城門を攻略する際には、当然の如く攻城兵器の力が必要になってくる。
主に門を破る破城槌、投石機。城壁の上に直接乗り込む井闌などがそうだ。
当然兵器ゆえ進軍速度は遅く、非常に狙われやすい。
本来ならそれ等を守るべく元から第二陣にいる兵と、第一陣の残りの兵を予定していたのだが、第一陣が殆ど壊滅してしまった為、秋蘭率いる第三陣が怒涛の勢いで突き進んでいる。
彼女達が着くまでに、どれだけ攻城兵器を破壊できるか。それがこの戦の後半戦の鍵になって来るのは明白だった。
「やぁっ!!」
場上から一閃。力強く振るわれた双刃槍で井闌を守る兵を打ち倒す玖遠。
双刃槍なら、諸手側どちらにいる敵にも素早く攻撃できるので、基本、馬上で玖遠はこれをメインに振るう。
「次に行きますッ!残った人で油をかけて燃やしておいて下さいっ」
次々と攻城兵器を破壊していく玖遠。
第一陣の四万いた兵の内、二万は城内にて倒し、あとの二万は士郎と霞が相手をしている。
なので残った玖遠率いる一万の兵が、曹操軍第二陣の攻城兵器部隊へとへと攻撃を仕掛けているのだ。
壊すのは主に井闌。
これは門に対して常に一つしか使用できない破城槌とは違い、井闌なら城壁の何処からでも乗り込まれる恐れがあるからだ。
当然、門の周りには深い堀が掘ってあり、そう簡単に近づくことは出来なくしていたが、
敵兵たちは土嚢は当然、味方の死体を利用してでも、強引にその堀を埋めにかかって来る。
その気迫に押され、堀も殆どが埋まりかけていた。
「玖遠さん……深追いしすぎです……一旦……下がりましょう……」
我武者羅に突っ込む玖遠を落ち着かせるよう、声をかける援里。
「まだ……っ、頑張れますっ!!ここで沢山壊しとかないと、士郎さん達が頑張ってくれてるのに申し訳ないですっ!!」
一万対四万。
数の上では圧倒的不利だが、此方は騎兵中心に部隊を組んでおり、相手は攻城兵器の護衛の為歩兵が中心。しかも相手は余り兵器から離れることも出来ないので、必然的に守備中心になってくる。
そう言ったアドバンテージもあり、玖遠は四倍近い敵軍相手にも、なんとか戦うことができていた。
「もっと奥にっ!!」
そう言って玖遠が馬首を曹操軍の奥に向けた瞬間――
「……危ない……ですっ……!!」
突如飛来して来た矢を、援里が開いた鉄扇で弾き飛ばす。
「きゃっ!!な、なんですかっ!?」
「敵に……狙われて……ます……」
突然の出来事に頭がついていかない。矢の飛んできた方向を見ると、其処には、以前戦った弓使いの姿。
「あれは、確か夏侯淵さん……」
そう呟いている間にも、再度矢を番えている。
「玖遠さん……!!」
「はいッ!一旦下がります!」
長坂橋とは違い、二人の間には余りにも距離が有りすぎる。しかも周りは敵兵だらけ。
これでは余りにも分が悪い。
まだまだ第二陣を叩いておきたかったが、一旦下がる玖遠であった。
そして、その様子を見て他の将も動き始める。
「玖遠が下がって来るな。芙蓉、こっちも下がるぞ」
「はい、士郎様は指揮の方を。背中はお任せ下さい」
そう言って刀の柄から棒手裏剣を取り出し、藍に向かって投擲する。
「くっ!!」
今まで全く出てこなかった投擲武器に驚き、藍に一瞬の隙が生まれる。
その隙を狙って振るわれる刃。狙うのは藍ではなく――
「!!手綱が」
常に手綱を持っていなければいけない藍と、両腕を自由に使える芙蓉。実力が拮抗している二人にとって、その差は大きい。
「今です」
芙蓉の合図に答え、馬を走らせる士郎。
「あっ!く……待てーーっ!!」
慌てて追おうとしても、手綱が切られていては思う通りに馬を操れない。
またしても士郎に逃げられる藍であった……
「成る程、いい判断だ」
そう言って矢を下ろす秋蘭。見つめる先には、後退していく玖遠の姿。
「今すぐ第二陣を再構築しろ!第三陣と合流して一気に進軍を再開する!」
先の玖遠の突撃で、第二陣の凡そ半分がやられた。
秋蘭は一旦第三陣と合流して、総勢六万の全軍で攻めた方が良いと判断したのだ。
「もう……ッ!アンタ、早すぎるわよ……!!」
秋蘭が指示を出していると、近づいてきたのは桂花。相当急いだらしく、息が途切れ途切れになっている。
「私の軍の進軍速度はあれが普通だが……」
「ぜぇ……ぜぇ……軍師の、私にも……気を使いなさいよッ!!」
夏侯淵は弓の名手として有名だが、奇襲攻撃や兵糧運搬など、迅速な進軍速度も得意としており、その速さは「三日で五百里、六日で千里」を進むと言われている。
当然、軍師の桂花などは置き去りにされる。
「ああもうッ、ひどい目にあったわ!
で、今はどうなってるのよ?」
「今は全軍で進軍中だ。藍と曹純も合流する」
「と言う事は約七万位ね……ふぅ」
当初連れてきた兵の数は十二万。それが五万も削られた。
「相手は城内の敵合わせても残り四万位。……厳しいわね」
数の上ではまだ倍近い差があるが、多数の攻城兵器を破壊された。
城門が二重の新野を攻略するには、致命的になってくる。
「ああ。けれど、私たちの役目は勝つことじゃない」
「そうね。しっかりと『時間稼ぎ』をすればいいだけよ」
進軍する自軍の様子を見ながら、二人はそう言い放った。
――――――新野城 城門上――――――
攻め寄せる曹操軍に対して、士郎たちは再度城門を閉め、今は攻城戦の真っ最中である。
「上から油かけてっ。
で、その後は火を落として燃やして下さいね」
向朗の合図とともに、煮えたぎる油が城門の上から敵軍に降り注ぎ、その熱さに耐え兼ねた敵兵が地面に落下する。
そして、其処に落とされる松明。
油の掛かった兵は自らがそのまま火種となり、
梯子を、井闌を――そして他の兵も燃やしていく。
「士郎ーー!!ウチの出番はまだかーー?」
城壁の上にいる士郎に声をかけるのは霞。彼女は減った兵を編成し直した騎兵一万を率いて城壁の下、城門の内側で待機している。
「まだ敵の破城槌にとりつかれてないからな!もう少しは持ちそうだ」
「まだかかりそうやなぁ……あかんかったらすぐ声を掛けてなーー」
城門が破られるまで出番がない霞は少し暇そうにしている。まぁ破られたら、それはそれで大変なのだが。
「士郎さんっ」
「玖遠、それに援里か。どうした?」
士郎も他の兵と同じく矢を放とうと準備していると、玖遠と援里が近づいてくる。
「援里ちゃんが気になることがあるみたいなので、連れてきたんですっ」
「気になること?」
「はい。相手が……本気で攻めてきて……ません……」
「本気って、これだけの大軍勢を動かしているのにか!?」
兵糧が心もとない曹操軍にとって、これだけの軍勢を動かすのはかなりの痛手の筈だ。それが本気ではないとは到底思えない。
「それが……相手の策……かもしれません……あれだけの軍勢なら……まさか、陽動とは……思いませんから……」
「けれど……」
俄かには信じがたい。しかし、もしそうなら確実に拙い事になっているのかもしれない。
「もし……私が相手の軍師なら……荊州と益州……二つの同時侵略は……しません。
どちらも……攻めにくく……有名な将が沢山いますから……」
確かに荊州を攻めるなら海戦が必要になってくるし、北方を主な領土とする曹操軍にとっては苦手な戦場だ。しかも、先ず攻めるべき新野も、以前から防備が強化されており、そう簡単に攻略は出来ない。
そして益州も同じだ。あちらは天然の要害であり道は断崖絶壁、主な道は崖に作られた桟道であり、騎馬でに進軍は非常に難しく大軍は動かしにくい。桃香たちも攻め込んだ際、益州軍の奇襲攻撃に悩まされていた。
「片方は守備に徹し……もう片方は全軍で。その方が、兵力も将も……集めることが……出来ます……」
「それでは、相手の狙いとは何なのでしょう?」
どうやら、士郎の傍で話を聞いていた芙蓉も気になったようだ。
「まだ……曹操軍は……北に五十万近い……兵力を残してます。ですが、兵糧や……率いる将がいないので……動かせません。でしたら、動くとすれば……」
「揚州の孫策、でしょうか」
「はい。それも……狙いはここではなく……」
「聖たちか!」
士郎の言葉に、こくりと頷く援里だった。
――――――許昌城 城内――――――
曹魏の都許昌、洛陽から脱出した献帝を保護した曹操が、都と定めた都市であり、曹魏の本拠地でもある。
その玉座に座るのは華琳。手には書状が握られており、何かを待っているようだった。
「……来たわね」
突如、玉座の下、謁見の間である場所の空間が歪み、そこから一人の男が出てくる。
「貴女が魏王曹操様ですね。初にお目にかかります、于吉と言うものです」
「貴方がこの書を送ったのかしら」
「ええ。その通りです」
「……だったら、私がどう言う返事をするのか分からないのかしら?」
そう言い放つと、華琳は持っていた書状を于吉に向かって投げつける。
そこに書かれていたのは、曹魏がもつ全ての軍、将を指揮させろと言う一文――要するに、于吉たちにまるごと全部降れと書いてあったのだ。
「貴方が普通の人間なら、わざわざこんなのに取り合わないんだけど、仙人なら別よ。この曹孟徳が作る国に、貴方みたいな存在は認めていないの。わざわざそっちに行く手間が省けたわ」
華琳の合図とともに、周りから武装した兵が現れる。数は百に届き、全て華琳直属の親衛隊。そして、華琳自身も春蘭と戦える程の武力を誇っており、正に磐石の体制。
「交渉は決裂。と、言うことで宜しいですね?」
「っ……人を舐めるのも大概にしなさいッ!!」
華琳がそう言い放つと共に、于吉に向かって殺到する兵たち。
「やれやれ、優秀な兵は極力失いたく無いのですが……仕方ありませんね。……小次郎、頼みましたよ」
「ふむ。了解した」
于吉の後ろから、音も立てずにゆらりと姿を現す小次郎。手には、既に鞘から抜き放たれた長刀が怪しい輝きを放っている。
「さて……巌流佐々木小次郎、参る!」
決戦が、開始された。