真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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8-3 刃持つ理由

「…………っ、………!!」

 

声が聞こえる。

 

数多の兵が武器を鳴らし、地を踏みしめて進む音。

 

そして……

 

「ぐぁあああああッ!!」

 

命を絶たれた、味方の兵の断末魔。

 

「……さまッ!!お逃げ下さい!!」

 

「お前達をおいて退けるかッ!ここで奴らを食い止める!」

 

そうだ、これは私がここに着く前の出来事。

 

城壁の上にいる私達に向かって攻め寄る敵兵に、ただ我武者羅に剣を振るう。

 

「ぎゃああああっ」

 

ズブッと、剣が敵兵の肉を貫き、命を立たれた兵はそのまま真っ逆さまに落ちていく。

 

しかし、多勢に無勢。味方の兵は力尽き、じわりじわりと押し込まれていく。

 

「このままでは……くぅッ!!」

 

「危ないッ!!」

 

一瞬の気の緩み。其処を襲うは敵の槍。

 

ズブリと肉に突き刺さってくる刃を避けようと強引に体を捻るが、

そこは城壁の上、攻め寄せる敵が目の前に広がる最前線。

 

「きゃぁッ!!」

 

バランスを崩し、落下する。

 

落ちる場所が敵兵の前の方がまだ良かったかもしれない。

目の前に広がるのは、遥か下に川が流れる断崖絶壁。

 

そこで、彼女の世界が暗転した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、お疲れ様でした!」

 

バン!と、勢い良く軍議室の扉を開けて入ってきたのは、

新野の将の霍峻。援軍を連れてくる為、一旦襄陽に帰っていたのだ。

 

「劉表さまからの言伝も預かっています」

 

そう言って向朗に差し出される手紙。それにざっと目を通していく。

 

「ふむふむ……分かりました。下がってもいいですよ~」

 

「はい。私は軍の編成に戻りますので」

 

援軍の部隊の振り分けなど、守将である霍峻には仕事が多い。

いそいそと部屋を後にした。

 

「何が……書かれて……たんですか……?」

 

「う~ん……一旦全員集まって説明した方がいいですねぇ。

士郎さんは、玖遠ちゃんと一緒にあの女性を連れてきて下さいね~」

 

「了解した」

「了解ですっ」

 

士郎と玖遠は皆と別れ、一旦記憶喪失の女性の下へ向かう。

 

「今大丈夫か」

 

こんこんとドアをノックし、扉越しに話しかける。

 

「……返事が無いな」

 

「ですねっ……」

 

まだ寝ているのだろうか?人が動いている気配が感じられない。

 

「仕方ない。入るとするか」

 

士郎がドアを開けて入ろうとするが、

 

「駄目ですっ!女性の部屋に士郎さんが入ったら、何があるか分かりませんっ!」

 

「何って……何さ」

 

「とにかく駄目ですーっ!私が様子を伺いますから、

士郎さんは私の合図が出るまで待ってて下さいっ」

 

そう言って士郎を押しのけ、部屋に入っていく玖遠。

 

だんだん玖遠も、士郎の女難体質に気をつけるようになってきているようだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎さんっ!た、大変ですっ、なんか苦しそうですっ!!」

 

玖遠が部屋に入って直ぐ、玖遠が慌てた様子で士郎を呼んでくる。

 

「分かった直ぐ行く」

 

士郎も部屋に入り、ベットの上にいる女性の様子を確認する。

 

寝汗が酷く、何かに魘されているようだ。

 

「大丈夫か!」

 

軽く揺さぶり声を掛ける。

 

「うっ……はぁっ…………わたしは……?」

 

おぼろげな目で周囲を見渡す。

しかし、彼女の目は光を捉えれない。

 

「はぁっ……はぁっ……だれ……」

 

「士郎だよ。大分魘されてたが、大丈夫か?」

 

荒い息を繰り返す女性の様子を見ながら、落ち着かせるように話しかける。

 

「ああ……そう言えば私は……すみません。もう、大丈夫です」

 

女性は額の汗を軽く拭い、すこし苦しそうに答える。

 

「なにか、悪い夢でも見たんですかっ?」

 

「そう……ですね、余り良く覚えてないんです」

 

夢は直ぐに忘れるもの。玖遠は特に不思議に思わずその言葉に頷く。

 

「ふぅ……ご迷惑をお掛けしました」

 

「大丈夫ならよかった。それで、今襄陽からの使者が来ていて、

君も呼ぶように言われたんだが、無理そうだな」

 

「いえ、そういう事でしたら伺います。

それで、あの……着替えなどを手伝って貰いたいのですが……」

 

「ああ。だったら玖遠、頼めるか」

 

「はいっ。大丈夫ですっ」

 

いそいそと箪笥から服を取り出し準備をしていく玖遠。

 

「俺は先に行って、すこし遅れるって言って来るよ」

 

そう言い残し部屋を後にする士郎。

 

「……あの、本当に大丈夫です?」

 

「ええ……大丈夫です」

 

少し思いつめたような様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れましたっ!」

「お待たせしてすみません」

 

遅れて入ってきた玖遠と女性が、席に着いた所で軍議が始まる。

 

「これで全員揃いましたね。

じゃあ早速これからの事を話していきます。

えっと……先ずは貴女の事ですが……」

 

向朗が目を向けたのは記憶を失った女性。

女性も気配を察したのか。

 

「劉表さまからの伝言ですが……

記憶が戻るまでは此処で滞在して貰って構わないと。

ただし、何か重要な事を思い出したのなら、直ぐに知らせる事。です」

 

「……はい。お世話になります」

 

一瞬沈黙した後答える女性。

 

「とりあえずは皆で手助けしますので、何か不自由があれば言ってください。

そろそろ戦が始まりますから、街の中でも安全とは言えませんから」

 

「心得ます」

 

深々と頭を下げる女性。

取りあえずは何とかなりそうだ。

 

「で、次はこれからの方針ですけど……」

 

そう言って向朗は机の上に地図を広げる。

 

「まずは北の曹操が涼州を制圧。

駐屯兵を置いた後、本隊は二つに分かれ益州と荊州に向かって進軍。

目標は当然ここです」

 

曹操軍本隊が動き始める。正に怒涛の勢いである。

 

「とうとう来たんか~

楽しくなりそうやな」

 

「私は楽しくないですっ……」

 

対照的な反応をする霞と玖遠。

 

「話を続けますよ~

益州を攻略中だった桃香さまたちは、無事に成都を制圧。

早速、北から攻めてくる曹操に対して防衛準備に取り掛かってますね」

 

すると突然、ガタッと椅子が動く音が鳴る。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ……何でもありません」

 

向朗の言葉に反応したのは、記憶を失った女性。

何か気になることでもあったのだろうか。

 

「漢中にいる……張魯さんは……どうなったんですか?」

 

「曹操の大軍に恐れて、さっさと降伏したみたいですねぇ」

 

「ただでさえ……桃香さまたちと……戦った後ですから……」

 

もはや漢中にはまともな兵力は残って無いだろう。

曹操は正に労せずに要害漢中を得ることが出来たのだ。

 

「楊州は相変わらず特に動きは無し。ですが」

 

「そろそろ、来るな」

 

「です。皆さん、軍備の方急いでお願いしますね~」

 

各人がばたばたと慌しく動き始める中、

士郎は先程見せた女性の動揺が少し、頭に引っかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

「はい。どうぞ」

 

夜も大分ふけた頃、記憶を失った女性の部屋を訪ねる人物がいた。

 

「お邪魔するで。……って、真っ暗やないかい!」

 

「ああっ!も、申し訳ありません、直ぐに明かりを点けますねっ」

 

訪ねて来たのは霞。

しかし、女性の部屋には灯りがついていない為、いきなり出鼻を挫かれてしまった。

 

「そう言えば目が見えんから、灯り点ける必要無いんやなぁ」

 

「はい。常に真っ暗です」

 

特に気分を害する訳でもなく、二コリと微笑みを浮かべたまま霞の質問に答える女性。

大分打ち解けているようだ。

 

「最初の方は大分苦労しましたが、

今では何とか一人で歩くことも出来ます」

 

「耳とかが良く聞こえるようになったんやろ?」

 

「はい。耳もですが、匂いや肌に当たる風の感触もそうですね

周りの物を、全身で感じ取ることが出来ます」

 

「士郎が言ってた通りなんやなぁ」

 

しみじみと答える霞。

 

「それで、あの、私に何か……?」

 

「ああ。ちょっと昼間の会議中に体調が悪そうやったやろ?

士郎と一緒に様子見に来たんや。もうちょいしたら士郎も来るやろ」

 

「そうですか……ご心配をかけてしまって申し訳ありません。

少し、体勢を崩しただけですので」

 

「そうか。それやったらええわ」

 

霞がそう答えた後、一瞬の間が空き、

 

「確か記憶が無いんやったな。

……多分記憶無くなる前は武人やったと思うで」

 

「……それは、何故、ですか?」

 

「まぁ強い奴の雰囲気は隠しとってもウチは分かるんやけど、

体つき見ても武器を振るっとった肉のつき方しとるしな」

 

伊達に戦闘狂では無いようだ。

 

「そのことは、他の皆さんは?」

 

「怪我の治療しとった士郎は気付いとるやろなぁ。

後は分からんわ」

 

「そうですか……有難う御座います」

 

少し思案した後、霞に礼を述べる女性。

そうしていると、再度誰かが部屋の扉をノックしてくる。

 

「士郎か?入ってええで」

 

「失礼するよ」

 

入ってきたのは士郎。手に盆を持ち、何かを乗せている。

 

「飲み物を淹れてきた。ほら」

 

「酒なんかっ!」

 

身を乗り出し、目を輝かせる霞。

 

「その期待には添えかねないな」

 

「この香りは……お茶ですか?」

 

「ご名答。少し甘味を足してある。良く眠れると思う」

 

そう言って二人の前にコップを置く士郎。

 

「何の話をしてたんだ?」

 

「乙女の秘密やーー♪なっ」

 

「くすっ。はい」

 

ニコニコと互いに笑いあう。

そんな二人を見て、士郎は女性が霞と仲良くなっている事に少し安堵した。

 

「何か士郎が笑っとる……このスケベ」

 

「な、なんでさっ!!」

 

「……ふふっ」

 

そのまま三人は、取り留めの無い話を続けていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎様と霞様は、何故戦っているのですか?」

 

女性からその質問が二人に投げかけられたのは、

大分話も盛り上がった頃であった。

 

「う~ん……色々有るけど、ウチは強い奴と戦いたいのが一番や」

 

「強い人……ですか」

 

「そやな。鍛えた技と力をぶつけ合って強敵に勝った時、

生きとるって実感するのが一番ええなぁ」

 

正に武人らしい霞の答えである。

 

「成る程……ですが、それでは相手の命を奪ってしまうのでは無いのでしょうか」

 

『人殺しは罪』それは何年も昔から続いてきた人の法。

戦国の世では、それが良く蔑ろにされる。

 

「そやけどな。ウチ武を振るうのは戦場や。

お互いに譲れん思いがあるし、それは仕方ないで」

 

「譲れないもの……」

 

そう呟き、思案する女性。

 

「俺達が戦っているのは聖が願う世の為に戦っているからな。

戦っている相手にも当然理想はある。

しかし、民を守る為に戦う事は決して間違いなんかじゃない」

 

「ウチも同じやで。

ウチもそんなに頭ええわけちゃうし、ウチが信じた人のため戦えたらそれでええんや。

ついでに強い奴と戦えたらええかな~って」

 

すこしバツが悪そうにしている霞。

 

「……確か霞様は最初、董卓様に仕えていました。

何故主君を変えたのですか?」

 

「あの時は月を守る為やったなぁ。

ウチが足止めして、逃げる時間稼ごうとしたんや。

まぁ、降ったお陰で結局月は助かったし、聖さまや士郎とも仲良くなれたしな。

天命って奴や。ウチが死んだら月が悲しむし……皆の為に戦えんようになってまう」

 

「天命……」

 

「主君の為に死ぬというのも有りだとは思う。

けど、自分が何の為に力を求めたのか。

その志がぶれていないか如何かが大事なんだと思う」

 

「……士郎様の志とは?」

 

「……正義の味方さ」

 

一瞬の間の後、士郎はそう答える。

 

「それは……厳しい道のりですね」

 

「ああ。けれど、あきらめるわけにはいかないんだ。

この道は必ず正しいって信じているから」

 

「いえ。素晴らしいと思いますわ」

 

苦笑しながら話す士郎に、

なにかまぶしいものを見ているような反応をする女性。

 

「お~い、二人ともウチの事忘れてないか~」

 

「そ、そんなことはないぞ」

 

じとーっとした目で士郎を見つめる霞。

まぁ、途中から蚊帳の外だったから気持ちは分からなくも無い。

 

「まぁええわ。で、そろそろお開きにするんか?」

 

「そうだな。夜も更けたしお茶も無くなった。

そろそろ終わるにはいい頃合だろう」

 

「じゃあウチも寝ようかな~」

 

そういって席を立つ霞。

 

続いて女性も席を立とうとするが、

 

「そう言えばまだ杖が無いんだったな」

 

「はい。買いそびれてしましまして」

 

しっくり来るものが無かったのだろうか。

 

「だったら俺が作ろう。

長さとか測りたいから先に俺の部屋に行って待っててくれるか?」

 

「はい。お待ちしています」

 

そう言って茶器を炊事場に運ぶ士郎を見届けてから、

女性は先に士郎の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城 士郎の部屋――――――

 

 

士郎が洗い物を終えるまでの間、

灯りの消えた部屋で待っている女性。

 

もとより光を失っているので、灯りなどは必要ないが、

そうしてぼーっとしていると、先ほどの話を思い出す。

 

各々の戦う理由、思い、天命、そして目指すもの……

 

「でしたら、私が士郎様に助けられたのも……運命なのでしょうか……」

 

正義の味方を目指す士郎。

その言葉に込められた思いの強さは、目が見えずとも――

いや、目が見えないからこそより強く感じることができた。

 

「……私が、ここにいる意味……」

 

何かを決意したのか、

ぎゅっと、強く手を握り締める。

 

「士郎様……?いえ、違う」

 

そうしていると聞こえてくる足音。

一瞬士郎かと思ったが足音が全く違うし、何より人数も多い。

 

「………………」

 

こんな時分に来客などおかしい。

それに微かに聞こえてくる金音――間違いなく武装している。

 

そっと手を伸ばし、直ぐ傍に立てかけてあった五尺程の長さの『棒』を手にする。

 

扉の前で立ち止まる足音。聞き耳でもたてているのか。

 

少しの間の後、音も無く扉が開かれ、

中にいた女性を確認するや否や、凶刃が襲い掛かって来た。


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