「まったく、この大馬鹿!」
「すいません・・・・・」
「いくら『個性』が回復能力を備えているとは言え無茶にも程があるよ!たかが試合の為に自損覚悟で挑む必要なんか無いだろうに!もっと自愛しな!」
「面目次第もございません・・・・・」
出張保健室でリカバリーガールの治療を受けてから出久は許容超過の威力で『個性』を自損覚悟で使った無謀さや回復の手間について小言を拝聴する破目になった。
「あの、轟君は・・・・?」
「左耳の鼓膜が軽く傷ついてたのと、いくつか骨に罅が入ってる箇所があった。脳震盪も起こしてる。けどそこは大丈夫さね。今日中には回復するよ。頑丈に生んでくれた親に感謝しな。」
「そう、ですか・・・・・良かった。」
湿布を張ったメンソール臭が強い腕を軽く動かした。神経はまだ大丈夫だ。腕の怪我の八割近くはグラファイトが治してくれた。後はスタミナ回復に努めればいい。時間はまだある。
とりあえずリカバリーガールに治療の礼を述べて出張保健室を出ようとした所でドアが開き、痩せぎすのオールマイトが戸口に姿を現した。
「おお、緑谷少年。丁度良かった。怪我はもういいのかい?」
「平気です。グラファイトとリカバリーガールの相乗効果でしっかり動かせます。準決勝と決勝までは念の為右腕は使いませんけど。」
「賢明な心掛けだ。しかし、まさか試合中に彼を救おうとして結果的に成功してしまうとはね。」
「僕と彼はある意味似てるんです。強力過ぎる力を持っている轟君、そして何もなかった僕。立ち位置こそ対極ですけど、辛い目を見たという点では同じです。だから、理解は出来なくてもせめて歩み寄るぐらいの事はしてあげたかったんです。」
「やはり君にワン・フォー・オールを預けて良かった。」
「え、ちょ、良いんですか、話しちゃって?」
「ああ、心配ない。リカバリーガールも私の事情は知っているよ。」
「そうですか。あの、戻る前にちょっといいですか?二人で話がしたいんです。」
「分かった。」
会場の人気のない場所へと先導された所で出久は自分の髪の毛を一筋頭から引き抜き、オールマイトに差し出した。
「ごめんなさい、オールマイト。僕は・・・・僕にはやっぱり貴方の力を預かる資格は無い。ワン・フォー・オールは、お返しします。」
「え?」
オールマイトは目を白黒させた。
「僕は優勝を目指します。でも決勝戦で、僕は間違いなく爆豪君と戦う事になる。その時僕は、試合も何も関係なしに彼を叩きのめすつもりでいるんです。彼は――」
「待て、出久。そこから先は第三者の俺が話す。当事者が話せば無意識に脚色が入るかもしれん。」
グラファイトが共生状態を解いて出久を制した。
「オールマイト、爆豪と出久の関係を知っているか?」
「同じ折寺中学を卒業したとしか・・・・」
「爆豪は出久の幼馴染だ。物心ついた時から共にいる、いわば竹馬の友。少なくとも、幼少期はそうだった。が、それが変わった。出久が『無個性』という一点故に。小中と、爆豪だけでなく周りの人間からも憐れみと侮蔑の視線で見られ、誹謗され、中傷され続けた。爆豪が何故出久をデクと呼ぶか、分かるか?『無個性』で何も出来ない。ヒーローにもなれない役立たずの出来損ないの木偶の坊。十年だ。十年間、出久はその絶え間無い自尊心への暴力に耐え忍んでここまで這い上がった。確かこの国では自殺や精神疾患などに繋がる実害を出すにも拘らず、それを随分とシンプルに形容していたな。『いじめ』、と。」
オールマイトは黙ったまま耳を傾けた。今は何も言うべきではない。
「中学での反撃以降、出久は奴に勝ち続けた。ヘドロ事件で奴を救い、入試主席、屋内対人戦闘訓練の勝利、そしてUSJ襲撃事件で脳無をほぼ単身での撃破。しかし奴は距離を置こうとしても突っかかってくるのだ。今まで見下してきた相手が格上となった事を頑なに認めようとしない。何も改めようとしない。謝罪すらしない。だから公衆の面前で、奴の身も心もへし折ると言う最終手段に出る事にした。」
「僕は彼と当たる時、十年分の恨みを晴らす為に戦います。ヒーローは、他が為にのみその力を振るわなければならない。私怨で動く以上、僕はヒーローを名乗れない。名乗っちゃいけないんです。でも僕は彼にけじめをつけさせる。そうしなければ、僕は一生前に進める気がしない。でもこんな事の為に、オールマイトが、先代の方々が培って来たこの力をそんな事の為に汚す訳には行かない。」
人としての正しさ、ヒーローとしての正しさ。どちらも正しいが、選べる正しさはただ一つ。悩んだ末に彼は人としての正しさを選んだ。その事実を受け止め、オールマイトは一分近く沈黙したままだったが、その沈黙をゆっくりと、慎重に選びながら破った。
「君の言い分は、理に適っているし、筋も通っている。だから・・・・思う存分暴れて来るがいい。」
これを言えばもう後戻りはできない。だが彼を信頼している以上、言うべきだ。
「え?」
「良いんだ、それで。私も君と同じなのだよ。私はもう、ワン・フォー・オールを汚してしまっている。五年前の戦闘で、私のお師匠――前任者の七代目ワン・フォー・オール継承者、志村奈々が目の前であの男に殺された時にね。あの時私は、本当の殺意という物を生まれて初めて抱いた。その殺意に、怒りに身を委ねた戦った結果がこれだよ。」
出久の肩に手を置き、自分の脇腹を指さした。怒りに飲まれて拳を振るった、消える事のない
「君は誰よりも心優しい少年だ。自分をいじめた相手をヴィランの手から救った。轟君を心の闇から救った。そんな事が出来るのは優しさから始まるパワーを持った人間、つまり君のような人間さ。絶対的に正しい選択などあり得ない。故に個人の尺度で定めるしかない。優しい君が骨の髄までとことん悩みに悩んだ末にこれが自分にとって一番正しいと判断して出した答えなのは明らかだ。」
ならば、いやだからこそ止めない。それで怒りを、恨みを乗り越えられるのならば。自分と同じ間違いを犯さずにいられるならば。
「だから、誰もが持っている心に巣食うその闇を恥じてはいけない。力ずくで消そうとしてはいけないのだ。押さえつけようとする分だけ、闇もまた反発する。だから受け入れて、乗り越えて、己自身の闇をも照らせる光とならなければ。清濁併せ呑んでこそ、我々人間は本当の強さを手に出来る。」
出久の肩に手を置き、軽く握った。君なら大丈夫だと笑って見せた。
「もうワン・フォー・オールを返すなんて言わないでくれ。相応しくないなんて自虐を言わないでくれ。君なら大丈夫だ。言ったろう、君はヒーローになれると。私は隠し事が多い。だが嘘は言わない。」
「分かり、ました。ありがとうございます。」
腕で涙を乱暴に拭い去り、出久は頭を下げた。
「さあ、準決勝になる前に試合を幾らか見て対策を考えてくるといい。」
出久は頷き、再び腰を折って深々とお辞儀をすると、グラファイトを伴って歩き去った。彼の足音が消えるのを確認すると、オールマイトは近くの壁を殴りつけた。
「ああは言ったものの・・・・・生きていると知った以上、私のはまだ消えない、か。」
それどころか、強くなっている。お師匠が守ろうとした人を奴が、オール・フォー・ワンが悪に染めたと知ってしまってから。DNA鑑定の結果、はっきりしてしまった。今は死柄木弔と名乗っている男の本名は、志村転弧。師匠の、実孫だ。
また守り切れなかった。また救えなかった。よりにもよって師匠の宝を。平和の象徴が聞いて呆れる。救えない命もあると分かっていても、口惜しいと思わずにいられない。
「どこにいるんだ、オール・フォー・ワン・・・・!」
恐らくこの怒りは、彼も自分も、腰の曲がった老人になってようやくうっすらと消え始めるのだろう。
オールマイトとの談合の後、出久は観客席には向かわず、一目散に会場に来た時に荷物を置いたロッカールームに向かった。携帯を引っ張り出すと、母親に電話をかけた。
『もしもし?出久?出久なの!?』
「うん。試合、見てたよね。ごめんなさい、無理して心配かけちゃって。」
『良かったぁ~~!!!でも凄いわよ、準決勝進出なんて!お母さん脱水症状でもう七回は失神したのよ!』
帰ったらとりあえず病院に連れて行くことを出久は固く決心した。自宅が水浸しになっていないか、割と本気で不安になってしまう。どれだけ涙と鼻水でティッシュが消費されたのだろうかという割とどうでもいい素朴な疑問が頭をよぎった。
「僕よりも凄い事になってるんだね、そっちは。ここまで勝てた事は、自分でもかなりびっくりしてるよ。あんまり時間無いけど一つ聞きたい事があるんだ。人として正しい選択とヒーローとして正しい選択。母さんならどっちを取る?」
『難しい質問ね・・・・・分からないわ、ヒーローじゃないし。』
「それもそうか。あはは・・・・・・ごめんね変な事聞いて。」
『でも一つだけ分かる事があるわ。生きているとね、途轍もなく漠然とした質問があるって事にある日突然気が付くの。自分は何の為に生まれて来たのか、どういう人間になりたいのか、とか。私もね、高校を卒業してからずっとその答えを教えて欲しかった。色んな先生にも聞いたし、お父さんにもお母さんにも聞いたし、久さんにも聞いた。誰かにその答えを教えて欲しかった。でも皆の答えは全部違って、全部釈然としなかったの。何年も経ってからやっと気づいたわ、釈然としないのは、自分でその答えを出さなきゃいけないからだって。だから、貴方も正しいと思う事を自分自身で決めていきなさい。それで決めたら進む事!もう高校生なんだから。ね?』
「うん。ありがとう、母さん。頑張るね。」
『どういたしまして。何かあったら話してちょうだい。相談ならいくらでも乗るから。』
「はい。」
通話を切ってロッカーに携帯を放り込むと、再び込み上げて来た涙を拭いた。
「図書館でとある小説を流し読みしていたが、母は強しと言うのは、本当らしいな。俺には親と呼べる存在はいないが、お前の母親は別次元の強さを持っている。俺には持ちえない強さを持っている。それが酷く羨ましい。」
強い。甲斐甲斐しく健気で、息子の事となると激しく動揺してしまう普段の母親とは思えない程強い。これもまた、オールマイトが言った優しさから始まるパワーと言う奴なのだろうか?もしそうだとしたら、そんな強さが欲しい。出久はそう思い、観客席に急いだ。
準決勝まであまり間が無い。
やっぱりね、人生経験豊富な意見を出せる親の存在は偉大ですよね。そう思って引子さんにもこのエピソードで見せ場作っちゃいました。
次回、File 35: 不屈のEngine Running Gear
SEE YOU NEXT GAME...........