体育祭が終わってから一日が経過した。昨日の今日で疲れが溜まっている筈だとグラファイトからは授業が始まる明後日まではロードワークと柔軟体操だけでいいと言われた出久は、ベッドから天井を見上げている。久々の二度寝をして今や時間は十一時を過ぎた所だ。
三位は飯田と常闇、二位は魂が抜けたような爆豪、そして一位の自分。メダルを表彰したオールマイトはありきたりな称賛の言葉以外には何も言わなかった。出久の目を見て色々と察したのだろう。
引子は部屋が床上浸水せんばかりの歓喜の涙を流しながら表彰状やメダルを額に入れて飾ろうとはしゃいでいた。自分の事のように喜んでくれている彼女を見て、自分が今程強くなければこれぐらい感極まっていたのだろうなとぼんやり思う。
しかし問題はここからだ。環境が変わりつつある。闇から闇へと身を隠して街を血で汚すヴィジランテの存在が浮き彫りになった。『個性』は不明である為個性登録を洗って身元を割り出す事も出来ない彼の者の標的はヴィランだけでなく、ヒーローすら殺害するか半身不随の目にあわせている。
飯田の兄、インゲニウムもその凶刃にかかった。これでもう何件目だろうか。
「・・・・・虚しい・・・・」
このままではだめだ。これ以上この状態が続けば心も思考も腐ってしまう。とりあえず外に出ようと起き上がると、机の携帯が鳴る。液晶に番号は表示されていたが、名前が無い。
「はい、もしもし?」
『緑谷、轟だ。』
「轟君?何でこの番号知ってるの?」
『麗日から聞き出した。今、時間空いてるか?』
「大丈夫だけど・・・・どしたの?」
『会ってから話す。時間は取らせねえ。』
待ち合わせ場所を指定されて電話はすぐに切れた。不思議に思って首をかしげたが、話す内容に関する事以外の疑問らしい疑問は浮かばず、外出する理由が出来てこれ幸いとすぐに外に出た。
体育祭優勝者という事もあって出久の顔は既に世間に知れ渡っている。せめてこの縮れ毛を隠そうと帽子をかぶり、視線を若干下に向けながら待ち合わせ場所の洋食屋『カンテナ』を目指した。看板こそ一昔前のテレビアンテナが突き出た拉げた空き缶に店名が書いてあるネオンサインと言うなんとも奇天烈なデザインだが、料理は美味いし値段はリーズナブル、音楽も時折従業員の生演奏が聞けると言う事もあり、開店から二か月弱にも拘らず、人気の店としてテレビでも報道されている。
「てここグラファイトが出資したって店じゃん・・・・」
本人にとってはこれも人助けの範疇に入るのだろう。出資金も少しずつだが月極めできっちりと回収している。
「緑谷。」
「あ、轟君。」
「よお。」
轟は小さく会釈をするとついてこいとばかりに店のドアを開けた。来店を報せるチャイムが小気味の良い音を立てる。
「ここなら落ち着いて話せる。行きつけの店が定休日でな。」
「そうなんだ。あの、僕がやっといてなんだけど、怪我大丈夫?」
「鼓膜ならもう完全に治った、心配はいらねえ。それとお母さんに今朝会って来た。あん時は気絶して中途半端になっちまったから、報告はしておきたかった。お前のお陰でそうする決心がついた。ありがとな。」
彼なりの筋を通しておきたいのだろう。当初は何を考えているのか良く分からないと言う印象が強かったが、彼も真面目で家族思いの優しい一面も持っている事を知り、出久は素直に嬉しかった。
「で、お前は良いのか?」
「何が?」
「とぼけんな、爆豪の事だよ。お前らのやり取り見てたら大体想像はつく。腐れ縁並みに長い付き合いの幼馴染で、いじめでも受けてたんだろ?対人戦闘訓練の時も体育祭の時も敵意剥き出しだ、何も無いって方がおかしい。決勝戦は後半しか見てねえが、あの容赦ゼロの戦いぶりは俺も少し肝が冷えたぞ。」
やはり見られていたのか。轟は『個性』なしでも十分タフなのは戦った出久自身が良く分かっている。だが戦いぶりでそこまで割り出されるとは、『個性』が存在しない世界であれば警察官としても十分やって行けただろう。と言うか、そこまで観察されていた事が若干恥ずかしい。
「奴は、弱かったか?」
「・・・・うん、弱かった。多分グラファイトと二対一に持ち込まなくてもほぼノーダメージで勝てたと思う。もう少し時間はかかってたかもしれないけども、結果自体は変わらない。それに、さ、ぼろ負けした相手に会いに行くなんてちょっとね・・・・・」
まあ確かにな、と轟は頷く。
「でも、これからどうしようって思うな。もう僕は何度も彼に勝っている。雄英に行く前、僕は初めて人を――彼を殴ったんだ。一撃で膝をつかせた。入試実技も、僕だけ三桁のスコアを叩き出した。そして今回の決勝戦での勝ち星は決定打になった。それで、もし何か――例えば不登校とかになったらどうしようって思うけども、その反面謝ろうともしない彼がどうなろうが知ったこっちゃないって思う時もある。」
注文したランチセット(出久が温玉のせカツカレー、轟が和風パスタ)が丁度出され、二人は食事をしながらも会話を続けた。
「それだけ積もり積もった因縁があってその上付き合いが長けりゃ無理も無い。しかし今まで通りの関係は金輪際無理だろうな。お前が名実共に
「だから困ってるんだよ。彼に手を伸ばすべきか、もうこれを機に縁を切るか。」
「今すぐ答えを出す必要はねえだろ。向こうの出方次第だ。」
食事は進み、体育祭で戦った時の反省点や格闘技、そして効率的な『個性』の運用などの話をして盛り上がった。轟自身はあまり表情を崩す事は無かったが、目や眉毛の動きで喜怒哀楽を見せて自分なりに楽しんでいる様子だった。
「そもそも、お前はあいつの事をどう思ってる?好きか?」
「いや、好きではない・・・・ね。」
正直なんであそこまで彼を尊敬していたのか、自分の愚かしさが、弱さが嫌になる。あれでもいい所があるとDV夫を庇おうとする女房の様だ。
「じゃあ嫌いなのか?」
出久は言葉に詰まってしまう。別に好きではないが、かといって本当に心の底から嫌いかと聞かれても素直に頷けない。好きだった頃はあった。憧れていた頃はあった。尊敬していた頃はあった。身近にいた、何でも出来た怖いもの知らず。それが幼少の爆豪勝己だった。どれも過去形だがその事実は確かに在った。それらを全て昔の事だと一蹴する事は容易いが、自分の中ではどうも筋が通らない。
「俺がどうこう言えるような事じゃねえ。最終的に決めるのはお前だ。だが必要なら俺を頼れ。俺なりに貸してやるよ。知恵も、氷も、炎もな。」
「うん。その時になったらよろしく、轟君。」
会計を済ませ(出久が割り勘にすると言い張った)、連絡先を交換すると二人は互いに別れを告げた。
「また一人、友達が増えたな。」
だが喜んでばかりもいられない。次の行き先はもう決まっている。保須市だ。腹ごなしにそこの総合病院を目指し、スマホの地図を頼りに出久は走り出した。元々今日はそこに行くつもりだったのだ。
病院の受付でインゲニウム――本名飯田天晴の病室を聞き出し、急行した。途中で廊下を走らない様に何人か看護師に注意されたが、耳に入らなかった。病院の三階にある一人部屋の病室の前にあるソファーに飯田とその家族、そして何人かのサイドキックが屯している。
「飯田君、インゲニウム――お兄さんは?」
「緑谷君か・・・・ああ、兄は無事だよ。幸い一命を取り止めた。」
普段の良く通る覇気に満ちた声が見る影も無い。か細く、昨夜の凶報が今でも信じられない呆けた声だ。
「そっか、良かっ―――」
「取り止めはしたが、走る事は疎か立ち座りの動作、起き上がる事すら自力で出来なくなった。一番深い傷が脊髄にまで及んでいたそうだ。」
上腕のエンジンによって加速する体を動かすのは両脚。それが動かない。つまり引退する以外の道はないのである。もっと多くの人を助けたいのに助けられない。車椅子から見る事しか出来ない。その絶望、悔しさは計り知れないだろう。その夢を奪ったヒーロー殺しに対する怒りは如何ばかりだろう?
兄弟もいない自分には想像もつかない。
「だが、リハビリは一応やれるだけやると言っていた。今のままでも、出来る事は沢山ある。後輩の育成に力を注いで行くと。自分がチームIDATENに空けてしまった穴を埋められるように。ああ、それと、遅れてしまったが体育祭の優勝、おめでとう。やはり君は本当に強いな。気圧されっぱなしだった僕ではとても敵わないよ。」
真面目一徹な性格である以上、作り笑いと空元気が殊更浮き彫りになる。
「そう言うと思って、はいこれ。」
グラファイトが作成した強化トレーニングメニューのノートを差し出した。飯田はそれに手を伸ばして掴んだが、出久はそれを離さず、飯田を見据える。
「元々体育祭が終わった後に折を見て渡すつもりだったんだ。だけど一つだけ約束して欲しい。一人でヒーロー殺しを追うなんて馬鹿な真似はしないって。それを約束してくれるなら、このノートはあげる。約束してくれる?」
「・・・・・悪いが、その約束は出来ない。いくら君でもそれだけは・・・・!」
怒りに声を震わせる飯田は、ノートから手を離した。
「現役のプロヒーローすら簡単にあしらい、殺す事すら出来る相手なんだよ?僕にすら勝てなかった君が、頭に血を上げた状態で勝てる相手じゃない。第一、見つけたとしてどうするの?倒すの?それとも殺すの?」
どちらにしろ犯罪となる。ヒーローのやる事ではない。やってしまえば、その一線を越えてしまえば、全てが終わる。ヒーローとしての道も。次代のヒーローとして受け継がれなければならない、辿るべき
全てが、途絶えてしまう。
「・・・・君は何もするなと言うのか?兄を傷付けた犯人を!君だって爆豪君を――」
「うん。そうだよ。僕はヒーローとしてではなく、僕自身の復讐の為に彼と戦って勝利した。でも、虚しかったよ。何も感じなかったんだ。あの時、僕は努力もしていないし、戦術も練っていなかった。僕はただ勝てた。それだけなんだ。」
飯田や轟と戦った時の方がよっぽど知恵や戦術を要した。爆豪との戦いでやる事は既に決まっていたし、計画を変更する必要すら無かった。心が躍る、刺激や歯応えのある試合とは程遠い。勝利の余韻も達成感も、何も残らなかった。今でも灰のようなその味がしつこく残る。
「僕は一人っ子で家族を危険な目に遭わされた事も無い。その辛さも怖さも知らないし、出来れば知りたくもない。でも復讐の虚しさは君よりよく知っている。経験者として、友達としてヒーロー殺しを探すのはやめて欲しい。折角出来た友達を殺されたくない。」
ノートを飯田の隣に置き、出久は病院を去った。余計なお世話かもしれないが、それがヒーローの本質だ。今の自分に出来るのは手を伸ばすだけ。爆豪との仲をどうするかと同じように、最終的にヒーロー殺しの後を追うか手を掴むかは、彼自身の判断にかかっている。
どちらを取ろうと責められないし、責めるべきではない。
だがもし血に塗れて横たわる飯田とそれを見下ろすヒーロー殺しの姿を見てしまえば、正直どうなるか、どうするのか、出久は見当がつかなかった。だが何をするにしろその『未知』がたまらなく恐ろしい。
願わくば伸ばした手を取ってくれと、出久は祈るしかなかった。
ひとまず家に帰ろうと地図アプリで最短ルートを割り出そうとスマホを取り出すと、液晶に再び電話がかかった。今度は公衆電話からだ。
「はい。」
『出久、俺だ。生憎携帯が無いので公衆電話という物を使っている。今どこにいる?』
「保須市の病院を出た所だよ。飯田君のお兄さんが入院してるから、お見舞いに。」
『どうだった?』
「生きてはいるけど・・・・下半身麻痺でもう現場復帰は出来ないって。あ、でもグラファイトなら――」
『無理だ。』
「どうして!?」
『バグヴァイザーZは複数のタスクをこなす事が出来るが、同じタスクを同時進行は出来ない。インゲニウムを救いたいなら今培養しているオールマイトのデータを全て破棄した上でならば可能だ。生憎これにはデータをセーブするなどと言う都合の良い機能は付いていないのでな。』
「なら・・・・・後なら大丈夫なんだね?オールマイトのデータを100%まで培養し切った後なら、行けるんだね?」
『それならば問題は無い。生きているならば、どうにでもなる。』
「分かった。で、どうしたの?」
『お前の自宅に芦戸を含む1-Aの連中が向かっている。他にいるのは八百万、切島、砂藤、瀬呂の合計五人だ。』
「ごにっ・・・・!?え、ちょ何で!?何故?どうして!?何で僕の家に!?」
『落ち着け、愚か者。友人ならば家に遊びに行くぐらいの事はするだろう。まあお前が留守なのは知らんだろうから、早めに戻る事を勧める。招かれざるとまではいかなくとも急な客だ。』
「何を話せば・・・・・」
『話題なら向こうが提供するだろう。そこで適当に相槌を打って自分の話題も持ち込めば簡単だ。奴らが何をどう話すかなど見当もつかん、臨機応変に対応しろ。』
「お茶菓子は・・・・シャルモンのケーキワンホールがあったから大丈夫か。分かった、すぐ帰る。グラファイトは今何を?」
『ん?ネットカフェでダークウェブに潜って裏通販サイトを崩している最中だが?ブラッディーマンデイという俺が作成したウィルスでパンデミックを起こそうとしている最中だ。』
「うん、オッケー分かった。」
言動がまんまサイバーテロリストにしか聞こえない。
これ以上深く聞いても頭が痛くなるだけだ。まずは帰ろう。
芦戸、八百万、切島、砂藤、瀬呂の組み合わせは特に意味はありません。あんまり出番無いんで出演させてるだけです(笑)。その内常闇君との絡みも・・・・いれようかな?
次回、File 38: Great Teacher 緑谷
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