真・恋姫無双〜正義の味方〜   作:山隼

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8-10 長江の戦い(2)

「敵船っ、正面から来ます!!」

 

「文聘に受けさせなさい!まだ耐えるのよ」

 

呉水軍の先陣を努めるのは徐盛と丁奉。ともに若いが武勇に優れ、将来有望な二人である。そんな二人の一撃を正面に布陣している文聘に受けさせ、耐えるように指示を出す水蓮。

 

まだ戦は始まったばかり、将兵の数が劣るこちらが相手と同じ勢いで攻めたら、先に力尽きるのはこっちである。ここは先ず、相手の責めを耐えて機会を伺う必要がある。

 

「敵軍、左翼が前進!此方の横腹を狙っています!」

 

敵軍から見たら、敵軍の右横にこちらの統治している都市である江夏があり、そこには黄祖が一万の水軍を引き連れて待機している。今の所は動きは無いが、孫権達からすれば無視するわけにもいかず、そこに兵を向けさせる必要が出てくるのだ。故に、敵軍の右翼は動きにくくなり、相手の攻め手の主力は敵左翼になってくるのだ。

 

「敵の旗は?」

 

「甘の字……甘寧ですっ!!」

 

「初手から攻めてくるわね……いいわ。甘寧なら私が出た方がいいわね」

 

孫策と周瑜がいない今、水軍を操らせれば、甘寧は呉一番と言っても過言ではない。

下手に受けて、抜かれると数の力で一気に戦況を持っていかれてしまう。

 

「右に進めっ!敵左翼を止める!」

 

水蓮の合図と共に漕ぎ手たちが大きく櫂を漕ぎ、船が動き始める。

早くも、両軍の主力がぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――荊州水軍 本船――――――

 

「……聖さま。水蓮が動きましたです」

 

水蓮からの連絡を受け、それを聖に報告する蓬梅。

 

「相手は甘寧さんだね。……大丈夫だよね」

 

「あの馬鹿力が負けるわけ無いわ!」

 

心配そうな聖の不安を吹き飛ばすかのように、力強く答える鈴梅。いつもは余り仲が良くないのに、なんだかんだで信用しているのだ。

 

「そうだよね。……早く戦を終わらせて、また皆で集まろう」

 

「……あいつはいらないです」

 

「なんか、また新しい女が増えたみたいよ……あの変態は!」

 

誰の事を言っているのかは一目瞭然である。

 

「ふふっ。私は楽しみだよ?じゃあ、私たちも自分の仕事を頑張ろう!」

 

「了解です」

「了解」

 

聖たちも迫る敵軍に備えるべく、各自船を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水上での戦いは、先ず弓の撃ち合いから始まる。

赤壁の戦いの際、周瑜が諸葛亮に十万本の矢を求めたように、それこそ甚大な量の矢が放たれる。当然、今回の戦いも例に漏れず……

 

「矢盾を前に持って来い!……来るぞ!!」

 

劉表軍の将がそう叫んだ瞬間、敵の船から矢が放たれる。

 

バン!と、弓を弾く音がこっちに聞こえて来ると同時に放たれた矢は、天を覆わんばかり空を埋め尽くし、一斉に此方に襲いかかって来る。

 

「ぐぅっ……」

「がっ……」

 

矢を放つ時は、一斉に撃った方がより効果的だ。その方が、撃たれた側の逃げ場が減る為である。

 

「っ……弓隊、放てぇッ!」

 

お返しとばかりにこちらも一斉掃射。狙うタイミングは、敵弓兵が矢を番える瞬間。

 

「今だ!接舷しろ!」

 

撃つタイミングをずらされ、敵の攻め手が一瞬止まった瞬間、銅鑼の合図と共に船を加速させ、敵船へと突っ込んでいく。

 

船で相手と戦う場合、火矢などで相手の船を燃やすか、直接乗り込んで制圧するしかない。当然、今回使用したのは直接乗り込む方だ。

 

移乗攻撃とも言われるそれは、船を破壊するよりも拿捕することがメインになっている。

兵の数が劣る聖たちにとって、壊すより拿捕した方がより早く、戦力差が埋まっていく。

 

「行けぇッ!!」

 

怒涛の勢いで乗り込んでいく兵たち。当然、敵も黙ってはいない。

戦場は加熱していく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――呉水軍 本船――――――

 

「孫権さま、左翼が敵と交戦中です!」

 

「思春の様子は?」

 

「まだ交戦はしておりません、どうやら、敵将を探っている様子です」

 

「そう……分かったわ」

 

本船にて、自軍の報告を受ける蓮華。初めての大戦であり、若干緊張しているようだ。

少し思案したあと、すぐ傍にいる軍師の亞莎に話しかける。

 

「亞莎、江夏に動きはあるのかしら?」

 

「今の所、報告は無いですね。作戦通り、思春さんの動きに合わせて動いたら良いと思います」

 

「そうね……正面の敵も中々破れないし」

 

荊州水軍の先方を務めているのは張允、文聘の二将。共に水軍の扱いに長けており、そう簡単には打ち破れないし、そんなに簡単に破れるとも思っていない。

 

「先ずは思春さんに粘ってもらわないとですね。……右翼は、頃合を見て動かします」

 

「ええ。よろしくね」

 

そのすぐ後、思春の船が荊州軍に向かって動き始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右翼に移動し、呉軍の左翼を止めている水蓮。まさに今最も白熱している戦場であり、そこに新たな船が近づいてくる。

 

「……甘寧さま、蔡瑁の船を捉えました!」

 

「よし、我らはこのまま奴の船に攻め込む。各人、準備を整えろ」

 

「はッ!」

 

荊州水軍都督である水蓮。彼女が死んだ瞬間=荊州軍の負けと言っても過言ではない。

それほど、水蓮のもたらす指揮の影響は大きいのだ。

 

故に呉軍も当然、それを狙ってくる。

 

「呉の船、此方に迫って来ます!」

 

「甘寧っ……今から回避は間に合わないわね……」

 

それを、真正面から受ける水蓮。

避けようにも、周りと連携している水蓮は、自分が変な動きをしてしまうと、そこに陣形の穴ができてしまうので下手に動けない。

対して兵の数で穴をカバーしながら特攻してくる思春。どう足掻いても、逃げきれないのだ。

 

ここでも、やはり兵力の影響が響いてくる。

 

「逃げないか……その覚悟はよし。その命貰うぞッ」

 

接舷と同時に駆け抜ける思春。狙うは荊州水軍都督、蔡瑁。

共に水軍を率いる事が得意な二人。だが、個人の武力は決して伯仲している訳ではない。

 

呉有数の剣の使い手であり、あの馬超と互角に戦う実力の思春に対し、士郎との訓練で実力はかなり向上しているが、有名武将には一歩武力が劣る水蓮。

まともに戦えば、まず思春が勝つだろう。

 

早くも、戦局を決定づける一手が放たれた。

 

そして、江夏側――聖達から見れば左翼、蓮華達なら右翼がいる戦場にも、動きが見え始める。

 

呉軍側から、一隻の船が飛び出して突き進んでいく。

 

「一気に行くよーー!!」

 

旗には『孫』の字。しかし、率いているのは蓮華ではなく、

 

「小蓮さま~あんまり無茶しないで下さいよぉ」

 

孫権の妹である孫尚香――小蓮だった。

お目付け役の穏が心配しているのをよそに、どんどん突き進んでいく。

 

「大丈夫だよー。雪蓮お姉ちゃんが来れないぶん、私が倒すんだからー」

 

小蓮の操る船は、ただ早い。

櫂を漕ぐ者から帆を操る者全て熟練の人を集め数を減らし、接舷用の橋や強襲用の衝角などもついておらず、ただ、速度のみに特化している。

 

目的はかく乱。自由に動きにくい水上で、自由自在に動き回る小蓮の船は、相手からすれば厄介以外の何者でもない。

 

「左に行ったぞっ!」

「馬鹿!もう回り込んでる!!」

 

スイスイと、まるでこちらを弄んでいるかのように駆け抜ける小蓮。

 

そのせいで、一瞬そちらに気が取られてしまう。

 

「……!!敵軍っ、接近して来ます!!」

 

そこを狙っていた呉軍は、ここぞとばかりに距離を詰め、一斉に矢を射かけてくる。

 

兵力の差は、当然飛んでくる矢の数にも比例する。

 

「小舟に構うなッ!矢に構えろ!」

 

戦線がこれ以上崩壊しないよう各船に指示を下すが、ここで小蓮を無視しておくのは頂けない。

 

「てやぁーーっ!!」

 

可愛らしい掛け声とともに小蓮が投げてきたのは壺。こちらの船に当たって壺が割れ、中に入っていた液体が船横にこびり付く。

 

「これは……」

 

答えは、直ぐに分かった。

相手が放った火矢がその液体に刺さった瞬間、炎が一瞬にして広がったのだ。

 

「油か!拙い!!」

 

木船である船は、当然火に弱い。しかも、甲鈑などならともかく、場所が悪ければ消化しようにも無理な箇所があるのだ。当然、小蓮も其処を狙っている。

 

足の早い小蓮が油壺をぶつけ、そこに敵軍が火矢を放つ。

小蓮を無視すれば油を掛けられるし、とか言って小蓮に集中しすぎると敵から大量の矢が飛んでくる。正に完璧な連携であり、荊州軍からすれば厄介以外の何者でもない。

 

ここ荊州水軍左翼も、じわりじわりと、呉水軍右翼に押されつつあった……


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