結局、俺は一体何がしたかったのだろうか?何の為に戦いたかったのだろうか?中学時代は納税者ランキングのトップに君臨するなどと馬鹿な事をほざいていた。当然今でこそその間抜け極まるような考えは改めているが、ただ別の、更に間抜けな考えに挿げ替えられただけだ。
液晶越しにオールマイトの姿を何度もその目に焼き付けた。どんなに追い詰められようと、必ずその逆境を覆し、勝利する。その姿に、憧れた。それ故にヒーローを目指した。その為のうってつけの『個性』も発現した。だから、自分は誰よりも強くなれる。いや、違う。だから自分は誰よりも強い。周りもそう言っていた。それを信じた。その固定観念に踊らされていた。
自分がやらなければならない事は、ただ勝つ事。勝つ事だ。勝たなきゃ駄目だ。勝ちもせずに生きようとする事がそもそも論外だ。勉強も喧嘩も、誰にも格下だなんて思わせる事すら認められないぐらい強くなった。『無個性』だった筈の天に見放された木偶の坊を見下し、踏みつけた。それによって少年時代のあの敗北感を塗りつぶそうとした。
しかし結局上塗りになっただけだ。自分は今、誰よりも弱い。それを認められず、下らない意地を張り続け、再三負けの上塗り、更には恥の上塗りを繰り返した。これではどっちが雑魚の木偶の坊か分かったものじゃない。
「何がヒーローだよ・・・・・クソが。」
帰ったその日は柄にもなくショックで寝込み、熱を出した。熟睡して翌々日の昼にそれは引いたが、更に次の日は初めて仮病で休んだ。部屋に閉じこもり、体育祭最終種目の決勝戦の映像がアップロードされた物を何度も何度も見直した。そして見直すうちに思い知らされる。結局自分も底辺と見下していた連中と変わらない。自分の覚悟が、鍛錬が、どれだけ中途半端で、脆弱で薄弱か。
今頃クラスの連中は職場体験を始めているだろう。欠席中に通知やその他の物が郵便受けに来ていた。だが今の自分にはどうでもいい。
机の引き出しに入っている畳まれた書類を引っ張り出した。何度も握り潰していた所為で紙面は皴だらけになっているが印刷された退学届の三文字はきっちりと見える。所々インクが滲んでいるが記入すべき事項はすべて書いてあるしちゃんと読める。ハンコも親が留守の間に荷物を受け取る事がある為場所は把握していたから既に押してある。
敗者は黙って去る。勝負事でプライドを粉々に打ち砕かれるような大敗を喫した者に出来るのは最早それだけだ。
しかしそれでもやはりヒーローの道を進みたいと言う未練の欠片がなかなか抜けない棘の様に自己主張を続ける。
部屋の扉がノックされ、慌てて退学届を引き出しの中にしまった。
「んだよ。」
「話あるから開けて。熱、もう引いてるでしょ?」
母の光己が扉越しにそう答えた。爆豪も立ち上がって扉を開けた。あの声はてこでも動かない時特有の声音だ。さっさと言いたい事を言わせた方が良い。
扉を開けると二人はそれぞれベッドと机の椅子に座り、向かい合った。
「体育祭が始まる何日か前に、パートの帰りで出久君に会ったのよ。」
あの時の表情は印象深く、光己は今でもはっきりと覚えている。気弱でおっかなびっくりな性格は鳴りを潜め、目には覇気が宿り、鞘に収められた刃の様な気配をごく自然に纏っていた。体付きも別人のように隆起しているのが服の上からでも見て取れる。
挨拶を交わした所で出久は人目も憚らずその場に跪き、額をアスファルトで叩き割らんばかりの勢いで頭を下げた。
『僕は体育祭で、爆豪君を殴ります。全力で。今まで虐められた分の借りを返す為に。ヒーローがする事じゃないのは分かってます。でも僕は人間だから。こうでもしないと前に進めない。彼の事は良く思っていませんけど、おばさんは好きだから、先に謝ります。本当にごめんなさい。』
爆豪君。かっちゃんではなく、出久は彼を爆豪君と呼んだ。それだけで、光己は悟ってしまった。どれだけ自分の息子が彼を傷付けて来たのか。腐らず、それをバネにする為に
「久しぶりに会った子供が土下座しながらそんな告知かますなんて思わなかったよ。無駄にきれいな姿勢だしさ。でもあれ見て、出久君は強くなったんだなあと思った。ヒーローでもないのにあんたの事助けた時もそうだけど、あんたにされてる事が嫌いだから、はっきりと嫌だからやめさせる為に対抗するなんて小学校の頃じゃ考えられなかった。」
ならば今母親としてしなければならない事ははっきりしている。本当はもっと早くにやるべきだった。悔やんだ所で過ぎた時間は戻らない。
「もうあんたがケジメ付けられる方法は一つしか無い。出久君がしたみたいに、頭下げて詫び入れに行きな。出久君と、出久君のお母さんにも。そっから彼がまた友達としてやり直したいって歩み寄るか、縁切るかは彼の自由。どうしようとも、あんたはそれに従いなさい。雄英やめるかどうかは、そん時に決めればいい。」
ぎくりと爆豪は肩を強張らせた。
「何年あんたの母親やってると思ってるんだい、負けが込んで悩んでた事は知ってるよ。部屋の掃除してる時に偶然見つけちまったのさ。ティッシュみたいにグッシャグシャだったけど。」
二人の間に長い沈黙が訪れた。全てを見透かしている母親に爆豪は何を言えばいいのか分からず、口を真一文字に引き結んで視線を床に落としたが、光己が沈黙を破った。
「あたしもね、最初は子供の喧嘩に親が出るのはどうかと思っていた。当人同士でしか分からない事もあるだろうし、内々で解決出来る様に立ち回るのも勉強だからって。あんたが出久君泣かす度に一緒に謝りに行って、成長すればあんたも多少は分別がついて馬鹿な事をしなくなるんじゃないかと思った。」
誰と仲良くするかは当人の自由であり、親が制限出来る物でもなければするべきでもない。幼馴染と疎遠になる。端から見てもそれは実に惜しく、寂しい事だが、出久がそれ以上の被害に遭わずに済むのならばそれもやむなしと思った。
しかし光己の期待とは裏腹に、その期待は大きく裏切られた。何一つ変わらないどころか輪をかけて酷くなった。デクという名称が誰を指しているのかも、見当をつけるのにそう時間はかからなかった。
「自分が情けなかったよ。正直、どこであんたの育て方を間違えたのかって真剣に悩んだ。あんたが雄英に行くのも止めようかと思った。いじめっ子がヒーローになった所で誰も得なんかしないって思ってね。お父さんと話してそれは流れたけど。でも、一つだけどうしてもわからない事がある。あんた、何で出久君がそんなに嫌いなの?」
「・・・・・あいつが・・・・・」
――弱ぇくせにヒーロー面するからだ。
『君は僕が嫌いなんでしょ?自分を嫌う人と距離を置こうとしてるだけなのに、毎回突っかかって来るのはそっちじゃないか。』
違う、そうじゃない。違う。『出久』がいつしか『デク』に変わったのは―――
『大丈夫?立てる?頭打ってたら大変だよ?』
あの手を差し伸べる姿に、ヒーローの面影が見えたからだ。たとえ誰であろうと迷わず助ける、自分には無い底無しの優しさという名の強さを持った、自分では決してなる事が出来ないヒーローの面影が。
『個性』も無いくせにその姿を見せつけたから。寝ても覚めてもちらちら見える。
グラファイトが現れてからもそれは変わらなかった。自分よりもヒーローだと、勝つ度に思い知らされた。
何度も、何度も。
何なんだ、お前は?何故そこまでやれる?
それがどうしようもなく、狂おしい程に羨ましく、妬ましかったから。『個性』がある自分がそれに劣る筈が無い。劣るような事があってはならない。分からないのが嫌だった。理解できないのが怖かった。それが恐怖の種に凝り固まり、歪みに歪んで育ち、巡り巡ってこのざまだ。
『痛いか?だろうな、貴様の拳に罅が入る一歩手前の圧力をかけているのだ。痛くない筈が無い。だが、貴様が十年間出久に与え続けて来た痛みに比べれば、この程度は擦り傷に等しい。一度しか言わんからその沸点が低い単細胞なりの脳味噌で理解しろ。今の出久は貴様如きが足元にも及ばぬ程に強くなった。たった四年近くで。そしてこれからもその強さは増していく。少なくとも既に肩を並べられたと認識を改めぬ限り、貴様が出久は勿論の事、我々二人に勝つ事など、永劫叶わぬと知れ。』
今なら分かる。何度も動画で出久の戦う姿を見た。必死で、一生懸命で、何度倒されても諦めずに立ち向かっていく。あれぞ正しくヒーローの戦い振りだ。強さを自慢する独りよがりな自分とは大違いだ。
オールマイトともかけ離れている。
胸の奥にずしりと響く痛みがその証拠だ。これ以上意地を張っても意味は無い。もうやめろと、そう言っている。
「終わったら。」
「ん?」
「職場体験、終わったら行くわ。」
「そ。じゃ、先に昼ご飯食べよっか。今日はチゲ鍋用意してあるから。何を言うかは後で考えればいい。」
次回、File 43: DANGER! DANGER! 緋色のキラー
ステ様登場です!
ジオウも中々いい滑り出しになっています。
SEE YOU NEXT GAME........