龍戦士、緑谷出久   作:i-pod男

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何時までも守りたい~その微笑みを♪


Level 4: 血風
File 41: 絶望の淵から、Take Me Higher


「何でここなの?」

 

「教室は普通にアウト、流石に屋上や廊下じゃ目立つし、グラウンドとかは先生の許可がねえと入る事すら出来ねえからな。苦肉の策って奴だ。」

 

「だからってトイレでやるのはなあ・・・・・・」

 

「別に時間はかからん。しかし、お前の観察眼は中々侮れんな。自力でガシャットの生成に辿り着くとは。だが今はまだ作るわけにはいかない。」

 

グラファイトの言葉に出久は目を丸くし、轟の眉間の縦皺が深まった。

 

「え・・・!?」

 

「勘違いするな、轟。別に貴様の覚悟を疑ってはいないし、理由もしっかり筋を通している。作る事自体に反対しているわけではない。だがしかし、今のお前のコンディションのデータを採取してガシャットを作った所でクォリティーの面に問題が生じる。」

 

「クォリティー・・・・問題は左の炎、か。」

 

グラファイトは頷いた。

 

「理解が早くて助かる。そう、貴様は左を使いこなせていない。個人的な理由で使う事を怠った。つまり鍛える事を怠ったという事になる。炎はプラズマである以上氷の様な固形ではなく、不定形である故に扱いにくいが、それでも技の巧さは底上げして貰わねばならん。粗悪なガシャットは、出久の命を縮めるどころか、奪う可能性さえあるのだからな。」

 

プロトドラゴナイトハンターZは既にグラファイトに馴染んでいるため負担や副作用などが出久にフィードバックされる事は無いが、他のガシャットとなれば話は別だ。

 

おまけに出久はバグスターではない。正規版のガシャットと違い、もしプロトガシャットが出来てしまいそれを使う事を強いる状況に陥ってしまえば、その都度寿命を削りながら戦う事になる。仮面ライダースナイプ―――花家大我の様に。その可能性は出来る限り避けて通りたい。

 

「確かにな。分かった。」

 

だが、と立ち去ろうとする所でグラファイトが轟を呼び止めた。

 

「お前だけ筋を通させるのも俺の沽券に関わる。右手を出せ。」

 

轟は言われた通り右手を差し出し、グラファイトはバグヴァイザーの銃口を手の甲に押し付けた。一瞬針で刺される痛みを感じてその不快感に僅かに顔を顰めたが、軽く手を振って流してしまう。

 

「これでガシャットを作れるのか?」

 

「一つだけだがな。」

 

「一つだけ?グラファイト、それどういう事?原則ガシャットは一人一個しか・・・・」

 

「こいつには他の奴らと違い、『個性』が二つある。したがって、ガシャットも論理上二つは作れる。扱い慣れた右の氷のデータを元にまず一つ目を作り、左の扱いに改善が見受けられれば二つ目も作る。今の俺に出来る最大限の譲歩だ。」

 

更に轟の為のノートを懐から取り出し、鼻先に突き出した。

 

「十分筋は通してる。悪いな、無理言って。職場体験、頑張れよ。」

 

「轟君もね。」

 

冷静な見た目がデフォルトだが、出久は体育祭を通して知っている。轟の心の奥底は炉心の様な熱い闘志を秘めていると。業界からは引く手数多だろうが、ノートを受け取った彼がどの事務所に足を運ぶのか、九割方予想はついている。

 

「所でグラファイト、臨時スタッフってどういうこと?何をどうしてそうなったの?いつの間にそんな事になったの?」

 

トイレを後にし、出久は今朝のヒーロー名考案の際に相澤が言った臨時スタッフの事を尋ねた。

 

「校長直々のオファーでな。どうやら俺が休日中お前と別行動している時の活動がSNSやブログなどで拡散したのを見たらしい。『個性』で俺がすぐ近くに立っている公衆電話に連絡を入れて、今までに無いタイプだから是非雄英で手を貸してくれないかと誘われた。」

 

「何それ怖い。」

 

根津の『個性』は動物だてら並みの人間を遥かに凌駕する知能指数であり、彼からすれば紅茶を入れるぐらい容易い事なのだろうが、それがたった一人(というか一匹)に備わっていると言う事実に、出久は薄ら寒さを感じた。

 

「で、具体的には何をするの?」

 

「USJでの一件以来、雄英の生徒を守る能力に疑いの眼差しが向けられているから、主にその対策だ。キャンパスのセキュリティープログラムを今朝の内に一新して穴をパッチとファイヤーウォールで塞ぎ、サポート科に防犯装置各種の開発も突貫で頼んでいる。後は校外で行われる活動の計画書見直し、職場体験で指名が来なかった生徒が選択する事務所のデューデリジェンス及びリスト作成だな。」

 

「臨時スタッフって言う割には結構重要な事任されてる‥‥!!」

 

「誰もやりたがらない事を顔色一つ変えずにやり、言いたがらない事を遠慮なく言える人材は稀だからテコ入れが必要な箇所があれば校長に一度通して許可が下りればご随意にと言われている。余程の越権行為をしなければ制約はほぼ皆無だ。」

 

臨時スタッフの身分でありながら下手をすれば教頭並みの権限を手にしたグラファイトを見て、出久は唯々恐れ入るしかなかった。

 

「では帰るか。」

 

「え、良いの、帰っちゃって!?」

 

「臨時スタッフだからな。それに今日は初日だし、俺はお前の『個性』だ。指名が来た事務所の精査もいくらヒーローに関する知識が人の十倍あったとしても一人だけでは無理だろう。お前の母親にもいい加減説明しなければならない。俺がどういう存在なのか。」

 

「あ・・・・・」

 

そう。出久は未だにグラファイトがどういう存在なのか、母に全て話してはいない。人の姿に変わる事や、ここ数年彼がして来た事も、何一つ話してはいなかった。隠すつもりは無かったと言えば言い訳になってしまうが、やはり話した後の彼女の反応が気がかりでどうしても全て話す事に半歩足を引いてしまう。いくら心が広い性分の持ち主とは言えその広さにも限度という物がある。

 

早々とその限界地点に到達してしまうのではないかと、出久は気が気でならない。

 

「ごめん・・・・・・なんか、色々忙しかったから全部きっちり説明するの忘れてた・・・・」

 

「まったくお前と言う奴は・・・・・かなり抜けているな。頭の回転は速いくせに。」

 

「グラファイトだってここ数年は何も言わなかったじゃないか!」

 

「馬鹿者、あれはお前の母親だ。お前が説明するのが当然だろう。お前がまごついた時や俺が説明すべき個所はしっかり受け持つが、お前の役目である事が大前提にある。俺はお前の『個性』だぞ?」

 

言い返せず、出久はため息をついた。この調子ではスパーリングだけでなく言い争いでグラファイトに勝つ事は遠い未来の事になりそうだ。

 

やる事も考えるべき事もたっぷりある。

 

「グラファイト、皆がどこに職場研修に行くかって言うのは知ってるよね?」

 

「全員ではないがな。麗日はガンヘッド、切島はフォースカインド、蛙吹はセルキー、轟はエンデヴァー、そして飯田の奴はノーマルヒーロー、マニュアルの事務所に決めたそうだ。保須市の、な。」

 

「やっぱりそうか・・・・」

 

予想していなかった訳ではないが、やはり改めて聞くと心が痛い。以前の自分と似た状況に飯田が立たされているからだ。否、この場合は彼の方がもっとひどい。何せ家族を半身不随の目に遭わされ、ヒーロー生命を絶たれてしまったのだから。人として死んでいなくとも、ヒーローとしてのインゲニウムは間違い無く殺害されてしまった。

 

ヒーローと人間。どちらでもあるが、どちらかの道しか選択できない。飯田もまた出久と同じ人として当然の道を選択したが、ヒーロー殺しへの怒りに任せてされた物だ。今回ばかりはヒーローとしての道を選択して欲しかったと言うのが出久の本音だ。

 

同年代の学生ならまだしも、相手は事前にターゲットを研究し尽くした上で相手を確実に追い詰め、傷付ける事に呵責など感じない冷酷な殺人マシーンだ。ノートを渡したとはいえ現役ヒーローを十七名殺害し、更に二十三名を再起不能にする手練れに彼が一騎打ちで勝てるわけが無い。

 

「私が独特の姿勢で来た!!」

 

廊下の突き当りを曲がろうとした所で上体をほぼ九十度に曲げた状態のオールマイトが飛び出してきた。

 

「うぉおぅ!?ど、どうしたんですかそんなに慌てて。」

 

「ちょっとおいで。」

 

二人は屋上までオールマイトについて行った。既に敷地内からかなりの数の生徒が三々五々帰途についており、ほとんど人影が無い。

 

「単刀直入に言おう。君にはたくさん指名が来ている。で、もう一つ遅れて指名が来た。グラン・トリノという、一年間だけ雄英の教師をしていたお方であり、当時の私の担任だった。」

 

「デューデリの手間が一つ増えるだけの事だろう。そんな些末な事を伝える為に呼び出したのか?」

 

「彼は、ワン・フォー・オールの事を知っている。その事で緑谷少年とグラファイトに声をかけたと言って良い。」

 

「知っているという事は、お前の師匠であり志村奈々と関係があるという事か。しかしそれだけ昔のヒーローならば、今はもう老いて引退していてもおかしくはない。何故そんな奴が指名を?まさかワン・フォー・オールを使いこなせているか品定めをすると言う訳ではあるまい?」

 

「い、いや・・・・・その通りかもしれない。」

 

ピキリとグラファイトのこめかみに青筋が浮かんだ。

 

「ほう。偉く足元を見られたものだな。」

 

「い、いや、決して君達の力を疑って指名して来たわけではない筈だ。しかしあの時後継者が出来たと話してからこうするつもりだったのか‥‥?いやそれとも私の至らない指導に目も当てられずに重い腰を上げて来たとか・・・・・敢えてかつての名で指名して来たという事は・・・・怖ぇ、怖ぇよ!震えるなこの足め!!」

 

学生時代のトラウマか何かが蘇ったのか、巌の様なマッスルフォームのオールマイトが恐怖に全身を打ち震わせ、笑い始めた膝を叩き始めた。

 

「・・・・・オールマイトが、ガチ震いしてる・・・!!」

 

「と、兎に角、君を育てるのは私の責務なのだがせせせせ折角のご指名なのだから、存分にしごかれてくくくるっくるっく・・・・・」

 

最早まともに喋る事すら出来ない程の精神的な追い詰められた様は出久の心を一気に不安で満たした。オールマイトすら恐怖する程のヒーローとは、一体如何なる存在なのか?

 

「ほう、オールマイトの担任か。面白そうな相手ではないか。出久、喜べ。指名して来た事務所のデューデリの手間がたった今省けたぞ。行先はグラン・トリノに決定だ。」

 

「うん、分かった。グラファイト、先に帰っててくれるかな?ちょっとオールマイトに話したい事があって。」

 

オールマイトが差し出した指名先の情報を書いたメモを受け取って無言で頷き、別のメモを渡すと、グラファイトは去った。屋上のドアが閉まったのを確認した所で出久は口を開いた。

 

「私に話・・・・察するに、爆豪少年の事だね。」

 

「はい。あの時、僕は勝っても全然嬉しくなかったです。」

 

「うっすらとだが気付いてはいたよ。今の君と彼とでは、力の差が開き過ぎているからね。今日は欠席だったそうだが、よほど君に負けた事がショックだったのだろうな。」

 

傍若無人に服を着せたような人間。しかしヒーローとして超えてはいけない一線は越えない。激情家に見えて冷静というか、みみっちい。だが能力だけ見ればずば抜けている。爆豪に対するオールマイトの評価はそんなものだった。

 

そして一度、二度、三度と彼が敗北する様を通して、唯一彼を支えているプライドに罅が入り、遂に崩れて行くのが見てとれた。

 

「倒した僕が言うのもなんですけど、彼は大丈夫なんでしょうか?昨日、彼の家に電話して謝ったんです。でも、逆に感謝されたんですよ。自分より強い人間はこの世にごまんといると、身の程を知らせてくれてありがとうって。」

 

「私にも分からない。彼は実力とそれに対する絶対的な自信が打ち砕かれたのだ。それも彼は人生で君に連敗するまで挫折した事が無いと聞く。挫折に対する慣れが無いまま成長し、自尊心が肥大化してしまった彼が立ち直るにはかなりの時間を要すると思う。」

 

「君は爆豪少年の家人に礼を尽くした。なら今度は爆豪少年に礼を尽くし、立ち直るのは彼自身に任せるべきだ。違っていたら訂正してくれて構わないが、君は別に爆豪少年を心の底から憎んでいた訳ではないのだろう?」

 

「はい。そう、ですよね・・・・・」

 

「罪悪感を感じるのは分かる。君はそれだけ優しい心の持ち主だ。だが、優しさは時に傷つける事もあるんだ。それを忘れないでくれ。」

 

「はい。話は、もう一つあるんです。体育祭で優勝した時、僕は勝てて良かったと思えませんでした。グラファイトは強さを知って日が浅いのが原因だって言ってました。強くあるという事がどんな意味を持つのか、自覚がまだ薄いって。」

 

「なるほど。確かにね。弱さを知っているから強くなれると言う言葉は間違ってはいないが、致命的な穴がある。強くなれると言うのは間違い無いが、その強さを恐れ、弱いままでいいと思う物も少なからず存在するからね。強くあるという事は、その強さの使い方、強さの在り方を損なわぬように自らに制限をかけるという事になる。君は、迷っているんだね。自分がどんなヒーローになりたいのか。」

 

「だから、昨日の夜から寝ないでずっと考えてたんです。僕はこれからどうあるべきか、どうありたいのか。」

 

これが証拠だと、リュックからノートを取り出して見せた。

 

それを受け取り、オールマイトは慎重に一ページずつに目を通した。時に書き綴られ、時に書き殴られた文字は、出久が存在を自覚した、心の奥底に巣食う闇を集約した物だ。ページを捲るその都度、眉間の皴が深まっていく。

 

これほどまでに深く、重い物を背負い悩み続けて来たのか。これほど世論に雁字搦めにされ、崖っぷちに追い詰められた状況から死に物狂いで巻き返して、未だ折れずにここに立っているのか。もし誰かが不用意に何か心無い言葉をぶつけていたら、自傷や不登校、最悪自殺を図っていたかもしれない。

 

強いという事を知らない?これで?とんでもない。これほどまでに逆境をバネにしてここまで這い上がってきた雄々しき強者を、オールマイトは見た事が無かった。

 

「緑谷少年。これを読んで、私は改めて君に謝らなければならない事に気づかされた。君は、物心ついた時から崖っぷちでギリギリ踏ん張っていた。初めて君に出会ったあの日、私は君を殺していたかもしれない。もしグラファイトがいなければ、私の言葉はその崖っぷちから奈落へと突き落とす引き金になったかもしれない。事情を知らなかったから、などとつまらない言い訳はしない。未来ある若者の夢を否定し、生きる希望を奪おうとしたのは他ならぬ私だ。本当に申し訳なかった。」

 

トゥルーフォームに戻ったオールマイトは跪き、コンクリートに額を擦り付けて詫びた。情けない。なんと情けない。何が平和の象徴だ。燃え盛るビルから二十人救出出来た所でボロボロになった少年の心一つ癒せないで、何がヒーローだ。

 

「あの時オールマイトが僕の言葉を否定してくれなければ、今の様に強くはなれませんでした。だから大丈夫です。自覚は無かったかもしれませんけど、あの時確かに僕はオールマイトに試練を課せられました。夢も現実も相応に見た上で、憧れのヒーローの否定を覆すと言う試練を。だから、謝らないでください。今は確かにまだ迷っています。でも僕はいつか絶対自分自身が納得出来る、僕だからこそなれる、自分が好きになれるヒーローになって見せます。」

 

差し出された出久の手を見て、オールマイトは目頭が熱くなるのを感じた。駄目だ。ここで涙を見せてしまっては色々とおしまいだ。

 

やはり、人選を誤ってはいなかった。

 

「素晴らしい答えだよ、緑谷少年。私もまだまだ勉強が足りないな。また何か相談事があればいつでも連絡してくれたまえ。戦闘に関してはグラファイトがいるが、ヒーローとしての経験やその他の相談ならばいくらでも乗る。ヒーローは助け合ってなんぼだからな。HAHAHAHA!」

 

「その時は宜しくお願いします。」

 

出久の手を掴んで立ち上がり、笑った。出久もそれにつられて大声で笑った。

 

「では、そろそろ君も帰りたまえ。グラファイトが待っているだろう。職場体験、頑張れよ。」

 

「はい、失礼します。」

 

出久が去った所でグラファイトに渡されたメモ用紙を開いた。70とだけ書かれている。

 

「残り三割か・・・・・間に合えばいいのだが・・・・」

 




次回、File 42: 職場体験、Let’s challenge!

SEE YOU NEXT GAME.......

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