6-1 珍道中
ガタガタと荒れた道を馬車が進んで行く。
「まだまだかかりそうだな………」
荷台には天幕が付いており、引っ張っている馬は二頭もいる上等なもの。
馬車の手綱を握っているのは士郎。
なぜ馬車に乗っているのかというと………
「私も行きたい~~………」
「駄・目・で・す!!
太守がフラフラしてどうするの!!」
「やっぱりこうなった………」
相変わらずの聖。
そして水蓮。
「どうせ行くなら、お土産も持ってくです。
その方がお城にも入りやすいです。」
「まぁ食料持って行くことも考えたら、
馬車の方がいいか………」
徐州まではかなりの距離がある。
無理をして急ぐよりは、
日程をかけて慌てずに進んだ方が、
体力も温存出来るから、もしもの時にも対処しやすいだろう。
「蒋琬。適当に見繕って準備しておいて。
………士郎は蒋琬から説明受けておいて。」
「は~い。
了解です鈴梅さまっ。
士郎さん、ボクについてきて下さいね。」
両手一杯に木簡を抱えたまま、
パタパタと足音を鳴らしながら部屋を出て行く蒋琬について行く士郎。
「………玖遠さんは………一緒に行くって………言わないんですか………?」
「勿論行きたいですようっ!!
けど、行かせてくれるわけないじゃないですか~……」
「よく分かってるじゃない。」
苦悩する玖遠に対して、冷静に答える水蓮。
どうやら大分この展開にも慣れてきたようだ。
「ですからっ!
士郎さんが帰って来たときに吃驚する位強くなりますっ!!」
「よう言うたっ!!ウチも協力するでっ。」
「ええっ!!」
「なんで其処で驚くんやっ!!」
色々騒がしかったが、
そうして数日分の食料と幾つかの貢物を乗せた馬車を使い、
徐州に向かって出発したのだった。
今、丁度士郎は新野から江夏に向かっている所である。
「そろそろ休憩にするか………」
襄陽から長江を船で渡る際も休憩を挟んでおり、
これで二回目の休憩になる。
「確か水と食料はこの辺りに………」
後ろの馬車の中へ入り、食料関係が入っている壷の中を見てみる。
「………何でこんなに減ってるのさ………」
船の上でしか休憩した時、残りの量を確認していたが、
かなりの量が減っている。
「………賊が奪ったんなら貢物が無事なわけ無いし………」
減っているのは食料のみで、後は何も手を付けていない。
士郎がそのまま荷台の中を見渡している時、
ぐぅ~~~っ………
端に置てある三つの樽の一つから音が鳴る。
「…………………うう~~~っ………」
何やらうめき声も聞こえてくる。
………中に誰かが居るのは確定のようだ。
「……………」
士郎が無言で近寄り、勢い良く樽の蓋を開けると、
其処には顔を真っ赤にした天和がいた………
「もうっ!何で音だすのよっ!」
「だってお腹が空いたんだもん~~」
どうやら隠れていた天和のお腹の音だったらしい。
地和に怒られている。
「って何でいるのさっ!!」
「前の時お留守番だったから、
今度は来てみたかったんだよ~~」
お気楽に答える天和。
「はぁ………違うでしょ姉さん。
………士郎さん、私が説明するわ。」
スッと士郎の前に移動する人和。
「前々から私たちも宣伝しようと思ってたのよ。
その時、士郎さんが徐州に行くって聞いたから便乗させてもらったの。」
「………徐州はもう直ぐ曹操と桃香たちとの戦いがおこる。
とても危険だ。」
「大丈夫です。
元々私たちは冀州や徐州で活動してましたから、
呼びかければ沢山仲間が集まります。」
「お願いしろう~~~」
懇願してくる天和。
「………はぁ………勝手に行動しない事。」
「やったっ!!ありがとう~~」
「早くご飯食べようよ。
ちぃお腹すいた~~」
天和と地和はささっと荷台から出て行く。
「………ここまで来たら、下手に帰った方が危ないしな………
………そう言えば劇場の方は大丈夫なのか?」
「ここ最近はずっと活動してたから、
まとめた休暇を取るって事にしてるわ。」
「早く~~ご飯作ってよ~~~」
話し込む士郎と人和を呼ぶ天和。
士郎は早速、料理作りに取り掛かかっていった。
馬車はどんどん徐州に向かって進んで行く。
「いい天気ーーー」
手綱を握る士郎の横に座った天和は、
気持ちよさそうに背中を伸ばし、気持ちよさそうにしている。
「随分機嫌が良さそうだな。」
「うんっ!
だって樽の中って狭いし暗いし熱かったし、
………外の風が気持ちいいよ~~」
「私はいつ地和姉さんが暴れだすか心配だったわ。」
前に座れるのは二人だけになっており、
後ろの荷台の中に居る人和が話しに参加してくる。
「そ、そんな事しないわよ!!」
「………途中、何回もうめき声が聞こえてたけど。」
「………お姉ちゃんっ!私と場所代わってよ!!」
「え~~~っ、外の方が涼しいからいや~~」
「姉さん、途中で話逸らさないで。」
「………全然元気じゃないか………」
女性が三人寄ると姦しい。
賑やかに騒ぎつつ馬車は江夏に到着した………
「衛宮さまですか?」
士郎たちの馬車が江夏に入ると一人の女性が近付いて来る。
「そうだが………キミは?」
「江夏太守の黄祖です。
姉さまから連絡を貰っていたので、出迎えに来ました。」
露出が多い装備を着ており、日に焼けた健康そうな肌を惜しげもなく晒している。
短い髪も相俟って、元気な少年のような印象を覚える。
「姉さま………?えっともしかして………」
「水蓮姉さまに決まってるじゃないですか!!
………元気にしてましたか!!」
急に顔を寄せながら聞いてくる。
「あ、ああ。最近は人が増えたから、
自分自身の武の鍛錬に励む事が多くなってるな。」
以前、十字槍の指導をした事を思い出しながら答える。
「だったら!私が帰れるのもそう遠く無いはずっ!
よーし。まだまだ頑張ろうーー」
急に元気になる黄祖。
士郎は置いてけぼりである。
「確か徐州まで行く予定なんですよね?
とりあえず江夏と寿春の国境までは安全だと思いますけど、
寿春は今、孫策の奴が袁術倒して新しい太守になったばっかりですから、
ひじょーに荒れてますよ?」
太守が変わった直後はその混乱を狙って賊が横行しやすい。
特に今回は、袁術軍自体も壊滅している為、
生き残った敗残兵も略奪等を行い、非常に荒れているのである。
実際に江夏も何度か賊に狙われている。
「とりあえず国境までは護衛しますけど……
人数って一人……だったですよね……?」
「………うん。俺もそのつもりだったんだけど………」
二人の視線の先には、
兵士達の前で歌っている三姉妹がいる。
もう既に大半の兵は三人の魅力にやられているようだ………
「………えっと………襄陽に送ります?」
「………後でややこしい事になるのが分かるからなぁ………
ここまで来たし、一緒に連れてくよ。」
江夏で食料等を補充した士郎たちは、
寿春に向けて移動を開始した。
江夏を出て、川沿いを東に進めば「盧江」があり、
その北には「寿春」がある。
この二つの国は今、孫策が統治しているが、
まだ賊も多数存在しており、非常に危険である。
幸い、「江夏」の北にある間道を通れば、
直ぐに「寿春」に向かう事ができ、
そのまま北に進めば、桃香が統治している徐州の「小沛」はすぐ近くになる。
その為、山賊や元袁術兵との戦いを避けるため、
士郎たちは、多少進軍しにくい間道を通る道を進んでいるのだった………
夜、草木も眠る深夜に、
静かに鳴り響く二胡の旋律が聞こえてくる。
「ん……………?」
浅い仮眠を取りながら、回りを警戒していた士郎がそれに気付く。
周りで寝ている天和たちを起さぬよう、
静かに立ち上がると音の発生元に向かって進んで行く。
そこで士郎が目にしたのは、
月明かりの元、静かに二胡を演奏する地和の姿があった。
静かに、しかし確実に届くような強さで二胡を奏でる。
普段見る強気な姿と異なる優しい音色を奏でる姿は――
月の光も相俟って、触れた瞬間に消えてしまいそうな、儚さを感じた――
「……………………ふぅ………」
気が付くと演奏を終え、弦に挟んでいた弓を下ろしている地和。
「もう、演奏は終わったのかな?」
「っ!!」
演奏に集中していた地和は、
急に士郎の姿に気付き、驚く。
「な、なによ………寝てたんじゃなかったの………」
夜という事を考えているのか、いつもの元気さが無い。
………しかし、見た目ほど慌てているようではなさそうだ。
「一応見張りも兼ねてるからな。
浅く眠るだけにしてたのさ。」
元々一人で戦ってきていた士郎。
睡眠時も、直ぐに反応出来るような癖が付くのも仕方が無い。
「変な特技持ってる………
って!さっきの演奏聞いてたのっ!?」
「ああ。とても美しい音色だった。
………演奏してる姿を見たときは、思わず見とれたよ。」
「ふ、ふん。当然よ。
ちぃはこの大陸一番の旅芸人なんだから。」
赤くなった顔を見られないよう、士郎から顔を背けながら答える。
「一つ聞きたいんだが………あの演奏は誰に向かっての物だったんだ?
練習にしては………余りにも感情が入り過ぎていた。」
先程演奏していた地和の顔を思い出す士郎。
………まるで、今にも泣き出しそうに見えた顔を。
「………私たちが起した騒ぎで亡くなった人に向かって、よ。」
「………そうか。」
それを聞いて、静かに頷く士郎。
「ここら辺でも戦があったのよ。
………ちぃたちが歌ってるのは、皆を元気付ける為だから、
ここにくれば、ここで亡くなった人たちの為に歌えるんじゃないかって………」
「だから馬車に乗り込んだのか。」
「………そうよ。」
(………天和と人和も、以前同じことで悩んでいたな………
そう振り切る事はできないか………だったらいっそ………)
一瞬の沈黙。
士郎は、地和に背を向ける。
「この先でも歌い続けるんだろう?
邪魔が入らないよう、俺が地和たちを守るから、
精一杯歌うと良い。」
「っ………うん!」
地和の方法では素性がばれる恐れがあるし、恨みで命を狙われる可能性も少なからずある。
だが彼女の思いは決して間違っていない。
………正義の味方を目指し続ける士郎だからこそ、
誰よりも、その思いが尊いものと感じることが出来た。
「ただし、余り勝手な行動は取らないでくれよ。」
「わ、わかってるわよ!!」
いつもの地和に戻って行く。
ゆっくりと、夜は過ぎていった………
「ここから先が寿春の領土です。
………私たちも護衛したいのですが、この先は孫家の領土になるので………」
「ああ。分かってるさ。」
「自分からは攻め込まない」のが劉表軍の方針。
劉表軍の将である黄祖軍がこの先に進むのは、それに反してしまう。
「俺も無駄な戦いは避けたいしな。
上手くするさ。」
士郎は客将なので、その方針が適応されない。
反董卓連合の時も、直接声を交わした訳では無いので、
目立つ行動さえしなければ、なんとか抜けられるだろう。
「………頼むから大人しくしててくれよ………」
「は~~い」
士郎は馬車の中にいる三姉妹に声を掛ける。
………大丈夫だろうか………
「ご、後武運をお祈りしますっ!」
「ああ。ありがとう。
それじゃあ、出発するか。」
そうして、多少不安要素を抱えたまま、
士郎たちの馬車は「寿春」領内に入っていった………
ここから新しい章になります。
章の最後と、ざっとしたと内容しか決めていませんので、
作者自身も途中がどういう流れになるのかは未定だったり……