今をお嘆きのお客様へ   作:ケツアゴ

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久々です


本日の商品 他人の不幸を知る力

 俺の生まれは金持ちと貧乏人の差が激しい国の掃き溜めの様な場所。

 親もなく家はボロ布と板切れを組み合わせて雨を少し和らげてくれる程度、すきま風どころか風がそのまま入って来る様な家とも呼べない酷い物。

 

 そんな場所で俺がどうやって生きて来たのかって?

 

 簡単だ、盗めば良い、奪えば良い、それしか俺には出来なかったからな。

 

 まあ、ろくに飯も食っていない小さな餓鬼が守ってくれる相手も居ないのに盗みや強盗を簡単に行える訳がないよなぁ?

 逃げても捕まるし、そんな所の大人が子供だからって泥棒に手加減なんてしてくれるかよ。

 捕まって泣きながら謝っているガリガリの餓鬼が袋叩きにあって、翌日ハエがたかるそいつに似た顔の餓鬼が泣きながらすがり付く姿を昨日見たばかりだが俺はあんなのゴメンだな。

 人間、食わなきゃ死ぬが、食う為の手段で死にそうになるのはふざけた話じゃねぇか。

 

 

 それならどうするって、簡単だよ、簡単。

 

 自分が弱いなら同じく弱い奴から奪えば良いんだ

 

「返して! 弟も妹も二日間何も食べてないの!」

 

「知るかよ。俺だって朝から食べて無いんだ」

 

 

 例えば俺と同じ孤児の女、御大層な事に小さい弟や妹の為に捕まってボコボコにされるのも恐れずに飯を盗んでいたんだが、つまりは数人分の飯が一ヵ所に集まってくれるって事だ。

 

 放火をして住人が逃げた隙に盗みに入った、路地裏ではした金で男に抱かれている女を見張ってお仕事中に服と財布を貰ってやった。

 それが俺が生きて行く為の仕事、それでも働けど働けど我が暮らし楽にならず。

 

 結局ゴミはゴミとして行くだけなのだと信じて疑わず、俺が何時奪われる側になるのかビクビクしながら過ごしていたんだ。

 

 物心着いた時から親無し家無し名前すら無しがどうやってマトモに生きられるんだ?

 奪って盗んで、それしか無理だ、それしか知らない、

 

 

 だが、そんな人生を変える切っ掛けが俺に訪れた。

 

 

 

「何か膨らんでねぇか?」

 

 俺の家はぶっちゃけ狭い、荷物なんて置く余裕が無いくらいに(そもそも置いていたら盗まれる)。

 栄養不足で細くて小さい俺が手足を丸めて漸くはみ出さずにすむ程度なんだが……ギッチギチに膨らんでいた。

 

「壊れちゃいねぇだろうな? 壊れてたらぶっ殺す! まあ、金持ってそうなら殺すんだが、金持ち様がゴミの住処にゃ入らないか」

 

 何か変な奴でも入り込んでいるんじゃないかって錆が浮かんで刃が欠けたナイフを構えて扉の代わりのボロ布を捲ると同時に入っている奴に向かってナイフを突き出せば伝わって来るのは固い感触、そしてガキッという嫌な音と共にナイフを見れば折れていた。

 

「勝手にお邪魔していたのは私の落ち度ですが、それでも急に刺そうとするのは酷くないですか?」

 

「化け物がっ!」

 

 俺の家に勝手に入っていたのは異様に手足が長い白スーツの男。

 顔面は布を巻いて目玉模様を描いているだけで一切の露出が無く、そして絶対に人間じゃないと言い切れる理由は俺が刺そうとした首:。

 

 胡散臭くて一切信用に値しないと思わせる声はその首から……正確に言うなら喉に横一文字に走った亀裂の様な口から発せられていたんだ。

 気持ちの悪い色をした舌はナイフを正面から受けてへし折ったのに傷一つ無く、後退りする俺に合わせて化け物も出て来る。

 

「私はネペンテス商会所属の商人なのですが、本日はお客様の願いを叶えるべく参りました」

 

「商人? 言っとくけれど金なんて無いし、魂もやらねぇぞ」

 

 俺でさえ身を屈めなくちゃ入れない家にどうやって入っていたのか商人を名乗る化け物は見上げる様に巨大で、俺が小さいのもあるが三倍は身長差が有るだろう。

 相手から視線を外さないで良い、この辺り一帯なら目を潰されていても歩き回れる程に慣れているからな。

 

 

 相手は化け物だ、取引なんてしてたまるか……。

 

 

「いえいえ、お題はお客様が幸福になった後で頂きますのでご心配無く。魂なんて貰いませんよ。何せ我々のモットーは今をお嘆きのお客様に最大限の幸福をお与えする事ですから」

 

「本当に、本当に幸せになれるのか? ゴミ山で生きる蛆虫みたいな俺が本当に……」

 

 目の前の存在が信用出来ないと分かっているのに自然と言葉が喉の奥から出て来た。

 相手が何者かは分からないが、それでも分かるのは今ここで手を取らないと一生俺はゴミ山の蛆虫のままだって事だ。

 

 

 

 

「それではお客様には他人の不幸を利用してでも幸福になれる為の力をお授け致しましょう! あひゃひゃひゃひゃ!」

 

「あっ、やっぱ要らないから歪んだ家を直して帰れ。勝手に使った料金も払え」

 

 でも、それでも胡散臭いんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

「……結局取引しちまったが、本当に良かったのか?」

 

 それしか俺には選択肢がなかったと分かっていても後悔は尽きない、それ程に目の前の光景は酷いものだった。

 

 いや、光景だけじゃねぇか。

 聞こえて来たんだよ、羽虫が耳元で飛んでいる様な、大きく開けた口で物を食べている時の様な、そんな不愉快な感じの音に似た声がよ。

 

 

『お前は今日抱かれる客に病気をうつされて鼻が腐り落ちる』

 

『娘を売ってまで手に入れた店を立て直す為の資金をもう直ぐスられるよ』

 

『放火の疑いで捕まって、拷問中に死んじまうのさ』

 

 俺の視界に入った通行人の何人かの背中にしがみ付いているのは醜いババアだ。

 手入れされずに絡まっている白髪にはシラミがわいていそうで、服は俺の着ているボロボロの盗品の方がマシなレベル。

 伸びっぱなしで変色した爪と骨と皮だけの手足で背中にしがみつき、黄ばんでボロボロの歯が数本残る口からヨダレと一緒に不吉な予言をしているその正体を商人はこう呼んだ……疫病神と。

 

 

「大きな不幸が待っている奴に何時何処で不幸が来るのかを知る力か。……成る程な」

 

 これは間違い無く使える力だ。

 

 普段から他人を蹴落としてでも上に行こうと企み、隙を見せれば一瞬でつけ込まれて骨の髄までしゃぶり尽くされるのがこの世界、だったら他人よりも早く誰かの不幸を利用出来るのなら俺はゴミの一生から抜け出せるかも知れない。

 

 

「先ずは彼奴だな」

 

 大金をスられるらしい男、それを見張っていれば大金を手にしたスリの居場所を知る事が出来る。

 

 奪う奴は誰かから奪われるんだよ。

 

「それじゃあ早速準備をするか……」

 

 ナイフが折れたから代わりの武器が必要だ。

 それも大人相手でも奪える様に弓矢が良い、弓矢に毒を塗って殺してでも奪い取る。

 

 悪いが俺の為に利用されてくれよ、何処かの誰かさん。

 

 

 

 結論から入ろう、上手くいった。

 大金を手にして上機嫌になったスリは家で酔い潰れていて、そんな奴の頭を石で叩いて金を奪うなんて簡単だったんだよ。

 

「ふんふん、結構入ってるし、この家にも意外と蓄えがあるな。……成る程」

 

 準備した物は次に使えば良いんだが、焦って掛けた時間が無駄になったのは不愉快だ。

 少し乱暴にタンスを漁れば出てきたのは丁寧に折り畳まれている未使用のベビー服、どうやらスリは父親になるらしい。

 

 いや、死んでるんだからなる筈だった、か?

 

「っと、モタモタしてる時間は無いか」

 

 上機嫌で酒を買ったとあっちゃ金が入ったと間抜けにも宣伝しているみたいなもんだ。

 つまり迷惑な事に強盗と鉢合わせする事もあるんだし、見つかって捕まったり後をつけられてしまうのを防ぐ為にもさっさと逃げ出そうとした時だ。

 

 奥の扉が開いて誰かが入ってきたのは。

 

「ちっ!」

 

 咄嗟に放った毒矢は相手の喉に命中、運良く悲鳴も上げずに倒れてくれたその姿を見れば腹が大きいし、スリの女房らしい。

 

「指輪とかは……無いのか」

 

 売れる物はないかと死体を調べるが貧乏人にそんなのを期待する方が間違いだ

 今度こそおさらばさせて貰うが奥にもう一人居るな。

 

 奥の虫食いだらけの小さなベッドの陰には俺より小柄な誰かが隠れていて、気が付いてないと思っているのか俺を睨んでいる。

 此奴も弓か石で始末しようと思ったが、よく考えれば矢が無駄になるし、逃げられたのを追ってモタモタするのも都合が悪い。

 

 

「まあ、奥には窓も無いからこれで良いだろ」

 

 俺は床に油を撒くと机の上の蝋燭に手を伸ばし、外に出る時に床に向かって放り投げた。

 

 おうおう、安物の油にしてはよく燃えるな。

 

 質の悪い油特有の悪臭に耐えながらも俺は小走りで去って行く。

 今考えているのは手にした大金を何に使うかだだが……。

 

 

 

「取り敢えず町を離れるか」

 

 疫病神が何人もに言っていた、伝染病が広まるってな。

 そうと決まれば遠くの町までの旅の資金と新しい生活の元手だと贅沢したい気持ちを抑え込んで俺は夜の闇へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 それから三十年の月日が流れ……。

 

 

 

「木材の買い占め、ですか? 大火事でも起きないと全部は中々売れませんし、それこそ置き場所にだって……」

 

「喋る暇があればすぐに買い占めろ。さっさとだ!」

 

 起きるんだよ、その大火事はな!

 

 モタモタする部下を叱責した俺はソファーに座り込む。

 あの痩せ細った餓鬼の頃と違って今は豊かさの象徴が全身についていた。

 

 

 

「まさか此処まで来れるとはな」

 

 人に降りかかる災難を知れるというのは需要を知れるという事につながる。

 あの金の残りを元手に露天商売から始め、今では国有数の金持ちだ。

 

 

「旦那様、例の女性が……」

 

「通せ」

 

 故に今では高級娼婦でも毎晩呼べるし、病気持ちは疫病神が教えてくれる。

 さて、楽しませて貰うとするか

 

 

 

「……と思っていたんだがな」

 

 女が部屋に入って来た時に見えたのは美しい女にしがみつく疫病神の姿だ。

 これは病気持ちの場合が多いし、疫病神を見ながら女を抱くのは慣れたが場合によっては帰らそうと思ったんだが.……。

 

 心の中で問う、その女は病気持ちなのかと。

 

『いいや、病気は持ってないさ。今日急いで階段を駆け降りた時に足を踏み外して転がり落ちて死ぬのさ』

 

 この三十年で分かった事だが、あの商人は説明をちゃんとしていなかったらしい。

 この様に心の中で意識して問い掛ければ答えを返すと知れたのは本当に偶然で、そうでなければ気が付かない所だった。

 俺も嘘は言わないが伝えるべき事全てを伝えない時があるが、この様に他人にされると不愉快でしかないな。

 

 まあ、良いだろう。今は女を楽しむ時間だ。

 

 商人と名乗りながらいまだに代金の徴収に現れない事に不気味さを覚えつつも、今の財産を考えれば多少持って行かれた所で困りはしない。

 例え全てを持っていかれたとして、人脈も知識も経験も既に手に入れ、何よりもここ迄のし上がるのに使った力があるのだから。

 

「その場で服を脱げ。そして奉仕をしろ」

 

「……はい」

 

 それなりの金を支払っているからだろう、目の前の女は美しかった。  

 歳は俺とそう変わらないと聞いていたのにそれを感じさせず、腕に残る火傷痕さえも気にならぬ程の美貌に視線を集中させれば既視感を覚えるも思い出せない。

 ならば俺にとって大した価値が無い事なのだろうと切り捨て、そのまま俺に跨る女をむさぼる事にした。

 

 今日死ぬのなら多少手荒に扱っても構わないだろう。

 ああ、どうせならば普段はしない様な事も……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処は何処だ……?」

 

 目を覚ました時、俺は裸で地べたに座り込んでいた。

 小石が肌に食い込んで痛みを感じるも見えない程に暗いのに何故か自分の体だけは陽の光の下に居るかの様に見える中、後ろから近付いて来る足音が聞こえる。

 

 

「おやおや、寝ている最中に胸を刺されて死ぬだなんて不幸でしたねぇ、お客様ぁ! あひゃひゃひゃひゃ!」

 

「お前はっ!」

 

 振り返った俺が見たのは暗闇の中でもハッキリと姿が見える商人の姿。

 不気味な色の舌を動かして俺を嘲笑おうとしているが、何と言った?

 

 

「俺が死んだ?」

 

「ええ! 失礼ですがお客様は随分と恨みを買っておいででしたからねぇ! 昔金を奪って火を付けた時の生き残りらしいですよ、彼女」

 

「何処の誰かさっぱり分からんな」

 

 そんな真似、今でも商売敵を潰す時に使う事がある、分かってたるものか。

 

 成る程、それでわざわざ復讐に来て、逃げる最中に死ぬのだな、間抜けな事に。

 

 自分が死んだと聞かされ、状況からそれを信じざるを得ないにも関わらず焦りも恐怖も感じない。

 何故なら俺にはとある確信があったからだ。

 

「おい、此処に姿を見せたのなら用があるのだろう? ちょうど良い。俺を蘇らせろ!」

 

「ええ、出来ますよ。死者の蘇生など朝飯前ですからねぇ!」

 

「ならば今直ぐにだ。金は幾らでもくれてやるからさっさとせぬか!」

 

 それは目の前の商人の力に対するもので、それは正解だった。

 一瞬だけ焦ったが、これで……。

 

 

 

 

 

 

 

「所でお客様ぁ? 疫病神を見る力を与え、死者の蘇生が可能なら……こんな事も簡単だと思いませんでしたかぁ?」

 

 その光景に俺は言葉を失い、呆然と眺めるのみ。

 

 商人が左右に広げた両手の掌からは金貨銀貨が停めどなく溢れ出して地面を跳ねる小気味良い音が響いたからだ。

 

 

 

「この様に我々ネペンテス商会はお金でのお支払いを不要としている訳なのですよ、お客様ぁ!」

 

 商人の顔が俺の顔に近づけられ、顔に描いた目玉で覗き込んでくる。

 同時に俺の体に背後から骨と皮だけの腕がしがみついた。

 

 

 

 

 

『お前は未来永劫地獄で責苦を受け続ける』

 

「……は?」

 

 俺に与えられたのは他人にしがみつく疫病神の姿を見る力、つまり自身に訪れる災難は知る事が出来ない筈だった。

 それが今、耳障りな声で俺に……。

 

 

 

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁああああああああっ! た、助けて……」

 

 まるで泥沼にでも落ちたかの様に体が地面に沈み始め、沈んだ部分が燃える様に熱く、刺されたかの様に芯にまで痛みが響く。

 必死にもがいても沈むのは止まらず、掴まろうと手を伸ばすも商人の体をすり抜けた。

 

 

 

 

「では、今より代金のお支払いをお願い致します。未来永劫苦しむ姿と絶叫で楽しませて頂くという料金をねぇ、お客様ぁ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 笑い声を聞きながら俺は完全に地面に埋まり、地の底へと沈み続ける。

 声はそれでも聞こえ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……実はお客様には内緒なのですが、私が関わらなかった場合、レジスタンスに所属して紆余曲折の末に英雄として語り続けられる存在になったのですよ、彼。それがあの結末とは、人生とは本当に分からない物ですねぇ」

 

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