真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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7-8 千里行

「そう……関羽は行ったのね。」

 

袁紹を破った祝勝会の翌日、

既に、曹操軍の中に愛紗の姿は無かった。

 

「行った……とは、どう言う事ですか?」

 

「言葉のままよ。

……桃香の元へ帰ったのでしょうね。」

 

「なっ…………」

 

華琳の言葉を聴いて絶句する桂花。

 

「華琳さまっ!!関羽の部屋に手紙が!!」

 

すると、慌てた様子の春蘭が駆け込んでくる。

 

「……なんて書いてあるの?」

 

「…………秋蘭、頼む。」

 

どうやら読めなかったようだ。

 

「はい……

『約定は守った。そちらも守ってもらう故、

顔見せは行わずに失礼します。』と……」

 

「……そう。」

 

「これは一体どう言う事なんですか?」

 

秋蘭も、華琳を問い詰める。

 

「関羽が此方に降った際の条件に、

戦功を立てたら劉備の所へ帰るって言うのがあったのよ。」

 

「先の袁紹との戦いですか……」

 

「そうね……出来るなら関羽を温存したかったのだけれど、

それほど甘い相手では無かったわね。」

 

どこか自嘲した様子の華琳。

 

「くっ……失礼しますっ!!」

 

そんな様子を見た春蘭は急いだ様子で部屋を後にする。

 

「姉者!」

 

「多分関羽を追いかけに行ったのね。

……秋蘭、お願いできるかしら。」

 

「はっ!この命に代えても。

あと、関羽は如何された方がいいのですか?

……今後の事を考えたら出来れば……」

 

「そこまでよ秋蘭。

私は曹孟徳。交わした約定を違えては、私の名に傷が残るわ。」

 

「……はい。了解しました。

一応、流琉も連れて行きます。」

 

そう言って、秋蘭も部屋を後にする。

 

「……宜しいのですか華琳さま……」

 

「心配してくれてるのね。

……有難う桂花。」

 

そっと、桂花の顔に手を当てる華琳。

 

「ああ……華琳さま…………」

 

うっとりとした様子の桂花。

 

「欲しい物は自分で手に入れる。

関羽が劉備を選ぶと言うのなら、

私の方が上だという事を思い知らせるだけよ。

……それが、この曹孟徳の覇道よ。」

 

それは誰に述べた言葉なのか。

キッと、強い目で虚空を睨む華琳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――荊州 襄陽城――――――

 

「聖お姉ちゃんっ!愛紗から連絡があったの!?」

 

ドタバタと駆け込んできたのは桃香。

ハアハアと荒い息を吐いている。

 

「う、うん。読む?」

 

「ありがとうっ!えっと……」

 

聖から受け取った、愛紗からの手紙。

そこには、曹操の元から帰って来る事や、

新野に到着しても攻撃を行わないで欲しい事など、

必要最低限の事のみが書かれていた。

 

「罠……じゃないですよねっ?」

 

「曹操さんが……そんな手を打つとは……思わないです。」

 

互いに話し合う玖遠と援里。

 

「……桃香ちゃんは、迎えに行くつもりなんだよね?」

 

「うんっ!」

 

「当然なのだ!」

 

聖の質問に、力強く答える桃香と鈴々。

 

「うん。じゃあ玖遠ちゃんと援里ちゃん、

……後、士郎くんも一緒にお願いするように言っておいてね。」

 

「分かりましたっ!

早速呼んで来ますねっ。」

 

「士郎」

 

ぱたぱたと走って行く玖遠。

何故か援里も着いて行ったが。

 

「私も早速準備してきますね!」

 

「鈴々もなのだ!」

 

二人も慌てて部屋を後にする。

 

「鈴梅ちゃん。また新野の向朗さんに連絡お願い出来るかな。」

 

「……あんまり気が進まないけど……分かったわ。」

 

聖のお願いは断れない。

渋々了承する鈴梅だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しーーろーうさんっ!

出掛けーーましょうっ!!」

 

丁度街の食事処で後片付けをしていた士郎。

カウンターには星と霞、弧白の姿も見える。

 

「出掛ける……って、何処にさ?」

 

いきなり現れた玖遠に呆気にとられている士郎。

 

「愛紗さんが……曹操さんの所から……新野に向かって……来てます……」

 

「と言う事はお迎えに行くんですねぇ~」

 

「はい……」

 

「でしたら~……私や星さん、霞も行かない方が良さそうね~」

 

「な、なんでや弧白っ!」

 

どうやら着いてくる気満々だった様子の霞。

 

「いや、もし曹操軍が着いてきたりしていたら、

顔を見られるのは拙いだろう。」

 

「……そう言う星は行きた無いん?」

 

「ふっ……士郎殿に迷惑をかけるわけには行かないからな。

好感度を稼いでいるのさ。」

 

「え~と……これは私も参加した方がいいのかしら~」

 

星の言葉に便乗してくる弧白。

 

「……本人がここにいるんだけど……

って!なんで俺なのさ……」

 

「やって他の男は対した事無いやもん。」

 

「……まぁ確かに、

将軍職についてる女性の割合はおかしいと思うけど……」

 

確かに、殆どが女性である。

 

「しーろーうーさんっ!早く行きましょう!」

 

「玖遠……士郎を逃がす気やな。」

 

「な、何の事ですかっ?」

 

びくりと反応する玖遠。

 

「どうせついて行かれへんのやったら此処で……」

 

「せめて外でしましょうよぉ……」

 

中々出発の準備に取り掛かれない、

士郎たちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――新野北 国境――――――

 

新野から許昌に向かう街道を進む一団の姿が見える。

 

「もう少しで曹操軍との国境に着きますよ~」

 

先頭を進むのは向朗。

 

それに、桃香、鈴々が続き、

その後ろに玖遠と援里。

最後尾には士郎の姿があった。

 

「どのあたりから曹操の領地なのだ?」

 

「う~ん……その辺は余り明確になってないんですよねぇ……

特に曹操さんは屯田制で領地を拡大してますから、

尚更分かり難くなってるんですよ……」

 

「な、なんか難しい話だねぇ……」

 

よく話を理解出来ていない桃香。

……まぁ群雄割拠のこの時代、

領地区分が曖昧なせいで、分かり難いのは仕方が無いが……

 

そうして進んでいると、

先に偵察に行っていた兵が慌てた様子で此方に向かってくる。

 

「どうしました?」

 

「はっ!この先にて、華美な鎧を着た女性同士が争っているとの事!」

 

「もしかして愛紗ちゃん!?

急ごう!!」

 

桃香が慌てて走り出し、

他の皆もつられて走り出す。

 

少し、進んだ先に見えるのは簡易に作られた砦。

 

その門近くで、誰かが争っているのが見える。

 

「あれは……愛紗と夏侯惇だな。」

 

互いに武器を持ち、対峙している二人。

 

「逃亡は許さんっ!!」

 

「私はっ、曹操との約定を守っただけだ!」

 

ブォン!!春蘭が振振るった刃が愛紗に襲い掛かり、

愛紗はそれをひらりと避け、距離をとる。

 

「うるさいっ!

貴様がいると……華琳さまが迷うっ!」

 

「私にどうしろと!!」

 

一気に飛び込み、再度袈裟に振るわれた剣を受け止める愛紗。

そのまま鍔迫り合う。

 

「貴様が……っ、貴様がいなければ……」

 

「くぅ……っ…………」

 

じりじりと、押されていく愛紗。

 

「止めるのだーーーっ!!」

 

「新手か……っ!!」

 

春蘭を止める為に飛び込んで行く鈴々。

咄嗟にそれを避け、一旦離れる春蘭。

 

「鈴々っ!!」

 

「大丈夫なのだ!?愛紗。」

 

いきなり現れた鈴々に驚く愛紗。

そして―――

 

「愛紗ちゃんっ!!」

 

「桃香……さま……?」

 

駆け寄ってきた勢いのまま、愛紗に抱きつく桃香。

 

「良かった……無事だったんだね……」

 

「はい……ご心配を……お掛けしました…………」

 

互いに涙を流し、再会を喜ぶ。

 

「劉備も来たのか……丁度いい。

ここで一緒に倒してくれるッ!!」

 

そう言い放ち、ブンッ!と剣を振るう春蘭。

 

「させると思うかッ!」

 

「そうなのだ!鈴々も相手するのだ!!」

 

対峙する三人。

 

「桃香さま!後ろに下がって下さい!」

 

「う、うんっ。」

 

じりじりと、互いの反応を伺っていると……

 

「危ないですッ!!」

 

横合いから飛んできた何かを、玖遠が弾き落とす。

 

「玖遠もいたのか!……それは矢か?」

 

「はいっ!……出てきて下さいっ!!」

 

「ほう……気がついたのか。」

 

砦の影から姿を現したのは秋蘭と流琉。

秋蘭の手には、弓が握られている。

 

「姉者を止めに追いかけて来たのだが……劉備がいるのなら話は別だ。

ここで仕留めさせて貰うっ!」

 

「良いんですか、秋蘭さま?」

 

「心配するな流琉。

華琳さまなら、『此処で死ぬような相手なら、それまでだった』と言うだろうさ。」

 

「本当に言いそうですね……」

 

流琉も他の皆と同じく、武器を構える。

 

「夏侯惇の相手は私がする。

鈴々と玖遠は後の二人を頼むっ!」

 

「だったら鈴々はあの小っこいのと戦うのだ!」

 

「じゃあ私は夏侯淵さんが相手ですかっ。

……大丈夫かなぁ。」

 

一瞬の間の後、互いに切り込む。

 

「来いっ!関羽ッ!!」

 

「それはこちらの言葉だッ!!」

 

実力が拮抗している両者。

互いに譲れない物がある以上、

そう簡単には負けられない。

 

激しい剣戟を繰り出しながら、

何合も打ち合っていく。

 

「貴女が季衣の言ってた人ですね。

……確か……ちびっこ……でしたっけ?」

 

「にゃっ!!あ、あいつの方が小っこいのだ!!」

 

怒りながら切りかかっていく鈴々。

 

「わたしじゃなくて、季衣がそう言ってたのっ!!

もうッ!!」

 

その一撃を、手に持っている『伝磁葉々』で受け止める流琉。

互いに怪力を誇るもの同士、

ぎりぎりと、激しい鍔迫り合いが始まる。

 

「さて……悪いが、手加減は出来んぞ。」

 

言うや否や、対峙する玖遠に向かって自身の愛弓『餓狼爪』で矢を射掛ける秋蘭。

 

「たぁッ!!」

 

それを、双剣で弾きながら近づいて行く玖遠。

そのままの勢いで、一気に向かうと思いきや、

秋蘭まで数歩のところで速度を緩め、

双剣を組み替えて双刃槍に変え、それを振るう。

 

「ほう。近づかないのか。

……成る程。どうやら弓使いと戦った事があるようだな。」

 

弓の弱点は当然近距離。

ならば其処を狙うのは至極当たり前である。

 

しかし、

 

それは弓使いからすれば、余りにも予想しやすい。

 

近距離に対して一つ二つの対抗策を用意しておけば、

相手がそれに呆気に取られている内に、仕留められる。

 

丁度、紫苑と玖遠が練習試合をしていた時の用に。

 

中距離(ここ)なら、貴女が嫌がる筈ですっ!!」

 

近距離対策の武器は使えず、

弓に矢を番えていてはその隙にやられる。

 

弓使いにとって、中距離が一番判断に困り、

戦いにくい状況なのだ。

 

「ふッ……よく勉強している。

……良い師がいる様だな。」

 

次々と襲い掛かる刃を、紙一重で避ける秋蘭。

距離をどうにかしようにも、

玖遠の一番得意な事は、重心移動を利用した体捌き。

 

そう簡単には――逃げられない。

 

「禍根の目は、ここで絶つべきか。」

 

そう呟く秋蘭。

 

戦術にて、自身よりも上の秋蘭と拮抗する玖遠。

そんな玖遠を危険と判断したのか。

 

戦いは、長引きそうだった。

 

しかし、当然終わりは訪れる。

 

一瞬の間――

 

全員の攻撃が止まった瞬間、

それ(・・)が飛んできた。

 

『なッ……』

 

春蘭、秋蘭、流琉の眼前の地面に、

いきなり『矢』が突き刺さる。

 

「新手かッ!」

 

周りを見渡す春蘭。

 

しかし、その時秋蘭は全く別の事を恐れていた。

 

(矢に……気付かなかった……!?)

 

当然、直接狙ってなかったのだから、

殺気に反応出来なかったのは仕方ないかもしれない。

 

しかし、その存在に全く気付かないのは有り得ない。

 

以前の用に、城門の上から撃って来たりしていれば話は別だが、

ここは平地。

当然身を隠せるような場所は無い。

 

その証拠に、愛紗、鈴々、玖遠の三人も急に飛んできた矢に驚いている。

 

秋蘭も周りを見渡すと、

遠くに、一人の男が立っているのが見えた。

 

(あそこから狙った……?

莫迦な……気付かない筈が無い!)

 

驚く秋蘭を余所に、

流れるような動きで次の矢を撃つ動作を行う。

 

弓に矢を番え――

弦を引き絞り――

その目で睨み――

 

――音を響かせて

――飛翔する、矢

 

余りにも動きが自然すぎて、

違和感だと、気付かなかった。

 

キィン――と自身の弓を、

再度放たれた矢で弾かれる秋蘭。

 

「……姉者、ここは退こう。」

 

「何故だ秋蘭!目の前に関羽と劉備がいるのにッ!」

 

「あの弓兵は拙い。

それに……囲まれている。」

 

周りにちらほらと見える劉表軍の兵。

 

まぁ士郎が遅かったのは、

兵を連れてきていたからなのだが。

 

「くッ…………分かった……ここは退こう。」

 

「ああ。そうしてくれた方が助かる。

流琉っ!殿を頼む!」

 

「了解です秋蘭さま!」

 

伝磁葉々を、盾のように構える流琉。

これならば、そう簡単には矢では狙えない。

 

まぁ士郎は矢を撃つつもりはもう無いのだが。

 

「関羽ッ!ここは預けるぞッ!!」

 

「貴様が何度来ようと、この私がいる限り桃香さまには指一本触れさせんッ!!」

 

そう言って、引き上げていく春蘭たち。

 

場に、沈黙が訪れる。

 

「……おかえりなさい。愛紗。」

 

「……はい。ただいま戻りました、姉さん。」

 

再会を喜ぶ二人。

 

周りの皆も、二人が落ち着くまでそれを見守っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

許昌に向かって引き上げている途中、

春蘭は終始、機嫌が悪そうにしていたが、

秋蘭は先ほどの弓兵の事を考えていた。

 

(あの弓……確か何処かで……)

 

あの男が使っていた黒い弓――

あんな物はこの国には存在しない。

以前見たのは――

 

「小沛城にいた、あの少女が持っていた……」

 

「?どうかしたんですか。」

 

「あ、ああ。少し考え事をしていたのさ。

気にしないでくれ流琉。」

 

再度思考をまとめる。

 

(あんな弓を見たのはあの時しかいない……

だとしたら、あの少女はあの男の弟子と言う事か?)

 

弓の力量から、そう判断する秋蘭。

 

(あの男は劉表の所にいた筈……

ならば、その弟子が小沛に居た言う事は、

劉表は徐州での戦に関わって居た……?)

 

色々考えてみるが、

結局は創造の域を出ない。

 

しかし、それが事実なら、

劉表を攻める口実の一つになり得る。

 

いずれにせよ、

一度華琳の指示を仰ぐ必要があるだろう。

 

そう考えた秋蘭の進む足は、

心なしか速くなったような気がした――


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