職場体験当日の朝、グラファイトと出久は早めに1-Aの教室に来ていた。
「予想以上にすんなり受け入れられたな。」
「そこは僕もちょっと意外だった。でもよかったよ、母さんがグラファイトの事怖がらなくて。と言うか結構受け入れてたよね。」
「怖がられるような事はしていないが?」
「眼付も変身した時の姿、十分おっかないよ。場合によっちゃヴィランに見えるヒーローランキングで上位取れるぐらいには。」
「まあ何はともあれ、これでお前の名義で新たな銀行口座を幾つか開く事が出来た。現金を隠し切れなくなってしまっていたから困っていたのだが、ようやくこれで問題が解決した。」
「ああ、うん・・・・あれは母さんもびっくりしてたよ。」
グラファイトの手腕で着実に増えていた現金は最早出久の部屋だけに隠しきれるほど少なくなかった。それを見て引子も二度卒倒し、半分はくれてやると言うグラファイトの言葉に再三意識を持って行かれたが、流石に多過ぎると断り、協議の結果全体の30%だけを必要な所に充て、使わなかった分は手持ちの口座に均等に振り分ける事を落としどころにした。
二割は出久名義でグラファイト専用の口座を二つ開き、そこに半分ずつ貯金した。残りの半分は一割ずつ適当な募金やヒーロー育成機関に匿名で寄付し、ようやく大金の存在を心配せずに生活できる、と出久は安心した。
実際は後三千万程の現金が出久の部屋のどこかに隠されているが、この隠し金の事はグラファイトしか知らない。
「グラントリノって、どんなヒーローなの?」
「ヒーローとしての知名度は皆無と言える。盟友である七代目、志村奈々の意思を汲んでオールマイトを鍛える為に資格を取っただけらしいからな。奴の怖がり具合から妥協無しの実戦重視なのはまず間違い無い。『個性』はジェット。吸い込んだ空気量に応じて足の裏からジェット噴射で屋内外問わず高速移動が可能らしい。若い頃は短時間とは言え飛行も可能だったとか。」
「盟友って事は、やっぱり知ってるのかな。オール・フォー・ワンの事。」
「間違い無く知っているな。戦った事もあるはずだから、引き出せる情報は全て引き出しておけ。」
「引き出しておけって・・・・・・グラファイト、来ないの?職場体験。」
無言で首肯するグラファイトを見て、出久は少しばかり寂しくなったが、グラファイトの性格を誰よりも分かっているからこそ不参加の理由も分かっていた。
立てなくなれば何時だって彼はやってくるだろうが、自分の脚で立てる間は、自力で出来る事がある間は自分で立つべき。それが戦士としての誇りであり、義務であり、ケジメなのだ。
「俺にしか出来ない、やるべき事があるからな。お前はお前のやるべきことに集中すればいい。来たるべき戦いの為に。」
「オール・フォー・ワンとの全面対決、だね?」
「ああ。オールマイトのデータは今丁度七割。奴は時が経つにつれ憔悴して行ったが、オール・フォー・ワンはそうはいかない。受けた傷は完全に治りはしなくとも、数多の『個性』を取り込んで戦力は確実に上がっている。年単位の時間で開いた差は決して小さくはない。俺の予想では、最終的に我々で倒す事になる。」
ワン・フォー・オールを除く『個性』を奪い、己が物とする事が出来る悪の根源。その手練手管で善悪の判断を狂わせ、悪の頂点として犯罪社会に水面下で暗躍する影の王。オールマイトと相打ちながらも生き延びる程の死闘を演じた究極の敵役。
出久はそんな途方も無い相手と戦う姿を想像したくなかった。そんな相手と渡り合える程強くなった自分を想像出来なかった。
しかしその思考をドアの開閉音が中断させた。入って来たのは蛙吹と麗日だ。
「おはよう、緑谷ちゃん、グラファイトちゃん。ちょっといいかしら?」
「いいよ、蛙吹さん。」
「梅雨ちゃんと呼んで。二人に話があるの、お茶子ちゃんが。」
雄英に入学してから出来た本当の友達と呼べるのは、初めて自分の力を認めてくれた飯田、戦いで心を通わせた轟、己の未開の地を開拓した芦戸、そして偶然入試で助けて知り合い、爆豪との因縁を話し、決勝戦での戦いを見られて以来どこか距離が離れてしまった麗日。
「分かった。」
「私は外で待ってるわ。終わったら教えて頂戴。」
ドアの開閉音の後に、静寂が訪れた。
「デク君、ほんまにごめん。」
オールマイトに続いて、またか。
「最低やね‥‥デク君にはデク君の事情があったのにウチ、それ全部無視して勝手な事ばっかり言って。」
また謝られるのか。何も悪い事をしていないのに。
「どれだけ苦しかったか分かる筈無いのに、何もかも知ったような事言ってごめん。」
「いいんだよ。麗日さんは間違ってないと思うよ。今でもそう思う。でも、僕も自分が間違っているとは思わない。自分はこう思うんだってはっきり言えるんだからそれでいいんだよ。麗日さんはそれでいい。何も悪い事はしてないんだから、もう自分を責めないで。」
「同感だな。お前の言葉は確かにエゴだ。正義とはそもそも尺度が変われば中身も変わるエゴそのもので出来ている概念。だがお前はそれを押し付けようとはしなかった。出久が目的を果たして尚、最後まで自分の正しさを貫いたのだ。出久の行動の真意を知り、それでも曲げなかった。誇るべき事ではないか。お前の正義にお前自身がケチをつけては意味が無い。」
「泣かないで。泣いたら全然麗かじゃないよ、麗日さん。」
頭の中がぐちゃぐちゃになったであろう麗日の顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。さりげなく目を逸らしながらポケットティッシュを差し出し、謝るなという言葉など耳に入らないかのようにしゃくり上げながらも謝罪を続ける彼女の背中を何度か背中をさすってやる。
「僕は大丈夫だから。麗日さんも笑って。」
自分の為に泣いてくれる人がいるのは素直に嬉しい。だがこんな事で泣いて欲しくはない。
「ありがと・・・・デク君。」
「麗日さんも、話してくれてありがとう。今日の職場体験、頑張ってね。」
「うん。あ、ああの、つ、梅雨ちゃん呼んで来るわ!」
赤くなった目を擦りながらドアの方へ向かった。
「お前、中々女の扱いに慣れて来た様だな。」
「扱いって、そんな人を女たらしみたいに・・・・」
グラファイトは肩をすくめた。確かに言い方は悪いかもしれないが、異性への免疫が強くなっているのは確かだし、立派な進歩と言える。そして優しそうな見た目と頼り甲斐のありよう、見た目とは裏腹な戦闘中のワイルドさを兼ね備えた優秀な戦士に成長しているのだ。
惚れない奴はいないと言う程ではないが、グラファイトからすれば出久に惚れる異性の一人や二人はいなければおかしいのだ。
爆豪を除く生徒が集合した所でコスチュームを入れたケースを棚から取り、各事務所に向かって三々五々に散った。
「あ“ぁーーーーーーーーーー!!死んでるぅ――――――――!!!!」
「生きとる!」
「あ“ぁーーーーーーーーーー!!生きてるぅ――――――――!!!!」
オールマイトに渡されたグラントリノの住所であるボロアパートのドアを開けた所で、内臓と血をそこら中にぶちまけた小柄な老人の死体に出くわした。と、出久はそう思っていたが、実際は滑って転んだグラントリノがソーセージとケチャップを床にぶちまけただけだった。
「・・・・・・茶番だな。」
元々血が持つ特有の鉄臭さが無かった為、グラファイトは特に焦ってはいなかった。
「すまんすまん、昼飯に食う為に移動させておこうと思ったらすっ転んじまってな。聞いとるぞ、お前が九代目らしいな。」
「はい。緑谷出久です。で、こっちが―――」
「グラファイトだ。」
「おお、お前さんの事も聞いとるぞ。えらく色んな事に手ぇ出しとるそうじゃないか。ワン・フォー・オールの出力も着実に上げて来ているとか。」
「まあ、一応な。来て早々だが、手合わせをしておきたい。オールマイトの師であり、七代目の盟友であり、ワン・フォー・オールの事を知っていようが、俺には関係無いが、デューデリジェンスの結果、第三者の客観的な評価と言う物がこいつには必要だと感じたからここにいる。まずそれだけは誤解の無い様に言っておく。」
初対面の相手にのっけからなんて失礼な事を言うんだと出久は慌てたが、喧嘩腰ながらも合理的な物言いに閉口するしか無かった。グラントリノ自身も特に気にしている様子は無い。
「はっきり言ってオールマイトは教えるという事に関してはずぶの素人と呼ぶ事すら烏滸がましい程にレベルが稚拙だ。ワン・フォー・オールを出久に授けた時に直感した。感覚で操れなどと言う曖昧な一文で片づけようとしていたからな。まあその前に俺が釘を刺したが。」
「ほう。」
凄まじい風切り音と共にグラファイトの顔面があった所に蹴りが飛んだ。グラファイトは特に問題無く反応して回避していたが、内心ではかなり驚いていた。精々自分の腰までしか無い小柄な老人の蹴りとは思えない程に鋭い。
「腐ってもプロヒーローと言った所か。その矮躯のどこからそれだけの力が出ている?」
「この人・・・・あの年齢で飯田君より速い・・・・!!」
更に数度、グラントリノは小回りの利くその体系で狭い屋内の壁や天井を蹴って飛び回り、二人に襲い掛かった。
「いきなりか・・・・!」
出久も即座にフルカウルを発動してグラディエータースタイルの構えに入って蹴りを跳ね除け、回避と防御を繰り返しながら反撃のチャンスを伺う。
「ほう、体は常時解れる様な癖をつけとるな。反応も目ばかりに頼っとらん。よしよし。ならもう一発。」
部屋の調度品が壊れるのも構わず、天井を、床を、壁を蹴りながら迫るグラントリノが更にスピードを上げて迫ってきた。最早ただの黄色い霞しか見えない。なまじまだ辛うじてそれが見える分、大抵のものは目に頼り、彼を捉えようとする。
しかし出久にそんな未練は全く無い。何の躊躇いも無く目を閉じ、飛んでくる拳の風圧を感じ取った。そして当たった瞬間に首を横に捻ってパンチをいなしその腕を掴み、投げ飛ばす。
「Maryland SMASH!!」
「昇竜突破。」
その先に待ち構えたグラファイトの拳を食らい、反対側の壁に激突した。
「グラファイトやりすぎだってば!何でいつもいつもそうやって――」
「平気だ。当たりはしたが衝撃は無効化された。ジェットで咄嗟に後ろに飛んでダメージを逃がしている。まあすべては殺しきれていないがな。」
「ふぅ・・・む、流石に多少は効いちまうか・・・・・うむうむ、巧い巧い。技は中々だな、どっちも。目に頼る事を完全に捨てる、己の利を切る度胸もある。有精卵の割にはよう練り上げたわい。」
「ありがとうございます。」
「当然だ。俺はこれで外す。後の事はこいつを死なせさえしなければ好きにすればいい。適当なヴィランにでもぶつけてやれ。脳無でも構わん。」
「脳無ってそんな無茶苦茶な・・・・!グラファイトと相澤先生でやっとどうにかなったんだよ!?ガシャットも無しに・・・・」
「なら、ヒーロー殺しの一人でも捕縛しに行け。道程で準備運動がてら小物を数匹捻ってしまえ。用事を済ませたらまた合流する。」
返事を待たずにグラファイトは静かにボロアパートを去った。
「おい、良いのか。出てっちまったぞあいつ。『個性』なんじゃろ?」
「あー・・・・・そうか、この事はオールマイトはまだ伝えてなかったんですね。大丈夫です。彼が僕の『個性』って言うのは実は嘘なんです。」
グラファイトがどういう存在か、掻い摘んで話すと、グラントリノは目元を隠すドミノマスクの奥で分かったような分からないような、曖昧な表情を浮かべつつもとりあえずは理解を示した。
「まあ、そこそこ出来るようだからな。まずは朝飯を食うぞ。食っとらんだろ?」
「は、はい。って、朝ご飯にたい焼き食べるんですか!?」
「俺は甘いのが好きなんだよ、悪いか。」
不健康な、と思いつつも出久は皿のたい焼きを電子レンジに入れて温め直し始めた。
「オールマイトか。結果はどうだ?」
『脳無はオール・フォー・ワンが作った物で間違い無い。暴行と強盗の犯罪歴があるチンピラに更に四人の人間の遺伝子が見つかっている。それに加えて複数の『個性』に耐えられる様に体を手術や薬物でいじり倒されている。何をしても何の反応も示していないんだ。もう元には戻らない。』
「複数の『個性』による副作用で脳に著しい負荷をかけているんだろうな。それに見合う体になるように調整された、正に改造人間だな。故に、改人か。」
『君は今どうしている?緑谷少年は・・・・』
「グラントリノと一緒にいる。俺は別件で動いている途中だ。許可は既に取ってある。」
『別件?どう言う事かね?』
「雄英体育祭で何も仕掛けて来なかったのが気になってな。それに俺の変身は勿論、ガシャットの力も奴らに晒している。だが、原理は解明されていない。」
『・・・・君はまさか、囮になるつもりじゃあないだろうね?』
「流石トップヒーロー。理解が早い。そのまさかだ。ワン・フォー・オールと同様、オール・フォー・ワンは俺を警戒する。篭絡するか、潰すか。どちらにせよ使いを寄越して何らかの形で俺と接触を図る筈だ。向こうにはワープが出来る黒霧がいるのだ、その程度造作も無い。」
『それはいくらなんでも危険過ぎるぞ。能力も割れているのなら―――』
「全ては割れていない。確かに手札の一部は既に晒されている。だが、まだ晒していない物がある。むしろそれが本命だ。俺は向こう見ずに突っ走るだけの命知らずではない。これはただ利を切っているだけだ。不利も利も平等に躊躇い無く切り捨てられる者こそ、勝利を掴める。」
つまり、これは布石なのだ、ヴィランの根源たる男を表舞台へ動かさせる為の。ガシャットやグラファイトをどうにか手に入れれば戦力が増すと思っているだろうが、手に入れて使った瞬間、奴らはバグスターウィルスと言う名の毒を食らう事になる。
「志村転弧については・・・・まあ、両腕を落とすぐらいの事はしなければならんだろう。オール・フォー・ワンの甘言に毒され過ぎている。人格にあれ程の歪みが生じてしまった以上、矯正するには洗脳ぐらいしか俺は思いつかん。」
『・・・・君が味方ながら恐ろしいよ、私は。』
「フハハハ、誉め言葉と受け取っておこう。とりあえず保須に向かう、もう切るぞ。」
さーて、ヒーロー殺しのガシャットでも作ってしまおうかなー・・・・?
次回、Extra File 2: 内省!I'M A....?
SEE YOU NEXT GAME.......