「ありがとぉぉぉぉぉ~~~~~~~~王様神様緑谷様~~~~~!!!!」
出久に抱き着き、持ち上げて振り回さんばかりの喜ぶ姿は搭乗時刻を待つ客全員の注目を集めていた。グラファイトは粒子化して出久の中にいるため、二人きりの状況である。それによって起こる状況はただ一つ。
「ちょ、ああ、あ、あああああ、ああし、芦戸さん!皆が見てる!皆が見てる!見てるから!!」
純然たる、パニックである。
「え~~、いいじゃん別に。減るもんじゃなし。」
そうは言うものの、出久のゲージは確実に減っていた。同年代の女子との出会いはおろか、関りすらなかったのだ。スキンシップによって改めて自覚する思春期女子特有のフェロモンやらシャンプーの匂いやら、ともかく色々すべすべしてぽかぽかしてくらくらする。
耐えろ、耐えるのだ。そう自分を奮い立たせる。ここでみっともない真似をすれば更に墓穴どころか蟻地獄を結果的に掘ることになるのだから。
「でもさ。」と(幸いにも)芦戸が一旦離れて首を傾げた。
「はい?」
「なんであたし?」
「えーっとですね、それは・・・・・・」
彼女を誘うまでに、一悶着あったのだ。
時は出久が同伴者に誰を誘うか迷っている間にグラファイトにスマホを掠め取られた所まで遡る。
「いいいいいいやいやいやいやいやちょちょ、ちょ、ちょっと待って!待って!ま、まずは待って!?」
「断る。」
出久が明らかにアクションを起こす気が無いのを見て取り、グラファイトは電話をかけ始めた。
「わぁ~~~~~!!!わぁ~~~待って!ホント待って!!ちょっと待っ――誰に!?誰にかけてるの!?」
「芦戸だ。」
「やめてぇえええええええええええええ!!!!ねえ待って!ホントにちょっと待って!」
発信ボタンに指がかかるゼロコンマ二秒前でグラファイトの暴挙を阻止した出久は破れかぶれながらも提案を口にした。
「くじ引き!くじ引きで決めよう!既に行くことが確定している人以外のクラスメイトで!ね?ね!?」
一度ぐらいならいいだろうとグラファイトは承諾し、好きな範囲の数字をランダムに弾き出すアプリを起動すると、スタートボタンを押させた。出た数字の出席番号に該当する人物を、たとえ誰であろうとそれに従って誘うのだ。例外を認めるのは、同伴者として誘い、既に行くことが決まっている人間の出席番号が出るか、断られた場合のみ。
そして出た数字は―――2。
一年A組、出席番号2番の生徒―――芦戸三奈である。
「いいいいいやあああああああああああああああああ!!!!!」
「これは最早天がお前に奴を誘えと言っている。諦めて連絡しろ。必要ならば台本を先に書いても構わん。」
「と、言う事がありましてですね・・・・・・あ、いや勿論、決して誘いたくなかったというわけじゃ無くて――」
「いーよ、もう。緑谷こういうのまだ苦手意識あるんだもんね。くじ引きの偶然てのはちょーっと釈然としないけど、誘ってくれたのは実際嬉しいから。グラファイトさんにも感謝感謝だね。」
「ソウデスネ・・・・・・」
会話を弾ませようとぎこちなくも色々話題を振ってみるが、やはり自分は同年代の女子と一対一では話し手に不向きだと痛感した出久は、聞き手に徹した。しばらくしてから売店で軽食を買いに行くと芦戸が一旦その場を離れ、出久も一息つく機会を手に入れた。
「女子との会話って・・・・・・なんか疲れる・・・・・」
『電話が来たーー!!電話が来たーー!!電話が来たーー!!』
オールマイトの着信ボイスが意味する事はただ一つ。
「はい、緑谷です。」
『緑谷少年、今時間は大丈夫かね?』
「はい、搭乗時刻まであと三十分はあるんで・・・・・・オールマイトはもう・・・・・・?」
『私の便はあと一時間弱で着陸だよ。それでなんだが、今私の隣にI-アイランドで合流したら君と引き合わせたい人がいるんだ。私の元サイドキックでね。君を知って貰う為にも、自己紹介だけでも構わないから話をしてくれないだろうか?』
「それは別に構いませんけど・・・・・・」
オールマイトが引き合わせたい相手と言えば、自ずとその選択肢は限られてくる。オールマイトは『個性』の関係や平和の象徴という立場上、真に心を許せる相手は限られている。グラントリノ、リカバリーガールなどの大先輩が真っ先に浮かぶが、どちらももう既に顔を合わせている。彼の元サイドキックと言えば――
『隣から失礼する。』
落ち着き払った、圧のある冷ややかな声がした。
『電話越しで申し訳ないが、名乗らせてもらう。私は、プロヒーローのサー・ナイトアイだ。』
「サー・ナイトアイ・・・・・・!」
オールマイトの最初で最後のサイドキック。どんな『個性』か、そしてどんな人物かは出久も知らないが、世界最高のヒーローと肩を並べていた男だ。
『君が緑谷出久か。USJやヒーロー殺しの件での活躍は新聞や捜査資料などで読ませてもらった。中々・・・・・・特殊な『個性』を持っているそうではないか。本来なら空港で直接君と話をするつもりだったのだが、生憎スケジュールの都合で出立の予定を前倒しする必要があった。オールマイトから聞いているよ。君に
ナイトアイの声の圧が、グンと上がり、出久は思わず息を呑んだ。
「・・・・・・はい。」
『・・・・・・まあ、言いたい事は諸々あるが、それはI-アイランドでじっくりやろうではないか。』
「楽しみに、しています。」
『結構。では、後程。』
通話が切れ、出久はため息と共に脱力した。電話程度でここまで疲れさせられる男は生まれて初めてだった。飛行機の中で眠って少しでも体力の回復に専念しようと思った矢先、ナイトアイの言葉で引っかかったことがあった。
――
彼は確かにそう言った。つまり、ワン・フォー・オールの事は勿論、オール・フォー・ワンとの戦いの事も知っていることになる。オールマイトは、何故それを隠していた?
「ナイトアイ、まだ会ってもいない相手に何もあそこまで威圧する必要は――」
「あったに決まっているだろう。理由はどうあれ、彼を後継者たりえる人物と見定め、アレを譲渡までしたというのに彼は返すつもりでいるそうではないか。勿論、ヒーローを目指す若者として幾ばくかの期待が無いわけではないのだが・・・・・・」
グレーのスーツ姿の痩身の男は眼鏡越しにオールマイトを見据えた。瞳は全てを見透かさんばかりに鋭く、猛禽類を思わせる。その手には、緑谷出久と書かれたファイルが握られており、備え付のテーブルには新聞の切り抜きなどの資料が大型の茶封筒から覗いていた。
「会えば分かるよ、ナイトアイ。必ずだ。緑谷少年は、たとえ受け継ぐつもりが無くとも、君の弟子と同じように私が次の世代に残したい志をしっかり持っている。その点で言えば、彼は最早私の手を離れかけているのだよ。」
相変わらずの眩い笑顔に、サー・ナイトアイは身じろぎどころか瞬き一つせずに返した。
「オールマイト、私達は貴方の今後の身の振り方での見解の相違で袂を別ったが、私は貴方の事を今でも尊敬している。だが、やはり私は貴方の意思を図りかねると言わざるを得ない。空港で合流する前に会った時も貴方を
「ねー、緑谷。」
「はい?」
「どうしたの?ご飯買って帰って来た時からすっっっっごい怖い顔してるけど。全然食べなかったし。」
「・・・・・・そんなに?」
「うん。下手すりゃ爆豪とは違うベクトルでも倍近くは怖いよ。こう・・・・・・能面、て言えばいいのかな?そんな感じ。」
出久は答えに迷った。ワン・フォー・オールの事は勿論、オールマイトの秘密を話すわけにはいかない。
「芦戸さんは・・・・・自分が信頼している人が自分に関係がある大事な隠し事をしていて、それが本人の口じゃない出所からそれを聞いちゃったら、どう思う?」
「う~~ん・・・・・・」
アーモンドチョコを一つ口に放り込み、じっくりとチョコが口の中で溶けるまで質問を反芻した。
「その信頼している人って、親とか?」
「い、いやそこまでの事はないんだけど・・・・・・こう、例えば、先生的な・・・・・・お世話になっている人、みたいな。」
ポリ、ポリとアーモンドをゆっくり噛んでから芦戸は答えた。
「それはやっぱり嫌、かな?でも、もしその隠し事にちゃんとした理由があるならそのうち許しちゃうかも。頭では理解しても心はしばらく追いつけないままでいるんじゃないかな~、個人的に。ほら、人って基本心で生きてるじゃん?」
「心で、生きてる?」
「ん~~、何て言うか・・・・・・笑ったり泣いたりするのに一々頭で考えてそれを表に出すわけじゃないでしょ?考えるよりも感じて生きるから。」
「なるほど・・・・・・」
「うん。だから、すぐには許さなくてもいいんじゃないかな~と思う。許さないっていう気持ちも許すっていう気持ちと同じぐらい大事だし。緑谷は皆に優しいからそんなに悩んじゃうんだね。自分には厳しいくせに。」
そんなことはない、と出久は言いたかったが、開きかけた口を閉じた。切島などは実に男らしいと褒めちぎってくれるが、峰田、上鳴辺りは最早病気だと頑なに言い張っている。グラファイトの影響もあって、確かに自分にはかなり厳しいと言える。トレーニングはヒーロー科の訓練も含めて自主トレーニングを早朝・夕方に週六日、睡眠時間はきっかり七時間、大半の食事や摂取カロリーにすら気を使い、果ては専用の体重計で体脂肪量、筋肉量、骨量、骨密度などもつぶさに計測しているのだ。
「緑谷はさ、頑張りすぎてるんだよ。そりゃあプロヒーロー目指すんだったら努力は必要だけども・・・・・・も~うちょっと甘えて、力抜いて生きてても、バチは当たらないんじゃない?」
――今お前が感じているそれは、他者を圧倒し、淘汰し得る力を持つ者に死ぬまで付きまとう強さへの恐怖とそれを持ち、振るう責任の重圧と言う物だ。
グラファイトの言葉が、耳の奥に蘇る。
――頼る事を恥と思うな。
「じゃあ・・・・・・もし、仮に・・・・・頼りたくなったら、あてにしてもいい?」
「勿論!ヒーローは助け合いだよ?」
「そっか。ありがとう、芦戸さん。ちょっと元気出た。」
肩の荷が下りた出久は、差し出された彼女の手を握ったままI-アイランドに着陸するまで微睡んだ。そんな様子を見ていた芦戸も、いつの間にか釣られて窓に凭れ掛かり眠りこけてしまっていた。
二人の意識が完全に睡眠状態に落ちたのを確認したところで、グラファイトはオレンジ色の粒子と共に腕を組んだまま現れた。
これでいい。人間の子供とは本来、こうある事こそが理想だ。
頼れる仲間はいる。師と仰げる存在もいる。だが緑谷出久に唯一足りなかったのは、純粋に心を通わせられる存在。甘えることを良しとしてくれる存在。今まで負った傷を少しでも癒してくれる存在。良くも悪くも戦士でしかない自分では、成りえない存在だ。
クロノスと相対した時に痛感した。たとえゲムデウスウィルスの力で強くなっても、一人きりでは戦えない。その先の未来を求めても、一人きりでは届かない。
それは自分も例外ではなかった。今は、
――俺の戦いの意味は、今この瞬間にある。俺はドラゴナイトハンターZの龍戦士、グラファイト。それが戦う理由だ。
今思えば、戦いに身を投じるだけが生きる意味だった頃とは何もかもが違う、激動の数年を過ごした。英雄に憧れる少年と出会い、彼を鍛えた。その過ぎて行った一日一日を
もしこの場にいれば、誰よりも長く人間社会に溶け込んでいたポッピーピポパポは素直に喜んでくれたのだろう。
今は亡きラブリカも、華やかな演出で祝ってくれたのだろう。
そしてパラドも、リプログラミングされた自分よりよっぽど人間に近づいたことに、心を躍らせていただろう。
得難き生涯の友が、また一人増えたことを。
I-アイランド紹介に三話も使ってしまうとは・・・・・・・・
次回、Mission 03: いざ、科学のUtopia (Part 3)
SEE YOU NEXT GAME.......