龍戦士、緑谷出久   作:i-pod男

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File 40: いざ往かん、己を辿るQuest

家に戻った出久の脳味噌の歯車はトップスピードで回転していた。

 

グラファイトと芦戸の言葉で、一気に霧が晴れたかのように心の視界が開けた。数ある新品のノートの内の手近な物を引っ掴み、プリンターに使うA4サイズの白紙を何枚も壁に張り付けて行く。

 

癖となった小声の独り言も普段の倍近くのスピードで口から飛び出て来る。

 

「自己嫌悪・・・・・ストレス解消、被害妄想の拡大、自己肯定感の低さ、柔軟性の欠落、短所だけに注目して長所に目を向けない目的の達成。という事は傷つく事への過剰的な恐怖。対人関係に踏み出さなければ傷つく事も無い・・・・必要な物は先入観の破壊、他人の評価の無視、完璧主義の投棄、不要な比較の廃止・・・・」

 

一つの『何』が二つの『どうして』に、二つの『どうやって』が四つの『何故』に、質問が更なる質問を呼び込む。

 

口が回るのとほぼ同等かそれ以上のスピードで紙面をペンが走った。角や端に少しばかり字がはみ出ようが構わない。とにかく今は書き続ける。考え続ける。それが強引でも今の自分に出来る精一杯の内省なのだ。

 

夕飯の支度が出来たと告げる母の言葉も、携帯のメッセージ通知の音すら届かない程の思考の深海に出久は潜っていった。紙が足りなくなればまた新たな紙を壁に、窓に、本棚に張り付け、ノートのページや表紙の内側が埋まれば新しい物を開いては書き続ける。インクが切れれば次のペンを、ペンが切れればシャーペンを、シャーペンが切れれば鉛筆をと、ペースは落ちるどころか更に上がる。

 

思考の全てを吐き出し終わった頃にはもう夜が白々と明け始めており、出久も頭痛がしていた。脳を酷使してオーバーヒートを起こして出た鼻血を舐め取ってティッシュで拭い去り、シャワーを浴びて着替えた。

 

「・・・・・眠い・・・!」

 

それもそのはず、夕食も口にせず、一睡もせず二十時間を軽く超える猛烈な内省を続けていたのだ。未だ肉体的に未成熟な分、余計に苦しい。一日ゆっくり休養するつもりが(当然収穫はあったが)裏目に出てしまった。

 

とりあえず学校に行く準備だけはしておき、自室の扉に母への詫びと感謝のメッセージを張り付けて学校に向かった。小糠雨を降らせる淡い灰色の雲に覆い尽くされた空を見て、出久はいつもより走るペースを上げた。スマートフォンで天気予報を確認したところ、降水確率はそこそこ低かったのだが、時間が経つにつれ見る見るうちに雲の色が濃く、暗い灰色へと変わってきて、雨足も強くなり始めている。

 

途中でコンビニに立ち寄り、眠気を吹き飛ばせるほどにミントの味が極めて強いガムを購入した。鼻と口から冷たく感じる空気を這い一杯に吸い込み、それが脳を突き抜ける。

 

「お、兄ちゃん試合見てたぜ!優勝おめでとう!」

 

「俺も応援してるぜ。良いヒーローんなれよ。」

 

人の往来が多くなるにつれ写真を取られたり声をかけられたりして大変だった。やはり帽子か何かを持ってくるべきだったと今更ながら後悔したが、

 

交通費削減の為に電車を使わず徒歩で登校する出久はいつもより少し早めに家を出た為、いつもより十分ほど早く雄英に来ていた。

 

「おはよう、緑谷君!」

 

良く通る、年齢の割に威厳のこもった挨拶が後ろから聞こえた。飯田だ。緑の雨合羽にクリーム色のゴム長靴を履いてこちらに向かって走ってくる。相変わらず重心がブレないランニングバック並の綺麗なフォームだ。

 

「飯田君・・・・ってそんな急いでどこ行くの?!ここからだと歩いても予鈴十分前に余裕で着くよ!」

 

抜き去っていく飯田の背中に向かって叫ぶ。

 

「それでいいのだよ!雄英の生徒たるもの、十分前行動を心掛けずしてどうする!」

 

その場で足踏みしながら出久を窘める。

 

「昨日はいらぬ心労をかけてしまって申し訳なかった。兄の事なら心配無用だよ。」

 

嘘だ。自分がついて来たのと同じ経路の物だから分かる。不自然なまでに明るい溌溂とした声と振る舞いには既に罅が入っているのが見え見えだ。雨合羽を持った手には必要以上に力が入り拳の頭が白くなっているのだ。嘘をつき慣れていない飯田の仮面から、僅かながら怒りや悲しみ、憎しみの感情を感じ取れる。

 

何よりわざわざ重体の兄の事を持ち出している時点で、自分から気を逸らそうとしているのが見え透いている。

 

 

 

 

 

教室では未だ体育祭の興奮の余韻が冷めやらぬ状態で小学生に通学中ドンマイコールをされた瀬呂、普段の倍以上目立っていた芦戸などが口々に話していた。しかし、二十人いる筈の教室に一人だけ姿が見えない。自分の正面に座る爆豪だ。

 

風邪だろうと怪我だろうとそれを押してでも通学する性格の持ち主である彼が、欠席している。それだけの決定的な勝利を収めたのだから無理からぬことではあるが。しかしそれでも心配せずにはいられなかった。昼にでも爆豪家に電話の一本も入れておこうと念頭に置いておく。

 

「おーっす緑谷チャンプ!」

 

「ちょ、やめてよチャンプって・・・・・通学中先々で言われたんだから‥‥」

 

「ほんとの事だからいいじゃねえか別に。朝刊にも動画サイトにも載ってんだぜ、お前の戦い。」

 

それを聞き、出久は僅かに顔を顰めた。新聞に載るぐらいはまだいいが、問題は動画サイトだ。爆豪の無礼、傍若無人極まる言動の数々を快く思わない連中は決して少なくない。そしてネットにアップされている以上、彼の目に触れるのも時間の問題だ。彼に対する誹謗中傷のコメントも間違い無く書き込まれている。

 

「緑谷ちゃん、大丈夫かしら?まだ疲れが抜けてないの?」

 

「大丈夫だよ、あす・・・・梅雨ちゃん。疲れはまだ抜けてはいないけど、今日ぐらいは乗り切れるから。」

 

始業のベルが鳴った瞬間、バリアフリーのドアが開き、相澤が入室した。

 

「おはよう。」

 

「おはようございます!」

 

「今日のヒーロー情報学は少し特別だ。」

 

特別。そのたった一つの単語で、一気に教室に緊張が走った。相澤のシビアさは今や嫌という程身に染みている。今日は一体どのような無理難題を吹っかけて来るのだろうか。ヒーローの法律に関する小テストか?災害状況における分析とそれに見合う適切な措置か?

 

全員が身構える中、相澤が口を開いた。

 

「コードネーム。即ち、ヒーロー名の考案だ。」

 

「胸膨らむ奴が来た――――――――!!!」

 

一瞬にして色めき立ったが、相澤の『個性』を用いた一睨みでほぼ同等の速度で鎮火した。

 

「これは、先日話したプロヒーローのドラフト指名に関係している。指名が本格化するのは経験を積んで戦力として数に入れられる、二、三年から。つまり今回一年のお前らに来た指名は、将来性に対する個人的な興味に近い。だがその興味が削がれたら一方的にキャンセル、なんてケースもざらにある。」

 

「大人は勝手だ・・・・」

 

峰田が拳で机を叩きながら呟いた。

 

「でも、つまりそれは頂いた指名がそのままハードルになるって事ですよね?」

 

葉隠の言葉に相澤は無言で首肯した。懐からリモコンを取り出し、黒板に向けてボタンを押した。

 

「で、その指名の集計結果がこうだ。」

 

横棒グラフが黒板に投影され、その隣に生徒の名前と来た指名件数の正確な数字が多い順にトップ十人が映し出された。

 

案の定というべきか、三巨頭は出久、轟、そして不在の爆豪の三人だった。多少差はあれど、三人共指名件数は三桁を優に超えていた。出久に至っては四捨五入すれば五桁にも届く。

 

「例年はもっとバラつきがあるが、今回はこの三人に注目が集中した。」

 

「っかぁ~~~・・・・・白黒ついちまった・・・・・」

 

「見る目無いよね、プロ。」

 

上鳴、青山はそれぞれ天を仰ぎ、ふてくされた。

 

「緑谷が一位なのはこの際当然として、二回戦敗退の轟が二位の爆豪を抜くって・・・・」

 

「辞退した僕が言うのもなんだけど、あそこまでのワンサイドゲームだと仕方ないんじゃないかな。二回戦敗退とは言え、緑谷との一騎打ちで互角以上に渡り合えたのは轟しかいなかったんだし。」

 

「親の七光りも、ファクターの一つだ。」

 

忌々しそうに顔を顰めて轟が吐き捨てた。

 

「この結果を踏まえて、指名の有無に拘わらずお前達は近日職場体験に行ってもらう。USJでお前らは一足先にヴィランとの戦闘を経験してしまったが、プロの活動を実際に間近で見て、訓練により実りを持たせようって寸法だ。」

 

それ故に、一限目からいきなりヒーロー名の考案というお題が相澤の口から出たのだ。

 

「まあ、考案と言ってもあくまで暫定的な名前だ。適当な物は――」

 

「後で地獄を見ちゃうよ!!」

 

再びバリアフリーの扉が開き、鞭と過激なSMコスチュームに身を包んだミッドナイトが刺激の強い体付きを強調しつつ入室した。

 

「学生時代に付けたヒーロー名が世に認知され、そのままプロ名になってる事が多いからね。」

 

「故に、しっかり吟味し、イメージを固める事を進める。」

 

「え、グラファイト!?」

 

いつの間に手に入れたのか、スリーピーススーツに身を包んだグラファイトが彼女に続いて入室した。

 

「校長からの提案でグラファイトには雄英の臨時スタッフとして出入りする事になる。当然守秘義務はあるから、機密事項を聞き出そうとしない様に。ネーミングセンスはミッドナイト先生とグラファイトの二人に査定してもらう。将来自分がどうなりたいか、名を付ける事でイメージが固まり、それに近づいて行く。それが名は体を表すって事だ。オールマイト、とかな。」

 

ホワイトボードと水性ペンが配られ、ヒーロー名考案が始まった。査定はミッドナイト一人がやる為、自分がすべき事はやったとばかりに相澤は寝袋を取り出して潜り込み、壁にもたれかかりながら目を閉じた。

 

「出来た人から発表して行ってね。」

 

再び、相澤が『特別』という言葉を使った時同様、クラスに多大な緊張が走った。発表形式という事は自分のネーミングセンスがミッドナイトだけでなく、自動的にクラス全員に査定されるという事だ。肝試し以上に度胸がいる。

 

「じゃ、僕が行くよ!」

 

体育祭でも一回戦敗退の憂き目に遭った青山はトップバッターを名乗り出た。

 

「輝きヒーロー、『I cannot stop twinkling』!略して、『キラキラが止められないよ』!」

 

「短文じゃねえか!最早名前ですらねえわ!」

 

「ここはIを取って、cannotをcan’tに省略した方が噛みにくいわね。」

 

「それでいいなら俺は止めんが、ネーミングセンスだけで言えばゼロを通り越してマイナスだな。」

 

「んじゃあ次アタシね~~!リドリーヒーロー、『エイリアン・クイーン』!」

 

「2!?血が強酸性のアレ目指してるの!?やめときなって!」

 

「威圧のある良き名前だが、お前の性格は女王というよりじゃじゃ馬の姫だ。もう一捻り加える事を勧める。」

 

「ちぇ~~・・・・」

 

割と気に入っていたのか、即効ミッドナイトに却下されて落胆した芦戸はしぶしぶ席に戻った。

 

最初の二人のせいでヒーロー名の発表が大喜利の様になってしまっている。これ以上誰かが名前にとんちを利かせる様な下手を打ってしまえば本来の目的から脱線してしまう。

 

しかし、その空気を打ち破ったのは蛙吹梅雨だった。提示した名前は、『梅雨入りヒーロー FROPPY』。小学生の頃から考えていた名前らしく、自信はある様だ。

 

「可愛いわ!!覚えやすく親しみやすい!皆から愛されるお手本のようなネーミングね。花丸満点、あげちゃうわ!」

 

「うむ。ビジュアルから言えば威圧より友和を強みとするお前にはうってつけの名前だ。そのままプロデビューまで十分使える。」

 

大喜利の空気を見事に破壊してくれた彼女を称え、教室にはフロッピーコールがしばらく続いた。

 

「じゃあ俺も!剛健ヒーロー、烈怒頼雄斗!」

 

「赤の狂騒・・・・漢気ヒーロー クリムゾンライオットのリスペクトね、これは!」

 

「そうっす。大分古いけど俺の目指すヒーロー像はクリムゾンそのものなんで。」

「なるほど、あの男か。古き良き時代のヒーローとはいい着眼点だ。しかし憧れの名を背負うという事は、相応の重圧が付きまとう。精々押し潰されぬように精進する事だ。」

 

「望むところっす。」

 

そんな調子でどんどん考案された名前が発表された。ヒアヒーローイヤホン=ジャック、触手ヒーローテンタコル、テーピンヒーローセロファン、武闘ヒーローテイルマン、ピンキー、スタンガンヒーローチャージズマ、ステルスヒーローインビジブルガール、万物ヒーロークリエティ、漆黒ヒーローツクヨミ、モギタテヒーローグレープジュース、ふれあいヒーローアニマなど、名が体を表すシンプルな物からもじりを入れた名前が様々あった。

 

そして麗日もウラビティと言う洒落た名前を見せ、残るは欠席の爆豪を除けば飯田、出久、そして轟の三人だけだ。

 

「緑谷、まだ整ってなかったら先に行くがいいか?」

 

「うん、どうぞ。」

 

「ヒーロー名、アブソリュート。」

 

「おぉ~~、シンプルだけどカッコいい!!『絶対』の信念も感じられるわね。うん、合格!」

 

「同感だな。単純ながらも絶対熱と絶対零度、『個性』である炎と氷の繋がりもある為由来の奥が実に深い。てっきり和のテイストを強調した名になるかと思っていたが、いい意味で期待を裏切られた。そのままプロとして使っても構わんぞ。」

 

続いて飯田は自身の名、天哉と書いて見せた。無表情故に心境は窺い知れなかったが、本人はこれで良いと押し通し、ミッドナイトもグラファイトもそれ以上は何も言わなかった。

 

「さてと、最後は大トリの緑谷君、しっかりと決めちゃいなさい!」

 

「はい。龍戦士、ドラゴン・デクリオン。通称DD。」

 

「ドラゴンは分かるけど、デクリオンて何?」

 

「古代ローマ軍の最小集団である歩兵八人の命を預かる人の事です。それに僕とグラファイトを合わせて丁度十人。まだ日本に軍隊があった頃は一人十殺なんて物騒な事を言っていた時代がありましたけど、今の時代に合わせるなら、一人十衛。僕とグラファイトを含めて、初心を忘れず、まず十人の命を確実に救えるようにと。」

 

おお~~、とクラスがその名の由来とその深さに納得し、どよめいた後に拍手が上がった。

 

「文句ナシの大トリね。」

 

「それに加え、蔑称のデクという言葉が入っている。進んでそれが入る言葉をヒーロー名に選んだという事はまた一つ成長したと言う証拠に他ならない。見事なネーミングセンスだ。共に戦う時は俺もそう名乗ろう。」

 

 

 

 

 

「緑谷、今いいか?」

 

昼に食べたカツ丼の食器を返却口に置いて教室に戻ろうとした所で出久は轟に呼び止められた。

 

「轟君?どうしたの?」

 

ついてこいと目配せして足早に教室に向かう轟を出久は慌てて追った。

 

「お前が変身する時に使っているあのゲームソフトみたいな装置、ガシャットと言ったか。」

 

「ああ、うん。それがどうかしたの?」

 

「単刀直入に言う。俺のガシャットを作って欲しい。」

 

「え?ちょ・・・・ちょっと待って。誰からガシャットの事聞いたの?」

 

「ただの勘だ。USJで変身した時、見た目が変わっただろう?見た目は飯田に似てる所があった。方法は知らねえけどあいつ自身がいなきゃ出来ねえと思ったが、大当たりだったみたいだな。」

 

カマをかけられたのか。してやられたと出久は目をきつく瞑り、小さく息をついた。

 

「そうだよ。ガシャットは特定の人の生体データを元に作ってる。でも何で新しいガシャットが必要なの?使えるのは僕かグラファイトの二人だけなんだよ?」

 

「ヴィラン連合に加えて、ヒーロー殺しが出てきた以上、戦力増強は必要だ。だが誰でもいいってわけじゃねえ。お前なら、預けられる。俺を救ってくれたお前なら。もし俺の力が近いうちに何かの形でお前の助けになるなら、それをさせてくれ。頼む。」

 

深々と上体を折った轟を見て、出久は迷った。ここでイエスと言うのは簡単だ。グラファイトもまたしばらく自由が利かなくなると文句は言えども、反対はしないだろう。しかし出久は正直言って乗り気ではなかった。

 

というのも、ガシャットは研鑽や訓練などで会得する力や技ではない。他人の生体データを元に新たな自分の力の源を生み出しているだけだ。そんな安易な方法で強くなる事を出久はよしとしたくなかった。

 

しかし、轟の言う事も筋が通っている。使える力は持っているだけでは意味が無い。使うからこそ意味があるのだ。

 

「まずグラファイトと三人で話そう。バグヴァイザーは元々彼の物だから、断り無く勝手な事をする訳には行かないんだ。」

 

「まあ、当然だな。ありがとう、緑谷。ヒーロー名、良かったぞ。」

 

「轟君のも重みがあって凄くカッコよかった。」

 

互いに穏やかな笑みを浮かべていたが、それがどうにもおかしく、二人揃って大声で笑い始めた。奇妙な友情で結ばれているが、友情に変わりは無い。

 




ヒーロー殺し編突入までもう一話だけ挟みます。

次回、File 41: 絶望の淵から、Take Me Higher

SEE YOU NEXT GAME.....

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