記録
「こんなもんかな」
「何してるの? ちーちゃん」
「んー?」
いつもの家、いつもの場所。
決まった椅子に座っていたチトはユーリに声を掛けられ意識を其方へと向けた。
向ければ少しばかり濡れた髪の毛を拭いているユーリが居る。
「なにって……アルバムを整理してんだよ」
「あるばむ?」
「ほら……春も終わって夏になるし、溜まっていた写真を片付けようと思って」
「なるほど。どれどれ」
「うわっ!?」
チトが説明を終えれば、ユーリが遠慮なしにすり寄ってきた。
正確に言えば頭をチトの頬に当てて押しのけている。
そんな彼女に対して、チトは少しイラっとしながら隣の椅子を引き寄せて其方へとずれ込む。
普通であれば怒りそうなものであるが、ユーリは普通ではないので論外だ。
チトはそんなことを思って怒りを収める。
「おぉー……いっぱいあるね」
「いっぱいって……ほとんどユーが撮ったものだろ」
アルバムのページをペラペラと捲りながら呟くユーリ。
チトは忘れてるなと思い口にして返せば、案の定。
ユーリはチトの言葉を聞いて少しばかり手を止めて固まった。
「だっけ?」
「そうだよ」
アルバムから視線を此方へと移したユーリにチトは溜息をついた。
そして、あれもこれもそれもと指を差してユーリが撮った写真を教える。
「おぉー! 上手いじゃん。やるな、過去の私!」
「……」
教えてみれば、ユーリはアルバムを両手で取り上に掲げてそんなことを言う。
ユーリが目を輝かせて自画自賛すれば、呆れていたチトの正面から何かが噴き出す音が聞こえた。
目を輝かせてアルバムを見るユーリから、チトは其方へと視線を向ける。
向ければ、そこには寝巻に着替えた青年が口元を抑えてゲホゲホと咳き込んでいた。
青年はチトがアルバムの整理をしている間、ずっとテレビを見ていた。
しかし、ユーリが来て二人の会話が始まってから気になったのか聞き耳を立てていたらしい。
その結果へんてこで何時もの会話が青年の笑いのツボに入ったのだろう。
咳き込み終われば、青年はお腹を抱えて笑い声を上げ始めた。
「はぁ……ほら、分かったから座れ」
「はーい。 ねぇ、ちーちゃん」
「なに」
「なんで××××は笑ってるの?」
「……テレビが面白かったんだろ」
「ふーん」
説明をするのも面倒になり、チトは適当にでっち上げる。
そんなチトの説明にユーリはチラっとテレビを見た。
テレビの内容はアクション向けの映画でシリアスな場面を映し出している。
どう見ても笑えないシーンであり、ユーリは「変なの」と呟いて座った。
チトは一瞬「変なのはお前だよ」と言いそうになり、誤魔化しがてらお茶を啜った。
「んー……上手いと思ったけど、変なのもちらほらあるね。 ちーちゃんが撮ったやつ?」
「全部お前だよ」
「まじか」
「まじだよ」
大人しくアルバムを眺める作業に戻ったと思ったらこれだ。
ユーリは、難しそうな表情で一枚の写真を指差す。
その写真は何の変哲もない川の流れを映したものであった。
特に魚などの生物が映っているわけでもなく、全面水色を写しているだけである。
「いつだ」
「写真の上のほうに何時撮ったか書いてあるだろ」
「えっと……い、いち。じゃない、じゅー」
「十三日な春の月、十三日」
「あー……えっと、川で遊んだときだっけ?」
「そそ、マルコさんが釣りしてたときな」
「何してるのかなって近寄ったら、ちーちゃんが転んで川に落ちたときね。 夕飯に食べた魚もおいしかったね」
「……」
さっきまで何も思い出せなかった癖に変な所と食べ物関連だけ覚えている。
そんなユーリにチトは何とも言えない表情となり、無言を貫いた。
「それで何でこんなの載せてるの?」
「お前の下手な写真を記録しておこうと思って」
「……」
「……」
先ほどのやり返しでそう言ってやれば、微妙な空気となり二人は黙り込む。
しかし、そんな空気も数秒ほど経てば胡散する。
軽い言い合いは日常茶飯事だ。
むしろ、この位で仲が悪くなっていれば二人はここにいない。
「それじゃ、こっちは?」
「こっちは……種を植えたときだな」
「こっちは?」
「そっちは……」
ユーリは改めてアルバムを捲り、気になった写真を指差す。
適当に捲るので日にちなどの順番も関係ない。
「それでそっちの写真の山はなに?」
「ユーが撮った写真が多すぎて余った奴だな」
「もったいない。 全部使えばいいのに……」
「全部使ったら春だけでアルバムが終わるって」
「いいじゃん。 一つの季節に一冊のアルバムでさ」
渋ったチトにユーリはそんなことを言って写真の山へと手を伸ばす。
写真の山へと手を伸ばすユーリを見ながらもチトは、確かにと納得した。
毎年、毎年一つの季節ごとに一冊使っていれば置く場所に困るだろう。
しかし、最初の一年位はそんな贅沢をしてもいいかも知れない。
チトはそんなことを思い少しばかり微笑んだ。
「あ……」
「ん? どうした。 何か良い写真でもあった……」
写真の山を手繰り寄せて、一枚一枚見ていたユーリが声を上げる。
その声に少しばかり優しい気持ちで視線を向けるもチトはすぐに固まった。
「のぁー!」
「あっ」
その後のチトの行動は早かった。
ユーリの手から素早く写真を取ると両手で抱え込むように写真を隠す。
その際に声を上げてしまったせいでゆったりと二人の会話を聞いていたであろう青年が驚いた顔でチトを見つめる。
青年は『どうしたの?』と心配そうな表情で問いかけるも、チトは「何でもないから!」と少し叫び気味に答えた。
「ちーちゃん」
「……なんだよ」
「そんなに慌ててどうしたのさ」
「……くっ」
そんなチトの行動に呆気に取られていたユーリであったが、時間が経ち正気に戻った。
戻れば、チトの行動に対して少しずつ理解し始めたのかニヤニヤっとした顔となる。
チトもユーリのそんな表情を見てこれはからかわれるなと理解した。
相手の出方を理解してしまえば、対応など簡単なものだ。
ここは冷静に気にしない振りをしてと考えた。
「えっとね。 あの写真はねー」
「だー! バラすな! 喋るな! 口を塞げ!」
「むぐー!?」
考えるも慌てるなと言うほうが無理であった。
チトの不可思議な行動に対して、本人から話が聞けないと判断をした青年がユーリに声を掛けたのである。
その行動に対してユーリがニヤニヤ顔を崩さず青年へと答えた。
もちろん、そんな行動を目の前にしてチトが妨害しないわけもなく。
ユーリの口は呆気なくチトの手によって閉じられた。
しかしだ。
突然の事に対して深く考えずユーリの口を塞ぐといった行動を取った結果。
両手で丁寧に抱え込んでいた写真が宙を舞う。
「このー! どう見ても嫌がってるだろう!」
「だっふぇ、いーしゃひゅえんひゃん」
チトはそれに気づかず、ユーリの口を引っ張り非難する。
しかし、ユーリと言えば反省も後悔も罪悪感もなしに言い返す。
そんな二人がじゃれあっていれば写真は無事に机の上に着地した。
その写真に青年は気づき、拾い上げて写真を見る。
「あぁー!」
「見られたね」
「あぁ……」
どたばたとやりあっていればチトは青年の動きに気付き声を上げ、次第に力なく机に項垂れた。
ユーリはそんなチトと逆にどこか勝ち誇った顔で満足げだ。
「で、で、××××どう思う?」
「……おしまいだぁ」
ユーリが青年の方に体を乗り出し目を輝かせて聞いた。
聞かれた青年と言えば、写真を見てきょとんとした表情から首を傾げた後に不思議そうな表情で写真をユーリへと渡す。
そして『良い写真だよね?』と答えた。
「だよね。 何でそんなに恥ずかしいのさ」
「うぅー」
ユーリと青年が項垂れているチトへと視線を向けるとチトの耳が真っ赤になってるのが分かる。
二人にしてみれば、良い写真でチトがそこまで見られたくないと思ってることが不思議であった。
ユーリと青年がその時の出来事を思い返してみても、少し大変で少し怖くてちょっとした事件だったがそれでも最後には良かったと綺麗で大事な記憶に残るものであった。
「……こっちはいいから。 ほら、アルバムを見るんだろ!」
「おぉ……見るけどさ。 あ、××××も一緒に見る?」
写真を返されて二人にそれぞれ声を掛けられるとチトは、涙目で真っ赤である顔を上げた。
そして半ば、無理矢理振り払うかのように声を荒げてアルバムを引き寄せる。
「どこから見ようか?」
「どこからって……最初っからに決まってんだろ」
変なことを言うユーリに対して何時もの調子を戻したチトがジト目で睨み、青年は楽しそうに見守る。
先ほどまで真ん中辺りで開かれていたアルバムは最初の表紙へと戻り、改めて一ページ目が開かれた。
「最初はっと」
「春の月一日目。 初めて農作業をした時だな」
開かれたページの一枚目は、耕した畑を背景に二つのヘルメットと一つの如雨露が写された写真であった。