真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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8-2 一難去って……

「……うっ……くっ……」

 

寝台の上で体を横たえている女性から、苦悶の声が聞こえてくる。

 

「目が覚めたのか?」

 

傍に近寄り、その様子を伺う士郎。

 

「私は……一体……」

 

まだ体が痛むのか。

無理矢理体を起こそうとするのを見て、慌てて制止する。

 

「今朝川に行ったとき、君が流れ着いていたんだ」

 

「そうですか……有難う御座います……」

 

虚ろな瞳で周りを見回す女性。

 

「とりあえず今は休んでいるといい。

……医者を呼んでくるから、少し待っていてくれ」

 

「分かりました。

……あと一つ聞きたいことがあるのですが」

 

「ああ」

 

「今は……夜なのでしょうか?」

 

外に目を向ける士郎。

空は茜色、時刻は夕刻だ。

 

「いや、今は夕刻だが……まさか、目が見えてないのか!?」

 

「………………」

 

沈黙が、二人の間に流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医者を呼びに行く途中、士郎は女性を助けたときの事を思い出す。

 

 

「くっ……ここでいいか……」

 

全身ずぶ濡れで、所々怪我をしている女性を引き上げた後、

近くの木陰まで移動する士郎。

 

全身の力を抜いた人間の体と言うのは非常に重く、

服が水を吸っているとなると尚更だ。

 

女性は何処から流れてきたのかは分からないが、

かなり長い時間水の中にいたのだろう。

 

「体が冷えている、血も大分失っているな」

 

もはや虫の息。

一刻の猶予も無い。

 

「……投影(トレース)開始(オン)

 

少し躊躇した後、おもむろに一本の剣を投影する。

 

手に現れたのは柄尻に大きな青い宝石がついた、

白銀に輝く刀身を持つ両刃の西洋剣。

よく見ると、剣の切っ先が欠けている。

 

この剣の名は、決闘家ベルシが愛用した剣「ヴィーティング」

今回士郎が使うのは剣ではなく、柄尻に輝く青い宝石「癒しの石」

 

それを剣から取り外し、女性の体に触れさせる。

 

「ううっ……」

 

石から広がる青い光が女性を包み、

傷を癒していく。

 

「これで何とかなるだろう」

 

血も止まり、顔色も幾分かよくなってきた。

 

そのまま士郎は剣を破棄し、

女性を担いで新野へと向かって行ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。どうやら、失血による失明のようですな」

 

診察を終えた医者から、話を聞く士郎たち。

 

「そうですか……他は特には?」

 

「ええ。怪我も血は止まっておりますし、

安静にしておけば宜しいかと」

 

「有難う御座います」

 

部屋を後にする医者に向かって一声かける士郎。

そのまま、女性の方に目を向ける。

 

「すまない……俺の発見が遅れたばかりに……」

 

申し訳なさそうに、頭を下げる士郎。

 

「……いいえ、こうなったのは貴方様のせいでは御座いません。

こうして、光を失いながらも生き延びたのは、

何か意味があるのでしょう」

 

「そうか……」

 

女性の言葉を聞いて、何処か悲しそうに答える士郎。

優しすぎるゆえに、他人の痛みも自分のものとして受け止めてしまうのか。

 

「それで、此処は一体何処になるのでしょう?

何分起きたばかりですので」

 

目が見えぬ為、景色からの判断も出来ないだろう。

 

「ああ。此処は荊州北の都市、新野になる。

自己紹介がまだだったな。

私は劉表軍客将、衛宮士郎だ」

 

「新野でしたか。

私の名は……」

 

そこで突然、女性の言葉が止まる。

 

「どうした?」

 

「いえ……それが、名が思い出せぬのです」

 

「記憶喪失か!?」

 

「それは大丈夫かと。

おぼろげに幾つか覚えていることも有ります。

自分が何処かの将だったことも。

多分一時的なものだと思いますので、直ぐに名を思い出すと」

 

「それならばいいが……」

 

どうにも厄介な事になったと、頭を抱える士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然、光と名を失った女性の話は、他の将にも伝わる。

 

夜、夕食時に集合したほかの武将達に話を伝える士郎。

 

「記憶喪失かぁ……」

 

「しかも失明もしとるんは、厄介やなぁ」

 

互いに顔を見合す玖遠と霞。

 

「援里ちゃんは何か知ってる事ある?」

 

「何か……とは……?」

 

「治療法とか、どうすればいいのかとかですっ」

 

うーんと、少し考える援里。

 

「聞いた話ですと……失血が原因の失明ですので……目の方は治らないかと……

ですが……記憶の方は……忘れているだけですので……

色んな景色や……体験をしたら……もしかしたら……」

 

景色や運動が刺激になって記憶が戻る話は良く聞く。

 

相手の状態の事や治療法を気にする辺りが玖遠らしい。

 

「よし。それやったらウチの出番やな!

とりあえず馬に乗せて遠乗りさせたらええんやろ?」

 

「病み上がりにそれはキツイだろ」

 

霞に振り回されて碌な目にあわないのが目に浮かぶようだ。

 

「向朗さんには話したんですかねっ?」

 

「ああ。一応馬良にお願いして話しをしてもらっている。

……とりあえず杖でも準備しておくか。

三人には出来るだけ彼女の世話をお願いしたいんだ。

手を引いて歩くくらいならともかく、

風呂や厠までは流石に男の俺じゃ無理があるからな」

 

「了解ですっ」

「分かったで」

「分かりました……」

 

戦が終わった翌日なのだが、

相変わらず慌しい一日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、新野城内

 

日が昇り、市が開き始める頃、

街中を歩く一団の姿があった。

 

玖遠は右手を名も無き女性の手と繋ぎ、引っ張るように道を進んで行き、

その後ろを士郎と援里が続く。

 

「風が……気持ちいいですね」

 

さらさらと、膝裏にまで届きそうな黒髪を風に靡かせる。

陽光に照らされ、きらきらと輝いている。

 

「ここは河が近いですからっ、

いい風が吹いてくるんですよっ」

 

すっかり仲良くなっている二人。

 

背も高く、上品な佇まいの女性を引っ張る玖遠。

二人の姿は、まるで姉と妹のようにも見える。

 

「向朗も来たそうにしていたな」

 

「戦の後は……戦後処理が……大変ですから……」

 

必死に粘って着いていこうとしたが、結局馬五姉妹に簀巻きにされていた。

……あれが日常なんだろうなと、そう自己解釈した士郎だったが。

 

「何か気になる物……って、目が見え無いんですよねっ……」

 

気分転換にと女性を連れ出したのだが、

目が見えない以上、楽しめない事も出てくる。

 

「大丈夫ですよ。見えなくとも、光の加減は感じますし、

音や匂いが、私に教えてくれますから」

 

「そうなんですかっ!?」

 

「聞いたことがあるな。

五感の一つを失った時、他の部分がその失った箇所の補佐をすると」

 

「?」

 

「そうだな……目が見えなくなったのなら、

音の反射で人や物の位置を感じるようになったり、

匂いで人物を識別できたりするようになるらしい」

 

「私も……聞いたことが……あります」

 

援里も頷きながら答える。

 

「えっと……感じたりするんですかっ?」

 

すると女性は少し困った顔を浮かべ、

 

「いえ……そこまではっきりは感じません。

なんとなくです」

 

「そうなんですかっ……」

 

……何で残念そうなんだ。玖遠。

 

「あ……ですが、士郎さまや玖遠さまなら、区別出来ますよ」

 

「一体……どうやって……?」

 

「ぼぅっと、暖かい光のような物を感じます。

士郎さまは大きく、玖遠さまはそれよりは少し小さい」

 

『気』の大きさを判断出来ているのだろうか。

もしそうならば、記憶を失う前はそれなりに修練を積んだ人物の筈だ。

 

益々、謎が深まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「華琳さま。幕内にて、馬騰の亡骸を確認しました」

 

「そう。下がっていいわ」

 

「はっ!」

 

涼州の雄、馬騰を破り制圧を果たした華琳。

しかし、その顔は決して晴やかではない。

 

「どうしたんですか~華琳さま?」

 

「何でもないわ。……少し休むから、後の事はお願いね」

 

「はいはい~」

 

風に見送られ、天幕の奥に下がる華琳。

 

「如何したのだ、華琳さまは?」

 

そんな華琳の様子を見て、心配そうな春蘭。

 

「多分、馬騰さんが自害したから怒っているんでしょう~

全く、困った人ですねぇ」

 

「……それはどちらが、だ?」

 

「ふふふっ。秘密です」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、馬騰では駄目ね。……期待していたのに」

 

天幕の奥、自室にて椅子に身を預け、呟く。

 

「確かに西涼の騎馬は素晴らしかった。

けれど、それでも……足りない」

 

華琳が求めるのは、対等に戦う相手。

自分の本音を、本心をぶつけても、決して引かないような。

 

顔を上げ、南に目を向ける華琳。

 

「早くしなさい桃香。次は、貴女よ」

 

天下に最も近い華琳。故に孤独。

彼女が人肌を求めるのも、その孤高さ故か。

 

自身が唯一認めた好敵手である桃香。

彼女相手にしか、本当の自分を曝け出す事が出来ないのだ……

 

なんとも、悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――新野城北 戦場跡――――――

 

先日の戦いにて曹操軍が拠点にしていた地に、幾人かの姿が見えた。

 

彼らの目的は戦場に残る武器や鎧などの品、要するに盗賊が殆どであった。

 

しかし、中には違う目的の者もいる。

 

彼ら三人は篝火を囲み、話会っていた。

 

「許貢さまを殺した奴の名が分かった。衛宮と言う将らしい」

 

「そいつが我等の仇か……っ」

 

落ち着けッ!……ここで騒ぐのは拙い」

 

彼ら三人は士郎が討ち取った将、許貢の元で世話になっていた客人。

恩人の仇を討とうと、戦の後もここに残り、情報収集を行っていたのだ。

 

「奴はまだ新野に駐屯しているらしい。

……幸い劉表領は出入りし易い、潜り込み、夜を待って行動を起こそう」

 

男の言葉に、他の二人も頷く。

 

「許貢さまの仇は俺達が取るッ。

待っていろよ衛宮とやら」

 

抜き放った刃が、篝火を受け、煌く。

 

理性の箍が外れた人間は、通常発揮しえない力を見せる。

 

士郎に、凶刃が迫っていた……




ハシバミ制する決闘剣(ヴィーティング)

宝具ランク C++
対人宝具 レンジ1~5

決闘家ベルシが使用した剣。
真名開放と同時に、刀身が幾つかの破片に分かれ、敵に襲い掛かる。(要するにブレードビット)
一つ一つの威力は、元の刀身で切るのと何ら変わりはない。

ハシバミの木による決闘の際、宿敵コルマクに折られた切っ先がそのまま相手に刺さり勝利したエピソードから。
折れたままの切っ先は、コルマクに刺さったままなのでそこだけ無い。

癒しの石

ヴィーティングの柄尻についている青い宝石。
投影、投影破棄する際はヴィーティングと一緒に消えたりするが、一度投影すれば投影中は外して使うことも可能。
触れている相手の命を留め、治癒能力を高めて全治状態まで回復させる。
アヴァロンが使えない士郎にとって、正に生命線である道具。

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