龍戦士、緑谷出久   作:i-pod男

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お待たせいたしやした。プロットの調整に手間取りましたが、

SPECIAL FILE: BATTLE OF I-ISLAND、いよいよ開幕です。




SPECIAL FILE: BATTLE OF I-ISLAND
Mission 01: いざ、科学のUtopia (Part 1)


始業のチャイムが鳴る十三秒前に一年A組の教室に通じるバリアフリーの扉が開き、担任の相澤が足を踏み入れた。水を打ったように教室が静まり返る。全員の視線が自分に向けられているのを確認してチャイムが終わると、相澤は口を開いた。

 

「さてと、もう既に結果が分かっている連中もいると思うが、一応伝える。期末試験で筆記はばらつきこそあったが全員合格した。しかし、残念ながら実技で赤点が五人出た。自動車運転仮免許の実技試験と同じ要領で全員百点からスタートする減点法式と減点の度合いを調整する試験官達の合議を併用して採点した。中身は席にあるその封筒の中だから、目を通しておけ。赤点取った奴は勿論、合格した奴も改善点や課題は多いから、進級したけりゃ自覚と反省を忘れるな。下校時間まで校内の施設は申請すれば自由に使ってよし。その他の連絡事項は後日、追って伝える。俺からは以上だが、何か質問は?」

 

手は上がらない。

 

「無いなら今日の授業は免除だ。ただし!夏だからと言って訓練を怠れば、どうなるか分かってるな?以上、解散。」

 

五分にも満たないホームルームが終わり、相澤が退室した直後に歓声のコーラスが教室に響いた。

 

「っしゃああああああああああ!!休みじゃあああああああああ!!」

 

「俺は寝る!寝るぞ!寝るったら寝る!んでもって食う!食いたいモンを!吐くまで!」

 

「ちなみに手始めに食べるのは?」

 

「コーンフレーク。腕組んでる赤いスカーフを巻いた虎のイラストがついた奴。」

 

「地味っ!?」

 

「皆、元気だなぁ・・・・・・」

 

出久は自分の通知を見て顔をしかめた。戦闘は二度行った為、二つの点数の平均が最終的な点数となっている。合計は、百点中七十八点。高得点でこそないが、危なげなく合格だ。そして評価に値する部分と、減点の理由とそれに応じて引かれた点数が簡潔に箇条書き形式で印刷されていた。

 

一度目の試験の点数は、八十五点。二度目が七十一点とある。

 

「納得いかない・・・・・・・高過ぎる。」

 

「何がだ?」

 

「あ、轟君。」

 

「何が高過ぎるんだ?」

 

「え、ああ、うん・・・・・・ちょっとね。点数貰い過ぎた気がするんだ。二度目の。制限時間までホントにギリギリだったし。」

 

「ラスト三分だもんな。だが、お前が勝つのは分かってた。」

 

そこまで言い切られるとは思っていなかったのか、その言葉に出久はキョトンとした。

 

「根拠が無くともそう信じるのが、友達だと・・・・・・お母さんが言ってた。」

 

高校生の身で子供の様に母の受け売りを語るのが恥ずかしかったのか、轟の顔がうっすら朱に染まる。

 

「そっか。ありがと、轟君。でもその後押しと轟君の力があったから勝てたよ。」

 

「俺の力・・・・・ああ、アレか。赤いやつ。」

 

「そうそう。赤いやつ。青いのもお世話になったからね。」

 

「俺もあの剣に助けられたから、おあいこだ。それでなんだが、この後時間あるか?」

 

「まあ、うん。大丈夫だよ。」

 

「なら、俺のお母さんに会って欲しいんだ。雄英でのイベントも一段落したし、できればと思ってるんだが。」

 

「うん、いいよ。今から行く?」

 

今度は轟がキョトンとした。

 

「今から・・・・・・?」

 

「うん。今日は本当に用事も無いし、僕自身休みを満喫する以外何もするつもりないから。」

 

「いいのか?俺の親に会うのを休み満喫することにカテゴライズしても?」

 

「勿論。轟君のお母さんがどんな人か、個人的に興味があるし。」

 

 

 

「で、要件とは?」

 

校舎の屋上で座禅を組んでいたグラファイトは姿勢を崩さずに隣に立つオールマイトに問うた。

 

「林間合宿で同伴する護衛の件さ。もう少し応援が必要になる。」

 

セキュリティの関係上、行き先はまだ誰にも知らされていない。グラファイトもどこぞのプロヒーローの所だろうと当たりはつけていたが、その人物とヒーロー科の担任二人では、確かに心許ない。USJの様に雄英の私有地ではない他、生徒は未だライセンス未取得者なため、法的な束縛もある。勿論、彼自身戦力の内に数えられてはいるが、念には念を入れて悪いということはない。

 

「お前は行けないのか?グラントリノは?」

 

「あの方は別件で動いているらしく、しばらくはそっちにかかりきりになるそうだ。私も行きたいというのは本音だが、平和の象徴が私情で街の警邏を怠れない。そこで私は・・・・・・」

 

一度言葉を区切り、深呼吸をしてから更に続けた。

 

「そこで私は、元サイドキックに話をつけて応援を求めようと思う。」

 

「お前のサイドキック・・・・・・確かサー・ナイトアイと名乗っていたか?」

 

その名を聞き、オールマイトの表情が明らかに曇った。

 

「ああ。元は一介のファンだった男なんだが、ひょんなことから私の最初で最後のサイドキックになった。六年前に私の今後の進退に関する相違で、喧嘩別れという形で袂を別ってしまっていてね。加えて・・・・・・彼がかねてから手塩にかけて育てていた雄英の生徒ではなく、緑谷少年にワン・フォー・オールを譲渡している。関係を解消してからそれを伝える為に一度だけしか連絡していない彼と話すのは、その・・・・・・気まずいんだ。」

 

気まずい。その一言でグラファイトは座禅をやめて立ち上がった。マッスルフォームのオールマイトより明らかに劣る体格だが、彼の風格を巌と形容するなら、グラファイトは刃だった。冷めた表情、そして瞳の奥にちらりと怒りが見える。

 

「・・・・・・言っている場合か。貴様の些末な個人事情などどうでもいい。元同僚とよりを戻す程度のことが気まずいだと?婦女子か、貴様は?冷め切った恋仲にあった者とやり直したいと持ち掛けているわけでもあるまい。何を躊躇うことがある?」

 

流石に言い返せない。オールマイトも何か言ったところで言い訳臭く聞こえると思い、開こうとしていた口を噤んだ。

 

「必要なら同伴するが?」

 

「いいよ、初対面の君が来ても話が不必要にややこしくなるだけだ。これは他ならぬ私のミスだから、尻拭いは自分でするさ。」

 

「ならば結構。だが、この件はいずれ出久の耳にもしっかりお前の口から入れてもらうぞ?お前の正式な後継者ではないが、結果的にお前は相棒だった男が手塩にかけた後継者の候補を蹴っている。仁義は切っておけ。」

 

「そうするよ。I-アイランドに行く時に話しておこう。」

 

「急ぐ事を進める。今日の出久はトレーニングも何もない。完全なるオフだ。どこに行くか、何をしに行くかは与り知らん。」

 

グラファイトは踵を返して出入口へ向かいながら付け加える。

 

「それとだが、出久の最大出力が三十二パーセントに上がり、お前の復元率は今で丁度八十パーセントを超えた。この調子でいけば完全復活の奇跡もあるいは・・・・・・」

 

「分かった、教えてくれてありがとう。」

 

「まだ礼を言われる段階ではない。お前はまだ治療を終えていないからな。だが、自重を忘れるな。回復の度合いは百パーセントに達するまでの間お前の残り火がどれだけ残存するかにも依存している。一定水準を下回れば、延命は出来ても完治は出来ん。」

 

「構わんさ。礼という物は、何度言ってもいいものだからね。それに、君のおかげでデスクワークももう少し回せるようになった。」

 

 

 

「この・・・・・・病院なんだ。」

 

出久と轟は、雄英から電車でおよそ二十分離れた大学附属病院に到着した。

 

「ああ。ここ、元はどこぞの大名の支城があったらしくて、それに合わせて設計したらしい。」

 

「道理で総合病院の形がそれっぽく見えるわけだ。向こう側から鉄砲で撃たれそう。」

 

轟は何度も来ているため、慣れた様子で受付の名簿に名前を書き、出久もそれに倣ってついていった。老若男女様々な入院患者、面会者、看護師、介護士、そして白衣のドクターが忙しく廊下や部屋を時にベッドや担架に横たわる患者と行き来し、時折群青色の制服姿の警備員達とすれ違う。

 

ヒーローが主に活動する現場とは違うが、本質的には同じ。人の命を繋ぐ為に日夜懸命に足掻く永久(とこしえ)の戦場であることに変わりはない。

 

 

 

三階の突き当りにある、日当たりも見晴らしもいい315号室のネームプレートに轟の姓があった。ノックの後にまず轟が入室した。

 

「あら、焦凍。今日は随分と早いのね。」

 

戸口に立ったままの出久が見たのは、友人の右半分と同じ新雪を思わせる長い白髪の女性だった。机に向かって本を読んでいた彼女は、病院のパジャマという無味乾燥な出で立ちが霞んで見える程美しかった。轟が男から見ても美男子なのはやはり母親の遺伝らしい。

 

「ああ、うん・・・・・・期末試験の結果を聞きに行っただけで終わった。明日泊まり掛けで出るから、その前に会いに来た。」

 

開いた扉の戸口に立ってまずは様子を見ることにした出久の第一印象は、ただただ『硬い』だった。空いた時間は母との間に出来た溝を埋める為に全て費やしていることは容易に想像がつくし、会いに行こうという気概、そして面会がある日は必ず一度は顔を出す習慣を維持・継続しているだけでも大きな進歩だが、それでも硬い。

 

片や幼い息子に心身ともに消えない傷をつけてしまった負い目からか、及び腰な母。片やトラウマの再燃を防ごうと顔の左半分が極力視界に入れないようにして動いているのが丸分かりの息子。そしてなにより、二人の距離が遠い。事実、轟は引き戸を引いて入室する為に二、三歩歩き、母を前にして足が止まってしまっていた。

 

「戸口に立っているのは、学校のお友達?」

 

冷は気にしている様子は無い。まさか今までお見舞いの都度こうして立ったまま会話を続けていたのか?

 

「あ、うん・・・・・・そう。この前手紙に書いた緑谷出久。学校での行事も一段落したから、会わせたかった。」

 

硬い。そして遠い。もう少し(物理的に)歩み寄ってもいいだろうに。なんと勿体無い。なんと歯がゆい。とはいえ、人様の事情に首を突っ込むのは無作法故に強く言えない。

 

「そうなの、貴方が。緑谷君、ずっと戸口に立っていないで、入って来ても構わないわよ?」

 

「え、あ、その・・・・・・はい・・・・・・失礼します。」

 

「ウチの焦凍がお世話になっています。母の轟冷です。」

 

「同じクラスの緑谷出久です。僕も色々と気を使ってもらっています。」

 

無難な社交辞令以外にかける言葉が見つからない。あな歯痒し。

 

「手紙ではよく貴方の事を自慢していたわ。初めて友達ができたって。」

 

「そう言ってもらえて、僕も嬉しかったです。高校より前は、友達がほとんどいなかったんで。」

 

最初こそ何とも言えない曖昧な空気の中にいたが、息子の思い出話と学校での様子などを出久が交換して僅かばかりだが盛り上がった。途中、枕の下にある厳選した子供達の写真が入ったアルバムを嬉しそうに見せて轟が茶を入れると顔を逸らしたが、耳まで赤くなったことは見逃されなかった。

 

しかし轟は、その場から精々二歩前に進んだだけで、部屋の隅にあるパイプ椅子に腰かけようともしなかった。

 

しばらくしてから看護士が投薬の為に一旦席を外すように指示し、二人は廊下に出た。

 

「轟君のお母さん、すごい人だ。いいお母さんだね。」

 

「そうだろ?」

 

「うん。でも、ちょっとだけいい?」

 

両肩に手を置き、指を軽く食い込ませた。

 

「ん?」

 

「距離を縮めてあげて!」

 

「きょ、り・・・・・・?」

 

「ずっとあの距離キープしてお見舞いしてたでしょ?」

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

「ダメなんだよ、それじゃさあ!こう・・・・・・もっと歩み寄ってあげて!物理的に!手が届く距離まで!」

 

「いや・・・・・・けど・・・・・・」

 

「時間がかかるし、轟君達のペースがあるってことは分かってる!気をつけなきゃいけないことも分かってる!分かってるけど、こう、なんかもっと・・・・・・もっと世話を焼かせてあげるとか!子供らしく甘えるとか!」

 

こんな時に自分の母の姿が浮かぶのは、やはり必然か。記憶の中でも、今でも、緑谷引子は世話焼きだ。高校に進学した今でも忘れ物のチェックなど、いつも欠かさず気を回してくれている。熱を出した時、予防接種の時も、いつもそばにいて手を握ってくれた。宿題も分からないところがあれば根気強く教えてくれた。自分の為に笑ってくれる。泣いてくれる。怒ってくれる。心配してくれる。信じてくれる。いつも心のどこかに留めて置いてくれる、帰る場所を示す眩き道標だ。

 

誰よりも、何よりも、子供だけを守りたいと思ってくれる。平和の象徴と謳われるオールマイトをも超える全人類共通の、身近にいる大英雄と言えよう。

 

「世話を、焼かせる・・・・・・?」

 

「そうだよ!お母さんにとっちゃ子供は高校生だろうと社会人になろうと子供なんだよ!轟君も、明後日にI-アイランドに行くんでしょ?僕は荷造りしなきゃいけないから先に帰るけど、行く前にしっかり甘えてあげる事!」

 

「あ、いやその、でも、な・・・・・・」

 

「返事ィ!」

 

「はい・・・・・・」

 

有無を言わせぬ友の気迫に、轟は折れた。満足そうに頷いて去ろうとしたところで青筋を立てた看護師の姿があった。投薬はいつの間にか終わっていたらしく、無言で壁にある『院内ではお静かにお願いします』と書かれたサインを指さす。

 

「・・・・・・すいませんでした・・・・・・」

 

興奮のあまり思った以上に声量が上がっていたらしい。頭を下げて謝罪し、出久は病院を後にした。

 

「緑谷、お前の方がよっぽど世話焼きだ。」

 

 

 

パスポート、招待状、およそ三日分の服の着替え、パーティー用の礼服(グラファイトの資金で注文したスリーピースの手縫いイタリアスーツ二着とウィングチップ一足)、洗面用具、筆記用具、新しいノート、エトセトラ。ヒーロー科の生徒と言う事で、I-アイランド内のみに限ってコスチュームの着用は許可されているが、これは空港で渡されることになっている。

 

「けどなあ・・・・・・・誰と行けばいいんだろうか?」

 

エキスポのプレ・オープンの招待状は雄英体育祭の各学年の優勝者に送られるのが通例で、数日前に郵便受けに入っていた。そして宛てられた自分だけでなく、同伴者一名様まで入場可能とある。未来世界が島一つに凝縮されたI-アイランドのプレ・オープンなど、誰でも行きたいと思う筈だ。

 

オールマイトは事前に行くと言っていたし、同伴する人物には近々電話すると言っていた。正体はまだ秘密にしているが、向こうで会う約束になっている。

 

飯田、轟は家族の代理で、八百万は実家がスポンサー企業の株を持っているため出席は確定していると聞いた。男二人は同伴者を連れてくる可能性は低いが、八百万は女子何人かを連れて行くだろう。

 

「誰を誘えばいいのだろうか・・・・・・」

 

実際、期末試験前の追い込みとノートによる短所の再確認と長所の更なる強化で皆との距離は多少縮まった筈だ。その中から一人だけ独断と偏見で選んで連れて行くというのも不公平に思われてしまうのではないだろうか?招待状を貰ったのは自分だから、最終的な同伴者の決定権は自分にあるし、選ばれなかった人が異を唱えられるのは筋違いかもしれないが、それでもやはり心苦しい。

 

そもそも、誰かを誘ってどこかに行った事など、一度も無いのだ。猶更ハードルが上がる。

 

連絡先のリストに纏めてある出席が決定している者以外のあいうえお準で並んだ名前を行き来する。

 

「何を逡巡しているのだ、馬鹿めが。」

 

どこから入ってきたのか、気配を殺していたグラファイトにスマホを後ろからさっと奪い取られてしまった。

 

「え、ちょっと!?」

 

「お前が誘う相手は一人しかいまい。」

 

「え、誰?」

 

「愚か者め、決まっているだろう。一年A組の婦女子で、期末試験の実技で赤点を取ったのは誰だ?」

 

「え・・・・・・マジで?マジか!」

 

「マジだ。電話を掛けろ。そして連絡がつき次第スピーカーモードに切り替えてしっかりと誘え。ミトリダテス六世が毒への耐性を身に付けたのと同様に、いい加減お前の異性に対する免疫を高めておかねばならん。」

 

実際クラス内の女子なら多少は何とかなっているのは大きな進歩だが、次に行くのは公共の場だ。女など世界中からこぞってやって来る。

 

「お前のストレスで俺は強くはなるが、過剰なストレスは俺にも差し障りがある。分かったら電話を掛けろ、今すぐ、可及的速やかに。」

 

ずずいっ、とスマホの画面を印籠でも見せるように突きつけた。

 

「いいいいいいやいやいやいやいやちょちょ、ちょ、ちょっと待って!待って!ま、まずは待って!?」

 

「断る。」

 




長くなるので前編、後編に分けさせていただきます。

次回、Mission 02: いざ、科学のUtopia (Part 2)

SEE YOU NEXT GAME........

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