少女牧場物語   作:はごろもんフース

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「だんろー!」

「ユーリ!」

 

 女神ちゃまに出会った後、家に戻ってくるとユーリは早速とばかりに暖炉に近づき手を当てる。

既に馴れ馴れしいユーリに比べてチトは遠慮がまだある。

ユーリに対して鋭い声を上げるも、すぐにおどおどし青年へと視線を向け暖炉に近づいていいのかを視線で問う。

そんな対照的な二人を見て青年は「いいよ、それにしても借りてきた猫のようだ」と笑いキッチンへと足を進めて消えていった。

 

(わ、笑われた!)

「あたたかーい」

「……むー」

 

 既に暖炉の前でユーリは腰を下ろし体全体で熱を受けている。

チトは青年に笑われた事で恥ずかしくなり顔を真っ赤にさせ、ユーリの隣に座ると原因の一旦である彼女をじと目で睨む。

しかし、ユーリにはそんなことよりも体を暖める事が大事なのだろう。

対して気にせずのんびりと顔を緩めている。

 

「はぁ……暖かい」

「眠くなるー」

 

 結局睨むのも止め、チトも手を伸ばし暖炉の火で暖まった。

雪、風を凌げる部屋の中の暖炉と外での焚き火では天と地ほど違う。

直ぐに外で冷えた体が暖まり、チトもユーリ同様に顔を緩める。

 

「うん? くりーむしちゅー?」

「あー……文字が読めなかったから」

 

 そんな風に二人がまったりとしていれば、青年が鍋を持って二人に「食べなかったの?」と聞いて来た。

二人は最初何のことか分からず首を傾げるも、鍋を見せられ机の上の謎の紙のことを聞かれ理解する。

文字が読めなかったことをチトが伝えれば、青年は「言葉は通じるのに不思議だ」と零し、夕食にするかとキッチンに戻って行った。

 

「くりーむしちゅー……ちーちゃんは知ってる?」

「分からない。 見た感じは白かったけど」

 

 食べ物の話となり、ユーリは先ほどの眠気が飛んでしまったらしい。

謎の食べ物のクリームシチューへの期待で目を輝かせ、チトにどんな食べ物なのかと聞く。

聞かれたチトはユーリに冷静に答えるが、此方も期待してしまっている。

遂チラチラと青年の後ろ姿を目で追ってしまうほどだ。

 

「ちーちゃんでも分からないか」

「んー……私にだって分からないことはある。 それに女神様の話を聞いただろ? ここは別の世界なんだ。 知らないことの方が多くあるに決まってる」

「なるほど……ここでのちーちゃんは私同様と言う事か」

「むっ……」

「あいた」

「少なくともお前の空っぽの頭よりかはあるよ」

 

 ユーリが何故か勝ち誇ったように、にやければチトがムっとし軽くユーリの頭を叩く。

ユーリは頭を叩かれると舌を出し、ぐえーぐえーと声をだす。

その声は嫌がってるわけでもなく、逆に嬉しそうであり楽しそうであった。

結局の所、これもまた二人のコミュニケーションであり、ユーリはチトに構ってもらえて嬉しいのだ。

 

「ん? 今度はどしたの?」

「……え、お風呂?」

 

 そんな事をしているとまたもや青年が二人へと声を掛けに来る。

どうも言い忘れていたことがあるらしく、青年は申し訳なさそうに頭を掻いていた。

そんな青年の話を聞けば、食事の前にお風呂に入って来るといいとのことだ。

 

(お風呂もあるのか……もう何でもありだな)

「おっふろー、おっふろー、ふんふふ~ん」

 

 青年が案内すると言って暖炉の側の二つの扉を指で示した。

「左側がトイレで右側が洗面所とお風呂」とそれぞれを二人に教える。

 

「おぉー鏡あるよ。 ちーちゃん」

「あるな。 それによく分からない機械も」

「こっちにも機械あるんだね」

「そりゃ……あるだろ」

 

 洗面所に入れば大きな鏡と謎の四角い機械が横に置いてあった。

それを不思議そうに思いチトが青年に尋ねれば、洗濯機と答えが帰って来る。

 

「ボタン一つで洗濯出来るとか便利すぎない?」

「ありがたいけどな。 雪解け水とかで洗うのは冷たかったし」

 

 ユーリは洗濯機の使い方を教わり、洗濯機に抱きつき「えらいえらい」と頬ずりを始めた。

体全体で嬉しさを表すユーリと違い、チトは表情を緩め感情を表した。

 

「おぉー……流石にイシイの所で入ったのよりは大きくないね」

「こら、入れるだけでもありがたいと思え」

 

 次にお風呂場へと案内され、ユーリが見たままの感想を言う。

だいぶ失礼な感想であり、チトが軽く怒るも家主である青年は気にした様子すらない。

むしろ「やっぱり三人だと色々と狭いか……家を増築しようかな」と家を大きくする算段すらしている。

 

(……ユーリもだけど、出会った人達が怒った所を見た事ない。 もしかして私って怒りやすいのだろうか?)

「どしたの、ちーちゃん?」

「……」

 

 そんな青年を見て今まで会った人々を思い返し、誰一人として怒った姿を見た事が無くチトは少し落ち込んだ。

思い返しても怒ってるのはチトばかりであり、自分がおかしいのではとさえ思ってしまった。

 

「ちーちゃん?」

「ごめん……何でもない」

 

 少しばかり自分の事を知り、青年の話を聞いて自分の心を慰めようとチトはお風呂の使い方に集中することにした。

 

「しゃんぷー、りんす、ぼでぃーそーぷ、せんがんやく」

「……これ全部用途別に分かれてるのか」

 

 シャワーの使い方、追い焚きの方法に水の出し方からお湯の出し方。

個人で使っている石鹸の数々を一つ一つ丁寧に教え込まれる。

既にユーリは考えるのも覚えるのも諦め、ただただ言われた事を繰り返す人形となった。

こうなってはチトだけが頼りであるのだが、チトもこれには苦戦する。

何せ文字が分からないのだ。

一から文字の覚えなおしである。

 

「……取り合えず、色で覚えた。 この入れ物である限りは間違える事はないと思う」

「さすが、ちーちゃん!」

「お前も少しは覚えろよ」

「別にいいよ。 ちーちゃんと一緒に入れば問題ないし」

「……」

 

 直ぐには文字を覚える事は不可能と悟り、チトは取り合えず液体の入ってる入れ物で覚える事とした。

覚えた事を言えば、ユーリが抱きつき調子言いことを言ってくる。

それに対してチトは何とも言えない表情をするもどうせ覚えないだろうし、ユーリの言うとおり一緒に入るからいいかと納得することにした。

 

「鍵を閉めるには、ここを弄ればいいのか」

 

 次に教わったのは扉の鍵の閉め方であった。

洗面所の内側から鍵が掛かる事を教わり、使用している時に間違って誰かが入らないようにしっかりと教わる。

チトは何度か鍵を回し、扉が閉まることを確認し少し安堵した。

異性と生活をしていく上でこう言った事は信頼関係を作っていく大事な要素だ。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん……鍵掛けないと何か問題あるの?」

「一緒に暮らしていく上で最低限の礼儀は必要なんだ」

「ふ~ん、別に裸ぐらい見られても平気なのに」

 

 お風呂とトイレは必ず掛けてくれと青年が懇願しているのを見てユーリが不思議そうに首を傾げた。

それに対して青年は顔を赤くし慌てるも、チトは慣れたもので何でもないように答える。

チトは本の知識などがある為、恥じらいは人並みにあった。

しかし、本を読まず人との交流を主におじいさんとチトで済ましてしまっていたユーリはそこら辺に疎い。

男性に裸を見られると言うことに対してもあまり恥ずかしいと言った感情がないらしい。

 

(……私よりもユーのほうがこの生活の上で問題かもな)

「説明終わったー? お風呂に入ってもいい?」

「待て、脱ぐな。 ××××が此処から出て鍵を閉めてからだ」

「えー……」

 

 ユーリを見てそんな事を考えていれば、待ちきれないのだろう。

ユーリが自分の服の裾に手を掛け脱ごうと動き出す。

それをチトは慌てて手を掴み止めた。

青年は自分の前で躊躇無く服を脱ごうするユーリを見て唖然と固まる。

少しの間、青年は二人の攻防を見守るもチトに名前を呼ばれ復帰し、逃げるように扉を開け部屋へと戻っていった。

 

「ユー……お前なー」

「だって久々のお風呂だし、ちーちゃんも早く入りたかったでしょ?」

「……それはその、そうだけど」

「ほらほら、早く入ろう? 上がったらくりーむしちゅーも待ってるよ!」

「……はぁ、分かったから人の服を脱がすな。 あと食べ物の事は本当に覚えてるのな」

 

 チトは青年が部屋に戻った事を確認し鍵を閉め、後ろを振り向けばユーリは服を脱ぎ終わっている。

既にお風呂に入り、上がって食事をする気満々のユーリはチトから見ても楽しそうであった。

何しろ、チトの服までを脱がそうとしてくるほどなのだ。

暫しの間、二人は服を脱がす、自分で脱ぐの攻防を繰り広げて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっふろ~!」

「待て待て、ユーリ。 体を洗ってからにしろ」

「あらう?」

「説明受けただろ」

 

 服を脱ぎ終わり、お風呂場へと二人で移動するとユーリが早速とばかりに湯船に浸かろうとする。

それをチトが腕を掴み何とか抑えると先ほど説明された事を説明しなおす。

そして大きな鏡が設置された所の前の椅子にチトはユーリを座らせる。

 

「白い入れ物の上を押して出てきた液体をすぽんじに付けて体を洗うんだ」

「……すぽんじ?」

「黄色いふわふわしてる奴」

「これか」

 

 チトは自分の再確認を含め、ユーリに一つ一つ指示を出していく。

 

「むにむにしてる。 ヌコみたい」

『ぬいー』

「……それを肌に擦り付けて泡立てて体を洗う」

「あわ……あわ、おぉー何か出てる!」

(本当に泡立った)

 

 ユーリが言われるがままに腕にスポンジを擦り付けていけば、其処から白い泡が発生しユーリの白い肌を隠していった。

何度も擦る度に出てくるのでユーリは目を輝かせ体を洗っていく。

それを見てチトは感激し、その場に座ると(椅子は一個しかなかった)もう一個のスポンジを使い泡立て体を洗う。

 

(これいいな。 汚れが簡単に落ちる……オイルとかも落ちるかな?)

「ちーちゃん、洗った後はどうすればいいの?」

「シャワーで泡を流してから髪の毛を濡らして……それから――」

 

 体を洗っていれば、ユーリから次の指示を促された。

チトがユーリを見れば確かに全身泡まみれで洗い終わっているように見える。

念のため少し観察し、しっかりと洗ったことを確認してからユーリに次の指示をだしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はぁ~……」」

 

 あれから髪もしっかりと洗い、今までの旅の汚れをキッチリと落とし二人は湯船に浸かる。

残念ながら湯船は一人用なのかユーリが足を伸ばし入っただけでいっぱいとなってしまった。

チトはしょうがなくユーリに背を預ける形、後ろから抱きしめられる形で一緒に入浴をする。

 

(ユーの奴、また……成長してる)

「うへへ……ごくらく」

 

 チトが寝転べば、丁度頭の部分にユーリの胸が当たる。

同じ物を食べ続けたのにチトの胸と比べると平原と山脈であった。

その事に少しイラっとするも口にはださない。

口に出せば気にしていると負けた気にもなる。

 

(電気も通ってる。 殆ど私達の世界と変わらない。 いや、豊富な物資に自然……私達の世界の過去のようだ)

 

 頭に当たってる物から思考を逸らし、チトは天井を見上げる。

そこには二人を明るく照らすランプがあり、電気が通ってる事が分かった。

石鹸などが豊富に使える以外はお風呂もほぼ自分達の暮らしていた世界と同じであり違和感はあまり無い。

 

(前に他の時代に生まれていれば……と思ってたけどこんな感じなのかな)

「ねぇ、ちーちゃん」

「うん……なに?」

 

 考え込んでいれば、ユーリに唐突に名前を呼ばれる。

大抵こんな時は何かしらの質問の時であり、チトは今度は何を思いついたんだろと目を細め聞く。

 

「××××はさー」

「うん」

「何で私達を受け入れたんだろ」

「んー……」

 

 話の内容はここの家の家主である青年の話であった。

 

「おじいさんの時もそうだったけど……私達二人を養うのって結構大変だよね?」

「大変も何も……凄い大変だろう」

「でも悩まなかったよね? おじいさんも××××も」

「……そうだな」

 

 ユーリの言葉で育て親のおじいさんをチトは思い出す。

色んな場所を探索して本を集める任務を受けていたおじいさん。

彼だってそんなに裕福であった訳ではない。

それでもチトとユーリを拾ってくれて、最後は自分よりも優先してくれた。

 

「……余裕があったからとか?」

「私達にはなかったものだね」

「精神的には結構あったかもな。 途中まではだけど」

「余裕かー……」

「ユーはどう思った?」

 

 思いついたことを言ってみたが、ユーリは納得していないらしい。

呟く声からも腑に落ちてなさそうであった。

 

「んー……寂しかったとか?」

「なんだそれ」

「ほら、私達は二人だけど××××は一人じゃん」

「……そういえば」

 

 ユーリの言葉にチトは改めてこの家に青年以外が居ないことに気付く。

チト達と近い年であるのに親は居ない。

言われて始めて気づいた事にチトは改めて自分には余裕がなかったのだと思う。

 

「上がったら聞いてみようか!」

「……失礼な聞き方をするなよ」

 

 結局答えは本人にしか分からない。

お風呂から上がったら、聞いてみようとなってこの話は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で私達を拾ったのー? 寂しかったの?」

「直球だな」

 

 お風呂から上がり、暖炉の前で髪の毛を乾かしつつユーリが青年に質問を投げかける。

青年とはと言えば、何やらチト達が眠っていたベッドの近くで作業をしていた。

何をしているのかと思って注意深くチトが見ていれば、それが仕切りである事が分かる。

どうやらチトとユーリの為に仕切りを作っていたらしい。

 

「お風呂でそんな話になった」

 

 青年は「いきなり、どうしたの?」と不思議そうに此方を見て首を傾げていた。

ユーリの言葉に腕を組み、天井を見上げて青年は考え込んでしまう。

それをチトとユーリが暫くの間、見守れば自分の中で結論が出たのだろう、頷いて二人へと視線を向けた。

 

「……共感か」

 

 青年の答えは「共感」であった。

「僕と初めて話した時、チトが本当に一生懸命だった。 それを聞いて助けてあげたくなった」と返って来る。

 

「共感。 なるほど、私達はさかなだったか」

「なぜ、そう言う結論になった」

 

 チトは青年の言葉に照れながらもユーリの言葉には冷静に突っ込みを入れた。

チトはきっと共感と言う言葉でユーリは途中で会った生きた魚を連想したのだろうと結論付ける。

生きた魚の入った水槽を他の機械が壊そうとしたのをユーリが魚と共感し合い助けた事はあった。

しかし、それが今回とどう繋がるのかはチトには分からなかった。

 

「つまりあれでしょ? 人は助け合う生き物なのだってこと」

 

 そうユーリが力を込めて言えば青年も笑い親指を立て肯定する。

そして「僕が困ったら助けてね」と告げてから作業を終えキッチンへと移動していった。

 

「えー……」

「いや、そこは助けろよ。 恩を返せよ」

 

 青年の言葉にユーリが嫌そうな声を上げた。

それがキッチンの彼にも聞こえたのだろう、忍び笑いが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「ごっはんー♪ ごっはーん!」

「うるせえ」

「ごめん」

 

 髪を乾かし終えれば、青年から呼ばれた。

二人が其方を見れば机に幾つかのお皿が載っており「ご飯出来たよ」と呼びかけられる。

その声を聞けば、ユーリが目を輝かせ歌いながらすぐに机に齧り付く。

チトはそれに冷静に対処するも内心は心躍らせた。

 

「おぉー……よく分からない」

「……食べたことない物ばかりだからな」

「パンだけは分かる」

「良かった。 それすら分からなくなったらお前の面倒見るの放棄するとこだった」

 

 机の上には起きてから食べたパンの他に先ほど見せられた白いスープのクリームシチューに植物てんこ盛りのお皿があった。

 

「……これはサラダかな」

「さらだー?」

 

 取り合えず席に座り、チトは植物が沢山入った器を見て記憶を呼び起こす。

本の中で何回か出てきたことのある食事に首を傾げながら呟く。

青年がそれに対して頷いたのでやっぱり本は知識は大事だとチトは思った。

 

「食べていい? いっただきま~す!」

「……いただきます」

 

 ユーリは青年に聞いてから直ぐにクリームシチューへと手を伸ばした。

そんなユーリとは正反対にチトはこの中で唯一味が分かっているパンに手を伸ばす。

やはり最初は怖かった。

 

「う……うふふふふ」

「笑うほどか」

「笑うほど美味い……なんだろまったりしててふわふわーとそれで優しい感じ」

「まったく分かんない」

 

 クリームシチューを食べたユーリが笑い、よく分からない感想を言った。

取り合えず、ユーリが食べたことでチトの中の未知の恐怖が消える。

笑いつつ美味い美味いと食べるユーリに釣られ、パンを一口だけ食べた後、クリームシチューへと手を伸ばす。

 

(いろいろと入ってる)

 

 スプーンを使い持ち上げれば、白いスープのほかにも幾つかの固形物が入り込んでくる。

その固形物は黄色だったりオレンジ色だったり赤色だったりとそれぞれが別の色合いをしていた。

取り合えず最初はスープのみと決め、具が入らないようにスープのみを口に入れる。

 

「はぁぁぁ」

「ね! ね! 美味いでしょ?」

「……美味い」

「だよねー」

 

 チトは口に入れた瞬間、自分がトロけた様に思えた。

自分の意思と裏腹に声が出てしまう。

 

(ユーの言ってた事が分かるかも、複雑な味だけど舌触りがまったりしてて優しい味だ)

「ねぇねぇ、この赤いの何? え? さかな? おぉ、さかなー!」

「立つな。 座って食え」

「はい」

 

 チトが至福を感じていれば、青年にユーリが具材を聞き「鮭、魚」と教えられ喜ぶ。

ユーリにとって魚とは初めて食べた生物であり、思い出深い食べ物だ。

そんな魚が入っていた事に喜びを隠せないのだろう。

フォークで赤い身をした魚を刺し、立ち上がると持ち上げて喜ぶ。

至福を感じてトロけていたチトであったが、相方のそんな対応を嗜めた。

 

「もぐもぐ……味は違うけど食感はさかなだ」

(赤い身をしてる。 私達が食べたのは白かったのに……本で読んだことあるような。 ……うん、味が違う。 あっちは淡白な感じだったけど、こっちは癖があって美味しい)

 

 ユーリに釣られ、チトも赤い魚を口に含む。

食べた感想と言えば、美味しいの一言。

前に食べた魚とは食感だけが似ているだけの別物であったが、これはこれでチトは好きになった。

 

(これは……なんだろ。 魚に近い感じの色合いだけど甘い……甘いけど、さとうよりも控えめで何と言うか、自然な甘さだ)

 

 チトは次に魚と似た色の四角い具を口に入れる。

口を動かし、食べた食感は魚よりかは硬い。

味自体は、甘みがあり前に食べた砂糖を思い浮かべるもあれよりかは甘さが抑えられていた。

もしもこれが砂糖のように甘かったらスープに合っていなかったかもと思い、良く考えられているとも思う。

 

「これはなに? 夕陽みたいな色の……にんじん?」

(こっちは植物、野菜か。 イモとは全然違う。 味は……スープの味が殆どだけどコリコリした食感と少し苦い……のかな? スープが飽きなくて丁度いいかも)

 

 次に食したのは緑色の植物だ。

何とも奇妙な形をしており、食感も先ほどの二つの具材より遥かにあった。

食べた結果、味については美味しいかどうかと言われたらよく分からない。

それでもこのスープと一緒に食べれば合っているとチトは思う。

何より、先ほどの二つと比べて食べていると感じる食感が良かった。

青年に答えを聞けば「ブロッコリー」と返って来る、本当に食べ物が豊富なのだとチトは改めて思い知る。

 

「ねぇ……ちーちゃん」

「ん、ユーも気付いたか」

「「イモだ(な)、 これ(は)!」」

 

 次に食べた物を二人で言い当てる。

スープと同じような色合いをしている具材。

それをチトとユーリが食した瞬間、ユーリは嬉しそうにチトはドヤ顔で言い当てる。

 

 見た目、色合いなどが少し違うが二人がよく食していたイモと食感も味も似ていた。

現に二人の声に静かに食べていた青年も「ジャガイモはあっちでも食べてたの?」と聞いて来る。

 

「うん、煮て食べたりレーションにして食べてた。 スープに入れても美味かったんだね。 ちーちゃん」

「そうだな。 入れるのは思いつかなかった」

「あ、そうだ。 まだ食べてもいい?」

「え?」

 

 懐かしい味に感動していればユーリが空になったお皿を青年に見せそう聞いた。

その言葉にチトは一瞬何を言ってるんだと思い唖然とユーリを見つめる。

 

「やたっ!」

「ちょっ、はやっ! ま、待てユーリ!」

 

 青年の許可はあっさりと降りた。

キッチンにある鍋を指差し、「あそこにある分は食っていいよ」と軽く許可される。

その事に慌てたのがチトだ。

チトはゆっくりと味わいながら食べていたせいで、まだ半分以上も残っている。 

このペースで行けばチトが二皿目に行く前にユーリは三皿目に突入するだろう。

しかも、辺りを見れば青年も一皿目を食べ終わる直前だった。

 

「おっとっと」

「あ、あ、あ、あぁぁ」

 

 ゆっくりと味わいたい、しかしお腹一杯食べたい。

チトが自分のお腹に一皿で足りるのかと聞けば、足りるわけが無いと返って来る。

深い思考に囚われ慌てていれば、ユーリが自分のお皿の縁限界までクリームシチューを入れて戻って来た。

そして丁度青年も食べ終わったのだろう。

空になったお皿を持って鍋のほうへと向かった。

 

「おっ、ちーちゃんもお腹空いてたんだねぃ」

(誰のせいだ! 誰の!)

 

 それを見て考える暇は無くなった。

チトは必死に目の前の皿にがぶり付き、自分の二皿目を死守する為に口に放り込んでいった。

 

 

 

 

 

「だいこん? これが?」

「おー……だいこんとにんじんのサラダだっけ?」

 

 チトが二皿目を無事確保出来たところで鍋の中のクリームシチューは空となった。

もしも決断が遅れていれば、ユーリが三皿目を食べチトは食べられなかっただろう。

その事にほっと安堵し、チトは再びゆっくりと食事を再開した。

そして、今度はサラダへと箸を進める。

 

 サラダは白い棒状の物とオレンジ色の棒状の野菜が重なり合って出来ていた。

周りには大きな葉っぱが器となり飾られている。

この正体が何かと聞けば「大根と人参のサラダ」と教えられた。

 

 大根は先ほど女神ちゃまの所で見ていたので二人はこれがかと見つめる。

あれほど太かった大根も食べやすく切り揃えてしまえば、影も形も無い、精々色だけであった。

最初にユーリとチトはそのままサラダを食べる。

 

(美味い。 にんじんはスープにも入ってたけど、生で食べるとこんな味になるのか。 食感も全然違う)

 

 チトはクリームシチューに入っていた人参と生で食べる人参の違いに驚きつつも口を動かす。

クリームシチューの人参は柔らかかったが、サラダだとシャキシャキとしており甘さも控えめだ。

ユーリも食感が気に入ったのだろう、口いっぱいに頬張って楽しそうに食べている。

 

「どれっしんぐ?」

「これを付けて食べればいいのか」

 

 暫しの間、そのまま食べていれば青年がサラダの隣の小さな入れ物を指差した。

何でもドレッシングと言ってサラダなどを食べる時に使う調味料とのことだ。

ユーリとチトは少しそれを見てから今度は迷わず二人して付けて食べてみる。

 

「~~~!」

(舌にピリピリ来る。 ちょっと刺激が強くてしょっぱい!)

 

 初めて感じる刺激に二人して舌を出し涙目となる。

塩を直接舐めたような刺激にチトとユーリは少しの間固まった。

 

「私は……ないほうがいいかな」

「な、慣れれば美味いと思う。 うん」

 

 結局青年が言った「ドレッシング」は二人には合わなかった。

オススメだったのかそれを聞いた青年は少し残念そうにしながらもお皿を除けてくれた。

 

「ご馳走様でした」

「でした!」

 

 サラダを食べ終わり、食事は終わる。

チトとユーリはおじいさんの所に居た時以来の満足感を味わい、二人してお腹を撫で充実した時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー、××××の親は生きてるのか」

「勝手に殺すなよ」

 

 食事を終え、机で休んでいる二人に青年がコーヒーを持ってきてくれた。

その際に「赤いカップがユーリ、青いカップがチトで僕のは緑のカップ」と言われる。

ユーリは自分専用のカップが出来た事に喜び、チトは小さくありがとうと呟き受取った。

 

 そしてコーヒーを飲みながらも情報を交換で今へと話が繋がる。

チト達の世界の食事について、青年の世界の食事について。

チト達の世界の常識について、青年の世界の常識について。

チト達の……。

 

 喋る事は沢山あった。

コーヒーを飲み終わっても話は尽きず、話は親の話題となる。

チトとユーリは勿論拾ってくれたおじいさんについてだ。

二人がおじいさんの事を語れば、青年は「自分も年老いたら、そのような人になっていたい」と言ってくれた。

その事にユーリは勿論、チトもおじいさんが誇らしく思え嬉しくなった。

 

 チトとユーリの話が終わったら次は青年の番となる。

ユーリの予想では既に……となっていたが話を聞くと違った。

青年の親はしっかりと生きており、たまに妹と共に遊びに来るのだという。

 

(……会えるのか。少し羨ましい)

 

 二杯目のコーヒーに口をつけつつチトはそう思った。

おじいさんの元を離れて既に何年もの月日が経っている。

何より、あの争いだ。

おじいさんはもう亡くなっているだろう。

 

(あの世界に比べて……本当にこの世界は――優し過ぎる)

 

 チトは今日だけで何回思った事か分からない言葉を脳裏で繰り返す。

冬だというのに全てが暖かく、心地よく、優し過ぎる世界。

それが嫌だと言う訳でもない、しかしどうしても元の居た世界と比べてしまい、少し憂鬱となってしまう。

 

(……今思えば、好きだったのかも。 あの世界も)

 

 大事な物はなくしてから気付くと何かの本で読んだなとチトは思い出す。

チトはもうあの世界に戻ろうとは思わないが、それでもあの世界の出来事はずっと覚えているだろうと思った。

 

「一人で何でここに来ようと思ったの?」

「……」

 

 其処まで考え、チトは頭を振り思考を追い出し話を聞く。

ユーリと青年の話はまだ続いている。

話の断片を拾い上げ、青年がここに一人で住んでいる理由に移ったのだとチトは分かった。

 

 ユーリが理由を聞けば「ずっと夢だった。 子供の頃に牧場を見て大人になったら自分も……自分の牧場を作りたいって」と遠い目をして答えてくれた。

それを聞いてユーリではなくチトが小さな声であるが、はっきりと伝わるぐらいで呟く。

 

「……寂しいとか悲しいとか不安にはならなかったのか?」

 

 チトの呟きに青年は「父親と言い争いになったんだ。 まだ、早いって……それで喧嘩して、絶対にやってやるって意地になって。だから不安はなかったかな」と続かせた。

 

「そうか……こんなにも優しい世界でも争いはあるんだな」

 

 静かにチトが呟けば、青年はコーヒーを一口含み頷いた。

そして青年はユーリのほうへと視線を向け苦笑する。

 

「……ぐー」

「静かだと思ったら……寝るの早いな。 はぁ」

 

 チトがそんな青年に気になって隣を見れば、ユーリが何時の間にか寝ていた。

机に顔を置き、幸せそうに涎を垂らし寝ている。

話を振ったのはユーリだったくせにと寝るの早いなとチトは呆れ、溜息をついた。

 

「おやすみ」

「……おや……すみー」

 

 結局今夜の話はここまでとなり、寝ているユーリを起こし寝る準備をしてベッドへと二人で移動する。

二人が眠るベッドは引き続き、寝ていたものとなった。

青年はソファーで寝るらしく、チトが自分達がと言ったが青年が首を縦に振ることはなかった。

 

「ふぁ……」

 

 既に限界のユーリをベッドに転がし、仕切りのカーテンを閉めれば小さな部屋が出来上がる。

チトもまた小さく欠伸をしてベッドの中へと入り込む。

ユーリと二人で狭かったがずっと二人寄り添って寝てきたので、今更であった。

 

(……最初の夜、最初の――)

 

 仕切りが閉まったことで光が遮断され薄暗くなる。

何時も使っていたものよりも何倍も柔らかい布団を被りこめば、チトの思考はあっと言う間に溶け、眠りへと落ちて行った。

 


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