――――――寿春城――――――
煙が充満し、火が燃え盛る城内を、
荒い息を吐きながら走る二人の人物がいた。
「つ、つかれたのじゃ七乃っ。」
「私もですよ美羽さま~
けど、急がないと追いつかれちゃいますよ~~」
城内にはすでに敵の軍勢が攻め入っており、
二人を全力で捜索しているだろう。
「………つかまったらどうなるのかぇ?」
「ばっさり切られちゃいますよ~」
その光景を想像して思わず頭を振る美羽。
「そ、それはイヤなのじゃ!!」
「でしたら急ぎましょうよ~
外には馬を待機させてますし~」
息を切らせながら走り続ける二人は
そのまま外に飛び出す。
そこには、彼方此方に「孫」の旗が立っている街並みが広がっていた………
孫策たちが江南に攻め込んだ後、
美羽たちは「寿春」の北に位置する、桃香たちが統治する「小沛」に攻め込んだ。
小沛の更に北には「濮陽」という街があり、
そこは恋が曹操から奪った所だ。
そこで恋と呼応して「小沛」に攻め込んだのだが、
ご存知の通り恋は月たちを探していた為、そもそも桃香たちを攻撃するわけがなく、
その寝返り事態が罠であり、逆に待ち伏せされ、大きな損失を被ったのだ。
そこで一旦「寿春」に」戻って体勢を整えようとしたが、
その時既に「寿春」は曹操たちの攻撃を受けていたのだ。
それを何とか耐え凌いだ直後、
止めといわんばかりに江南を平定した孫策が攻めてきたのだ。
孫策たちも江南を平定したばかりで、兵や金、食料に余裕が無かったので、
攻め込んできた兵の数は五千程だったが、
精鋭たる孫呉の兵士達に加え、孫策、周喩、黄蓋、甘寧、周泰といった、
武力重視の将が集まったせいもあり、とうとう陥落させられてしまったのだ。
「たしか馬はここら辺に………」
七乃が周りを見回し、馬を探していると………
「見つけましたっ!!大人しく投降して下さい!!」
後ろから追って来る二つの人影。
「あれは……甘寧さんと周泰さんじゃないですか~~」
既に二人とも武器を手に持っており、
いつでも切りかかれる状態にある。
「私たちから逃げれるとは思わない事だ………」
孫呉の中でも、特に素早さに秀でている二人。
この状態では、逃げても追いつかれてしまうだろう。
「な、七乃ぉ~………」
七乃の後ろに隠れて、服にしがみ付く美羽。
七乃は、それを見て自身も剣を抜く。
「大丈夫ですよ~
美羽さまは私がお護りしますから。」
美羽に向かってにっこりと笑みを浮かべる。
「さあ。今のうちにお逃げください美羽さま。
これでも私は美羽さまの側近です。
手は出させませんよ。」
「いやなのじゃっ!!七乃も一緒にいくのじゃ……」
服を握った手を決して離さない美羽。
「そうか………ならば命の保障はせんぞッ!!」
リィン…と鈴の音が鳴ったと同時に、
逆手に持った曲刀「鈴音」で切りかかる甘寧。
それは到底七乃が受けきれる速さではない。
せめて一太刀だけでもっ………!!
そう思い、死を覚悟して剣を突き出す七乃。
二人の姿が交錯する瞬間―――――
「そこまでですよーーー」
横合いから大きな斧が差し込まれ、
二人の刃が阻まれる。
「なッ!!貴様は………」
「「弧白」さんっ!!」
驚く甘寧を他所に、弧白は美羽と七乃を庇える位置に移動する。
「どこにいってたのじゃっ!!!」
目に涙を浮かべた美羽が抱きついてくる。
「すみません美羽さま………
外の敵を倒して、逃げ道を確保してたんですよ~~」
「そうだったんですか。
だから傷だらけなんですねぇ。」
見れば、弧白の白いローブは彼方此方が切り裂かれ、
血が滲んで赤く染まっている。
此処まで来るのに、如何に無茶をしていたのかがわかる。
「私は孫呉の甘寧。
貴様………名を名乗れッ!!」
「わ、わたしは周泰ですっ!」
隠密としての仕事が多い甘寧と周泰。
弧白の力量を一目で見抜き、油断できない相手と判断したのだろう。
「名乗られた以上は答えないといけませんね~
……私は徐公明。お相手いたします。」
「ッ!!………董卓の所にいた、あの夏侯惇と引き分けた将か!!
………成る程。相手に不足はないッ!!」
斧の刃を地面に付け下段に構える弧白と、
体勢を低くし、一息で切りかかれるよう大腿筋に力を込める甘寧。
「か、甘寧さまっ!!私も………」
「いらんっ!!まずは奴の出方を判断してからだッ!!」
相手の技を見切る為、二人同時に切りかかって対処できずにやられては意味が無い。
「美羽さま、今のうちに………」
「いやなのじゃっ!!家族は一緒に逃げるのじゃっ!!」
「!!………ふふっ。そうですね。」
互いの空気が緊張して行く。
「疾ッ!!」
軸足で蹴った地面が爆ぜた瞬間、
右逆手に持った剣で一気に切り込む甘寧。
自身の体重と使用する武器の軽さ故に、
加速力ならこの時代の将で甘寧に勝るものは居ない。
士郎や小次郎でさえ、スタートの早さのみなら甘寧に劣るのに、
只でさえ重量のある武器を使用し、傷を負っている今の弧白では到底反応できない。
「もらったッ!!」
斧を構えたまま、全く反応できない弧白の左わき腹に剣を叩き込む。
本当は首や心臓を狙いたいのだが、
斧の柄が上半身を守るように構えており狙いにくく、
下手に突いて、抜けなくなったりしても困るからだ。
刃が弧白に触れた瞬間、ガリッと鋼が擦れる音が鳴る。
「ッ!!これは!!」
切り裂いた白いローブの下からは、鎖がチラリと見え、
そのせいで刃が通らない。
「いいんですか~
………そこで止まって?」
上から聞こえる弧白の声。
いつもと変わらぬのんびりとした口調だが、
甘寧の背中にはぞくりと冷たいものが流れる。
………近距離。
ここは、弧白の射程内。
攻撃直後の大きな隙。
それを弧白が見逃す筈が無く、
ブンッと力強く振られた斧が甘寧に襲い掛かる。
「くぅッ!!」
剣で受けるが、力が違いすぎる。
そのまま一気に飛ばされていく。
「甘寧さまっ!!」
咄嗟に飛び込んだ周泰が受け止めた為、大怪我は無かったが、
受け止めた手がジィンと痺れていた。
「成る程………徹底した後の後………
服の下にある鎖とその切り傷はそのせいか!!」
「はい~~
この服は鎖帷子って言うもので、西涼から更に西にある国で使われているんですよ~」
ローブを捲り、下にある鎖帷子を見せる。
ゆったりとしたローブのせいで、服が多少斬られていても見えなかったのだ。
「わざと攻撃を受け、その隙を取る………
そんな戦い方をしていたら死ぬぞッ!!」
幾ら帷子があると言っても、まともに斬られたら多少の傷は残る。
夏侯惇や張遼と同等の強さがあるのに、傷が多いのはその為である。
「いいんですよ~
生きている以上、いつかは死にます。
………でしたら、私は私の出来る戦い方で大事な人を護りたい。」
「弧白………」
余りにも強い決意に、思わず言葉が漏れる美羽。
「甘寧さま、ここは二人でいかないと拙いですっ。」
「ああ。気をつけてな。
最初から傷を負う覚悟の相手は………厄介だぞ。」
互いに武器を構えたまま、ジリジリと距離を詰めて行く。
迂闊に攻撃しようものなら、逆にやられてしまう。
「警戒されてますね~~
………でしたら、こちらからッ!!」
轟ッと風を巻き込みながら、大斧を下から上に切り上げてくる。
甘寧と周泰は咄嗟に後ろに下がり、城内の中に入り
出入り口を挟んで互いに対峙する。
「ここなら、そう易々と
出入り口周辺は周りに壁があるため、
振り回す系の武器は扱いにくい。
日本でも、刀同士が屋内で対峙するときは梁の下で待ち構えると、
相手が切り下ろしが出来なくなる為、有利になるのだ。
「確かに攻撃はしにくいですね~~」
そんな二人を見て、斧を上段に構え……
「………でも、私たちの目的は勝つことじゃないんですよ~」
思いっきり振り下ろす!!
「なッ!!!」
斧は木製で出来ている出入り口の天井を破壊し、
落ちてきた瓦礫や木片で其処が塞がれる。
「さて~逃げましょうか~~」
いつもの口調で話しかけられた二人は、
なんとなく頼もしい感じを覚えたのだった………
「さてっ、行きますよっ!!
しっかり捕まっててくださいね~~」
「わ、分かったのじゃっ………」
ギュッとしがみ付く美羽を乗せたまま、
七乃と弧白は並走して城門に向かって馬を走らせる。
途中の敵は、すべて弧白が露払いしていたので殆ど残っていない。
「このままだと、なんとか逃げれそうですねぇ。」
「そうですね~
けど、やっぱりそうはいかないみたいです。」
三人の目の前には、閉められた城門が立ちふさがる。
寿春は非常に大きな都市なので
嵌められている閂は非常に大きく、一人二人では簡単に外せない。
「ど、どうするのじゃっ?」
「足止めしましたけど、
直ぐ後ろには孫策さんたちが迫ってますしね~
………門を大きくしすぎましたねぇ。」
慌てる美羽に、困っているのか分かりにくい七乃。
窮地を脱した為、多少余裕が出てきたのだろう。
「もう一頑張りしましょうか~
………美羽さま、七乃さん、下がってくれますか~?」
そう言って門の前に立ち、腰貯めに大斧を構える弧白。
その様子を見て下がる二人。
弧白の眼前にあるのは木製の大きな門。
大都市の門だけあり、大きく、分厚い。
その門を軽く一瞥した後、
自身を中心にぐるんと反時計回りに半周くらい回し、
そのままの勢いで斧を振りかぶる。
「ふっ!!」と、浅く息を吸い込むと同時に、
その振りかぶった斧を、門に向かって一気に叩き込む!!
振り回す際に起きる遠心力、
重心が先端にある斧の重量、
振り下ろす際に加わる重力、
鍛錬し続け鍛えぬいた腕力、
全てが刃に集中した一撃は――
衝車の攻撃すら耐え凌ぐ城門に、大きな風穴を開けた。
「すごいのじゃ………」
「凄いですねぇ………」
呆気に取られる二人を尻目に、
軽く斧を振り、歪みや刃毀れを確認する弧白。
かつて許昌を攻めた際も、
同様の方法で突破した事があり、
その時は恋と一緒に攻撃していた。
「ふぅっーーー
さて、行きましょうか~?」
振り返った弧白に呼びかけられた二人は、
急いで気を取り戻し、
慌てて弧白について行き、寿春を脱出した。
「このまま何処にいくのかぇ?」
「う~~ん………
北は劉備さんがいますし、西は曹操さん、
南の盧江も多分ダメでしょうね~」
元々「周家」の本拠地である盧江、
寿春がこの様子では、もう陥落してしまっていてもおかしく無いだろう。
「東には海がありますけど………泳ぎます?」
「海に蜂蜜はあるのかぇ?」
「絶対に無いですね~」
「そ、それはいやなのじゃ!!」
弧白の答えに思いっきり首を振る美羽。
「あ!だったら南西の江夏の方に行きませんか?
あそこは劉表さんの土地ですから、入るのは楽ですし、
劉表さんなら孫策さんも、曹操さんもそう簡単には手がだせませんよ~」
「さすが七乃じゃっ。
早速向かうのじゃ。」
「は~い。
じゃあ弧白さん、行きましょうか。」
そう言って三人は江夏の方に向かって歩を進めていった。
「そう。袁術には逃げられたのね。」
制圧した寿春城太守の間で、
先行した甘寧と周泰から報告を受ける孫策、黄蓋の二人。
「まあ仕方ないのう。
あの徐晃に足止めされては、そう易々とは抜けん。」
「私も戦いたかったわ~~
この私の一撃も受け止めるのかしら?」
腰に差している「南海覇王」を軽く撫でながら答える孫策。
「冥琳は盧江の方に行ったのじゃから、
一人で追いかけるでないぞ策どの。」
「分かってるわよ祭。流石に強行軍だったしね。
西の曹操と、北の劉備に備えないといけないし。」
戦後の統治も行わなくてはならない為、暫くは動けないだろう。
「けど、袁術に貸した玉璽が帰ってこないのは痛いわね。」
江南を攻める際、兵を借りる為孫策は玉璽を質にしている。
皇帝の証である玉璽、有れば色々な策略に利用できるのだが。
「………それに南西にはあの劉表がおる。」
少し、思い口調で話す黄蓋。
「そうね………「借り」は返さないとね………
ここらの統治が出来次第、直ぐに攻め込むわ。」
そう言って強い目をして、上を見上げる。
「待ってなさいよ劉表ッ!!」
孫策の叫びは、寿春城内に響き渡った………
――――――襄陽城――――――
いつもと変わらぬ日常を過ごしている士郎の元に、一通の手紙が届く。
「伝書鳩か………誰だろう?」
鳩の脚にくくり付けられた筒の中から、
丸められた手紙を取り出すと、
鳩は飛び去って行く。
(返信は要らないという事か?)
そう思いながら手紙を開く。
どうやら貂蝉からの手紙のようだ。
内容を簡単にまとめると、
どうやら徐州で于吉と左慈、それに小次郎の姿が見えたらしい。
………文章の詳しい内容は記載しないほうがいいだろう。
「あそこに何かあったのか?
………それを探る意味でも、一度向かった方がよさそうだな。」
流石に貂蝉一人では、あの三人相手は無理だ。
もし此処で貂蝉を失うと、あいつらの行動を探る事が出来る奴がいなくなる。
于吉や小次郎はともかく、転移系の術を使用する左慈は一度見失うと厄介だ。
「聖にお願いして、少し時間を貰うか………」
袁術が滅んだ徐州。
各諸侯の思惑が交錯し始めていた。
次からは徐州で少しだけ頑張ってもらいます。