少女牧場物語   作:はごろもんフース

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この二人にお腹一杯クリームシチューたべさせてぇー
コーヒーの部分を修正


疑問

(……空気が暖かい)

 

 チトが最初に感じたのはそれであった。

暖かい日を除けば、チトとユーリの世界はほぼ雪で覆われている。

雪が解けるぐらいに暖かい日もあるが、上層に近づくにつれ少なくなっていった。

故に息を吸った時に感じる痛い寒さがないことに疑問に思う。

 

(昨日は何処で眠ったっけ?)

 

 包み込むような暖かさと布団の柔らかさに何時もなら直ぐに目を覚ますチトでさえ、中々に起きられない。

布団の中で目を瞑り、もぞもぞと少しばかり体を動かしては心地よさに負け眠りそうになった。

それでも眠りにつかないのはチトが真面目な性格故である。

何せ相方であるユーリが本能で行動し深く物事を考えない性格なのだ。

そんな彼女と共に居れば自然とまとめる役目はチトとなる。

 

(起きないと……起きないと!)

 

 チトは目を瞑りながらも気合を入れると快楽に抗いながら上半身を起こす。

 

(あ……ダメだ)

 

 起こそうとするも少しばかり上がった体は直ぐに布団へと戻る。

チトの精神力が低いというわけでなく、体自身が既に限界に近いのだ。

二人はケッテンクラートという乗り物で移動していたが、上層に近づいた時に壊れてしまった。

一回目の時はイシイの力を借りて直ったが、二回目の故障の時は誰の力も借りられない。

チト自身で直せば、別の所が壊れる……その繰り返しだった。

生き物に寿命があるように機械にも寿命はあるのだ。

その寿命が来たのだとチトは悟る。

 

 結局の所、ケッテンクラートと別れ必要な荷物を持って二人は旅路を進む事となった。

しかし、これが大変である。

乗り物があるとないとでは天と地ほど違う。

必要な物しか持てない上にそれを自分達で背負い歩いて行くのだ。

体力も物資の補給も道の進み具合も全てが半分以下となった。

 

 二人は体力ある限り雪に足を取られながらも歩き、疲れたら休み、持っていた物資を削り上を目指す。

今まで書き残していた日記ですらチトはお湯を沸かす燃料とし燃やした。

体力も精神も物資も全てを削っていく旅路、体が休みを求めるのも無理は無い。

 

(……気持ちいいな)

 

 チトは抗っていた理性が消えていくのを感じ取る。

次第に解けていけば思考が無くなりまた眠りに就く。

 

「!」

 

 それが起きたのは、あと少しで眠りに就けるという時であった。

チトの耳がパチンっといった物音を聞き取る。

 

「な、なに?」

 

 物音を聞き取った後のチトの行動は早かった。

先ほどは目を開けるのですら困難していたのに今回は直ぐに上半身を起こし目を開ける。

直ぐに原因を探るべくチトは辺りを見渡す。

見渡した結果、音の原因とは別の意味で困惑することとなる。

 

「……」

 

 チトが目を開けて時に目が入ったのは壁だ。

普通の壁であればチトも驚きはしない。

しかし、目の前の壁はチトの知っている壁とは違った。

まず、金属製でもなければ打ちっぱなしのコンクリートでもない。

茶色の色をしていて様々な線が入っていて金属やコンクリートよりも柔らかい……木で出来ていた。

 

(本物?)

 

 幾ら荒廃した世界といえチトも木ぐらいは見たことがあった。

旅路の途中で暖を取るために放置された角材などを使う場合もある。

しかしチトの記憶の中で壁にするほど贅沢に使われているのは見たこともなかった。

精々本の知識でそう言った物があったと記憶しているだけである。

 

(肌触りとかはレーションとか入れてある箱にそっくりだ)

 

 壁にゆっくりと手を近づけ触れてみる。

何度も触れてやはり木で出来ていると理解した。

 

「……」

 

 木で出来た壁に触れ、チトは暫く呆然とする。

困惑で頭がいっぱいになり、思考がグルグルと回りだしているのだ。

 

(ここはどこだろ……きのうはどこにとまったっけ……これはゆめ?)

 

 思考を一つ一つ編み解く様に冷静に対処をしていく。

長い螺旋階段を登り、最上層に辿り着き、何も無い事を確認し、力尽きて旅路を終えた。

 

「ユー!!」

 

 そこまで確認をした段階でチトは直ぐに己の片割れの名前を呼ぶ。

安全とか気にせずに大きな声で名前を呼び、直ぐに自分の周りを見渡す。

 

「ユー! ユーリ!」

「むむむむ」

「……はぁ」

 

 見渡せばユーリは思っていた以上に近くに居た。

チトの隣で幸せそうに枕に抱きついて眠っていたのだ。

最初は枕に顔を埋めていたので判らなかったが、何度も名前を呼び揺らせば不愉快だとばかりに唸った。

チトはそれでユーリが生きていることに安堵し、改めて冷静となる。

 

 ユーリは無事、自分自身も無事と来れば次は安全の確保だ。

改めて壁含めてチトは辺りを見渡す。

どうやら辺りに人は居ないらしく、先ほどの大声でも反応は無い。

 

(机に椅子に……暖炉、キッチンもある。完全に誰かの家だ。少しばかり豪華だけど)

 

 チトは取り合えず先に音の正体を探ることにするもこれは簡単に判った。

 

(さっきの音は暖炉の燃料が弾けた音か)

 

 チトの視線の先では暖炉には壁と同じ木が小さくカットされ燃料としてくべられている。

そのくべられた木が時折、パチンッパチンッと音を出していた。

 

(……取り合えず、ユーを起こさないと)

 

 音の正体を探り、人の気配も無い事を改めて確認しユーリへと向き直り彼女を起こす。

 

「起きろ。 ユー、ユーってば!」

「うへへへ……もう食べられないよ。 ちーちゃん」

「……はぁ」

 

 耳元で名前を呼び揺さぶるもユーリは起きない。

まぁ、元よりユーリは寝起きは悪いほうであり、チトもこのぐらいで直ぐに起きてくれるとは思っていなかった。

故にチトは何時ものように強制的に起こす方法を取る。

その方法とは主に手を大きく持ち上げ――

 

「起きろ!!」

「あいたっ!!」

 

そのまま振り下ろし殴ることであった。

 

「あいたたたっ……どうしたのちーちゃん、もう出発?」

「違う。 ユー、声を出さないようにしながら回りを見渡せ」

「変なちーちゃん」

 

 ユーリは起きれば、殴られた頬を擦りながら涙目でチトに問いかける。

本来であれば手荒な方法で起こされて怒るところであるのだろうが、この二人にとってはこれが普通だ。

ユーリが何かを仕出かし、チトが殴って止める。

それで喧嘩すら起きないのだから、この二人の仲の良さがよく判った。

 

「……」

「分かっただろ? 私達は……」

「ちーちゃん。 ついに私達あの世に来ちゃったんだね」

「そう……あの世に――ってなんでだよ」

 

 真顔でそんな事を言うユーリにチトは少し釣られそうになるも何とか突っ込みを入れる。

 

「だってほら、こんなにも暖かいし」

「暖炉あるだろ。それだよ……窓の外は雪降ってるし、外は寒いぞ」

「……なら、誰の家?」

「……」

 

 ユーリの言葉にチトは答えられない。

そもそもチトとユーリの最後の記憶は何も無い最上層。

何かあったとしても石碑以外何も無く、人の気配も影も形もなかったのだ。

それなのに此処が何処だとか分かるわけがない。

たとえ人に助けられたとしてもこれほどの環境が整った場所が何処にあったというのだろうかとチト自身疑問なのだ。

 

「おぉ! ちーちゃん、ちーちゃん」

「って、ユー勝手に動き回るな」

「そんなことより、見てよ!」

「見てって……何を」

 

 少しの間思考の海に埋もれていれば、行動派のユーリが好き勝手に部屋を歩き回っていた。

それを止めようとするよりも早く、ユーリが何かを見つけたらしい。

声が喜んでいるので悪い事ではないとチトは判断しユーリが手招きしている机と近づく。

 

「パン! パンだよ!!」

「……本当だ」

 

 机に近づけば、机の上にあったであろうパンをユーリは嬉しそうに掲げ見せてくる。

チトは少し呆気に取られるも久々のパンに目が釘付けとなった。

 

(……パンなんて何時以来だろう)

 

 視線をユーリの持っているパンからずらせば、机の上にはこれまた木で作られた籠が置いてありその中に多数のパンが置かれていた。

二人がパンを食したのはおじいさんの所に居た時のみ。それも既に何年も経っている。

 

「いっただきまーす」

「ちょ……ユーリ!」

「あーむっ」

「あっ」

 

 久々に見るパンにチトが感傷に浸っていれば事態は進行していた。

そもそも二人が最後の食事をしたのが螺旋の階段を登っている時にレーションを齧っただけ。

既に二人のお腹は空腹で限界であり、物事を考えないユーリが待つわけも無い。

それ故にユーリが、誰かの家に置いてある得体の知れないパンを食べるのも必然であった。

 

「う……」

「ユー?」

 

 パンを食べたユーリが目をぎゅっと閉じ言葉を詰まらせる。

そんな彼女に対してチトは期待と不安の入り混じった声でユーリの名を呼んだ。

 

「うまい! うまいよ! ちーちゃん!」

「……そんなにか?」

「うん! 柔らかくて、ほんのり甘くて……うまー」

「ごくり」

 

 本当に美味しいのだろう。

ユーリは幸せそうに食べた感想を告げもう一口、更に一口とパンを食べていく。

そんな彼女に対してチトは溢れ出る涎を飲み込むも手をつけない。

チトだってお腹は空いている。

二人の旅路での食事と言えば、たまにある缶詰やスープ以外ではレーションが主だ。

更に言えばケッテンクラートを失ってからは重い物、缶詰から無くしていったのでレーションしか此処最近食べていない。

それでも食べないのはチトの中に未知の恐怖があるからである。

 

 家主が居て勧めてくれるなら手を付ける。

自分の知っている場所に置いてあったら手を付ける。

ここが廃墟で残されたレーションなどであれば手を付ける。

しかし、ここにはチト達以外の人の痕跡が幾つもあるのにその人は居ない、手が付けにくかった。

 

「ちーちゃんも食べなよ。 ほら」

「いや、待て。 勝手に食べちゃダメだろ」

「大丈夫だって」

「大丈夫って……何を根拠に」

 

 先にお腹を膨らませた相棒に勧められるもチトは頑なに断る。

そんな頑固なチトに対してユーリは今更何をと言わんばかりに言い放った。

 

「机の上にお皿が二枚あるでしょ」

「……あるな」

「私達は二人居るわけで」

「そうだな」

「ほら、大丈夫」

「意味がわからない」

 

 ユーリに言われて机を見れば確かにご丁寧にもお皿とスプーン、フォークと言った食器が二人分用意されている。

 

「わざわざ食べていいよって用意してくれたんだよ」

「……でもな」

「じゃないとここに用意しとかないって」

「……」

 

 ユーリの言葉にも一理あった。

チトが視線を辺りに主にキッチンの方に向ければ、そこには食器棚が置かれていた。

理由が無ければそこに収まってるはずの食器、確かにチト達のために用意されたように見える。

 

「ダメだったら後で謝ればいいって」

「そう……かな?」

「そうだよ。 はい、ちーちゃんの分」

「そうか……うん」

 

 結局の所、チトも限界だった。

ユーリに唆されて手が伸びるほどに限界だ。

受取ったパンをほんの少しだけ見てからチトも口に入れる。

 

(柔らかい……それに甘さも丁度いい)

 

 口に入れた瞬間感動が押し寄せた。

久々に缶詰やイモ以外の食べ物を食べ、チトは軽く涙すら浮かべる。

 

(懐かしいなー……おじいさんの所で作った以来だし)

「やっぱり、ちーちゃんも食べたかったんじゃん」

「……うるさい」

「うへへへ」

 

 何時の間にか二人は椅子に座り込み、目の前のパンを入れるだけお腹に入れていく。

四個ほどあったパンを二人で食べ終わるにはさほど時間は掛からなかった。

 

「あぁ……美味しかった」

「美味しかったねー」

 

 一人二個ほどの数しか食べれなかったが、久々のまともな食事に満足感のほうが大きい。

チトは満足気に椅子の背に体を預けダレ、ユーリは机に体を預ける。

その間に二人が会話をしたのはそれだけだ。

それでも不愉快な間ではなかった、それほどまでに幸せに浸っているのだ。

 

「ところでさー、ちーちゃん」

「んー……何?」

「これってなんだろね」

「どれ?」

 

 二人でのんびりとしていれば、ユーリが思い出したかのように紙を差し出してくる。

それをチトは何の疑いも無く受取り、紙へと視線を向けた。

紙には何やら文字らしきものが書いてあり、それを見てチトは眉を顰める。

 

「どうしたのこれ」

「パンが入れてあった籠あったでしょー?」

「あったね」

「その上にさ。最初パンを隠すように布が置いてあってさ……その上にその紙が置いてあった」

「……うん?」

 

 ユーリの言葉をゆったりと聞いていたチトに緊張が走る。

 

「それって多分文字だよね。 私は読めなかったけどちーちゃんなら読める?」

「ちょっ……!」

 

 さらりと重大な事を言ったユーリにチトは慌てて紙をしっかりと見る。

確かにユーリの言葉通りそこには文字らしきものが描かれていた。

 

『起きたのであれば、ここにあるパンをどうぞ。キッチンにはクリームシチューも用意してあるので、温め直して一緒に食べてください。私は仕事があるので外にある二つ並んでいる小屋のどちらかにいます。××××より』

「……」

「どう?」

 

 書かれていた内容を見ればここの家主が食事を用意してくれていることを知らせる内容だ。

しかし、それを見たチトは眉を顰め考え始めてしまう。

 

「所々読めるんだけど……全体的に分からないな。 もう使ってない文字もたくさん入ってる」

「そっかー」

 

 残念ながらチトにも読めなかったのだ。

チトはユーリと比べて本が好きであり、知識もユーリ以上に持っている。

しかしチトとユーリの世界の文字は平仮名が変形したような文字で構成されており、漢字などは殆ど使用されていない。

平仮名が変形した文字なのでたまに読めるものがある程度だ。

 

「……ますます此処が何処だか分からないな」

「そだねー」

「だけど、一つ分かったことはある」

「なに?」

「此処には文化を持った人が居て……ここに住んでるのは大人だという事だ」

「なんでわかるの?」

 

 紙を一旦机に戻し、改めてチトは気を引き締める。

最初こそ人が居らず、夢なのではと思いもしてきてはいたがこの紙のせいで現実感が増した。

少なくとも人が此処に居り、自分達は助けられたのだと自覚したのだ。

 

 そしてチトが大人が住んでいると言った理由もしっかりとある。

チトは今現在自分達が着ている服に視線を向け、少し持ち上げた。

少し持ち上げれば着ていた服が軽く持ち上がり、チトの太股が露わになる。

普段であれば二人はヘルメットにフード付きの軍服を着込んでいた。

しかし、今現在の服装はだぼだぼの丈の合ってないシャツ一枚である。

……勿論下着は穿いていた。

 

「ここまで大きい服だしな。 大人であることは確実だろ」

「ふむふむ」

「ほら……カメラをくれたカナザワって居ただろ?」

「……居たっけ?」

「居たよ。 カナザワとかだといい感じの大きさの服だし、男性かも知れない」

「なるほどねー」

 

 そこまで考えた事を言えば、ユーリはチトと同じような服装をしている自分を見てから指が出ない裾をひらひらと動かした。

 

「取り合えず……私達の服を見つけて武器を確保しないと」

「武器……なんで?」

「何でってお前な」

 

 相手を大人の男性と仮定してチトが次に動く為の行動を提案する。

提案するもユーリは首を傾げ不思議そうにするばかりでチトは少し呆れた。

 

「武器も無い私達じゃ、襲われたらひとたまりも無いだろ」

「うーん……襲うなら寝てる間にしてるんじゃない?」

「う゛っ……」

「それにさ。 ちーちゃん……こんなにも物資が揃ってるのに何で私達を襲う理由があるの?」

「それは……その」

「?」

 

 ユーリの反論に対してチトは何も言えなくなって来る。

確かにユーリの言う通りであった。

襲うにしても二人が気を失ってる間に行なえばいい、何しろ着替えさせられているにも関わらず気付けないほどだったのだ。

抵抗らしき抵抗も出来ない。

これから危害を加えようと思っていたら、見張りも置かずに放置はしないだろう。

 

 更に言えばユーリにとって襲うとは物資の奪い合いの事を示す。

チトは他にも人間の間で成り立つ、ほかの襲うも知っているがユーリにそこら辺の知識はなかった。 

故に自分達と違い、住む所も自分達に分ける食料すらあるのに襲ってくるというのは考えつかなかったのだ。

 

「……取り合えず、外に出れるように服装だけは整えよう」

「そだね。 この格好も気楽でいいけど、外出たら寒そうだしね」

 

 あまりそっち方面に突っ込まれたくないチトは誤魔化すように提案する。

提案すればユーリも今度は反対意見を出さず頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あった!」

 

 探した服は直ぐに見つかった。

暖炉の側(燃えない位置)に綺麗に畳まれ置かれていたのだ。

ついでにチト達の荷物も一緒に置かれており、二人で安堵の溜息をついた。

二人は早速とばかりに自分達の服を取り、広げ、何事もないかを確認していく。

 

「おぉー、綺麗になってる!」

「本当だ」

「やっぱり、ここの人はいい人なんだよ! ちーちゃん」

「……そうかもな」

 

 確認すればユーリが感動とばかりに嬉しがる。

広げた服は汚れが普段以上に取れており、いい香りがしていた。

更に暖炉の側にあったので暖かくなっており、着替えるのも容易い。

そんな心遣いに流石のチトもユーリの言葉に同意を示した。

 

(……本当は夢だったりして)

 

 一人警戒していたのが馬鹿らしくなるほどの到りつくせりな展開にチトはこれは夢ではないかとまた思うようになる。

何と言うか絶望の縁を歩いていたチト達に対して今回起きていることは調子が良過ぎるのだ。

寒さに震えていれば暖炉があり、雪風を凌げる部屋を用意されていた。

お腹を空かせていれば、机の上にはパンが用意されている。

服だってそうだ、綺麗に洗濯され置かれていた。

今までの境遇を考えれば、夢ではないかと思うのも無理は無い。

 

「うん、問題ない」

「ヘルメットだけないね」

「そうだな……ヘルメットも探さないと……っ!」

「おろ」

 

 服を着替えた後、二人はいつも被っているヘルメットを探す事にする。

服と荷物が近くにあったのでヘルメットも近くにあるだろうと思い二人して辺りを探れば、扉が急に開く。

扉が開けば、外の寒い空気が入ってきてチトとユーリを襲う。

 

「……っ、ユーリ」

「うん」

 

 先ほどの緩い空気が嘘のように吹き飛んだ。

一瞬にして緊張が走り、チトの体が強張る。

隣に居たユーリでさえ、先ほどのお気楽具合と違い真面目な顔で扉を凝視していた。

何だかんだ言って、ユーリも最低限の警戒は解いていなかったのだろう。

ユーリがチトの前に出ればチトは両手でユーリの片腕を握り影から様子を伺った。

 

「……」

「……」

 

 扉を暫く見ていれば、ぬっと人影が中に入って来た。

人影はユーリよりも頭二つ分ほど大きくチトと同じ黒い髪の毛を短めに揃えている男性である。

顔は首にマフラーを巻きよく見えない。

 

 暫く声を出さずに警戒していれば、男性は頭に掛かっていた雪を手で退かし手に付いていた軍手を外し、マフラーも外す作業に入る。

扉の正面はキッチンであり暖炉の側、男性から見れば左側に身構えているチト達に気付いていない様子であった。

少しの時間が長く感じるのをチトは感じる。

それでも耐えるようにしていれば、男性の視線がチト達の眠っていたベッドへ向けられ、それから暖炉側へと移された。

 

「……」

「えっと……」

 

 マフラーを取った男性を見てチトは、今まで会った中でも一番若いと感じた。

おじいさんよりもカナザワよりも、チト達と年齢が近いのではと思うほどの青年だ。

その青年は身構える二人を見ると引き締まった顔を崩し、大らかに笑い二人に「大丈夫? 痛む所とかない? 食事は口にあった?」と聞いて来る。

思った以上に好意的な青年に対してユーリがどうしようと困惑するのがチトには分かった。

聞かれた事に対して答えられず、目が彷徨い後ろに居たチトに助けを求めるほどだったからだ。

 

「……痛む所とかはない。 あんたが助けてくれたのか?」

 

 チトはユーリと視線を少し合わせた後、頷き会話を試みる。

実際の所、文字が読めなかったので言葉が通じるかの不安などもあったが青年の言葉が分かり少し肩の荷が降りた。

取り合えず確認の為にチトが聞けば青年は二回ほど顔を上下に動かし肯定する。

肯定した後は、男性は扉を閉め足をキッチンに進めた。

動いた青年に対して二人は常に青年が自分達の正面に来るようにじりじりと体の向きを変える。

しかし、そんな行動を笑うかのように青年は気にすらしない。

むしろ「お茶を入れるから座ってて」と言って椅子を指差した後、二人に背を向けてキッチンで作業に入ってしまう。

 

「……どうする?」

「どうなってるか分からないし……会話するしかないだろ」

「だよねー」

 

 チトとユーリは暫く青年の後ろ姿を見て悩むも机に近づき待つことにした。

 

「……ありがと」

「ありがとー」

 

 ほんの数分ほど待っていれば、青年が三つのカップをお盆に載せて戻って来た。

座っていないチトとユーリに対して少しばかり不思議そうな表情をするも直ぐに気にせず椅子に座る。

そんな青年に対して警戒していたチトとユーリであるが、相手を警戒させないためにも座らないわけにも行かず、青年の正面に二人して座った。

座れば青年がお盆の上のカップを二人に差し出してくれる。

 

「これは……何の飲みも」

「……にがっ!」

「……」

 

 チトが差し出された緑色の飲み物を真面目な顔で青年に問いかけた瞬間だ。

隣のユーリがカップを早速飲み舌を出して飲み物の感想を言った。

得体の知れない飲み物を既に飲んでいるユーリに突っ込むべきか、苦いとされる飲み物の正体を促すべきかチトは少し悩む。

 

「えっと、これは? ……お茶?」

「ちーちゃん、お茶ってなに?」

「あー……お茶ってのは飲み物で茶葉って言う葉っぱをお湯で煮て出した物のはず」

「飲み物……コヒみたいなもの?」

 

 結局の所、ユーリは大丈夫そうなので彼女の反応に対して苦笑している青年へとチトは問いかけた。

青年は問いかけに対して「お茶だけど飲んだことない?」と逆に不思議そうに聞いてくる。

その問いかけに対してチトは首を横に振ってからユーリに自分の記憶の中のお茶について説明した。

お茶の説明に対して青年も頷いていたのでチトの知識は間違ってないと判断できた。

むしろユーリの言ったコヒと言う単語に青年のほうが首を傾げている。

 

「茶色くて、これと同じく苦いけど……美味い」

「……適当な感想だな」

 

 青年の問いかけに対してはユーリが答えた。

答えと言っても味の感想を言っただけであるが、それで青年も分かったらしく「もしかして、コーヒー?」と言って席を立った。

それをチトとユーリが目で追えば、青年はキッチンの棚へと行き小さな缶を持ってすぐに戻ってくる。

 

「これ! コヒだ!」

「コーヒーな、ユーリ……てかコーヒーもあるのか」

 

 戻って来た青年は缶の蓋を開け、二人へと中身を見せてくる。

中に入っているのは茶色い粉末状の物であった。

チトとユーリは互いに中身を見て、匂いを嗅いで確かめる。

確かにそれはユーリが好んで飲んでいるコーヒーと同じ物であった。

 

「飲む! ……ご馳走様。ちーちゃんは?」

「私は……お茶でいいよ」

 

 コーヒーがあることに喜んだユーリを見て、青年が「良かったら此方にする?」と聞いてくれた。

その問いかけに対してユーリは悩む事無く頷くと、苦い苦いと言っていたお茶を全て飲み干し、空いたカップを渡す。

もう一度キッチンに戻っていく青年を見送りながらもチトもお茶に口をつけた。

 

(確かに苦い……けど、何か落ち着く)

 

 ユーリの言うとおり、お茶は苦かった。

しかし、コーヒーと同じく苦い中にも風味があり不味い訳ではない。

むしろ、香りも良くコーヒーよりも落ち着く感じがしてチトは好きであった。

 

「「はぁ~……」」

 

 それから暫くして運ばれてきたコーヒーをユーリも口にし、二人してゆったりと息を吐いた。

 

 

 

 

 

「それで、私達が助けられた経緯なんだけど」

「ふ~ん、ふふ~ん」

 

 少し落ち着いた所でチトが青年に問いかけを再開する。

結局今の所何も分かっておらず、話に進展がない。

真実を知る為に聞いてみれば、青年は呆気なく答えた。

「仕事のため家を出たら家の前で二人が倒れていた」と。

 

「家の前に?」

「あの最上層にあった石碑って家だったんだ」

 

 チトとユーリの脳内では倒れていたのは石碑の前だ。

あれが家だったのかとか、最上層に一人で住んでるのかなど疑問が湧く。

しかし、疑問を浮かべたのは二人だけではなかった。

ユーリの言葉に対して青年も不思議そうに「最上層? 石碑?」と首を傾げる。

 

「最上層にあった石碑の前で私達は倒れてた筈……違うの?」

「いや……ほら私達が住んでる場所は海の上に作られた各階層に分かれた都市で――」

 

 

 ユーリが不思議そうに聞き、チトが改めて自分達の暮らしている都市について語る。

しかし……その言葉を聞いても青年は「なにそれ」状態であった。

彼の話曰く、ここは海の上でなく陸で都市などではない、人類は終末を迎えていなければ、戦争も起きてない、食料も豊富であり動物もたくさん居る。

 

「……」

「……」

 

 何ともチト達の話とは真反対に行く青年の話。

結局三人の話は一度も噛み合う事無く、互いに首を傾げるばかりであった。

 

「……」

「ねぇ、ちーちゃん」

「……」

「あれって、ちーちゃんが前に言ってた森だよね?」

「うん」

「ねぇ、ちーちゃん」

「なんだ」

「土あるね」

「あるな」

 

 話が噛み合わず、チトと青年は外に出て証拠を見てみようとなった。

そして外に出た結果がこれである。

チト達が知る鉄筋コンクリートの建物も機械も天井もない。

見渡す限りの森や遠くに山が見えた。

更に言えば地面の雪を退かせば、チト達の世界では珍しい土もある。

 

 青年の話によれば、春夏秋冬と言う四つの季節があり、今はたまたま雪が積もる冬の季節だと言う。

近くの雪を青年は掬い上げ、「春になれば一面が緑色に染まり、気温も暖かくなる」と言って微笑む。

しかし、チトには声が届いていない。

今までの自分達の暮らしていた中での常識が崩れ去ったのだ。

チトのショックは計り知れない。

何より、楽観的で未知の物でも好奇心で近づくユーリと違い、チトは未知の物には恐怖を抱くタイプだ。

助かったんだと思うよりも先に恐怖が来てしまった。

 

「……大丈夫?」

「っ……!」

 

 チトはその場で自分を抱くようして座り込んでしまう。

チトの頭の中で何かが弾けた。

溜まりに溜まった精神的ストレスが限界を迎えたのだろう。

今までの事がチトの頭の中でフラッシュバックし走馬灯のように流れていく。

ユーリが心配し肩に手を置いて尋ねるもチトは首を横に振るばかりで会話も出来ない位に追い込まれてしまう。

 

「どうしよ」

「……」

 

 そんな固まって動かないチトを見てユーリは彼女を抱きしめながらも困る。

色んなチトをユーリは見てきたが、こんなにも弱りきったチトを見た事が無い。

最上層に辿り着いて絶望した時でさえ、こんなには弱りきらなかったのだ。

 

「わぷっ」

 

 どう対処していいか分からず、ユーリが困っているそんな時だ。

ユーリの頭に何かが乗っかった。

 

「あっ……ヘルメット」

 

 乗っかった物を手で触り確認し、ユーリは安堵する。

頭の上にある物はお馴染みのヘルメットであった。

ヘルメットを確認し上を見上げれば、何時の間にかマフラーを巻いた青年がもう一個、チトのヘルメットを持って二人を見ていた。

 

「ありがと……何処か行くの?」

「……」

 

 チトのヘルメットを青年はユーリに渡し、家の中から持ってきたカンテラに火を灯す。

その光景をユーリはチトにヘルメットを被せながら見て、これからどうするのだろうと疑問をぶつける。

疑問をぶつければ、青年は二人に対してとても優しい目を向け言った。

 

『僕達の疑問を解消してくれる人のところ……まぁ、正確に言えば人ではないのだけど』と。

 

 

 


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