龍戦士、緑谷出久   作:i-pod男

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とりあえず雄英入試前のかっちゃんとの絡みは入れたいです。
グラファイトを思いきりブチ切れさせたい。


File 03: 少年よ、Be ambitious!

土曜日、午前七時半。出久の地獄は始まっていた。少量の朝食を食べてからランニングを始めた。ペースはかなり速く、五分も経たないうちに出久の息は乱れていくが、止まろうとしても止まれない。自分に感染しているグラファイトがそうさせてくれないのだ。少しでもペースが落ちようものならグラファイトが即座に体のコントロール権を奪い、スプリンティングのインターバルを混ぜながら無理矢理にでも最低一時間は走らせる。

 

自重トレーニングや柔軟体操、打撃技に使う様々な部位を茣蓙を巻いた木に打ち付けての硬化トレーニングに関してもそうだった、たとえ泣いていても、吐きそうになっていても、全身が筋肉痛に悲鳴を上げていてもグラファイトは手を抜く事はしなかった。

 

週に六日の地獄の体造りは功を奏し、地獄を生き抜いた出久の肉体に大きな変化をもたらした。頼りなかった痩躯は柔軟ながらもバネのような強靭な筋肉が付き、腹筋もかなりはっきりと六つに割れていた。そこらにいる中学生よりも遥かに立派な体付きになった出久は最初鏡を見た時に夢か疲労による幻なのではないかと数瞬我が目を疑ったが、現実と知るや噴水の様にうれし涙を涙腺から噴き出して喜んだ。

 

グラファイトに試しにネックスプリングや片手で逆立ちなど、一年前の自分の貧弱な肉体では到底不可能だった事をやってみるように勧められた。そして最初の二、三度は失敗したが、四度目でどちらも見事にやってのけた。

 

「さて、資本となる体は俺の見立てで九割方は出来上がった。俺の力も完全に、とまでは言わないが、お前と足並みが揃う程度にはなっている。」

 

「え、どうやって?」

 

「お前が鍛錬をしている時、俺はお前に感染した状態だっただろう?その間、俺はお前と感覚を共有していた。吐いた反吐も、息苦しさも、体が動かなくなる程の筋肉痛も全てお前と共に感じていたのだ。正直、他人の研鑽を己の糧とする漁夫の利を得るこのやり方は好かんが、高効率で同等の鍛錬を積める方法はこれしか思いつかなかった。だがもう頃合いだ、そろそろ格闘に移ってもいいだろう。身体作りの残りはそれで終わらせる。ちなみにだが、俺もやる。」

 

「・・・・何回?」

 

出久は恐る恐る尋ねた。この一年を通して、グラファイトは自他共に厳しい性格である事を再確認した。こと自己の研鑽に於いては生半可な鍛え方など言語道断、彼のプライドが許さない。しかし、出久はそれは自分も同じ事だと、肉体造りの時に気付いた。むしろ、元々そうだったのかもしれない。いじめと『無個性』というレッテルによる劣等感と悲観的な気質、そしてグラファイトによる追い込みで抑圧されたそれに拍車がかかったと言える。

 

「一日千回だ、もう休む日も与えんぞ。技は絶えず使わなければ身につかん。千回問題なく出来るようになってから更に回数は増やしていく。最終目標は五千回。」

 

「ごせ・・・!?」

 

 

聞いただけで卒倒しそうになる回数だ。しかしここまで来た以上半端は出来ない。一瞬出かけた反論を引っ込め、出久は頷く。

 

 

「分かった。やろう。でも、グラファイトもトレーニングを終えたら、また僕と感覚を共有して欲しい。」

 

「何?何故?」

 

「僕はグラファイトに会うまでスタートラインを見ることすら叶わなかった。だから、たとえまだ二年あっても、僕はまだまだ足りない。強さもそうだけど、成績とかも、何もかも。それに僕に感染して感覚を共有した状態でのトレーニングは、君の力を取り戻す助けになるんでしょ?だったら手伝うよ。だから君も僕を手伝ってほしい。」

 

「経験値の共有、というやつか。分かった。いいだろう。それならば俺だけが楽をする事にはならない。始めるぞ。まずは俺の動きに合わせろ。」

 

並んで壁に向かった二人は、肩幅より少し広めのスタンスを取り、軽く拳を握り込んで目の高さまで上げた。右拳を引いた顎の前、左を前方に約二十センチ離した状態でボクシングのような基本的な構えを作った。

 

「これが構え?」

 

「まずは基本の手技からだ。足技は手技をある程度極めてから移る。続け。」

 

後ろ足で地面を蹴る感じで、前足に素早く体重を乗せる。前方やや内側を意識し、グラファイトは手の甲は水平よりやや下にある様に意識してまっすぐ左拳を突き出した。同じ背格好の相手と素手で戦っているならば、ちょうど中指の拳の頭が鼻を潰す位置だ。腕が伸び切る反動を使って素早く元の位置に戻す。これをテンポ良く、リズムを刻みながら繰り返す。

 

「これが、ジャブ。」

 

ジャブを戻すと同時に、腰を思い切り左に捻り、更に右肩を内側に捻り込んでジャブと同じ位置に右拳を入れる。この時、左の拳で必ず顔の側面をガードする様に意識する。

 

「これが、右ストレート。この二つを順に繰り出すテクニックが突き技の基本戦法、ワンツー。覚えたか?」

 

「う、うん・・・」

 

「打つ時は当たる瞬間だけ拳に力を入れて、鼻から息を吐き出せ。必ず、呼吸をしろ。でなければ威力が死ぬ。行くぞ。」

 

その後、二人は無言で拳を振り続けた。壁を見つめ、左右と拳を繰り出していく。五百回を超えた所で出久は首筋と肩甲骨の筋肉に鈍く、のしかかるような痛みを感じ始めた。人を殴った事はおろか、ケンカで効果的な反撃など生まれてこの方一度もできた事が無い上にいくら鍛えたとは言え筋力トレーニングとは体の使い方が根本的に違う。特に利き腕を使うストレートは足腰と肩の捻りによってパワーを生み出す全身運動なのだ。次第に足腰の踏ん張りも利かなくなって来た。それでも歯を食いしばりながらも拳を振り続け、千回のワンツーを振り終えた頃には腕は上がらず、膝が震えて言う事を聞かない。

 

 

床は小さなバケツをひっくり返したのかと見紛う程の滴る汗で光っていた。一息つくところでグラファイトは再び出久の体内に戻り感覚共有を始めた。筋肉痛は一気に倍増し、動くだけでも悲鳴をあげそうになったが、出久は歯を食い縛って悲鳴を噛み殺した。この程度の痛みが何だと言うのだ。『無個性』のデクと言われていた悔しさと痛みに比べればこの程度、どうと言う事はない。

 

 

それに戦闘になれば痛い程度では済まされない。

 

 

『どうだ?』

 

 

「うん、超痛い。でも、痛くない。」

 

 

痛みに顔を引きつらせながらも笑い、筋肉をほぐす為に柔軟体操に入った。分離したグラファイトもそれに倣う。

 

 

「どういう意味だ?痛いのだろう?」

 

 

「うん、痛いけど、さ。違うんだ。体は痛いよ。でも、この胸の辺りのズキンッて来る筈の痛みが無いっていうか、あれより遥かにマシなんだ。可能性が見えてきただけでも・・・」

 

 

「可能性?」

 

 

出久の言葉をグラファイトはハッと鼻で笑った。

 

 

「馬鹿を言え。何故このようなところでお前は欲張らない?ここまで時間を費やした以上実らないのは俺の戦士としての沽券に係わる。お前もそうだろう?入試、だったか?あれをトップ通過する程度の大志を抱いてもらわなければ困る。」

 

 

「そ、そう簡単に入試主席を取れって言われても…‥雄英って倍率三桁だよ?筆記以外に何させられるか分からないし。」

 

 

ヒーローという職業は今や社会の花形、当然憧れ、なりたいと思う少年少女は多い。それ故の競争率なのだ。しかしグラファイトはそれを聞いて唯々笑った。障害物が困難であればあるほど燃えるタイプなのだ。

 

 

「なればこそだ。なればこそ、お前は万全を期して挑むのだ。勝つか負けるかは、二の次まず戦え。後の事は後になってから考えればいい。賽の目は出る前ならまだしも出た後は何をほざき、何を宣おうが変わらん。まずは目の前にある障害を潰す事を考えろ。今は、まっすぐ前を見ていればいい。脇目を振ったところで競争相手に気圧されて浮足立つのは目に見えている。」

 

 

「そこまで言わなくても・・・・」

 

 

だが押しに弱いというのが事実である以上出久は言い返せなかった。自尊心はある程度取り戻す事は出来たものの、今まで受けてきた迫害による傷からはそう易々とは立ち直れない。自分を追い込む事には慣れても、グラファイト以外の他人に追い込まれると滅法弱くなる。

 

 

「まあ、そこらへんは後の課題とする。」

 

 

「うん。じゃ、勉強始めるから。」

 

 

「ああ。ん?おい、待て。よく見ろ、そこの使う式が違っているぞ。」

 

 

「え?あ、ホントだ!」

 

 

グラファイトのトレーニングのスケジュール管理は厳しく、ノートに書かれた物は手技、足技、フットワーク、投げ技、関節技、受け身と回避などにきっちり分けられ、二か月ずつで二時間近くにまで伸びたロードワークやシャドーボクシング、筋力トレーニングも含めれば更にきつくなったと言える。

 

 

しかしその濃密な時間は、むしろ出久の笑顔と自信を更に取り戻す結果をもたらした。授業中も空気椅子の状態を保つなどのトレーニングを行い、未だ自分が『無個性』のままであると考えている連中の言葉など全く耳に入らないどころか歯牙にもかけなくなり、ヒーローの道を志す一人の人間としてひたすらに邁進を続けた。

 

 

「で、お前の見立てでは俺の力はどう分類される?」

 

 

「変形型の複合系ってところかな。グラファイトの場合は元々『個性』が常時発動してる状態のセルキーやフォースカインドとは違ってオン・オフが出来るからリューキュウみたいな変形型に近い。それで五感も鋭くなって、膂力も上がってエネルギーを纏った打撃技で更に威力が上がるのはオールマイトの発動型の増強系『個性』に通じる物がある。『個性』としての名前は・・・う~ん・・・・」

 

 

「まあ、今決める必要はない。それより、二年目もそろそろエンドマークだ。いよいよ最終段階に移る。」

 

 

「最終、段階・・・」

 

 

「ああ。実戦訓練だ。」

 

 

「え、いや、でも、一般人の『個性』の使用は法律で・・・・」

 

 

しかしグラファイトは出久の言葉に耳を貸さずに感染し、出久を無理やり人気が少ない河川敷あたりまでウォーミングアップがてら走らせ、再び分離した。

 

 

「ここの法律(ルール)は分かっている。この場合人間は『耳に胼胝ができるぐらい聞いた』、と言うんだったか?心配しなくてもお前がやるのはいわば純粋な組み手だ。まず誰かと相対することに慣れてもらう。今まで学んだ事を全て出し切れ。ちなみにだが、俺は敵としてお前を本気で叩き潰すつもりで攻撃する。」

 

 

出久はごくりと唾を飲んだ。いつもながら、グラファイトの目は有言実行を物語っていた。敵にも窃盗や器物損壊などの軽微な犯罪を犯す小悪党から強盗や殺人を犯した凶悪犯もいる。ポジティブさは重要だが、最悪の状況は想定するに越した事は無い。ヒーローとしての活動は華々しいだけではないのだから。常に殉職という危険が必ず付きまとう。

 

 

一度深呼吸をして気を落ち着けようとした瞬間、グラファイトの左拳が一瞬にして鼻先に迫ってきた。うわっと驚きながら出久はしゃがんだが下段から迫る右拳に反応しきれず、鼻を潰されて芝生に尻もちをついた。立とうとしたところで腹を右足が釘付けにする。

 

 

「忘れるな、これは敵との対戦だ。」

 

 

ミシミシと踵が鳩尾にめり込み、出久は歯を食いしばって痛みに耐え、足をどけようと奮闘するが、まるで根を下ろした大樹の様にびくともしない。

 

 

「お互いやり続ける事は至って単純、相手が最も嫌がる何かだ。相手の弱点を見つけ、つけ込み、その意識を刈り取る。その為のあらゆる研鑽を厭わない。でなければ、お前は誰も救えない。事と次第によっては、死ぬ。相手は待ってはくれない。」

 

 

出久を踏み潰す力を弱め、グラファイトは下がった。

 

 

「さっきのは警告だ。二度目は無い。」

 

 

腹の土と草を払って立ち上がり、開手の両手を目の高さにつかず離れずの距離で構えた。ゴルフクラブを振り抜くような鋭い風切り音と共に回し蹴りが出久の鼻先を掠めた。悲鳴を上げながら咄嗟にスウェーバックで躱し、バックステップで距離を取ったがすぐに詰められ、左右のフックから掬い上げる掌底で顎を打ち抜かれた。大きく仰け反ったことで正中線の急所ががら空きになる。

 

 

「そら、構えが崩れたぞ?」

 

 

そう言いつつ、グラファイトの後ろ回し蹴りが出久の腹を捉え、宙を舞わせた。

 

 

「自ら後ろに飛んで衝撃を和らげたようだが、それ以外は全く以て話にならん。俺達の二年を無駄にする気か?全力で掛かって来い。」

 

 

追い打とうと再び肉薄してグラファイトは再び拳を突き出した。しかし、二年の地獄に耐え抜いた出久は即座に足の動きから予測し、顔面を打ち抜かんとするその攻撃を両手でいなし、そのまま拳を突き出した方向へ更に引っ張った。勢いのついたパンチを止める事が出来ないままグラファイトの体が大きく流れ、体勢を崩したところに腰の捻りを利かせた裏拳とフック、そして返す刀で同じ攻撃を続けざまに浴びせられた。

 

 

出久ははっきり言って恐怖で気絶してしまいたかった。ひしひしと伝わる闘気で押し潰されそうになる。体は震えたり竦みこそしなかったが、打った後で分かった。顎の先端を的確に抉る手応えはあった。攻撃は確実にダメージを与えた。しかし緊張するあまり余計な力が入り過ぎた。グラファイトの意識はまだ刈り取られていない。

 

 

前だ。今はただひたすら前に進む。組み手で一本すら取れないで、自分の身すら守れないでヒーローを目指すなどちゃんちゃらおかしい。今度はこっちが仕掛ける。鼻から滴る血を舐め取り、突っ込んだ。高速で軽いジャブを何発も打ち込みながら必死で思考を張り巡らせる。息をしろ。考えろ。息をしろ。考えろ。絶えず脳に酸素を、思考力を与え続けろ。

 

 

グラファイトは全てに於いて自分に勝っている。体格、身長、リーチ、筋力、どれを取っても自分が格下だ。駆け引きや戦略は自分をしごいた張本人を相手にしている為無意味。第一格上相手にコミックに登場するヒーローの如き決め技で相手を倒せる様な状況はそう簡単には現れないし作れない。

 

 

ジャブ三発からの右ストレート、左フックのコンボを仕掛けたがどれも片手であっさり払われてしまう。グラファイトは至極退屈そうな表情で出久を見下ろしたがそれでも攻撃の手を緩めなかった。自分のこれは攻撃ではない。時間稼ぎだ。当たればそこから更に繋げるが、繋がらないならば勝利に繋がる最適解を掴む為の捨て石にするまで。

 

 

出久は必死で探した。避けながら、いなしながら、当たりながら探した。小柄な出久に出来るのは小回りの利く体格を生かしたヒットアンドアウェイを繰り返して一撃だろうと確実に当てて素早く離脱する事だった。しかしやはり組手とは言え初めての実戦は出久の予想よりも速くスタミナを奪っていく。今度は拳より遥かに重く破壊力がある足技が飛んで来た。

 

 

振り回される鈍器よりも凶悪な風切り音を上げる蹴りを、出久は自殺行為と知りながら真っ向から受け止めた。瞬間、脇腹を貫くような激痛が走ったが掴んだ足を体ごと回転させた。グラファイトの体もそれに従って回転を始めた。これでこのまま地面に叩き付ければ———

 

 

「考えとしては悪くない。格上と知っても倒せる方法は意表を突くしか無い。だが、これは想定の範囲内だ。」

 

 

回転しながら地面に叩き付けられる前にグラファイトはしっかりと両手で体を支えていた。そして掴まれていない方の足を出久の首にひっかけ、膝裏で出久の首を絞め始めた。あっと言う間に息が出来なくなり、脳への血流も止まり、ものの十数秒で出久は意識がなくなった。




アマゾンズの要素を何かとクロスさせてみたい・・・・何がいいだろう?トーキョーグール・・・は色々複雑だしなあ。

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