控室で、出久は顔を両手に埋めた。やってしまった。爆豪にぶつける為にくすぶっていた火種が飯田との戦いで暴発してしまった。あれでは試合どころか完全な八つ当たりだ。
違うあんな風に戦いたかったんじゃない。あんな戦い方を望んでいない。望んだのは、鍛え上げた全てを相手に見せて競い合い、勝負の場でもその技を更に高め合う、クリーンなファイト。だがあれはあまりに一方的過ぎた。飯田の攻撃全てが床に広げられた新聞のページを読むかのように見透かし、反撃出来た。
今や彼の切り札のレシプロバーストすらも裸眼である程度は見切れる。エンジン全開で威力を増した蹴りもしっかりと踏ん張りを利かせて片足立ちでも真っ向から受け止められる。
「ねえ、グラファイト。」
「何だ?」
「僕は、強くなり過ぎたのかな?」
「どの基準を以て強くなり過ぎたと認識するかによるな、それは。だがまあ、生徒でお前に勝てる奴などそう簡単には見つからんだろうな。エクトプラズムやスナイプ、イレイザーヘッド辺りにも条件付きだが勝てるかもしれん。それがどうかしたのか?」
「皆を・・・・・遠くに置き去りにしてしまっているんじゃないかって思うんだ。」
出久の言葉にグラファイトは小さく笑った。
「それの何が悪い。優秀ですいませんとでも言うつもりなら、お前はどう思おうと周りには嫌味にしか聞こえんぞ?それにお前が地道に血反吐を催す研鑽を積んで強くなった結果をお前自身が負い目に感じてどうする?」
出久は強くなった。グラファイトも強くなった。大いに結構な事ではないか。誰が何を喚き、何を宣おうがこの事実は変わらない。他ならぬ彼ら自身の弛まぬ努力によって磨き上げられた心技体に、何人たりともケチをつける事は出来ないのだ。
「お前が自分自身を責めるのも、誰かに責められるのも、この事に関しては筋違いだ。そう心配するな。強さも弱さも種類は千差万別、それに加えて順位など付けようものならキリが無くなる。お前より強い物が現れる事は間違い無い。違いは遅いか早いかだけだ。それはひとまず置いておくとして、最終確認だ。本当に使うのだな?現在お前が持つワン・フォー・オールフルカウルの中でも切り札であるトータルゼロスタイルを。」
「うん。使う。」
「お前が使うと言うのならば止めはしないが、暴走しても俺は止めんぞ?」
出久は眉を顰めた。『個性』は今の所出力の加減を誤らなければしっかり使える。暴走など『個性』を強制発動させる『個性』でも使われない限りはあり得ない。
「俺が言っているのは『個性』というより、お前自身の事だ。雄英体育祭最終種目の決勝戦という状況とお前の人間性を良く分析しろ。」
出久の強みは、精密機械並みに正確無比な行動と観察眼、そしてそれによって生み出される幾通りもの戦術と攻略法によって相手を搔き乱し、守勢に回らせた上で倒す、接戦も視野に入れて戦う超理詰め。
相手は十余年にも及ぶ迫害で自分を傷付けて来た、プライドを人型に固めて服を着せた人格破綻者。幾度もその長い鼻をへし折り、格の違いを見せつけても理解から小賢しくも逃げ続ける愚者。致命傷さえ与えなければ、後は何でもありのストリートファイト同然。場所は公衆の面前である。
出久の中で、全てが繋がった。
「僕の感情の暴走、って事だよね。」
元々根が内気な出久は蓄積したフラストレーションを発散させるよりも全てを内側に溜め込み、我慢するタイプの人間だ。グラファイトはガス抜きを兼ねたトレーニングで我慢をやめる局面を見極める癖を付けさせてはいるが、人間の性根はたかが数年で変わる程ヤワではない。発散出来た怒りは例外無く己に向けた物ばかり。
爆豪への恨みや怒りは、押し留めた精神のダムの奥底に未だしっかりと残っている。積年の怒りを形容する言葉など、辞書を引けども見つかるような物ではない。もし、開戦と同時にそのダムを意図的に決壊させれば、どうなるか?
誰もが羨むオールマイト並みに凄まじい戦士へと変貌する事はまず間違い無い。ジャブでも掠っただけで大抵の人間などザクロの様に弾けるだろう。
そしてそれだけの怒りを一気に開放すれば、相手がどうなるかなど想像に難くない。爆豪の体に、心に残り続ける同じぐらい傷を刻み込んでやろうと躍起になる。彼の苦痛に歪む顔が、声が、それを更にエスカレートさせる。ヒーローが越えてはいけない一線など、容易く超えてしまう。少なくとも、半身不随では済まないだろう。下手をすれば、彼を殺しかねない。
手加減は出来るがしたくない。手加減はしたくないがやらねばならない。ならどうすればいい?聞いた所でグラファイトは答えなど言わないし、言えないだろう。もし感情に身を任せ、己を律する事を自ら放棄してしまえば、所詮はその程度だったまでの事。
これは試練であり試験。今まで課せられた中でも最高レベルの難易度だ。ゲームと違い、セーブは勿論、コンティニューも出来ない。ノーコンティニューでのクリア以外に意味は無い。
「大丈夫。僕は僕として戦うよ。誰よりも自分を理解してなきゃいけない僕がそれを放棄したら、今までの全部が無駄になっちゃう。そんな事はさせない。誰にも。自分にもね。」
グラファイトはそうか、とだけ言って頷き、脚を組んで座り込んだ出久に背を向けた。今や規則正しい、細長い呼吸しか聞こえない。本人が既に決意を固め直しているのだ。それを疑うなど戦士としてのプライドが許さない。
「俺もいい加減、己を甘やかすのはやめなければ、な。」
何時までも黒龍モードに甘んじているつもりは無い。ゲムデウスウィルスを体内に宿したレベルという概念を超越した状態にはなれないとしても、せめて紅き龍戦士の姿に、紅蓮モードを会得しなければならない。出久を導く者とはいえ、グラファイトもまた戦士。そう簡単に追い抜かせてやるつもりは無い。
「グラファイト、そろそろ行こう。」
「うむ。」
『この体育祭もいよいよLast battle!一年の頂点を決めるのは、こいつらだ!!』
ステージのコーナーから火柱が吹き上がると同時に出久と爆豪の画像が会場の超大型スクリーンに映される。
『決勝戦!ヒーロー科、緑谷出久VS ヒーロー科、爆豪勝己!開始の合図も出してねえが、両雄睨みface全開で来てるぜ!やる気は十分てか?!泣いても笑っても、頂点に立つ者は常に一人!FIGHT!!』
先制は、当然爆豪。しかし、自然体で脱力した出久の胸から突如伸びた腕が彼の攻撃を払いのけて逆にカウンターパンチを鼻っ柱に叩き込んだ。手応えで分かる。間違いなく鼻骨が折れた。パタタッとステージの一部に血が落ちた。
実体化した変身状態のグラファイトも拳に付いた血を至極無感動に舐め取り、出久の隣で腕を組む。楔はこれで打ち込んだ。
『オープニングヒットを取ったのは緑谷!「個性」であるグラファイトの鮮やかなクロスカウンターで飛び込んだ爆豪を切って落とした!』
グラファイトの構えはガードをほぼ完全に下げて右腕をリズミカルに振るサウスポーのヒットマンスタイル、対する出久は両脚を開いた状態で軽く膝を曲げ、不規則に開手を顔の前で動かしながら体を揺らし、左右の肩を回し始めた。じっくり時間をかけて湯舟に浸かる様に、全身にワン・フォー・オールの力を普段の二十分の一程のスピードで、ヨガの様に緩慢でコントロールされた長い呼吸に合わせて巡らせる。
「ワン・フォー・オール フルカウル トータルゼロスタイル・アルファウェーブ。」
獲物を見つけた二頭の捕食獣の様に、二人は爆豪を囲み、出久はゆっくりと、グラファイトはきびきびと徘徊する。
『おっと緑谷、グラファイトとの速攻挟み撃ちに行かない!じっくり確実に攻めて突き崩す戦法に切り替えるつもりなのか!?超強力頭脳プレーを見せてくれるのか!?どう攻める!?そして爆豪、どう返す!?』
いくら待っても攻めて来ない様子に、爆豪が焦れ始めた。
「スタングレネード!!」
目も眩む十万カンデラ前後の閃光が二人の目を襲った。五感を司る器官の内、視力は外界の情報の約八割を脳にインプットする。
「死ぃぃぃぃねぇぇえええええええええ!!!」
「ガンマウェーブ。」
片手ずつで放てる殺さない程度の最大威力の爆破を二人の位置目掛けて放った刹那、腹に断続的な痛みが、脛に衝撃が走った。
「んな、ぁ・・・!?何、で・・・・てめえが・・・・!」
「中々小癪な技を持っているな、貴様のみみっちい性格にぴったりではないか。これに加えて二百デシベル前後の爆発音を出せれば本当のスタングレネードの様になるのだがな。」
出久がいた筈の場所に、グラファイトが立っていた。体には傷一つ無い。中指の第二関節を突出させた拳が見えた。少ない面積で衝撃を相手の体に伝える空手に使われる一本拳だ。衣服に隠れてはいるが、間違い無く爆豪の鳩尾や脇腹は痣だらけになっている。
脛には出久が下段の回し蹴りを叩きつけていた。樹木を素足で蹴り続けた出久の脚は最早凶器に等しい。コスチュームのロングブーツと学校指定のジャージのズボンの所為で見えないが、手応えで分かる。蹴った個所は間違い無く罅を入れた。
再び距離を取り、徘徊が始まる。
必死に交互を見て爆豪は考えを巡らせる。どう攻める?分からない。どっちを先に潰す?分からない。次はどこを狙われる?分からない。
構えだけ見ればグラファイトが距離を離させて出久の方へ追いやり、出久に注意が向いた所で強打をぶち込む。出久は体格と不規則なリズムで動いて超近距離から連打を浴びせてフリッカージャブの餌食にさせるコンビプレイで来ると見える。
しかし全てがフェイク、全てがペテンだった。轟の様にあっという間に終わる試合でもないのに使える情報が少ないどころか全く無い。まさしく、
『緑谷容赦ねえええええええ!!!凄まじいコンビワークで爆豪、攻撃も入らなきゃ防御すらさせて貰えねえ!誰しも卑怯と言いたい所だろうが聞いて驚け、あの龍戦士こそが緑谷出久の人格を持った「個性」、名をグラファイトと言う!「個性」を使って戦ってる以上、ルール抵触はしてないから反則じゃあないぜ。そこだけヨロシクゥ!THANK YOU!』
「クソが・・・・・!」
「貴様が以前からやって来た、数に物を言わせた弱い者いじめと言う奴だ。今更よもや卑怯だなどと蒙昧極まる発言をするつもりではあるまいな?」
二人が再び肉薄した。
爆破が及ぶ範囲は広い。発動型の『個性』である爆豪の意思が、起爆のスイッチとなっている。しかしその起爆の数舜前に手を払いのけられ、見当違いの方向へと爆破を押しやられる。
その都度どちらかがボディーやリバーブローを入れては下がり、ローキックを入れては下がりを繰り返し、倒しはせずとも確実にダメージを蓄積させていく。しかし狙うのはボディーと足だけにはとどまらなかった。前足を入れ替えながら左右のジャブで目を狙う。フリッカーのしなるジャブは顔面のそこかしこにみみず腫れを作っていく。ストレートジャブもガードしようにも防御すると言う気配を活字の様に読み取られては一人に邪魔をされ、ノーガードの顔面をもう一人に好き放題小突き回される。
足は碌に動かない。鼻血が鼻腔の奥で固まっている所為で呼吸もままならない。呼吸する度に罅が入ったあばらが痛む。ジャブも数を貰い過ぎて脳震盪は確実に起こしている。瞼は幸い切れてはいないが、フリッカーによる腫れが酷く、視界はかなり塞がれている。
余力が無い。一人ずつ倒すのが論外である以上まとめて叩き潰すしか無い。爆破で空中に逃げ、二人目掛けて落下ときりもみ回転を始める。両手から交互に放つ爆発で回転スピードを上げて行く。
内容に関係無く、勝負は何が起こるか誰にも分からない。人の力では変えられない物なのかもしれない。だがいつの世も勝者はより深く、大きく笑う。
大きく笑うは、切り札『
「ワン・フォー・オール フルカウル トータルゼロスタイル・シータウェーブ。」
深く笑うは、肺一杯に空気を吸い込み始めた緑谷出久。グラファイトは彼の後ろに立ち、耳を塞ぐ。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
爆弾でも落ちたかのような、鼓膜が潰れる程の轟音は会場を震わせ、放送席のガラス、プレゼントマイクのサングラス、果ては大型スクリーンの液晶にまで罅を入れた。
「BANSHEE SMASH・・・・・」
空中で攻撃態勢に入ったまま自分に向かって飛び込んで来た爆豪は、強化された肺に取り込んだ大量の空気で声帯を震わせた音の砲弾をまともに食らい、そのまま受け身すら取れずに真っ逆さまに落ちてくる。
「WAVE ZERO SMASH」
肩を回して力の波を作り、それを相手に伝える、トータルゼロスタイル唯一の技。ただそれだけなのだが、その一撃は爆豪を進行方向とは真逆に吹き飛ばした。
「ぎりぎり、三分・・・・」
勝てた事は素直に嬉しいが、どういう訳か大して驚くような結果とは思えない。殆ど歯応えが無かったのだ。公の場で爆豪を改めて力で捻じ伏せ、乗り越えるべき過去を乗り越えた。乗り越えればどこかすっきりすると思っていたが、思っていた物と感触が全く違う。
体育祭が始まる前の準備に見せた意気込みは、何だったのだろうか。自嘲の笑みが出久の唇を歪める。今までの競技、今までの一騎打ちで感じていた達成感をまるで感じられない優勝の味は湿気たクラッカーの様に淡白で、尚且つ妙に虚しかった。
緑谷出久のSMASH File
トータルゼロスタイル:出久が編み出した未だ未完成の超攻撃型スタイル。習得したあらゆる技を一つに集約したルール無用の戦法で、基本一対多を想定している。相手を最小限の努力でただ『倒す』のではなく反撃する気力すら霧散させる「完全無力化」を目的としている。その為急所を狙うなど人体の破壊を目的とした攻撃手段が多く、回避、防御すら次の攻撃に繋げる。滅多な事では使わない。
BANSHEE SMASH: 技名こそつけられていないが『刃牙』シリーズの野村/ガイアが使った技。肺一杯に吸い込んだ大量の空気で声帯を震わせ、相手を怯ませるか気絶させる。開けた場所では音が拡散しやすい他指向性を持たせられないので味方や環境も巻き添えにしてしまうなど、様々なデメリットがる為使いどころが難しい。由来はアイルランドの恐ろしい叫び声を持つ妖精、バンシーから。
WAVE ZERO SMASH: 映画Re:Bornで使われるゼロ距離格闘術の基本技、ウェイブ。並の相手ならば触れられた時点で勝負は決しているに等しい。フルカウル状態ならば破壊力は累乗で上がる。
次回、File 37: 手を伸ばそうIt’s Alright!