「はぁー……」
足を一歩踏み込む度に雪に埋もれた。
雪から引っ張り出し、歩けばまた埋もれる。
雪の上を歩くという行為自体はユーリ達が居た世界と同じだ。
しかし、ユーリの目に映る光景は何処も彼処も見慣れない物であった。
周りには沢山の木々があり、時折此方を伺ってヌコの様な動物達が茂みから顔を出して三人を見つめている。
水が貯まった場所もあり、そこから更に流れて川も出来ていた。
そんな見知らぬ場所をユーリはチトを背負い、カンテラの灯りを頼りに先を進む青年を追いかける。
(さかな、いないかな?)
川の隣を歩いた時に中を覗いてしまうのはご愛嬌だ。
もっとも外は暗く、川の中がどうなってるかは分からなかった。
「……」
少しばかり川でユーリは足を止めるも、すぐにざくざくと雪を掻き分け進む青年に小走りで追いつく。
三人の疑問を解消してくれる人に会いに行くと言って歩き出したのは数分前。
体力的にも精神的にもやられ動かなくなってしまったチトをユーリが背負い歩きだした。
青年は動かなくなったチトを見て「彼女だけでも寝かせておく?」と聞いてくれたがユーリは首を横に振る。
どっちにしろ、ユーリだけが話を聞いても疑問が解けると思わなかったからだ。
自分の頭の無さだけは、よく自覚している。
「何処まで行くのー?」
「……?」
「いいや。 私が背負ってる」
ユーリの問いに対して青年が心配そうに「この先の泉だよ。 ゲートをくぐったら直ぐだから……やっぱり僕が背負う?」と言ってくれる。
ユーリはこの青年が優しい人だと分かってはいた。
今の問いかけに対して、ユーリが疲れていないかと心配してくれたのだろう。
しかし、この問いかけに対しては絶対に否と答える。
頭を動かし物事を決めてくれるのがチトであれば、彼女の代わりに体を張るのがユーリの仕事だ。
少なくともユーリはそう思っており、背中に感じる重みだけは誰にも代わらせる事は出来ないと思っていた。
「ここがげーと?」
「……」
先ほどの問いかけから少し経てば異様な形をした物体が目の前に現れた。
二つの柱が左右対称に建っており、その柱の頂上をアーチ状の板が結んでいる。
アーチ状の木で出来た板の部分には何か文字らしきものが書かれているが、ユーリは読めなかった。
暫し、青年がゲートと言っている物を見上げユーリが聞いて見れば青年は頷く。
「げーとってなんなの?」
「……」
青年が頷いた後、歩き出したのでユーリも歩き出し青年に疑問をぶつける。
青年はそれに対して「町の入り口を示す物だよ。 家の扉みたいなものかな?」と自分でもよく分かってないように答えた。
「……」
答えを聞いたユーリは、一度立ち止まりゲートへと振り返る。
そして、少しの間見つめた後軽く頭を下げた。
「……おじゃまします」
「ここが泉?」
「……」
ゲートをくぐりほんの少し歩けば、青年が言っていた泉に辿り着く。
泉と呼ばれるものは上から川の水が流れ込み、小さな滝を作り出していた。
その光景を見てユーリは、何時か見た雪解け水を排出していた排水溝を思い出す。
ついでに食べた魚が美味しかった事も思い出す。
「さか、誰もいないけど……どうするの?」
「……」
ユーリはチトを背負ったまま辺りを見渡し青年へと何度目か分からない疑問をぶつける。
人に会いに行くと言ったのに辿り浮いた先は、人の影も無い所だ。
珍しい物が多く、楽しいが疑問は解消されない。
その事を視線で青年で問い詰めると青年は持って来ていたバックから何やら取り出す。
「なにそれ」
「!」
取り出したものを見て、ユーリは首を傾げる。
青年がバックから取り出したものは真っ白い棒状の物であった。
辛うじて先っぽから葉っぱのような物が生えているので植物だとユーリにも分かったが名前までは分からない。
「だい……こん? 食べ物?」
「……!」
青年は「大根だよ。 冬の野菜で食べ物」と答え自信満々に胸を張る。
青年がいかにこの大根を作るのに苦労したとか、ようやく出来のいいのがと言っているが、ユーリの耳には入らない。
既に視線は大根だけに向き、どんな味がするのだろうと涎が垂れそうになる。
(イモに近い感じがする……イモ、イモ……たべたい)
イシイに貰ったイモの味を思い出し、ユーリはふひひと笑い声を漏らす。
良く考えればパンもあったのだ、イモの一つや二つ口にすることが出来るかもしれないと希望を抱いだ。
「……」
「……」
取り合えず、大根の味を聞こうとユーリは自分の世界から戻ってきて青年を見つめる。
しかし、そこでユーリの口は開くことはなかった。
改めて青年を見れば、何やら泉のほうに体を向けており、手に持っていた大根が見当たらない。
ユーリがそっと泉に視線を落せば、ユーリの口に入る?予定だった大根が浮かんでいた。
一度それをじっと見つめてから、悲しげな瞳で青年へと視線を問いかける。
『なんで、こんなにもかなしいことをするんですか』
『いや……呼び出すのに必要な事で』
そんな会話でもなされてそうなユーリの視線を受け、青年は苦笑することしか出来なかった。
「あぁぁぁあ゛ぁぁー……」
「いたっ!?」
ユーリは先ほどまでの力強さが何処へ行ったとばかりにその場に座り込み、口からは絶望の声を漏らす。
ついでに座り込んだ際に手も離したので、自然とチトの体は地面へと倒れこみチトは頭を打った。
「んあ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~~」
「うるさい!」
「……」
先ほどの衝撃で復帰したのだろう。
ユーリの声を聞いて倒れこんだチトがユーリに一言告げる。
そして体を起こし、ユーリのヘルメットを軽く叩けばユーリがピタっと声を止めた。
「それで……ここは何処?」
「泉だって。良かった、ちーちゃん復帰したんだね」
呆然としていたチトは此処までの記憶がないらしい。
改めて自分が何処に居るのか分かってない様子で世話しなく辺りを見渡す。
そんな彼女にユーリは大根が食べられないのとチトが復帰してくれた事に哀しみと喜びを感じ抱きつく。
「ちーちゃん……だいこん……だいこん……」
「泉……だい……こん?」
むしろ大根が食べられなかったことに対することの方が大きく心を占めていた。
抱きつかれて大根、大根と耳元で囁かれ続けるチトは更に混乱に陥る。
青年は青年で大根を落とした泉に視線を向けているので説明してくれる人がいない。
取り合えずチトは混乱を収めるため、嘆くユーリに声をかける。
そんな時だ。
「な、なに?」
「うえ?」
泉が光り出したのは。
眩い光を放ち泉をチトは腕で視線を隠しながらも見つめる。
ユーリも嘆くのを止め、不思議そうに泉へと視線を向けた。
この場でこの状況に対して思考が追いついているのは、青年だけである。
「……綺麗」
「わぁ~……」
暫く見守っていれば光の中から小さな人影が現れる。
その人影はユーリ達よりも小さな少女であった。
緑色の髪をしていて髪の毛を三つ編みにして束ね、美しい顔立ちをしている。
服装その物は光に負けぬほどの白い布で出来ており、チトとユーリも本や模造品でしか見たことのない花が一杯あしらわれていた。
そんな突如光から現れた人物に対してチトとユーリは感嘆しか出てこない。
その光が出てきた少女は、静かに閉じていた目を開き三人を見つけると笑みを浮かべ口を開く。
「ぱんぱかぱーん! こんばんは、××××ちゃん! 大根ありがとうございます! それでこんな夜遅くにどうしたんですか? お困りごとでも?」
「……」
「……だいこん」
ここまで神々しいのだ。
口から出てくる言葉も神々しいものであろうと思っていたチトとユーリの希望を目の前の少女は呆気なく砕いた。
何とも軽いセルフのファンファーレと共に青年をちゃん呼びする少女、威厳も神々しさもなく親しみしか感じられない。
しかも、先ほど泉に浮かべた大根を大事そうに抱えているのも減点対象であった。
ひらひらと手を振って答える青年以外は、やはり理解が追いつかず唖然と口を開いて固まる。
正確に言えば、固まったのはチトだけであり、ユーリは大根を見た瞬間指を咥えそれ一点を見つめた。
「あれ……其方の方は?」
「……うわ!」
「……だいこん」
ぼーとチトとユーリが見ていれば、緑髪をした少女が二人に気付き近づく。
ふわっと空中を浮いて近づかれたせいでチトが声を出し驚いた。
そんなチトを見て青年もまた別の意味で驚き、二人に問いかける。
「え? ……み、見えてるけど」
「うん……だいこん美味そう」
青年が驚いたのには訳がある。
何でもこの緑色の髪をした少女は『女神ちゃま』と呼ばれる神様らしく、彼女を見れる人は大変珍しいとチトとユーリは説明を受けた。
この町でも女神ちゃまを見れるのは青年以外いないらしい。
「……女神」
「ねぇ、ちーちゃん。 女神ってなーに?」
「女神ってのは神様の女性バージョンのことだ」
「なるほど……それじゃ、この子は神様なんだね?」
「はい!」
チトの説明を受けてユーリが聞いて見れば、女神ちゃまと呼ばれている少女は元気に答えてくれた。
「まだまだ力も小さいでしゅが、これでも女神様の一人なんですよー」
「あ……」
女神ちゃまが胸を張って答え、優しい笑みを浮かべるとチトの頬に軽く手を当てる。
頬に手を当てられたチトの顔から恐怖が消え、とてもやすらいだ表情へと変化したのがユーリから見えた。
何やら当てられた手から光を放っており、それがチトを包み込むように移って行くも見える。
「だいぶ、おちかれのようですね」
「わー……あったか~い」
女神ちゃまはチトから手を離し、今度はユーリの頬にも手を当てる。
ユーリは頬から暖かい気配を感じ取る事が出来た。
心がやすらぎ軽くなり、心なしか体の疲労すらも取れたのではないかと思うほどだ。
(……そっか、極楽ってこういうことだったんだ)
幸せな気持ちになっていくのを感じ、ユーリはお風呂の事を思い出す。
何時しか吹雪の中で凍えそうな時にお湯が通っているパイプを壊してお風呂を作った事があった。
その時に「極楽」とは、とチトと会話をしたことがある。
あの時は、よく理解していなかったが今なら分かる気がした。
「それで××××ちゃんがいらっしゃったのはこの子達のことでしゅか?」
「あ……」
暫くすると女神ちゃまが手を離し、××××と呼ばれている青年へと向き直ってしまった。
その事が少しばかり名残惜しいが致し方がない。
「ユー?」
「あったかい」
「……そうだな」
ユーリはチトの後ろにつくとそのまま彼女を代わりとばかりに抱きしめる。
先ほどの光よりは暖かくないが、心地よさで言えば負けてはいない。
ぎゅーと力を入れて抱きついてもチトは何の文句もなく為されるがままとなる。
チトとユーリは暫しの間、女神ちゃまと青年の会話に耳を傾けつつゆったりと休んだ。
「なるほど……話は理解できました」
「お~……流石神様」
「ユー、茶化すな」
話し自体は少しの時間で終わった。
何やら此方の方よりも女神ちゃまのほうが事情に関して知っているらしく、スムーズに話が進んだのだ。
その事に素直に感動しユーリが手を叩いて賞賛したのだが、チトに怒られてしょぼんと落ち込み手を止める。
「まずこの子達とわたち達の世界は違う世界です」
「……」
「うん?」
理解出来たことに感動していたユーリであったが、説明の場面となると首を傾げざる終えなかった。
何しろ一発目から分からない単語が出てきたのだ。
既にユーリの頭の中では考える事を止めて、チトに聞こうという思いでいっぱいとなる。
「例えばでしゅね? 戦争をしようとなって、戦争した世界がお二人の世界で、しなかったのがわたち達の世界といった風に世界が枝分かれした一つから来たと思うのです」
「……ちーちゃん、分かる?」
「平行宇宙だな。 映画を見た時に話したろ」
「だっけ?」
「はぁ……」
既に分からずユーリが抱きしめているチトに問いかければ、難しい表情をしながらも付いていけているらしい。
逆に青年の方にユーリが視線を向ければ腕を組み、うんうんと唸っている。
此方はユーリ同様そうであり、少しばかり親近感が湧く。
「何かしらの理由で此方の世界にお二人が迷い込んでしまったみたいです」
「迷い込んだ……」
「はい、理由まではちょっと……」
迷い込んだと言う言葉にユーリの中で今までの旅路を思い出す。
様々な所に行って迷って、そのたびに正しい道を何だかんだ見つけて進んできた。
「……」
結局この世界も何時もの迷ったときに見つける施設のようなもの。
自分達が戻る世界はあちらであり、夢の様なものかとユーリは納得した。
「私達……戻っちゃうのかな」
「……っ!」
そう考え口に出したときだ。
ユーリは抱きしめているチトが微かに震えていることに気付いた。
もう一度少し強く抱きしめるも震えは止まりそうにない。
「迷い込んだってことは……帰り道が見つかったら帰らないといけないのか?」
「……」
「……ちーちゃん?」
残念ながらユーリはチトの後ろから抱き着いてるため、チトが俯いてしまうと顔が見えない。
それでも長い事一緒に居たユーリにはどんな表情をしているのか分かった。
きっと絶望の表情をしているのだろうと……何せ体だけでなく声だって震えているのだから。
「私は……私は……帰りたくない。 ユーと一緒に、一緒に……生きて……ぐす」
「……あ」
最上層に着いて絶望して、二人して覚悟を決めた。
二人であれば死ぬのも終わるのにも恐怖はないと思っていた。
しかし、それは絶望的な状況で選択肢がなかった時のことだ。
チトだって、お気楽なユーリだって死ぬのは本当は怖い。
何より、こんなに希望が残ってる世界を見せられたら誰だって死ぬ事に躊躇してしまう。
抱きしめていた手にチトの手が重なり力強く握りこまれる。
ユーリは少し痛かったが、文句も言わず、同じように力を入れ返す。
そして俯いてしまったチトに代わり、女神ちゃまに対してどうにか出来ないのかと言おうとする。
しかし、口が開かれる事はなかった。
二人の前に。女神ちゃまと二人を分かつように立つ人影が――青年が立っていたからだ。
青年は手を振って抗議していた。
「どうにかできないのか? 帰さないといけないのか? ここに住み着かせることは?」と必死に女神ちゃまに聞いている。
ユーリはそんな必死になっている青年の後姿を見て、少しばかり懐かしさを感じた。
(……あぁ、おじいさんに似てるんだ)
何故懐かしいと思うのかを考えれば答えは簡単に出る。
親から捨てられ、そんな二人を拾ってくれたおじいさん。
最後の最後の時まで大事にしてくれ、守ってくれて、ユーリ達に少しでも長く生きてもらおうと努力した人。
姿も喋り方もまったく異なる人物であるが、ユーリには何となく背中が重なって見える気がした。
「私も……できれば残りたいな。 ちーちゃんと一緒に」
「……ユー」
「おさかなもイモも食べたいし」
「おい、私はついでか」
そんな事を思っていれば、ユーリの口から本音が漏れた。
何時ものようにお気楽な口調であるが、声そのものは真剣だ。
「えっと……その、××××ちゃんもお二人もその……冷静に」
三人で何としても許してもらおうと一致団結した時であった。
何やら女神ちゃまが慌てて、三人を宥め話を聞かせようと必死になっていることに気付く。
気付いたときには女神ちゃまは、あわあわと手を振り、少しばかり涙目で三人以上に必死だ。
「言い方が悪かったです。 お二人が戻りたくないと言うのであれば、此方も無理して戻しません」
「……本当か?」
「おー……マジか」
女神ちゃまの言葉にチトは疑心暗鬼気味にユーリは願いが通じた事に驚き、青年は良かったとばかりに手を叩く。
「むぅ……わたちも悪かったでしゅが、出来ればお話は最後までしっかりと聞いて欲しかったのです」
「……ごめんなさい」
「ごめんなさい」
元より女神ちゃまも二人を戻すことを強制する様な事をするつもりは無かったらしい。
勝手にチトとユーリと青年が盛り上がってしまい、言い出せなかったと腰に手を当て怒る。
そんな女神ちゃまに対して、チトは恥ずかしさからか耳を真っ赤にさせ謝り、ユーリと青年も素直に謝った。
「もう……今度はしっかりと最後まで話を聞いて下さいね?」
「……はい」
「はーい」
青年も女神ちゃまが二人を戻そうとしていない事に納得したのだろう。
二人の前から退き、ユーリの隣に腰を下ろし並んで女神ちゃまに向かい合った。
「お二人が戻りたくないと言うのであれば、こちらは戻す気はありません」
「こちらは?」
「はい、迷い込んだ理由がわかりましぇんから……何かの拍子に戻ってしまうという事はありえるかもしれません」
「それは……」
「最後まで」
「……はい」
チトが戻ってしまうということに反応し声を上げかけるも女神ちゃまに止められる。
「なのでお二人が戻らぬように、この世界にお二人と言う種を大地に植えてしまおうと思ってます」
「植える?」
「飢える?」
よほど自信があるのだろう。
女神ちゃまは両手を腰に当て胸を張って回避方法を答える。
例によって言い方が言い方なのでチトもユーリも青年も誰も意味は通じてはいないが。
「はい、この世界にお二人を根付かせるのです! そうすれば、あちらの世界がお二人を返してと言ってきてもわたち達の力で拒否できます!」
「……根付かせる」
「えぇ、本来であればお二人はこの世界の住人でないのでわたち達の祝福を受けれません。しかし、この契約によって根付けばお二人はこの世界の住人となり、わたち達も祝福できます」
自分の姿が見える人が増えることが嬉しいのだろう。
提案をした女神ちゃまは楽しそうに両手を叩き、そう提案してくる。
しかし、ユーリには既に意味が分からず、チトの頭に自分の顔を乗せただただ聞く態勢へと移行していた。
その際にチラっとユーリが青年へと視線を向ければ、あちらも頭にクエスチョンマークを出しているような状況である。
どうもこの青年はチト寄りではなく、ユーリ寄りのようであった。
「根付かせるってどうやれば……」
「この世界には四つの季節があります」
「……確か、春、夏、秋、冬だっけ?」
「はい、その四つの季節に実る野菜を一年の間にお二人の手で育て上げて、わたちにお供えしてください」
「それだけでいいのか?」
「えぇ、野菜を育てるという事は大地と会話をすると言うことでもあります。 お二人が根付くのにもわたちが力を付けるのにも都合がいいのです」
(……よく分かんないけど、だいこんを作ればいいのかな?)
既に会話はチトと女神ちゃまの二人で行なっており、ユーリと青年が蚊帳の外に追い出されてしまった。
それでも何となくユーリは理解し、先ほどの大根を思い浮かべる。
「でもさー」
「どうした? ユー」
大根を思い浮かべた後、ユーリは疑問が浮かび質問を投げかける。
「どうやって作ればいいの? 野菜」
「……」
素朴な疑問であった。
ユーリの知っている野菜はイモだけだ。
そのイモも食料施設の機械が自動で世話をして作った物。
ユーリには作り方も育て方も謎であった。
そんなユーリの言葉にそれだけでと言ったチトも固まる。
どうやらチトも作り方も育て方も分からないらしい。
簡単と思えた課題が一気に遠くなり、チトが落ち込んだ。
「それなら問題ありません」
「え?」
「此処には野菜を作る達人がいらっしゃいますから」
落ち込んだチトとユーリを女神ちゃまが直ぐに引き戻す。
何やらこの事を告げるのが楽しいとばかりにくすくすと笑いかけている。
「ね、××××ちゃん?」
「え?」
「おー……」
そう言って、女神ちゃまが青年へと視線を向ける。
それに釣られてチトもユーリも隣に居る青年へと視線を向けた。
三人に視線を集中された青年と言えば、よく分かっていないのか「え? 僕?」とばかりに自分を指差し驚いている。
「……」
「だ、大丈夫です! 恍けてますが……ほら、この大根も立派な物で」
「ごめん。 だいこんを見たのそれが初めてで違いが分かんない」
「……食べてみれば分かるかも」
「……」
チトが女神ちゃまに疑いの目を向けると彼女は必死に青年を援護する。
持っていた大根をチトに見せつつも納得させようとするもチトは分からず、ユーリは食べたい一心で答えるばかり。
対に女神ちゃまも大根を両手で抱きかかえ落ち込んでしまう。
そんな三人を見て、ようやく青年が口を開く。
「よく分かんないけど、二人に野菜の作り方を教えて二人が春夏秋冬の野菜を女神ちゃまに渡せば、二人はここに残れるんだよね?」と。
「はい! その通りです!」
ようやく通じた事に女神ちゃまが喜べば、今度は青年も任せろと笑みを浮かべ自分の胸を叩いた。
「……いいの?」
青年の言葉にチトが顔を伺うように尋ねた。
それに対して青年は笑顔で答え「衣食住全てを任せろ」と自信満々に胸を張る。
チトがその答えに相手が男性であることに対する不安と、これからの生活への期待で微妙な表情を作ったようにユーリからは見えた。
そういえば、カナザワに対しても始終警戒してたなーとユーリはふと思い出す。
何だかんだ良い人だと分かってはいたらしいが、着いて来たいとか言ったらどうしようと日記に不安がっていた事を書いていた。
どうやらチトは大人の男性が苦手のようだ。
「大丈夫。 大丈夫、大丈夫だよ。 ちーちゃん」
「何を根拠に」
「だって……この人、ほとんど見ず知らずの私達のために神様から庇ってくれたじゃん」
「……」
「話しを聞く限り、神様とこの人は知り合いなんでしょ? それでも私達の側に立ってくれたし」
「……そうか、そうだった」
ユーリが不安を消す為に思っていた事を話せば、チトも納得したのか体の力を抜いてくれた。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「お願いします」
不安が多少軽減された所でチトとユーリは改めて青年に向き直り、頭を下げる。
そんな二人に青年はこれまた笑顔で答えてくれた。
「ふふふ。 良かったでしゅね。 ××××ちゃんの所でしたら、きっと充実した日々を過ごせますよ」
「……女神様もありがとうございました」
「神様もありがとー」
「いえいえ、あと再度言っておきますが期限は一年だけですからね?」
「……一年」
「一年……よく分かんないけど、根付く前に世界に返してーって言われたらどうするの?」
女神ちゃまにお礼を言った後、彼女が再度忠告をしてくる。
その忠告に対して二人は時間と言った物が分からず首を傾げた。
チトは時間に関してどうだったかと思い出し、ユーリはふと気になった事を聞いて見る。
先ほどの根付くと言う行為が無ければ、世界に返されてしまう可能性があると言った。
どうも話を聞く限り、そう簡単に根付けるものでもないらしい。
ならば、根付く前に返してと言われたらどうするのだろうかと。
「そのときは、わたち達の力でお二人を隠します」
「あれ……さっきは私達に祝福は出来ないって」
「はい、なので力を使うのはあちらの世界に対してになります。 世界を騙すので大きな力を使いますが、イナリちゃまと魔女ちゃまに力を貸してくれるように頼んでみます」
「イナリちゃま?」
「魔女ちゃま?」
聞いて見ると女神ちゃまはチトとユーリの知らない名前を二人ほど上げた。
二人は首を傾げるが、青年はその二人に関しても知っているらしく、なるほどと頷いている。
「××××ちゃんのお友達を助けるためと言えば、お二人も力を貸してくれるでしょう」
「……友達」
「……」
チトとユーリは再度青年へと視線を向けた。
青年は何やら照れた様子で頭を掻き、顔を赤くしている。
「それでは今夜これで……あと、たまに会話をしに来てくれると嬉しいです」
「暇になったら来るねー」
「待ってます」
最後の質問に答え、二人から質問がないと分かり、女神ちゃまが別れを告げる。
帰る際に二人に告げ、ユーリが手を振って答えれば、女神ちゃまも笑顔で手を振り消えて行った。
彼女が消えた後は、一気に辺りが静かになり三人は暫しの間、動かず黙り込んだ。
どのぐらいの時間が経っただろうか。
先ほど女神ちゃまから受取った熱が冷めてきた頃に青年が立ち上がり「帰ろう」とチトとユーリに言った。
「……ちーちゃん。帰ろうか」
「……うん、帰ろう」
カンテラを手に二人を少し遠くで青年は待ってくれる。
そんな彼を見て、ユーリは改めて口に出してチトに問いかけた。
チトは少しの間、泉と青年を見てからユーリの顔を見て彼女も帰ると口にする。
「ちーちゃんは歩ける?」
「家まで遠い? 近いならまだ歩けると思う」
先にユーリが立ち上がり、座り込んでいるチトに手を差し出す。
チトはその手を握るとそのまま立ち上がり、二人は並び手を繋いだまま、青年の待つほうへと歩いて行った。