龍戦士、緑谷出久   作:i-pod男

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気付いたら諸事情によりあまり描写が無い芦戸さんに割とフォーカスしちまってる件。


File 15: 踊りっぱなしのCrazy Girl!

「シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ―――」

 

千回。手刀、背刀、貫手、掌底、平拳を千回ずつ、ワン・フォー・オールを5%解放した状態で出久は大木目掛けて打っていた。右腕にはガシャコンバックラーとほぼ同じサイズのゴミ箱の蓋をビニール紐で括りつけて固定している。左手の指先や関節は擦り剝け、巻いたバンテージから血が滲み始めていた。

 

「ふぅ・・・・こんなもんかな。」

 

『ああ、仕上がりは上々だ。そう言えば、ワン・フォー・オールを全身に発動した状態の名称をまだ決めていなかったな。何か無いか?』

 

「いやそんな急に言われても!えーっと・・・・フルボディ、は安直すぎるか。アーマード…なんか違う。うーん・・・・フル、カウル?」

 

『それだ!』

 

「え?」

 

『フルカウル。オートバイや航空機が風の抵抗を受けない様にする為のパーツ。即ち、お前は迫りくる全ての抵抗力を打ち払い、すり抜ける。ワン・フォー・オール フルカウルで決定だ。おまけに戦闘スタイルも使い分けられる。少なくとも同年代の奴に実戦で負ける事はまず無いだろう。まあお前が油断しなければの話だが。』

 

突き、蹴り、投げ、締めを合わせた様子見のシュートスタイル。

 

その基本に更なる攻撃手段を集約したパンクラチオンスタイル。

 

更に防御一徹の右と最短距離を多彩な手技で打ち抜く左で戦うシンプルながらも崩れぬグラディエータースタイル。こちらは未だ発展途上だが、確実に実戦で、特に持久戦や泥仕合に持ち込む相手に対して使えつつある。

 

「にしても、後一か月かぁ。」

 

『無個性』の人間が持ちうる能力でも悲しいまでに平均もしくは平均以下だった出久のここ数年の伸びは凄まじかったが、その伸びもどんどん定常に近づきつつあった。全身筋肉痛を覚悟で発動したワン・フォー・オール フルカウルも目標まで残すところ3%になっている。確かにグラファイトの言う通り油断をしなければ自分は強い。少なくとも過去の泣き虫の意気地なしの己に比べれば誰にでもはっきりと今の自分はレベルが違うと、そう言えるだろう。

 

しかし、何かが足りない。自分は戦士として明らかに何かが欠如している。しかしその『何か』が一体何なのか、皆目見当がつかない。息抜きは当然している。グラファイトを伴ったり伴わなかったりはまちまちだが、体を休めるという事はしっかりしている。ならば何だ?

 

『快感。』

 

「え?」

 

『それがお前の探し求めている物。快感だ。』

 

「快、感・・・・?」

 

『訓練はお前にとってストレス解消になり、楽しいと感じているのだろうが、それでは意味が無い。快感とは手段であり、目的でもある。やる意味が無いからこそ意味があると言えるのだ。やるからこそ心が躍り、心が躍るからこそまたやりたい。そう思える物が必要だ。』

 

「・・・・例えば?ってそれをグラファイトに聞いても意味無いか。」

 

『理解が早くて助かる。では行って来い。幸い今日は休日だ、門限になるまでは帰るなよ?』

 

「グラファイトはどうするの?」

 

『俺は、少しやる事がある。俺なりの訓練と言う奴だ。』

 

分離したグラファイトに別れを告げ、出久は家を出た。

 

出久が変わったのは、なにも戦闘能力や知能だけではない。服の趣味も大幅に変わった。今までは『ポロシャツ』や『Yシャツ』とだけ書かれたTシャツにカーゴパンツとお気に入りの赤いハイトップスニーカーと言う手堅くも果てしなく地味なスタイルだったが、思い切って普段とは真逆の目がチカチカしてもおかしくないぐらいにド派手な色彩の服を購入した。慣れない為に最初こそ違和感はあったものの、徐々に着こなせるようになり始めてからは色々と冒険するようにもなった。今日はスニーカーをそのままにレギュラーサイズのダメージジーンズ、白に黒い唐草模様のプリントが入ったゆったりめのTシャツ、その上に裏地が紫で表が緑色のフード付きパーカーで外出した。

 

特に道を選ぶわけでもなく、ぶらり、ぶらりと適当なところで適当な方向に曲がる。あても無くさまよいながら自問自答を始めた。

 

そもそも自分が純粋に楽しいからやりたいと思う事は何だろうか?ベタだが消去法で整理を始める。

 

ヒーロー研究のノートは趣味の一環と言えるが、今では戦法構築の為にやっている事だ。これはこれで楽しくはある。しかし明確な目的がある以上、これは違う。

 

筋トレも同様の理由で除外する。

 

ならばゲームか?グラファイトによく連れられて行くし、たまにネットでチェスや麻雀をやる事もある。ソーシャルゲームも課金はせずとも暇潰し程度にやっている。だがこれも違う。やっていて楽しいが、今一つ心に響かない。それに財布にあまり優しくない。

 

ゲームではないが、響いたものは一つある。ダンスだ。『Step Up Revolution』をプレイした芦戸三奈と名乗った彼女のあの動きは華麗にして激しく、優雅且つ力強かった。複雑で繊細な動きの中でも見る者へのメッセージはシンプルにただ一つ。

 

『見よ、私が来た。』

 

「あ。」

 

正しく、自己表現だった。瞬間、カチリと出久の中で何かが噛み合う。ああ、これだ。これだったのだ。自分に足りない物は。快感を与えてくれる物は。戦闘とは違う、第二の自己表現方法。心が躍る、ダンス。

 

「そうか。そうなのか。これなんだ・・・これかあ・・・・!」

 

ぐしゃぐしゃと髪に指を通し、拳の側面で掌を打つ。何度も、何度も。知らず知らずの内にワン・フォー・オールを発動したのか、最後の一発は撃発音とも取れる凄まじい音をビル街に響かせた。答えが分かったならば最早迷う事は無い。

 

行動あるのみだ。

 

スマホで近くに古いCDなどを売っている店が無いか検索し、そこに向かって全力で疾走した。『個性』を使わずともそのスピードは並大抵ではない。おまけに人が行き来する界隈を一切ぶつからず、失速せずに最短ルートを軽快なフットワークで駆け抜けて行く。

 

到着すると目についた物を幾つか手に取り、急ぎ足で会計を済ませた。後はダンスのステップや基本的な振り付けなどの動画を見て練習するのみ。

 

「あれ?緑谷?」

 

再びペースを上げて走ろうとしたところで、聞き覚えのある声を聞いて思わず足を止めた。振り向いた先には黒に蛍光色のアクセントが入った服に身を包んで小さなボストンバッグをたすき掛けにした芦戸三奈がいた。

 

「あ、あああ芦戸、さん・・・・?」

 

「やっぱりそうだ、緑谷じゃん!そのもじゃもじゃ頭は見間違えようがないもん!おひさー!」

 

満面の笑みを向けながらぶんぶんと手を振る彼女の姿を見て出久の頬は緩み、口角が弓なりに吊り上がっていく。ここで彼女に出会おうとは何たる巡り合わせか。これを天の配剤と言わずしてなんという?

 

「どうしたの、こんな所まで来ちゃって。」

 

「ちょっと、ね。純粋に楽しいと思える趣味の発掘と言うか、何と言うか。」

 

「へ~。あ、あの店でCD買ったんだ。古いけど良い奴揃ってるんだよねー。値段もリーズナブルだし。」

 

出久の手にある袋に目を落とし、芦戸もボストンバッグからCDを何枚も収納できるケースを開いて見せた。三十枚は下らない。

 

「凄い・・・・」

 

どれも聞いた事が無い物ばかりだ。元々音楽にはあまり興味は無かったのだが、改めて考えるとなんと勿体無いと強く自分を戒めた。

 

「芦戸さん、今から予定ってある?」

 

「え?いつもの所でサイファーがあるってだけだけど。」

 

「サイファー?」

 

「まあ言ってしまえば仲間内で音楽とか持ち寄ってダンスを披露するの。楽しいよ?緑谷も来る?」

 

「是非お願いします!」

 

腰からくの字に折れて頭を下げて食い気味に返事をした。

 

「おおぅ、凄いやる気。んじゃついてきてー!」

 

 

 

 

 

 

 

グラファイトはとある廃墟にいた。元は鉄工所だったらしいのだが、廃業して今では誰にも使われていない。そこで上着を脱ぎ棄てた半裸状態の彼の肌はまるで体内の血を殆ど抜かれているかのように蒼白で、足元も覚束ない。

 

バグヴァイザーの画面を確認し、銃口を胸に突き立てて更に己を構成するウィルスを吸い出していく。ウィルスを撒き散らしてそれらから生まれる戦闘員クラスのバグスターと睨み合った。その数、およそ五百体。グラファイトはそれらを素手で叩き伏せて行く。

 

薙ぎ倒したバグスターは再びバグヴァイザーに吸い込まれて行く。

 

「後は10%か。」

 

擦り剝けた拳を掌に打ち付けながら舌なめずりをする。

 

「打倒九万と少し。残すところ、ざっと一万。」

 

長い一日になる。掛かって来いとばかりに両腕を大きく開き、前に進み出る。

 

「さあ、掛かって来い!」

 

 

 

 

出久は圧倒されていた。サイファーで集まっているのは彼女の通う結田付中学ダンス部の部員だけではなく、他校の人間も集まって己のルーティンワークや最近身に着けた技を披露していた。曲をミックスするDJも三人はおり、音楽プレイヤーは勿論パソコンや携帯型のスピーカー、更にはターンテーブルまで持ち出すという本格的な物だ。

 

何より凄いのは、全てが『違う』という事だ。同じ技だとしても、入り方、繋げ方、速さ、動きに乗せる感情からしてバリエーションが人の数だけあるのだ。しかしそれでも音楽との一体感だけは誰一人として損なっていない。人は皆違うと頭では分かっていても、ここまで差があるという事実、そして一体感を保ちながら違うという矛盾をまざまざと見せつけられた出久は開いた口が塞がらなかった。

 

「凄い・・・・やっぱり足腰と体幹がしっかりしてるから皆体の使い方が巧い!重心もブレブレに見えてしっかりとしてるし。」

 

「まあ、ね。次緑谷選手、行ってみよー!!」

 

「え?!いやちょ、待って!ちょっと待って!僕ダンスとかした事無いのにいきなり行ってみようって、無理です!無理無理無理無理!」

 

出久はあくまで見学という名目で来たつもりでいたのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「ほらほら、逃げちゃだ~め。来た以上、参加は義務だかんね。ほらレッツゴー!」

 

ズルズルと輪の中に引きずり込まれ、中心へと押し出された。それと同時に新しい曲がかかる。一瞬にして出久の体が強張る。脳もフリーズしてしまう。

 

どうする?何をすればいい?どう動けばいい?とりあえずビートに合わせて体を揺すってはいるもののそこから何にどう繋げればいい?

 

「あ。」

 

必死に記憶を探っていき、ふとグラファイトの言葉を思い出す。踊りも格闘技も体を使った芸術。即ち、自己表現。

 

ここは円の中、逃げ場は無い。ならばやる事は一つ。いつも通り開き直り続けるだけだ。

 

考えるな、感じろ。

 

ビートに慣れ始め、前奏が終わり始めた瞬間、出久は弾けた。

 

派手な回転や蹴りを多用するカポエイラ、テコンドーなどの技を織り交ぜ、出久は目を閉じて体を動かした。周りが見えていては自分の動きに集中できなくなってしまうかもしれないからだ。しかし見えずとも問題は無い。体の動きはしっかり分かる。

 

そして動かせば動かすほど次々と湧き水の様にこう動かしてみたい、と言う無意識の声に従って動くことに抵抗が無くなっていく。先ほどまで踊っていた人間の動きまで容易に組み込める。最後に片手で体重を支えながらも回転、そこから両足を左右に伸ばして止まると、片膝をついて後ろに下がった。

 

きつく閉じていた目を開くと、DJを含めた全員が拍手していた。

 

「緑谷凄いじゃーん!全然動けてるよ―!初めてって絶対嘘だ!ねえ?」

 

「絶対嘘くせぇな、うん。」

 

「片手で体重支えてあそこまで足開けないでしょ普通。ブレッブレになっちゃう。」

 

そうだそうだと同意の声が上がり始める。

 

「よーし、負けてらんない!」

 

対抗心に一気に火が付いた芦戸も宙返りでサークルの中心に降り立つ。知っている曲なのか、動きのキレが違う。振り付けもビートだけでなく歌詞に合わせてあり、次々と繰り出される動きは正しく桃色の嵐と呼べる。体に波を通す滑らかな動き、固く角ばったロボットのような動き、更にはムーンウォーク、繋げてしゃがみながら得意なブレイクダンスの大技に入り、立ち上がって後ろに下がった。

 

そこから約一時間近く出久は踊り倒した。サイファーにも部員同士でのセッションにも飛び入りで参加し、自分の振り付けすら考え付くまでに至った。身も心も解放されるこの一時間は至福の一言に尽きた。

 

「はぁ~~・・・・疲れた・・・・」

 

「でもその割にはノリノリだったじゃん。」

 

「それはその、気付いたら勝手に・・・・」

 

「あははは!緑谷面白~い。ね、携帯出して。連絡先渡しとくから。」

 

戸惑う出久の携帯をさっと奪い取り、自分の連絡先を入力して返す。

 

「んじゃ入試で会おうね~!」

 

ダンスと言う新しく打ち込める趣味らしい趣味が見つかった。

 

そして連絡先を貰った。それも女子から。

 

女子から、連絡先を貰った。電話帳リストに新たに記載されて芦戸三奈の名前をまるで今しがた聖杯でも受け取ったかのような面持ちで凝視し、出久はその場で十分間程立ち続けた。

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハッ!やっと・・・・やっとだ。ようやくレベルアップだ。培養!」

 

『MUTATION! LET'S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

「超・培養。」

 

変身した所で左手に握りしめた二本のガシャットの内で黒い方をスロットに押し込む。

 

『ガシャット!LEVEL UP! ド・ド・ドドド黒龍拳!DRA!DRA!DRAGOKNIGHT HUNTER! GRAPHITE!』

 

ゲームエフェクトのような金と黒の稲妻がグラファイトの全身を駆け巡り、黒いガシャットがスロットから消える。グラファイトの姿も一変した。赤い右腕と緑のボディーが金色と黒に変わったのだ。

 

だが電流は収まらず、グラファイトは胸を押さえながら片膝をついた。

 

「一日で残りを培養しきるのは無理が過ぎたか。しかし、これで『黒龍モード』を使える。」

 

今は馴染ませなければならないが時間はまだ一か月ある。しばらく休んでから存分に動けばいい。

 




グラディエータースタイルは「血界戦線」のクラウスさんのスタイルを参考にしています。

そしてようやくダークグラファイトをちらっとだけでも出せました。出久ばっかり強くなってちゃアレなんで二人のパワーバランスを保つ為の措置です。

ダンスの描写は HiGH & LoWのマイティ―ウォーリアーズあたりを参考にしてます。ICEとフォーがかっぴょいい。

次回、File 16: 激突!Dragons & Robots

SEE YOU NEXT GAME......

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