龍戦士、緑谷出久   作:i-pod男

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これで連載にするか、短編で続けていくかの分かれ道です。
感想、評価、どんどんよろしくお願いします。


File 10: THE ALMIGHTY 再び現る!

多古場海浜公園は大量の漂着物をいい事に、不法投棄の温床と化したゴミの山で、地平線から昇る太陽の景観を大きく損なっていた。オールマイトは潮の満ち引きに耳を傾けながら一人、そこに佇んでいる。約束の期限十五分前だ。

 

出久に己の『個性』を譲渡する事に迷いはなかった。しかし、彼の『個性』として活動しているグラファイトの事が気がかりだった。この三日間自分なりにリサーチを重ねて彼の正体を探ろうとしたが、戸籍などの記録は勿論、バグスターという言葉すら出てこない。『個性』で感染する事が出来る犯罪者の存在はいくつか記録されていたが、全員例外なく収容されているか既に死亡している。

 

全く以て謎の存在なのだ。戦った事は無くとも、オールマイトは直感していた。彼は強い。そして恐らく人を殺したことがある。それも二、三人だけには留まらない数の人間を。出久は彼に騙されているのではなかろうか?いや、しかしそうだとしても彼の言動には嘘が無かった。長年ヒーローとして活動していて培った勘がそう告げている。彼は嘘はついていない。そして厳しくも純粋に出久を気遣っている。

 

しかし、砂を蹴立てて近づく足音を聞くと思考を中断して振り向いた。ロードワークを終えてここに来たのか、拳にバンテージを巻いたジャージ姿の出久が手を振ってきた。

 

「やあ、おはよう少年。五分前行動とは感心だね。」

 

「おはようございます、オールマイト。」

 

「約束の三日だ。答えを聞かせてくれ。」

 

「やります。やらせてください!」

 

「受けてくれるか。ありがとう。では、受け取る前に君にやって貰いたい事がある。昨今は派手さが重視されるのがヒーローだが、ヒーロー活動ってのは元々奉仕活動だから地味が元々なのさ。故に!粗大ゴミという名の巨悪からこの景観を救うのが君の最初のミッションだ!幸い君は色々とトレーニングをやって来たみたいだから体はもう殆ど出来上がっていると言える。これは、言うなれば総仕上げと思ってくれ。」

 

「はい!」

 

ジャージとバンテージを砂浜に脱ぎ捨てた出久は、まず壊れた洗濯機の方へ歩いて行った。中学生らしからぬ引き締まっていながらも大きく発達した筋肉はオールマイトの目を見開かせるには十分だった。全身の筋肉がバランスよく鍛えこまれている。それもバーベルトレーニングなどで歪に肥大化した筋肉とは違う、純粋に戦闘で培われたしなやかな筋肉だ。

 

「ふぬっ!」

 

最初こそは苦戦していたものの、俵のように肩に担ぎあげると公園に入る為の階段付近まで運び、今度は千切れたトラックのタイヤを両腕に二つずつ通して運んでいく。

 

「・・・・マジかよ・・・!」

 

左右のブレは一切なく、爪先で砂を思いきり蹴りながらの踏み込み、ハイペースをキープしつつ重量のある物を運ぶ肺活量、そして砂浜という足場が不安定な所でのバランス感覚、そしてそれを保つ体幹。どれもオールマイトの予想を遥かに上回っていた。

 

「驚いているか?」

 

いつからそこにいたのか、自分の後ろにある扉が外れた冷蔵庫の上でグラファイトが胡坐をかいていた。

 

「人の身でよくぞあそこまで練り上げたと、そう思っているだろう。」

 

「ああ。君の入れ知恵かな?」

 

「勿論そうだ。」

 

黙々と作業を続ける出久を眺める二人の間に沈黙が流れる。

 

「俺からも一つ聞きたい。『個性』の受け渡しはどうやる?」

 

「簡単な事さ。私の意思で譲渡した私のDNA、即ち髪の毛や爪の破片を摂取すれば完了する。」

 

「なるほど。」

 

「また以前と同じ質問を繰り返してすまないが、君は一体何なのだ?何故そこまで緑谷少年に肩入れする?」

 

「あいつは俺が知る限りでは誰よりもヒーローと呼ぶに相応しい心の持ち主だったからだ。俺が何なのかについては、まあ、新たな自分の一面を開拓しようとしている戦士グラファイトとしか言えんな。」

 

「なるほど。つまり当面は彼と共にいる、と?」

 

「奴がヒーローの道を違えぬ限りは、な。まあそうしない為にも俺がいる訳だが。貴様こそ、治療系の『個性』を持った人間に呼吸器官と胃袋の移植を依頼したらどうだ?平和の象徴として今しばらく現役でいたいのならば、自分の秘密がどうのと言える状況ではないだろう?」

 

「何事にも引き際が肝心なのだよ、グラファイト。未来を担うヒーロー達の前をいつまでも歩く訳にはいかないからね。それに、この傷の事を知る人間が増えれば、それだけ危険に晒される人間が増えるという事だ。そのようなリスクはヒーローとして犯すわけにはいかない。」

 

「確かに。なら、俺に治せる可能性があるとしたら、どうだ?」

 

「・・・・・なに?」

 

オールマイトはゆっくりとグラファイトの方へと視線を向けた。

 

「馬鹿を言っちゃいけない!君はそのような『個性』を持ってもいないし、ましてや医者でもないだろう。」

 

「だが俺はバグスター、人間から生まれた生命体だ。人体の事は並の外科医よりも熟知している。具体的に損傷したのは主気管支、左肺胞、そして横隔膜。どれも粉砕骨折した肋骨とその破片、更には杭のような物で傷を負った。胃袋にまでダメージが及んだという事は、衝撃が外腹斜筋にも多大なダメージを与えたという事になる。」

 

「ああ。確かに、その通りだよ。だが分かったところで治す事など・・・・」

 

「俺が出久に感染している状態で『個性』を受け取れば、貴様のDNAデータを受け取る事になる。それを徐々に馴染ませながら貴様の足りない部分を培養出来る筈だ。十分な量を培養したところで、ワン・フォー・オールを再び返還すれば、全盛期の力を取り戻せる。多少の時間はかかるしあくまで理論上だが、これならば知っているのは我々三人だけにとどまる唯一の方法だ。だから個性は『受け継ぐ』というよりも『借り受ける』と言った方が適切だ。」

 

胡坐をかいていたグラファイトは立ち上がり、錆びついたドラム缶を押しながら公園の入り口まで運んでいく出久を見下ろした。

 

「お前は、何故と思っているだろう。出久は最初貴様の力を借りず、俺と二人でヒーローになりたいと言っていた。三年以上ここまでやってこれたのは俺の助けがあってこそだから、俺を蔑ろにはできないと。『自分よりも有力な候補がいる筈だ』、『オールマイトの力を受け取るなど恐れ多い』。そのような言い訳にもなっていない弱音など吐かずにそう答えた。だから俺は、その願いを叶えてやりたいと思っている。」

 

グラファイトの言葉はメトロノームのような規則正しい潮騒より静かだったが、オールマイトにはそれが妙に耳に残った。

 

電子レンジを三つ乗せた下駄箱を蹴り倒し、遂に出久のスタミナが切れた。砂の上に大の字に寝転び、最早立つ事すら出来ない。

 

「も、無理・・・・・体、痛っ・・・」

 

「全く、あのバカが。張り切り過ぎだ!」

 

冷蔵庫から飛び降りるとどこから取り出したのかスポーツドリンクが入ったペットボトルを取り出し、出久の上体をゆっくり起こすと蓋を開けて少しずつ飲ませた。体温を下げるためにボトルを首筋に押し当てる。既に入り口付近には運び出されたゴミの山がこんもりと出来上がっていた。物品は五十個近くあるだろう。柱に設置された時計は丁度午前七時半を少し過ぎた所だった。

 

「たった三十分でこれらを全て・・・・!?」

 

景観を取り戻したと言うには程遠いが、それでも普通に考えて三十分間続けて一人の力で運べる筈が無い量なのだ。

 

「今日はここまでにしてもらうぞ。これ以上やればこいつが死ぬ。全く、今日はロードワークで終わらせるはずが…‥」

 

また計画を修正しなければならなくなったとブツブツ文句を言いながらグラファイトは出久に感染し、ジャージとバンテージを回収してよろめきながらも帰途に就いた。

 

「半年だ。」

 

「ん?」

 

「半年で、この一帯の景観を完全修復する。終わり次第、出久に『個性』の使い方をレクチャーしろ。雄英受験前に基本だけでも完全に叩き込む。説明書の用意でもしておいてくれ。お前の事だ、どうせ感覚で制御しろなどという論理の欠片も無い説明で終わらせるだろうからな。」

 

「う・・・」

 

図星を言い当てられたのか、オールマイトはわずかに目を逸らした。

 

「まさか本当にそれで済ませるつもりだったのか?こいつよりもお前の先が思いやられるぞ。」

 

フハハハと不敵な笑みで捨て台詞を残し、グラファイトは出久と共に去った。一人残されたオールマイトはグラファイトとの会話を反芻しながら水平線の彼方を眺め続けた。

 

自分は確かに、緑谷出久という人間を良くは知らない。それもそうだ、直に会うのだってこれで精々三度目だ。しかしあの鍛えられた肉体と、手足の薄皮を張り重ねてしか出来ない古傷は、全て彼自身の努力によって会得した物だという事は間違いない。世の中には天賦の才と『個性』を持った人間は一握りしかいないが、『努力の天才』に成れる人間はそれ以下、一つまみしかいない。それを成しえるきっかけを作ったのがあのグラファイトなのだ。オールマイトもなにも考えなしに育成する後継者を探していたわけではないが、自分よりか彼の方が教える事に向いているのが見て取れた。

 

ワン・フォー・オールを受け止める為の器も初見でも八割以上は完成している。そして残り六か月で、間違い無くグラファイトは出久を完璧以上に仕上げる。彼が脈絡も無くあのような予告をする男には見えない。

 

「平和の象徴と呼ばれても、まだまだ甘いという事か。やれやれ。初心に立ち返らされてばかりだな、ここのところ。」

 

スマホを取り出し、通販サイトで初心者でもできる効果的な教育方法に関連する参考書を片っ端から即日配達に設定して注文を始めた。

 




第三の選択、「借りていずれ返す」と言うのを落としどころにしました。

そして長期間感染していた影響もあって出久のブツブツ独り言を言う癖がグラファイトに感染です。

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