真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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7-6 日常の過ごし方

――――――江陵 漢津港――――――

 

襄陽南にある江陵城、

ここは劉表軍――聖たちにとって非常に重要な土地である。

 

南に流れる長江を挟んで、荊北、荊南に分かれており、

長江からの豊かな水源、肥沃な地のお陰で荊州最大の穀倉地帯でもある。

 

もしここが破られたりしたら、

北と南の連携が取れなくなり、江陵、荊南からの兵糧の確保も出来なくなる。

まさに、劉表軍にとっては生命線と言える土地なのだ。

 

さて、その肝心の江陵には三つの港が存在する。

江陵から見て、西の江津港、東の烏林港、

そして北東――襄陽との街道から外れた所にある漢津港だ。

 

そして今、その漢津港に士郎と水蓮の姿があった。

 

「どんどん引っ張って!!

……ほら、崩れるわよっ!!」

 

水蓮の指示に従い、数千にも及ぶ兵士達が、石や木柱、鉄柱を運んでいる。

 

特に石は、近くの山から切り出したものであろう、

数トンは有ろうかというほどの大きさがある。

 

……当然、トラックやクレーンなどがこの時代に存在する訳も無く、

縄を巻きつけ、地面に丸太やワカメを敷き詰め、

その上を滑らせながら人海戦術で引っ張っているが。

 

「ただいま。……作業の方は進んでるのか?」

 

そんな水蓮に、士郎が話しかける。

 

「あら?もう用事は済んだの?」

 

「江陵に馬を届けるだけだったからな。

……それにしても凄いな。」

 

人がわらわらと集まって、重量物を運んでいる光景。

 

(……ピラミッドや石垣もこう言う風に石を運んだんだろうなぁ)

 

まさにこの時代しか見られない風景であろう。

 

「もっと人手があった方が早く終わるんだけど……ね。

……まぁ、無い物ねだりしても仕方ないわ。」

 

ふう……と、ため息を吐く水蓮。

 

「……所で、これは一体何をしてるんだ?」

 

「ええっ!!分からないのについて来たのっ!?」

 

「朝、聖に江陵に行く用事が有るって言ったら、

『帰りに水蓮ちゃんの手伝いしてあげてーー』

としか言われなかったからな……」

 

「……まぁ海戦に関わる事だから、

馴染みが無かったら分からないでしょうね。」

 

そう言って川に目を向ける水蓮につられ、

士郎も同じように目を向ける。

 

「陸上と違って、川は船さえあれば自由に動けるし、

何処からでも進入されるじゃない。」

 

「確かに地形には影響されないな。」

 

移動のしにくさはあるが、確かに水上は地形には余り影響されないし、

海岸線があれば、多少強引にでも上陸させる恐れもある。

 

「だから、予め石を沈めて木柱や鉄柱を川の中に立てておくのよ。」

 

「成る程。そうしていると侵入経路が制限しておくのか。」

 

強引に突破しようとしても船底に刺さり、船が沈没する。

定期的に木柱や鉄柱を変える必要があるが、

それを行うメリットの方が遥かに大きいのだ。

 

「曹操は北で袁紹と交戦中――だったらそろそろ揚州の孫策が危ないわ。

当然、真っ先に狙ってくるのは江陵(ここ)

でしょうし。」

 

水場から近く、孫策の領土である柴桑からも近い。

孫策からすればここを狙わない道理は無い。

 

「東の烏林港は文聘にお願いして同じことしてもらってるし、

江夏も黄祖がやってるわ。

……流石に西の江津港は来ないと思うからやってないけど。」

 

「……やっぱり孫策は来るか。」

 

江東の小覇王孫伯符。

その勇猛さは、若くして亡くなった後もなお衰えを知らず、

『もし孫策が生きていれば』天下を取っていたかも知れないと評されるほど。

 

生半可な相手ではない。

 

しかし、

 

「大丈夫よ――そんなの。」

 

当然のように答える水蓮。

 

「以前孫策の母――孫堅が攻めて来た時に見たわ。

……確かに武力じゃ適わないでしょうね。

でも――」

 

ざっと、川の方を一瞥し、

 

「でも、水上なら抜かせないわ。

あっちは編成したばかりの水軍、戦った相手は精々江賊くらい、

そんな軍に、私が数年かけて鍛え上げた荊州水軍が負けるはず無い。

……私は、劉表軍の水軍都督なんだから。」

 

自分の黒髪を軽く撫でながら、そう言い放った。

 

揚州方面に向ける強い眼差し。

その奥底に秘めた決意が見えてくるような。

 

「……ああ。期待してるさ。」

 

「まぁ、あっちはまだ美羽たちから手に入れた寿春や盧江の統治がまだだし、

攻め込んでくるのはまだかかるでしょうけど、準備はしておかなくちゃね。」

 

「……よし。俺も手伝うよ。

何をすればいいんだ?」

 

「最初からそうだったでしょうが。

……ちゃんと働きなさいよ。」

 

「了解。」

 

水蓮と軽口を交わしながら作業に向かう士郎。

そんな士郎の背を見ながら……

 

「おかしいわね……

私、男とはあんまり関わりたくなかったのに……」

 

ふと、疑問を漏らす水蓮だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城 城内――――――

 

士郎たちが漢津港での作業をきりがいい所で終わらせ、

襄陽城に着いたときには、もう日が落ちかけている所だった。

 

「食事まであと少し……って所ね。」

 

「誰か鍛錬場にいると思うから、

少し様子を見てくるさ。」

 

「お願いね。

私は聖に漢津港の進捗状況を報告しておくから。」

 

そう言って士郎は水蓮と別れ、

鍛錬場の方へ向かって行く。

 

 

 

 

 

 

 

「ギィンッ!!」

 

鍛錬場から聞こえてくるのは金属が擦れ合う音――

まだ、誰かがいるのだろう。

 

士郎が顔をのぞかせると、

丁度星と玖遠が戦っているところだった。

 

「やぁッ!!」

 

一気に踏み込み、双刃槍で切り込む玖遠の一撃を半身をずらし避ける星。

 

ヒュン――と星の眼前を虚しく刃が通過していく。

 

攻撃した後の隙――当然、星が見逃す筈が無い。

 

直ぐに星がその隙を狙って攻撃に移ろうとするが、

 

「ふッ!」

 

それよりも早く、

玖遠はそのまま槍を半回転させ、反対側の刃で追撃する。

 

「なかなか…できる……ッ」

 

星もまた、回避ののち攻撃に移ろうとしていたので咄嗟に避けれない。

 

玖遠の二撃目を、攻撃しようと構えていた槍で突き弾く。

 

「わぁっ!!」

 

力が十分篭っていなかった為か、弾かれ、体勢を崩す玖遠。

 

「貰った……ッ」

 

突きから斬りへ――流れるような動きで、

体勢を崩した玖遠へ一気に切りかかる星。

 

だが――

 

「まだ……ですっ……」

 

双刃槍から短剣を外し、それを受け止める玖遠。

双刃槍で受けていては間に合わないと判断したのだろう。

 

「はぁッ!!」

 

強引に押し込む星。

 

当然、玖遠も抵抗するが、今の玖遠は一度体勢を崩されている。

受けきれるわけもない。

 

「わッ……」

 

そのまま地面に倒れそうになるが、

弾いた際の衝撃を利用し、何とか持ち直す。

 

「っ………」

 

再度対峙する二人。

 

そして―――

 

「二人とも。もう良い時間だぞ。」

 

手をパンパン鳴らし、二人の間に士郎が割ってはいる。

 

「士郎さんっ?……ってもう日が落ちそうですっ!!」

 

「ふぅ……私としたことが、どうやら熱中し過ぎてたみたいだな……」

 

話しながら、武器を下ろし顔についた汗を拭う二人。

 

「あと少しすれば夕食だ。

……二人とも、先に汗を流してきたほうがいい。」

 

「そうですな。

……これでは乙女失格ですかな。」

 

ふふっと、笑みを浮かべる星。

 

(なんで俺の方を見るのさ)

 

そんな士郎を他所に、

玖遠はどんどん士郎に近寄ってくる。

 

「あのっ……どうでしたかっ!」

 

「どう……って、さっきの鍛錬か?」

 

「はいですっ!」

 

少し考える士郎。

すると、

 

「そうねぇ……動きは良かったけど、

少し力負けしてたのが気になったわね。」

 

「紫苑さん!?」

 

いつの間にか、紫苑が混じっている。

 

「おにいちゃんっ!!」

 

ぴょんと、士郎に抱きついてくる璃々。

 

「街の方に用事があって、丁度今帰って来たんですよ。」

 

「見てたのですかな?」

 

「これでも、弓の扱いには自身がありますから。

この位なら十分見えてましたわ。」

 

紫苑はこの時代最強の弓使いと言っても過言では無い。

多少離れていても、ある程度のなら見る分には問題無いのだろう。

 

「そうだな。武器は十分振れていたから、

後はもう少し踏ん張れるようにしたらいいと思う。」

 

「と言うことは……」

 

「走り込みね♪」

 

「……分かりやすいですっ……」

 

「まぁ脚力を鍛える事は、

武道を極める際には必須だからな。

損は無いと思うぞ。」

 

下半身の動きを上半身に伝える事も出来るようになれば、

攻撃時の威力も増すだろう。

 

「さて、それでは私と玖遠は先に風呂に向かうとしよう。

……士郎殿も如何かな?」

 

「なんでさ……」

 

相変わらずの星である。

 

「ふふっ。冗談ですよ。

紫苑どのはどうされるのですか?」

 

「そうね……料理の手伝いもしたいから、

後でいただきますわ。」

 

「なら早速向かうとするか。」

 

「行ってきますっ。」

 

そう言うや否や、走り去っていく玖遠。

 

「……これは私も付き合わないといけないのか……」

 

「言いだしっぺの一人だからなぁ。」

 

「……行ってきます。」

 

鍛錬後のダッシュ……それはキツイ。

 

「さて、私たちはゆっくり行きましょうか。」

 

「うん!!」

 

璃々を背負ったまま、

城のほうへ帰る士郎達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当たり前だが、この時代には時計などは存在しない。

 

しかし時間という概念は、生活を送る上での必須となるべき物。

当然、影を利用した日時計や、

大きな桶に水が溜まる時間を計測する水時計等、

幾つか代わりのものが存在する。

 

ちなみに襄陽では、士郎の協力の下城内に正確な水時計を設置しており、

二時間毎に城の上で大きな鐘をつき、

街に時間を知らせるような仕組みになっている。

 

こうする事で労働時間の管理など、

ありとあらゆる行動の指標を作っているのだ。

 

城内に鳴り響く鐘の音――時刻は、夜の十時を示していた。

 

ガチャ……

 

「ん?」

 

城内の見回りをしていた士郎は、

ふと、食料庫から聞こえてきた音に反応する。

 

「鼠か何かか?」

 

餌を求めた小動物が潜り込むのは良くあることだ。

特に冷蔵庫も無いこの時代、

食料庫にあるのは保存のきく乾物がメイン。

下手に食い散らかされるのも厄介だ。

 

「…………」

 

逃げられると厄介なので、

ゆっくりと食物庫に入っていく士郎。

 

すると、何やら動いているのが分かる。

 

(結構大きいな……ってもしかして……)

 

だんだん姿が見えてくる。

 

そして、其処にいたのは――

 

「なにやってるんだ。」

 

「うわぁぁぁっ!!

……な、なんや士郎か……」

 

食料を漁っていたのは、

小動物ではなく霞だったようだ。

 

「良かったわぁ士郎で。

鈴梅や水蓮に見つかったら何言われるか分からんもんなぁ。」

 

「いや、それよりも何して……酒か。」

 

仄かに霞から漂ってくる酒の香り。

大方、なにかつまみでも探しに来たのだろう。

 

「まぁ確かに乾物なら良いつまみが有りそうだけど……」

 

「そやろ。星と飲んどったんやけど、

あいつつまみにメンマしか持ってきて無いんや。

……流石に飽きたわ。」

 

「確か以前もメンマで飲んでたな……」

 

しかも壺を抱えて。

どんだけ好きなんだ。

 

「ウチが持ってきたつまみも後から乱入した恋や鈴々に食べられるし……

つまみだけ食べるの止めろ言うたのに……」

 

「あの二人は酒より食だろ。」

 

「ほんまやな。」

 

ため息を吐く霞。

 

「……探してるのは酒のつまみだろ?

ちょっと待っててくれ。」

 

「ああ。そやけど……」

 

そう言って部屋を出て行った士郎は、

手に何かを持って帰ってきた。

 

「ほら。これなら多分合うと思う。」

 

「なんなんや。これ?」

 

「チーズとソーセージ……大秦や羅馬での酒のつまみだよ。

自己流で作ってたんだ。」

 

「話で聞いた事あるわーー

へぇ……これがそうなんか……

もろてもええん?」

 

「ああ。ついでに、味のほうの感想を貰えると助かる。」

 

「ありがとなーー」

 

「ほどほどにしておけよ。」

 

去っていく霞に声を掛ける士郎。

一日が、ゆっくりと過ぎていった……


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