12、決戦前夜
閉じ込められて15日目。サポート班は売り上げもスキル上げも順調で、チームメンバーが日々増え続けているにもかかわらず、利益を着実に積み重ね黒字幅を伸ばしている。それと上手くいくまで内容は秘密らしいが鍛冶班は先日手に入れたアニール・ブレイドを使って何か試しているようだ。
攻略班のレベル上げも順調、ただし順調すぎてチームトップレベルの者達は、第1層でのレベル上げは限界に近づいてしまっている。それもあってか、ようやく第1層のフィールドボスを倒そうということになり、始まりの街の中央広場沿いにある宿屋のラウンジにチーム魔王の攻略班と情報屋の鼠が集められた。
「ハヤト、これで全員?」
「ああ。ハルノさんに集めるように言われたチーム魔王の攻略班でレベルが15を超えている者は37名だから全員集まっているよ」
いくら大きな宿屋のラウンジとはいえ、40人近い武装した人間が集まると狭く感じる。しかも、これからフィールドボスを倒そうとする意気込みからか熱気も凄い。昔の俺なら、こんな雰囲気の場所に来たら即Uターンしてバックレるまであったな。ユキノやコマチに首根っこをひっ捕まれて連れ戻されるまでがワンセットだろうけど。
「そう、じゃあ始めよっか。アルゴちゃん、情報を宜しく~」
「アイヨ、まずベータテスト時の情報から話していくヨ」
鼠が言うには、フィールドボスの名前は『コボルト・ジェネラル』。HPバーは2本。身長4メーターくらいで両手槍を装備している。特に変わった攻撃はしてこないが、HPバーが赤くなると攻撃力と攻撃速度が上がるのが唯一の注意点か。
ただし、このボスには取り巻きがいて名前は『コボルト・ソルジャー』。HPバーは1本で、身長は2.5メーターくらい。フィールドボスとの戦闘開始と同時に3体湧いて、武器はそれぞれ違うものを装備しているらしい。倒した後のリポップは無しとのこと。
それとボスはコボルト・ソルジャー3体全員が倒されるまで動き出さないとのこと。たぶん、こちらから攻撃を仕掛けないかぎり待機状態なのだろう。
「ココまでが、ベータテスト時の第1層フィールドボスの情報ダヨ。何か質問はあるかイ?」
「チーム内のベータテスト経験者達は、アルゴちゃんの情報に追加や訂正はある?」
βテスター達は一様に首を横に振ったりしており、特に手や声を上げるものはいないようだ。
「特に質問もないようだシ、次は確認されているベータテスト時との相違についてダナ」
「相違?何か仕様変更でもあったのか?」
「アア、ハー坊の言うとおりボスのHPバーについて仕様変更があったみたいデ、2本から3本に増やされてたのをこの眼で昨日確認したヨ」
第1層のフィールドボスから強化されている?何があったんだ?
俺の存在がバレたのか?相手はGMだ、バレていても何らおかしくない。それともベータテスト時にあまりにも弱すぎた為の仕様変更か?鼠も弱いと言っていたし。分からない、分からないが嫌な予感がする。
「大丈夫なの?現実世界のあなたの眼みたいな顔色をしているわよ」
「俺はどんな顔色をしてるんですかね。何?ゾンビ化が眼から顔にまで進行したって言いたいの?ユキノさんも大変ですね、そんな奴が彼氏で」
「私は大丈夫よ、もう慣れたもの」
「……さいですか」
慣れたって、ゾンビの部分は否定してくれないのね…まあ、いつもゾンビ扱いされてるし俺も慣れたわ。
「さすがユキノン!ハッチーのキモイ顔が一発で直ちゃったし」
「おい、キモイ顔ってなんだよ?」
「えー、気付いてないの?ハッチーって考え込むと顔がかなりキモくなるんだよ?」
「そうなのか?」
「うん、そうだ!」
「…悪かったな、迷惑かけてたみたいで」
「大丈夫!私も慣れたし」
何でこう奉仕部の女性2人は、まるで挨拶でもするように「ゾンビ」やら「キモい」やら言うのかね?まあ、見慣れるほどそんな顔を見せていた俺も俺か。
「はーい、奉仕部の3人によるじゃれあいショーは終わりかな?会議を進行するよ?」
「姉さん、じゃれあいって…」
「タハハハ…」
「うっ…すみませんでした。進行してください」
三者三様に顔を赤らめながらも会議の進行をお願いする。周りの微笑ましい家族を見るような温かい視線が痛い…
「ハチマンくん、フォーメションはどうする?」
「コボルト・ソルジャー1体に2チーム12人で対応するとして、3体で36人。ハルノさんは指揮官ですから後ろから全体の把握と指示でいいんじゃないですかね?」
「えー、それだと私の出番がないじゃない」
「指揮官なんですから自重してくださいよ。万が一の事があったらチーム魔王が崩壊します」
「ちぇっ、つまんなーい」
大丈夫なのこの人?指揮官としての自覚あるのか疑いたくなるレベル。このゲームのクリアは今やあなたの双肩にかかっているんですよ?お願いしますよ、頼りにしてるんですから。
その後、ハヤトとユキノの説得に渋々了承したハルノさんにより、今日のところは最前線の街トールバーナに移動して休息し、フィールドボス討伐は明日の14時から開始する事が告げられこの場は解散となった。
「鼠、ちょっといいか」
「ナんだいハー坊。お姉サンに愛の告白でもするつもりカ?」
「誰がするか。そんな事よりコマチとタイシはどうしてる?元気か?使い物になりそうか?」
「ハー坊は、顔を会わせるといつもそれダナ。2人とも元気だシ、頭のキレもいいからオイラも助かってるヨ」
「そうか…元気か…引き続き2人の事を宜しく頼む」
「アイアイ。シスコんのお兄ちゃんガ寂しがっているから顔を出すようにって、コーちゃんに言っておくヨ」
「ああ宜しく頼む…って、おい鼠!」
「アハハハ、またなハー坊」
笑いながら走り去って行く鼠を見送りながらも2人の無事に俺は胸を撫で下ろしていた。
ーーーーー
時刻は15時。俺達攻略班は、食事の世話や回復アイテムの補充、武器のメンテ等に必要とのハルノさんの判断からサポート班の護衛をしながらトールバーナに移動している。
「先輩~遅れてますよ。早く早く」
「イロハ、なんでお前がいるんだよ?商人班の同行は聞いてないぞ」
「先輩はバカなんですか?最前線の街なんですよ?商売しなくてどうしますか」
「いつからそんなに商魂たくましくなったんですかね…」
いいから早く早くとイロハに手を引かれて前の集団に追い付いて行く。
ヤメテ、そんなに簡単に手とか繋がないで!勘違いしちゃうでしょ?まあ勘違いのしようも無いんだろうけど。こいつも思いの外諦め悪いよな、数少ない大事な後輩に嫌われるのを怖がって強く言えない俺も悪いんだろうけど。
だけどこんな事している所をユキノに見つかったら2人して16小地獄の一つ寒氷地獄に落とされてしまう。それだけは回避しないと…
「わかった、わかったから取り敢えず手を離せ」
「ダメですよ。先輩は手を離したらどっか行っちゃうじゃないですか。そんな事を言う先輩にはこうです」
えいっ、と俺の腕に抱きついてくるイロハ。良い匂いや、柔らかい感触が……ってそうじゃない。慌てて顔を正面に向けると両拳を腰に当て仁王立ちするユキノの姿がそこにあった。
「イロハさん?」
「ひゃい!!」
「私の所有物に何をしているのかしら?」
俺の後ろに隠れてガタガタと震えだすイロハ。俺にも責任の一端はあるんだから少し庇ってやろう。
「ユキノ、遅れてた俺も悪いわけだし、そんなにイロハを……」
「あなたは黙っていなさい」
「……はい」
俺弱ぇぇぇ、言葉でユキノに勝てるわけはないけど一言で何も言えなくなってしまった…
次の手を打たなければ凍え死にそうだが何も思い浮かばない。
「ユキノン!」
「急に抱きつかないでくれるかしら、暑苦しいわ。それに今はそんな事をしている場合じゃ……」
「えへへへ」
「何を笑っているのかしら?聞こえなかったの?今は……」
「えへへへ」
「だから何を……」
「えへへへ」
「…………」
ユキノ沈黙。
ユイッチさん、ぱねっす。急にユキノに抱きついたと思ったら、会話の要所を上目使いの笑顔で断ち切り最終的には黙らせてしまった。次の機会には俺もその手を使ってみよう。俺の上目使い…キモいか?キモいな…うん、やめよう。なんの躊躇もなく黒鉄宮に送られそうだ。
「もういいわ、ぐずぐずしていないでトールバーナに早く向かいましょう」
踵を返して歩き出すユキノを確認したのか、俺の後ろのイロハから声が掛かる。
「先輩…怖かったです…」
「ああ、怖かったな。これに懲りたらもうこんな事するんじゃないぞ」
「そうそう、ユキノンはああ見えて独占欲が強いから気をつけないとね」
「ユイッチ、まじ助かったよ。ありがとうな」
「ユイ先輩、ありがとうございました。でもユキノ先輩には真正面からぶつかって先輩を勝ち取りたいんです。だからこれからも攻めていきます」
「おお、確かにユキノンやハッチーには搦め手は効きづらいもんね」
「ですです」
あのー、御2人さん?本人の目の前でそういう会話は止めてもらえます?勘違いで逃げられないので…
キャイキャイ騒ぎながら遠ざかって行く2人の背中を真っ赤な顔で眺めていると入れ替わりでクライン達がこちらに近づいてくるのが見えた。
「おうおう、モテモテだなハチマン」
「うっせ、俺の気苦労も察しろ」
「モテる男の悩みってか?かぁー、俺もそんな苦労してみてぇ!」
「なんなんだよクライン、わざわざそんな事を言いに来たのか?」
クライン達の顔付きが真剣なものへと変わる。
「いや、これからボス戦って考えたら、柄にもなくみんな緊張しちまってな」
頭をガシガシと掻くクライン。
「なんか騒いでるのが見えたから混ざって、笑いでもとって緊張を解そうかなと…」
ばつが悪そうに目を反らすクライン達。俺は小さく溜め息を1つ吐き、からかわれるのは勘弁願いたいがと前置きして話しだす。
「デスゲームと化したこの世界で戦闘前、特にボス戦前に緊張しない奴はいないんじゃないか?知らんけど」
「あんなに強い八の字でもか?」
「ああ、緊張してるよ。見ろこの手を」
クラインの前に小刻みに震える掌を差し出す。
「なんか安心したぜ。ハチマンでも緊張してるんだな」
「ああ、それと戦闘前の緊張を解すという意味ではお前の考えもありなんじゃないか?笑いをとるなんて俺には絶対出来ない芸当だよ」
「そうか?」
「ムードメーカーとして働いてくれればハルノさんの負担も減らせるし」
「ハルノさんの役に立てるのか…なんかやる気が出てきたぜ!」
カラ回りしてくれるなよ、と心の中で突っ込みを入れつつクライン達と肩を並べてトールバーナへの夕日に染まった道のりを進み始めた。
調子に乗って書いていましたら、前半部分だけで四千文字を超えてしまった為、①と②に分けさせて頂きます。
次回
第1層フィールドボス戦②
13、魔王舞う