正直ヒロインとかいらないと思うんですけど、異性との絡みは大事だと思うんで、見た目だけで目立つA組のあの方に先陣を切っていただきます。
今回は正式な連載開始の記念という事で長めです。
ではどうぞ。
「コォォォォ・・・・・」
「スゥゥゥゥ・・・・・」
長い一呼吸の後に睨み合いが一分間続いた末、先に動いたのは出久だった。最初こそは腕一本で捌けたジャブも、勢いとキレが増して同時に体ごと動かさなければ完全には捌き切れなくなってきた。しかしそればかりに気を取られてはいられない。
ジャブが叩き落とされた瞬間に別の攻撃を繰り出してくる。どの技も繋ぎに淀みが無く、油をしっかり注した精密機械の如くスムーズだ。おまけにどんどん前に出てくる。開けた原っぱだから良いものの、屋内ならば追い詰められて既に壁を背にしている。
出久の体重はこの数年で筋肉量と共に大きく跳ね上がった。ボクシングの階級で例えるならば丁度ジュニアライト級のプロ選手と同程度になっている。身長こそ異形系の『個性』を持った同い年の人間を除外すれば平均を若干下回るものの、中軽量級である為すばしこい上に小回りが利く。打ち終わっては体ごと移動し、揺さぶりをかけようと試行錯誤する。
ジャブ一つとっても、自らを攻撃に晒す事になる。スタミナを一発分消費する事になる。グラファイトとは二十センチ近く体格差がある為、初めからそれだけ筋力もスタミナも差が開いている。大技は一発たりとも無駄には出来ない。
しかしグラファイトも歴戦の戦士だ。おいそれと下がりはしない。最短距離を打ってもすぐ対応して迫るストレートを開いた手でかち上げ、外側に受け流すと手首を握り込んだ。捻り上げようとしたところで即座に左足の横蹴りが矢のように脇腹目掛けて飛んでくる。
「ふんっ!」
腕を握ったまま足を上げてカットし、出久の後頭部を掴んで頭突きを食らわせた。鼻こそ折れてはいないが、怯んだところで足を払う。
バランスを崩しはしたが出久はそのままグラファイトに掴まれたまま後ろに倒れ込み、更に襟を掴んだ。このまま後方に投げるつもりなのだ。出久の手を離すと今度は足を掴む。捻られる前に腕で地面を力一杯押して体を浮かせ、掴まれていない方の足で回し蹴りと肘打ちを放つ。しかしこれもグラファイトが掴んでいる足を上に押し上げて距離を取る事で不発に終わった。
「こ、のぉ!」
空中で一回転して着地した直後に足を狙ったタックルをかます。首筋と頭部を狙った上方からの攻撃にしっかり対応出来るようにガードも上げてある。しかし、攻撃は上でも前でもなく、横から来た。屈んだ状態で繰り出される、普段は足払いに使われる下段の後ろ回し蹴り。勢いをつけて踏み込んだ為、カウンターとしてもろに食らってしまった。吹っ飛ばされてうつ伏せに倒れた出久の片足を畳みこんで体重を乗せ、肩甲骨の間と後頭部に拳の小指側の側面でハンマーパンチを三発ずつ軽く叩き込み、グラファイトの勝利となった。
「ほら、
「ケホッケホッ、ったたたた……全然駄目だな……」
「小さく、素早く、コンパクトに連打を纏められているのも、常に射程距離内に捕まえる脚力も動体視力も相変わらず冴えている。受け身も中々だ。だがお前は相手を倒そうと意識し過ぎて熱くなる。だから狙いを分散させているつもりでも本命の攻撃ポイントを悟られやすい。あの使いどころを見誤ったタックルがその証拠だ。それにフェイントが今でもまだ下手だからカウンターに弱い。これを機にもう少し『柔』の技を中心にやった方がいいな。組み技や投げ技、寝技を中心に教えなかったのは俺の失敗だ。」
「『柔』の技……柔術みたいな?」
「ああ。警察でも柔道や柔術などは必修だろう?お前には
「グラファイト、出来るの?柔術。ぬぅぉあっ!?」
襟と足首を掴まれて仰向けにひっくり返されると、そのまま腕を固められそうになったが、出久も咄嗟に両足をグラファイトの首に巻き付けて締め上げた。
「出来てるな。」
「え?」
「お前が今やったその技は三角締めと言ってな、仰向けに倒されてマウントを取られそうになる時に使える。ただし、そのまま持ち上げられて地面に叩き付けられないように締め落とす時は素早く、力強くがポイントだ。」
「じゃあ、グラファイトが今やった技は?」
「あれは朽木倒しと言う技だ。尻餅をついた状態でも使えるし、倒せば足なり腕なりその他の関節技に繋げられる使い勝手がいい技だ。にしてもいつの間に三角締めを?」
「え?いや、なんかの映画で見て……確か、えっと、ジョンなんとかって奴。スタントなしで本人も一年で一日六時間ぐらいトレーニングして撮影したって言ってたから、特典映像見て参考にならないかなーって。」
「ほーう?そうか。しかしあれはフィクションだろう?参考になるのか?」
「ならない奴もあるけど、アクションはノーカットでカメラのブレも無い。ノースタントの良い映画は体の動かし方についてはプロだし。今度見てみる?」
「そうだな。是非参考にさせてもらう。ゴミ掃除の調子はどうだ?」
「とりあえず、二か月で三分の一だからペースとしちゃ順調だよ。後は勉強なんだよなあ。」
出久は勉強が苦手と言う訳ではない。むしろスポーツが不得意だった為勉強に打ち込むしか道が無かったので割かし得意な方だ。今でも期末、中間、模試なども三位以内をキープしている。しかし流石ヒーロー科の狭き門と言うべきか、筆記で覚える事の細かさと膨大な量に圧倒される。加えていつものトレーニングとゴミ拾いをやっている為、脳を働かせるだけのエネルギーを絞り出すだけでも大変なのだ。
「なんか最近休んでない気がする。」
「週に一日は休めているだろう。」
「もうちょっと欲しいよ!せめて二日!」
「そんな暇があるならヒーロー飽和社会が出来上がる事など無い。」
「それにしなくても夜な夜なカツアゲ犯とか空き巣とかひったくりを捕まえた後に母さんへの言い訳考えるの大変なんだよ!?もうニュースにも出てるしさあ!」
最初こそ新聞では小さく記事になった程度だった。だが回数を重ねて行くにつれて被害者のインタビューでは無言で弱きを救い、何も言わずに去っていく彼はヒーローが職業に変わる前の、言ってしまえば『古き良き時代』を思い出させたと語っていた。そうしていつしか付いたのが『沈黙のサマリア人』と言うB級アクション映画を連想させる仰々しい通り名だった。毎度毎度薄氷を踏む思いで悪人退治をしている。
幸いまだ顔バレはしていないが、それもまた時間の問題だろう。ヘドロ男の一件でもマスコミが自宅に押し寄せた事もあった。ようやくほとぼりが冷めた所にナパームを投下するような事はしたくない。
トーク番組では彼は
「まあ、確かに夜の街のチンピラ程度では相手にならんな。今や俺のアシストなしでも倒せるお前からすればもう少し骨のある奴の方がいい。どこぞにそんな奴はいないものか……」
「いない方がいいの!ヒーローと警察と医者が暇って事は、天下泰平って事なんだから。」
「ふん、天下泰平とは片腹痛い。刺激が無さ過ぎてつまらんではないか。多少の小競り合いがあってこそ世の中面白いという物だ。」
「暇と思う時間すら無いんだけど、僕。トレーニングだから仕方ないけど。仕方ないんだけどね!?」
「うむ……時に出久、この近くにゲームが出来る場所は無いか?」
「え?ゲ、ゲーム?どんな?」
「格闘対戦、パズル、RPG、FPS、ボードゲーム、なんでもいい。何かしらのゲームで暇を潰したい。訓練漬けは流石に俺も限度がある。」
「グラファイトもやっぱりそういうところあるんだ。」
出久が小さく破顔する。
「そういうところ?何が言いたい?」
「ストレスで増殖するって言っても、過度のストレスを感じたらそれで異常を来すなんて人間とまるっきり同じだからさ。バグスターって言っても、人間臭いなって。」
人間臭い、か。グラファイトも思わず口元を綻ばせた。実際、バグスターの人間態は普通の人間を内面まで忠実に模倣している為、あくまで嗜好品としての範囲に留まるが、飲み食いや睡眠を取る事も出来る。しかし、断じて不死身ではない。
『止まった時間の中で死んだ者に
クロノスのような
たった一つしかない命を持つ人間と違い、一粒でもウィルスの欠片が残っていればそこから培養、復元、復活出来る事こそがバグスターが優位に立ち回れる理由だったが、それを無効化する圧倒的なまでの理不尽な能力は己を戦慄させるには十分だった。
そのたった一つの命を張って必死に戦うブレイブ、そしてスナイプとの一騎打ちは自分なりに敬意を表したかったのかもしれない。
「どうしたの、グラファイト?行かないの?」
「ん、ああ。すぐ行く。」
木椰子区ショッピングモール『WOOKIEES』のフロア一つを丸ごと使ったゲームセンターは出久自身オールマイトグッズに費やしていた為来る事自体かなり久しぶりだった。
「ほう……これはこれは。中々楽しめそうじゃないか。」
「どれからやる?僕も久しぶりだから……」
「JUSTICE Vというのがあるが、どうだ?対戦してみないか?」
「格闘対戦か……いいよ。」
向かい合う筐体に腰を下ろした二人は百円玉を投入してスタートボタンを押した。キャラクターの選択画面に入り、出久はヒーロー然とした鎧とマントを纏ったキャラクターを、グラファイトはサイボーグ忍者と呼ぶべき風体の背中に刀を背負ったキャラクターをそれぞれ選択した。
二人の体力ゲージと制限時間、そして三つの球体が画面上部に浮かび上がる。どうやら三ラウンド先取で勝敗が決まるらしい。
『Round 1….READY? FIGHT!!』
先制攻撃を仕掛けたのはグラファイトだった。素早い下段攻撃で回避しながらカウンターを狙い、空中に打ち上げてコンボを決める。一気に四分の一近くの体力を削った。
「わ、ちょっ……!!」
出久も慌ててボタンを連打して応戦した。マントを払う一撃で吹き飛ばして連打を止め、下段から掬い上げるパンチで空中コンボを返した。当てた回数こそ少ないものの、出久のキャラクターは大柄な体躯に見合ったパワーを持っており、受けたダメージ分をしっかり返した。
「まだまだ。」
スティックと連打するボタンがガチャガチャと騒がしく動き、第一ラウンドはグラファイトが制した。後一撃でKOされるまでに体力が減っている。残り時間も十秒を切っていた。第二ラウンドは僅差で出久が偶然必殺コンボを入力した事によって勝ちをもぎ取った。それでムキになったのか、第三、第四ラウンドは一撃も受ける事すら許さずに出久を完封した。
年齢不詳とはいえ見た目は二十代半ばの大人だ。周りから見れば大人げないとブーイングを食らっているところだ。
「グラファイト、強過ぎ。何あれ?!」
「友人で格闘対戦が得意な奴がいてな。俺はどちらかと言えば狩猟系だが。」
「えっと……じゃあ、パズルゲームとかは?」
出久が指さしたゲームは『ピヨピヨDX』という落ちてくる様々な種類の鳥の雛を繋げて消す対戦可能なパズルゲームだった。
「パズルゲームか。うむ、面白い。いいだろう。」
しかしやはり
「わ、ちょっ……速っ!?」
出久も負けじとスピードを上げるが、頭の回転はやはりまだグラファイトの方が一枚も二枚も上手で五分と経たないうちに出久の画面は鉄で出来た大量の卵で埋め尽くされた。
「また負けた……」
「墓穴を掘ったのはお前だ。やろうと思えば麻雀で失点なしで勝てるぞ。」
「いや、それは流石に……」
「実際にやった。お前のパソコンでネットゲームの無料アカウントを作って勝手ながら色々プレイさせてもらった。俺も流石に緑一色を一発でツモれるとは思わなかったがな。ドラは流石に乗らなかったが、それでも役満だ。」
聞き覚えの無い麻雀の専門用語に目を白黒させたが、グラファイトが俄か仕込みのゲーマーではない事ははっきりと認識した。
「もうやめやめ、勝負やめ。ただでさえスパーリングでも勝てないのに。」
「なら、あれをやるか?丁度別の誰かがやっているようだが?」
グラファイトが顎で示したのは、音に合わせてステップを踏むリズムゲーム『Step Up Revolution』だった。パネルを踏む足だけでなく体全体の振り付けをカメラが捉えてそれに合わせて得点が変わる、気軽なゲームの割には採点方法がシビアな事で有名なゲームだ。
『PERFECT!』
その誰かは動きやすいカジュアルな服装で上にはパーカーを羽織っていた。かなりハードな振り付けをステップに混ぜていたのか、フードをかぶったままで顔が見えない。しかし袖口からピンク色の肌が覗いた。しばらくしてから表示されたスコアがランキングのトップに押し上げられた。
「ふぃ~。」
「すご……」
「訓練とは違ってリズムを掴むにはうってつけの訓練だ。試してみるといい。それに、ダンスは格闘技に通じる物がある。以前下段の回し蹴りを食らったのを覚えているか?」
「ああ、うん。あれ、格闘技なの?」
「カポエラと言うらしい。ブレイクダンスにも通じる物があるとか、無いとか。それに格闘技やダンスは体を使った芸術、自己表現と言える。あまり深く考えるな。勘で動け。かのブルース・リーと言う男も言っていた。考えるな、感じろと。」
「グラファイトはやらないの、これ?」
「俺をスパーリングで一度でもKO出来ればいくらでもやってやる。曲を選ぶから行け。」
「ぐぅ……」
グラファイトの事だ、どうせ高い難易度でテンポが速い曲を選ぶに決まっている。諦めながら筐体の上に上がった。
『ARE YOU READY?』
出だしから勢いに乗ったベースが筐体のスピーカーから噴き出した。曲自体は古いが、それでもタイトルの通り心が躍るリズムだ。パネルの位置を把握し、出来るだけ画面を見ながらまずステップを踏み始める。
落ち着け、大丈夫。パソコンのブラインドタッチを手でやっているのと変わらない。やり方は画面に出ている。その通りに動けばいい。
画面に集中しながら動くと、自然と手や体全体の動きがステップに合わせて動いていた。格闘技の技とはいえ一日に何千回と練習した動きにキレが無い筈は無い。ポーズを決めた直後、いつの間にか曲が終わった。
『PERFECT!』
「え!?」
「ほらな?やれば出来るじゃないか、何を渋っていた?本番に強いのは良いが、リハーサルにも強くならねばな。締めにシューティングゲームでもやって帰るか。バグヴァイザーの為にも。」
「それは構わないけど、ちょっとタンマ……今の割と神経使ったから……」
仕方のない奴めとグラファイトはため息をつく。
「凄かったね、今の!」
「はぇ?」
出久が顔を上げると、自分の隣の筐体を使っていた人物がコーヒー牛乳の缶を差し出していた。フードを外したのは自分と同い年の女の子で、額から小さな角を生やし、目の色も常人とは違い反転していた。ピンク色の髪の毛も出久と同じもじゃもじゃだ。
「あげる。なんか自販機に引っかかってたらしくて二つ出てきたから。」
「あ、はあ、どうも……」
「あの動きキレッキレでカッコ良かったよ!私芦戸三奈!」
「み、みみみ緑谷出久でふ!」
「噛むな、おい。テンパるのはその髪だけにしておけ。」
いくら異性に免疫が無いからと言ってここまで動揺する必要は無い。そのうち恋愛シミュレーションでもやらせた方がいいのではとグラファイトは本気で思い始めた。
「俺は倉田保幸だ。」
グラファイトも咄嗟に考えついた偽名を名乗る。
「二人ともよろしく!」
nobodyknows+ のココロオドルを脳内再生してください。
そしてグラファイトの偽名は倉田保昭氏のオマージュです。
愛称が『和製ドラゴン』というのもありますし。
空手七段、柔道三段、合気道二段という人間を超越した技はマジで昭和の仮面ライダー。V3反転キックとか余裕で出来そう。