龍戦士、緑谷出久   作:i-pod男

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次の試合の話を書く前にグラファイトの日常を幕間に挟みます。案外人間としての生活に溶け込めてるママファイトの週末の一幕をどうぞ。


Extra File: グラファイト's Weekend

休日であろうと、グラファイトの朝は早い。ワン・フォー・オールをようやくある程度ものに出来るようになった出久は褒美として休日のトレーニングは軽い(と言っても最低二時間の)ロードワークとシャドーボクシング十ラウンドだけで済んでいる。いつやるかも本人に任せてある。

 

「さてと。」

 

不明瞭な寝言を言う出久をそのままに、置手紙を残してグラファイトは外出した。時間は午前五時半を少し過ぎた所だ。基本夜中近くまで起きている割に早起きだが、人間から生まれたとは言え生物として根本的に違う為、食事も睡眠も基本嗜好として嗜んでいるに過ぎない。

 

故にだるさや眠気は殆どと言っていいほど無い。

 

朝の五時半過ぎから仕事を始めている所は農園かコンビニ、または運送屋のどちらかしかない。練り歩く住宅街は人がほとんどおらず、時折通り過ぎるタクシーや朝帰りの一般市民程度だ。歩きながら道端にあるごみを拾っては手近な分別されたゴミ箱に入れ、出久がワン・フォー・オールを受け取った第二の運命の分岐点、多古場海浜公園に辿り着いた。

 

ゴミが綺麗さっぱり無くなったおかげか、学生が描いたであろうポイ捨て禁止などの看板や張り紙が多く張り出されている。

 

駐車場には巨大なトラックが三台、そしてオフロードバイク、ビッグスクーターなど多種多様な二輪車が五十台ばかり停まっており、砂浜にいかにもガラが悪そうな青少年が大勢集まっていた。まるで組長へ直参に来たやくざか、はたまた上官の指示を待つ連隊か、ともかく全員が整列し、背筋を伸ばして立っていた。全員例外なくジーンズにTシャツ、履物はブーツやスニーカーという、動きやすく汚れても構わない服装を身に付けていた。

 

「倉田さん、おはようございます!」

 

「おはようございます!」

 

一糸乱れぬ動きで挨拶と共に全員が腰から四十五度折れて頭を垂れた。

 

「よし。時間通り来たか。では今日の課題を言い渡す。まずA班。貴様らは木椰子区全体のゴミを一掃しろ。ウーキーズの様なショッピングモールが多い商業地域だ。燃えるゴミ、プラスチック、缶、瓶、チリ紙、粗大ゴミのシックスマンセルだ。」

 

「うす!」

 

「B班は集めて来たボランティア募集の張り紙に書いてある場所に向かい、足りない人員の穴埋めを申し付ける。それぞれの特技を活かせる仕事だ、存分に働く喜びを知れ。」

 

「うす!」

 

「C班は東京湾に隣接する区を選んでその砂浜のゴミを全て回収しろ。回収業者に話は付けてある。塵一つ残すな。」

 

「はい!」

 

「最後にD班、貴様らはこれで半年の間に見聞を広めて来た。今日やる事は、各地にある心療センター及び小児医療センターにツーマンセルで迎え。今度は貴様らが、人を救う番だ。今は午前六時。そうだな・・・・・七時間。午後一時まで、貴様らは与えられた仕事をこなせ。班長は一時間ごとの定時連絡を忘れるな。終わったらここに全員集合だ。」

 

「はい!」

 

「必要な情報は俺が既にタブレットから送ってある。後は貴様ら次第だ。働きぶりは常に監視している。怠けたり半端な仕事をした奴は、タイヤを腰に括りつけたまま東京二十三区を巡るウルトラマラソンの権利をもれなくくれてやる。では、散れ。」

 

「失礼します!」

 

グラファイトの号令とともに再び頭を下げた彼らは散っていった。

 

「やれやれ、マフラーを付けるぐらいには常識を身に付けたか。」

 

実際グラファイトの常に監視していると言う警告は嘘ではない。バグスターである以上、あらゆる監視カメラのネットワークに繋がって情報を得る事が出来る。自分自身が意思を持ったウィルスなので侵入は勿論、痕跡を消す事も造作無い。

 

海浜公園からNR田等院駅まで走り、そこにある公衆電話に硬貨を投入して電話をかけた。

 

「仕込みの最中に悪いな。無理を承知で仕事を一つ頼みたい。ああ。海浜公園での炊き出しだ。人数?うむ、ざっと二千人分だ。勿論キャッシュで良い値を支払おう。急な仕事だ、なんなら今からそちらに出向いて先に金を渡しても構わんぞ。うむ、せっかくの海だ、海鮮カレーで頼む。必要な時間は?なるほど、ギリギリだが間に合うだろう。根拠?そこは腕前に期待しているとだけ言っておく。よろしく頼むぞ、ランチラッシュよ。」

 

受話器を置くと、タブレットを見ながら次の目的地に向かう。バトルヒーロー ガンヘッドが創設したガンヘッド・マーシャル・アーツの道場だ。彼のサイドキック達は勿論、自立して自分の事務所を持つようになったプロヒーローも許可を取って道場を開いており、その数もそこそこ多い。

 

しかしグラファイトが向かったのはガンヘッドの事務所も兼ねている総本山だった。朝早くから事務所の所長である本人が道場で一人雑巾がけをやっている。と言っても鉄板を何枚も仕込んだ代物で掃除というよりはただのトレーニングでしかないが。

 

「お、来たね、グラファイト君。待っていたよ。オールマイトから話が来た時は何事かと思ったけど。今日はどうするんだい?」

 

「お前の門徒が来るまでしばらくここで汗を流したい。」

 

「それは構わないよ~、君ももう師範代みたいなものだしさ。他の道場にもちょくちょく顔出してるって元サイドキック達からメッセージ来るし。僕が行く時より嬉しそうってのがちょ~っぴりショックだけど。」

 

「なに、苦難上等の精神で来ているのだ。気骨十分で結構な事ではないか。本業より人気商売の方に力を入れているヒーローが多い昨今、お前はそのような日和見主義者共とは一線を画している。武闘派の売り文句は伊達ではない。」

 

「そこまで言われると照れちゃうなぁ~。じゃあ・・・・戦ろうか。」

 

ガンヘッドの和やかな雰囲気は霧散し、二人は向かい合った。

 

ガンヘッドは腰を軽く落とし、指先を軽く丸めた両手を付かず離れずの距離でゆらゆら揺らして狙いを悟らせない。対するグラファイトは上体を起こしたまま軽快なステップを踏み、右拳を顎に付けると軽く握って下げた左拳を脇腹辺りでゆらゆらと振り子の様に揺らし始めた。

 

鎌首をもたげた蛇の様に様々な角度から襲い来るフリッカージャブをガンヘッドは両手で手首や掌を使っていなして踏み込んで来た。流石武闘派、軌道が変わりやすい攻撃などは目も体も既に慣れている事が見て取れる。左腕のガトリングが回転を始めた。すかさず払いのけて左足を引き、前蹴りを食らわせた。後ろに下がらせる事に成功はした。が、当たった感触が硬い。前腕の大部分を覆うガトリングが楯の役目を果たしたのだ。

 

再びグラファイトから接近し、しっかりとフットワークのリズムを刻みながらジャブとストレートを使い分けながら追うが、ガンヘッドもヒーローの年季がある。頭を左右に傾け、時にはバックステップで対応してグラファイト並みに軽快な動きで避ける。

 

連打が止まった所で彼も反撃を始めた。手技で来るかと思えばガトリングの銃撃、銃撃かと思えば手技で攻め、グラファイトを翻弄する。

 

「シンプルながら嫌な『個性』、だなっ!」

 

通常、音速で迫る銃弾が来るのを見てから避ける事など不可能だ。故に相手の目、そして手を見て撃鉄が落ちるタイミングを見て体を捻って射線上から外れるが、発動系の『個性』であるガンヘッドのガトリングに物理的な引き金は無い。故にグラファイト並みの熟練の戦士でも発射のタイミングは相手の力量もあって非常に掴みにくいのだ。

 

「一か月ちょっとで避けられるようになった人に言われても、ねぇ!」

 

止められても振り抜く凶悪な回し蹴りに銃撃を織り交ぜてグラファイトを追い詰めるガンヘッドに変化が生じた。

 

普段は仮面やプロテクターを身に付けた筋肉質な男という厳つい見てくれとは裏腹な仕草と穏やかな声のギャップが目立っていたが、殺傷禁止などの最低限のルール以外を打ち捨てた実戦を想定したスパーリングが闘争本能を更に昂らせているのだ。

 

「閃光!無双!撃破!」

 

一撃ごとに叫ぶ。アドレナリンか、はたまたエンドルフィンなのか、声も高揚感がありありと伺える。

 

「フハハハハハ!そうだ!もっとだ!もっとよこせ!」

 

手技の、足技の応酬が更に激しさを増していく。

 

「刺激!無敵!劇的!」

 

四方の壁には穴が幾つも開通し、フローリングも三割近くは破壊されているが、それでも両雄は止まらない。建築物の損壊すらいとわぬ激戦は更に三十分近く続いた。

 

「心火、無欠、極熱ゥ!」

 

「龍爪踏破!」

 

拳と蹴りがぶつかり、ようやく二人のスパーリングとも実戦とも取れぬ激戦は幕を閉じた。

 

「ふむ、流石にこう何度もやり合えば読まれるか・・・・・」

 

「いやいや、左構えを使ってこられたら僕でもちょっと苦労するよ。おかげさまで慣れてきてはいるけどこっちは右利きだしさ。って、やば・・・・道場!」

 

「心配するな。修繕する為のあてはあるし、当然支払いも俺が持つ。電話を貸してくれ。」

 

渡されたスマホに暗記した電話番号を入力して電話をかけた。

 

「もしもし、麗日社長か?倉田だ。ああ、毎度同じ所に呼んで同じ仕事を頼んで申し訳ないが壁と床の修繕を頼みたい。ああ、ガンヘッド事務所の道場だ。いつにも増してかなり派手にやらかしてしまってな。以前より少しばかり手間がかかるが・・・・・そうか。うむ、やはり社長に頼んでおいて正解だったな。着手金と成功報酬はガンヘッドに預けておくから来たら受け取るがいい。」

 

電話の相手の言葉がおかしかったのか、グラファイトは小さく笑った。

 

「なに、今更遠慮する事は無い。俺はその経営理念を買っているのだ。それに加え仕事振りから職人気質が感じられる。大手は殿様商売をする銭ゲバが多い。奴らにあれ以上金を渡す気は更々無くてな。ああ。では頼むぞ。」

 

通話を終えて携帯を返すと、首を何度か回した。

 

「君が懇意にしてる建設会社、小規模だけどいい仕事してくれるよ、電気系統のメンテナンスもやってくれるし。契約しといてよかった。あ、書類とかはいつも通りやっとくからね。」

 

「ああ、頼む。それとだが、伝手で何か聞いていないか?当時治安がお世辞にも良いとは言えん邪空(じゃくう)区出身でルーキー時代は蛇曽宮(だそみや)や鳴羽田にも出張り、元サイドキックやその他の顔馴染みがそこで事務所を構えて連絡を取り続けているお前なら知っている筈だぞ?ヒーロー殺しのヴィジランテの事を。」

 

「悪いけど、その事は詳しくは言えないよ。極秘事項。」

 

「なにも捜査情報を話せと言っているのではない。単純に奴の行動理念が知りたい。あくまで個人的な興味と言う物だ。」

 

「・・・・贋物の粛正、だそうだよ。言えるのはここまで。」

 

「それだけ聞ければ十分だ、礼を言う。」

 

建設会社の人間に渡す為の紙幣が詰まった茶封筒をガンヘッドに渡し、グラファイトは彼の事務所を去った。

 

最近見つけた行きつけのイタリア語で『恋煩い』を意味する看板を掲げたカフェへ向かうと窓際の席を一つ陣取り、タブレットに送られる定期連絡に目を通して次の指示を飛ばしつつブレンドコーヒーとナポリタンを注文した。

 

コーヒーは一杯税込みで八百円と少なめな量の割に値が張るが、それだけ美味いのだ。人より十倍近くコーヒーにうるさい常連の男性客が時折訪れ、マスターが直々に豆を挽いて淹れたその一杯に釣銭すら受け取らずに一万円札を置いて帰る瞬間も度々目撃している。

 

コーヒーを飲む神聖な場を汚すクレーマーなどの不届き者も率先して叩き出すのでマスターや従業員からはちょくちょくサービスとしてメニューにある物を適当に持って行っている。

 

軽食も当然メニューにあり、グラファイトは当初引子の手料理や自分で出久の健康に良いと判断した物以外口にしなかったが、初めてそこのナポリタンを口にした時、これならば何度でも飽きずに食べられるとすら思った事がある。実際調子に乗って大盛のナポリタンを食べた上で顔色一つ変えずにオムライス五人前を完食し、従業員と客を唖然とさせていたのはよく覚えている。

 

これを機に、週末は一人で食べ歩きをするなどの趣味が増えた。この数年で ポレポレ、甘味処たちばな、レストランAGITΩ、Bistro la Salle、そば屋たどころ、シャルモン、そして高級レストランLegend of Gatheringなど、様々な店の常連となっている。

 

「さて、ヒーロー殺し、粛正、贋物、と・・・・」

 

何時から活動を始めたのかは不明だが、ヴィランの殺害人数は勿論、ヒーローの殺傷件数も徐々に上がっている。ニュースでも良く報道されているが動機などが長らく不明だった。しかしガンヘッドの一言で全てが繋がる。

 

原点への回帰。

 

ヒーローの原型はヴィジランテ。社会のシステムにヒーロー制度が組み込まれていない、『個性』犯罪が跋扈する時代で彼らは影から日向から人々を犯罪から守ってきた。他人の為に己の全てを投げ打ち続けて来た。ヒーローたるもの、そのような自己犠牲の体現者でなければならない。

 

感謝されたり報酬を受け取ったりするなど言語道断。見返りを求めた時点で人助けと言う正義は、最早ただの自己満足。それどころか公僕が極当たり前にやっている仕事に成り下がる。丁度現代のヒーロー飽和社会が良い例だ。

 

人を救う為ではなく名声や富を掴む事を夢見てコスチュームを纏う輩は、そんな奴らは断じてヒーローではない。ヒーローであってはならない。故に、誰かが悪を裁き、贋物を間引き、汚され、捻じ曲げられた英雄のあるべき姿を取り戻さなければ。

 

「言っている事だけは尤もなのだがな…‥実に惜しい。」

 

「はい、ブレンドとナポリタン。」

 

小柄な眼鏡をかけたエプロン姿のマスター、木戸がグラファイトの前に注文の品を並べて行く。彼は元々老け顔なのだが、ここまで容姿が変わらないとなると最早『個性』と認定してもいいのではないだろうかと思い始めている。

 

タブレットの記事を横目で見て、木戸は顔を顰めた。

 

「やだねえ、最近物騒でさ。」

 

「うむ、確かに。」

 

「倉ちゃんはこう言うのどう思ってるの?」

 

「考え自体は共感出来なくはない。ヒーローの価値が薄まっていると言うのは事実だ。犯罪と戦う人手が多ければ良いとは一概に言えんしな。」

 

「まあねぇ・・・・でもヒーローだからって自分の生活まで棒に振ってちゃ本末転倒でしょ、自分を救えなきゃ他人を救うなんて出来ないんだし。」

 

「一理ある。」

 

ナポリタンを咀嚼して飲み込み、グラファイトはそう返した。

 

「だがそれならヒーローとは関係ない副業をやればいいだけの話だ。もう十年以上前になるが、医者とヒーローの仕事を両立させていた男がいる。凍傷で利き腕を失っても、死んだ弟の腕を移植して人々の為に戦い続けた。もっと最近で言えば、一億円を稼いで脳にある銃弾を摘出し、今でも二足の草鞋を履いてやっている医者がいる。大変だろうが、ヒーローを志した以上はその程度の苦行を乗り越えられなければ所詮その程度という事だ。」

 

「倉ちゃんシビアと言うかストイックだね~。良いと思うよ、その生き様。」

 

「淡々とした姿勢がぶれないマスターも尊敬に値する。馳走になった、また来る。」

 

食事と会計を済ませ、グラファイトはカフェを後にした。タブレットの時計は十二時半を指している。海浜公園まで歩いて行けば間に合う。

 

「さて、ヒーローになれなかった青少年少女諸君は、自分なりのヒーロー像を見つける事が出来たか‥‥?」

 

これが、グラファイトの忙しくものどかで、飽きる事のない充実感溢れる休日の一つである。

 




いかがでしょうか?またやるとは限りませんが、とりあえずお試し版という事でこの番外編を出しました。

次回、File 32: Armour Zoneに逃げ場なし!

SEE YOU NEXT GAME......

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