと出る。

 

「何かかんがえごと?」

「考え事と言うか……さ。 あっ、そっち持って」

「あいよー」

 

 洗濯物を干すため、干し竿を二人で持ち上げて引っ掛ける。

 

「ここで暮らすようになって一ヶ月位経つでしょ?」

「そんなに経ったっけ?」

「経ったよ。 それで……春って何時から春なんだろって」

「はる……?」

 

 干し竿の準備が出来、洗濯物を一枚、一枚丁寧にシワの出来ないように干していく。

その際にチトが先ほどの話の続きをユーリにする。

 

「春だよ。 春」

「……」

 

 チトの言葉にユーリは不思議そうに首を傾げた。

 

「雪も降らなくなったし、植物も顔を出してきた」

「……」

「春になったら本格的に牧場の仕事も始まるだろ?」

 

 ユーリが自分の持っていた服を見てから、干されていく洗濯物を見る。

しかし、そんなユーリを無視してチトは洗濯物を干しながら話を進めていった。

 

「あぁ……作物作らないと」

「いや……忘れてたのか」

「忘れてた。 掃除に料理に洗濯で仕事は決まったとばかり」

 

 ユーリの言葉にチトは呆れつつも同意する。

既に青年に拾われてから一ヶ月が経ち、チトもユーリも未だに驚くことが多いが日常で過ごすならば慣れて来た。

一ヶ月前の養われるだけのチトとユーリはいない。

洗濯に掃除に朝食作りと青年が二人に教え込み、全て放り投げるように託したのだ。

 

「これも仕事……まぁ、放り投げられたとも言うけど」

「私達が家事出来る様になったら、××××家に居る事が前にまして少なくなったよね」

「ほぼ外だしね」

 

 そう言ってチトとユーリが畑に目を向ければ、そこには鍬を振っている青年の姿が見えた。

元気に姿勢良く、同じような動作で動き続けている。

もしも、青年の事を知らない人が見れば人型の機械か何かと思うだろう。

それほどまでに動きに無駄が無い。

 

「それで……話を戻すけど、そろそろ私達も牧場の手伝いをしてもいいんじゃないかなって」

「うえぇー……」

「うえーって何だよ」

「だってさ……私達には家事もあるし、その上で手伝うの?」

 

 チトの言葉にユーリは嫌だとばかりに表情を変えた。

 

「家事って言っても毎日掃除も洗濯もする訳じゃないんだ。 両立出来るだろう」

「うー……」

「人間は慣れる生き物なんだ。 本当に嫌だって思うような環境でなければ慣れるさ」

「あぁ……楽して生きたい」

「ダメ人間まっしぐらの反応だな」

 

 会話をしていれば、ユーリは籠に縋りつきだれんと顔をふやけさせ、チトは呆れた。

 

「でも美味しい物をいっぱい作る仕事だ。 それほど嫌じゃないだろ?」

「……まーね」

 

 もう動きたくも無いぜとばかりのユーリにチトは言葉を投げかける。

長い間、一緒に居て死線も一緒にした仲だ。

ユーリが本心で嫌だと思ってないことに薄々気付いている。

 

「ほら……残りの洗濯物を干しちゃお」

「……うん」

 

 チトが促せば、ユーリは何時もの調子で答え洗濯物を干していく。

そんな彼女をチトは少し疲れた様子でそれでいて微笑ましいと少し顔を緩めながら見た。

 

「ねぇ……ちーちゃん」

「なに?」

「春っていつから春なんだろうね?」

「……さぁ、何時からかな」

 

 残りの洗濯物を干しつつ、二人はそんな会話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人に答えがやって来たのは、洗濯物が干し終わりそうな時だった。

青年が休憩がてら家に戻ってきたのだ。

家に入る前にチトとユーリに気付いたのだろう。

青年は家に入る前に洗濯物を干していた二人に声を掛けた。

 

 『お疲れ様』『そっちもお疲れ様』と簡単な会話を交わす。

交わした後、青年が『適度に休みとってね』と口にする。

チトはどちらかと言うと、此方のセリフの様なと思うも口を閉じた。

言っても聞かなさそうであったからだ。

もし、倒れた時は倒れた時で自分達が世話をすればいいかと出来る限りでいい方向に思考を持っていく。

 

「あ……そうだ、××××春って何時から春なの?」

 

 チトがそんな事を考えていればユーリがドアノブに手を掛けた青年に声を掛けた。

声を掛けられた青年はユーリの問いに視線を空へと向ける。

チトとユーリも空に何かあるのかと思い見上げるも、そこには青い空と白い雲しかなかった。

 

「へ……? 別にいいけど」

「行っちゃった」

 

 三人で空を見上げていれば、青年が『準備をしてくるから待ってて』とだけ告げてふらっと何処かへ行ってしまう。

青年の突然の行為にチトとユーリは互いに見合わせて何がどうなっているのだろうと肩を竦めた。

 

「ねぇ……ちーちゃん」

「……」

「ちーちゃん」

「んー……」

「何やってるんだろうね」

 

 暫くすれば、青年が帰って来た。

両手いっぱいに藁を持ち、せっせせっせとチト達の隣に置いては藁を取りに戻る。

最初こそ少ない量も一回目、二回目と続けるたびに大きくなり、五回目を越える頃には大きな山となった。

 

「それで……これは?」

「こたえ?」

 

 用意が出来たのだろう。

声を掛けられてチトとユーリは青年と向き合い藁の山は一体何なのかを聞く。

チトが聞けば青年は『答え』と笑った。

 

 チトは青年から一度視線を外し、答えと言われた藁の山を見る。

藁は二人の腰ほどの高さまであり、広さは二人が横になっても問題ないほどの広さだ。

そんな藁には一枚のシーツが敷かれており、ベッドのようだと思った。

 

「寝るの?」

「……」

 

 青年は、出来上がった藁の山を指差し『ここで昼寝してみるといいよ』とにこやかに告げた。

チトは自分の考えが意外と外れてなかった事に喜ぶも、意味までは分からず首を傾げる。

ユーリが『春っていつ』と聞いたのに出てきたのが藁のベッドと昼寝。

意味が分から無すぎた。

 

(言葉で言ってくれればいいのに……)

 

 と思うもチトは口にしなかった。

青年が答えと言うからには、これが答えなのだろうと納得したのだ。

チトはそこまで思考するとユーリに乗ってみるかと視線を送った後、二人して恐る恐る乗ってみる。

行き成り寝れば言いと言われて困惑するも、答えがこれと言うのならしょうがないのだ。

 

「おぉー……布団よりは硬いけど寝れるね」

「……まぁ、地面よりはいいな」

 

乗ってみれば、藁の上は意外なほどに柔らかく二人を出迎えてくれた。

押せば静かに沈みこみ、匂いを嗅げば良い匂いがする。

日差しも暖かく、木の近くにあったので顔を日差しから守る影もしっかりとあった。

 

 まさに寝るだけの為に作られた寝床。

そんな場所にチトとユーリは二人して寝転んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……ユー」

「なーに? ちーちゃん」

 

 チトの声はいつもの様な調子でなかった。

何処となく気だるげで、リラックス状態な姿が目に浮かぶほどの緩さである。

そんな声に呼ばれて返すユーリの声も似たような状態だ。

 

「なにをしてるんだろうね……わたしたち」

 

 全てを思い出し眠たげな声でユーリに問いかけを続けた。

 

「……」

「……」

 

 しかし、ユーリは眠ったのか返答はなかった。

そのことにチトが気付き、視線を横へと向けるとぼーと空を見上げているユーリが見える。

ユーリは寝てはいなかった。

しかし身動き一つしない。

 

「ねぇ、ちーちゃん」

「んー?」

 

 そんな彼女の横顔を見ていれば、ユーリが喋りだす。

 

「空が青いね」

「……」

 

 何気ない一言、先ほどのチトの問いかけの答えではない。

しかし、その問いかけにチトは少し真面目に考え込み、視線を変えた。

視線を正面に戻せば、寝そべっている状態なので空が見える。

チトの瞳に映った空は確かに雲一つない快晴で真っ青だった。

 

 手を伸ばせば広い空に吸い込まれそうで少し怖い。

そんな恐怖と共に真っ青な空は綺麗だとも思えた。

 

「青いな」

 

 そこまで考えてチトはようやくユーリに言葉を返した。

随分の間考えたのでユーリは眠ってしまったかも知れないとも思ったが、聞かれたからには答える。

例え先ほどの質問を無視されようともだ。

 

「あっちの世界も青かったよね」

「そうだねー……」

 

 幸いにもユーリは寝ておらず、チトの言葉に反応した。

その事にチトは少し安堵しつつ相槌を打った。

 

「こんなにも違う世界なのに……空は変わらないんだね」

「……」

 

 ユーリの言葉は続いた。

今度もチトは直ぐには答えず、空をじっと眺めたまま考え込む。

確かにユーリに言われた通りだった。

チト自身、今まで気付かなかったが空は同じだった。

 

 何処に行っても灰色の世界。

人も魚も植物も居ない様な場所。

食べるものにも毎日困って、寒い日が多くて、機械音がたまにする様な所。

 

 前の世界と比べて、此方の世界はカラフルな世界。

人も魚も植物も居て、様々な生命が生きている場所。

食べるものも多くあって、毎日が幸せと驚きで満ちている様な所。

 

 あちらの世界と此方の世界は違う。

違うと似ている所なんてないと思っていた。

しかし、ユーリの言葉を聞いて改めて違ったのだと思えた。

 

(空は一緒か……確かにそうだな)

「ふふっ」

「……なに、わらってるのー?」

 

 チトはその事に気付かされ自分でも良く分からないうちに笑っていた。

そんな滲み出た様な笑いにユーリが不思議そうに聞いてくるも、これにはチトも答えられなかった。

何しろ、自分でも何故笑ったか分からないのだ。

 

「なぁ……ユー」

「なーに……?」

 

 ユーリへの返答は出来ない。

なのでチトは、先ほどの話で思い出したことをユーリに答えることにした。

返答の代わりにはならないかも知れない。

しかし、元より返答が必ず欲しいと言える様な会話でもないのだ。

 

 ただただ思うがままに言葉と言うボールを好き勝手投げ合っているだけ。

時たま、自分の気に入ったボールだけを受取ればいい。

二人の今の会話は概ねそんな感じだ。

 

「しってるかー? こっちの世界と私達が居た世界は……千二百年も離れてるんだ」

「……千二百年?」

 

 チトが告げたのは、この前知ったことだった。

二人が買ったカメラ、デジタルカメラを弄っている時にチトは西暦に気付き、この世界と自分達が居た世界が千二百年ほど離れている事に気付けた。

正し、気づけたからと言って何がどうだって話でもない。

此方の世界とあちらの世界は違う。

ただただ、それだけ離れていると言った事が分かっただけだ。

 

「そんなに長い間でも……空は変わらないんだね」

「……そうだな。 変わらないんだな」

 

 ユーリが感心した様な声で言い、チトはそれに同意した。

自分の言いたい事が伝わった事にチトは満足する。

 

「……」

「……」

 

 会話はそこで途切れた。

元々眠気がやって来るまでの繋ぎの会話であり、途切れるのも問題は無い。

 

 会話が終われば、ふぁっと小さな欠伸を一つする。

ようやく眠気がやって来たらしい。

眠気の身を任し少し疲れ目を瞑れば、ゆったりとした闇が目の前の降りてチトの眠気を誘ってくる。

静かに深呼吸すれば、藁のいい匂いが鼻を擽り心が落ち着いた。

風はチトの陽の光の暖かさで火照った体を冷ますように擽り、風の音は眠れ、眠れと言っている様に聞こえる。

 

(あぁ……なるほど)

 

 陽の光と匂いと風、それらを一体に受けてチトはようやく答えに辿り着いた。

青年の言いたい事が分かったのだ。

同時に言葉にしなかった意味も理解する。

これは言葉では説明が出来ないと納得し、チトはゆるやかに微笑んだ。

 

「ねぇ……ちーちゃん」

「んー……なに、ユー……」

「おきたらきっとさ……」

(わかってる……わかってるよ……ユー)

 

 ユーリの言葉はそこで途切れた。

しかし、チトには痛いほど言いたい事が分かっているので問題はない。

 

(きっと……この昼寝から目を覚ませば、私達の目には新しい景色が見える――だって)

 

 

 この日、この時、この場所で二人の中の何十年にも及ぶ冬が終わりを迎え春が来たのだから――。

 


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