出久と部屋に戻ってからグラファイトはベッドに仰向けに寝転がり、天井をぼんやり眺め続けていた。
「まさか、奴がこっちに来ていたとはな・・・・・・」
バグスターを目的達成のための道具としか思わぬ、正に傲岸不遜を絵に描いた、己を神と自称してはばからぬ狂人。既にこの世にいないのがせめてもの救いか。この世界でも懲りずに同じことをしようとしていたであろう心算が目に見える。ゲーマドライバーとバグヴァイザーをバグルドライバーとして運用するためのパーツをご丁寧に作ってあったのだ。
正直、アレの相手をする必要がない事に、グラファイトはほっとしていた。
「問題はあれか・・・・・」
ドライバーを使うべきか、使わないべきか。それが問題だ。島のファイアーウォールなどのセキュリティープログラムを潜り抜けてサーバーに侵入し、研究データに一応目は通した。設計図もアーカイブに残っていた。
だが、問題はそれが支障なく使えるかだ。神を自称している狂人とは言え、マイティ―アクションXなどのプロトガシャットを筆頭にパラドのガシャットを一から作り出したのは紛れもなく檀黎斗。その頭脳は明晰である事に疑いの余地はない。しかし、自分以外が使えないようにする細工が無いとは限らない。当然、設計図に明記などしないだろう。あるという確証はないが、ないとは言い切れない。だからこそ、使用を躊躇ってしまう。
年単位の共生状態にあったおかげで出久の体内に蓄積した抗体は強靭かつ膨大。仮にゲーマドライバーを使って変身したとしてもガシャットによる副作用は出ないはずだが、やはり檀黎斗の手によって組み上げられた物である以上、安心はできない。本来なら自分がテストしたいが、生粋のバグスターである以上、それも不可能だ。
だがその反面、今は無理をして使う必要はない。バグルドライバーでもガシャットの力を引き出すことは出来る。それにゲーマドライバーはバグスターウィルスと戦う手段をもたらす道具であるが、元を正せばゲーム病治療の為に使われる医療機器であり、厳密には兵器ではない。バグスターやゲーム病患者でもない相手に対してそれを使うのは、敵キャラを全うさせてくれた宿敵への礼儀に反する気がして、どうも座りが悪くなる。
「休息の為に来たというのに、余計に疲れてしまったな」
これも全てあの自称神の所為だ。パラドがいればゲームの対戦や会話ができるのだが、ここにはいない。
「様子だけでも見ておくか」
島を厳戒体制に移行させた不逞の輩を憂さ晴らしに付き合わせれば少しは気も紛れるだろう。データ化し、電脳空間にアクセスした。絶えず切り替わる青と緑の文字と記号の羅列が降り注ぐその空間を飛ぶように駆け抜け、セキュリティーカメラの回線に潜り込んだ。
島全域に小隊ないし中隊レベルのチームに分かれて見回っている無数の警備ロボット。
八十階にて交戦中の雄英生徒四名とヴィラン二名。
最上階のシステム制御用のコンソールがあるエリアにヴィラン二名。
レセプションエリアにて一般人とオールマイトを含むヒーローの人質、そして首魁と思しきヴィランを含めて五名。
最上階を目指す階段エリアに出久とメリッサ・シールドを含む一年A組の生徒達と、プロヒーローのサー・ナイトアイ。
「ほう、中々善戦しているではないか。これならドライバーや俺の加勢は不要か」
他に気になるデータを物色していると、最上階に保管されているサポートアイテムを記載した名簿のファイルが目に入った。当然、閲覧制限とパスワード入力を求められる。片腹痛いとばかりに進もうとしたが、パスワード入力を求める画面はダブルドアの様に一対あるのだ。
「別個のパスワードの同時入力とは、なんともひねりがない」
バグヴァイザーを装着し、銃口を向けた。バグスターウィルスであるオレンジ色の粒子を浴びせられた壁は徐々にノイズが走り、調子の悪い蛍光灯のように激しく点滅を繰り返しだした。ほぼ完全に透明になったところで壁を素通りして再びウィルスを回収すると、白い空間に続くゲートをくぐった。
「これは中々・・・・・・実に興味深い」
数十万近くはあるであろうファイルの数に、グラファイトは一瞬顔を顰めた。番号しか振られていない以上、中身の詳細な情報が分からない。地道に見ていくしかない。
「目も手も足りんな、まったく」
爆豪、切島、芦戸、轟の四人とテロリスト二人の戦況は拮抗していた。前者二人の相手は膂力とタフネスに物を言わせて攻撃を耐え凌ぎ続け、硬化したまま囮となって前進して揺さぶりをかける切島を突き放しては爆豪を先に倒すか、相方と合流しようと移動する。
後者二人はそれぞれ氷と溶解度、濃度を調節した酸で足を止めさせ、懐に飛び込みつつ攻撃、捕縛の作戦を決行していた。しかし氷は抉られ、散布した酸も水かきで接地面ごと吹き飛ばされて用を為さない。
「キリがねえ・・・・・・糞デカブツ、さっさと死に晒せやおらあああああ!!!!」
クレーターを作るほどの勢いで壁に激突したにもかかわらず応戦を続けるヴィランに痺れを切らした爆豪は空中で爆破を繰り返し、速度を上げ、回転しながら更に爆破の威力を上げていく。そして鼻先に迫った刹那、今日一番の爆破を繰り出した。
「
反撃に繰り出した拳すら撥ね退けられ、『個性』発動を強制終了させられたヴィランは全身に打ち身と火傷の痕に塗れたまま昏倒した。
もう一人のヴィランも特大の爆破で思わず気が逸れてしまう。そして僅かに残っていた溶解度ゼロ、粘度最大のトラップに足を取られた。
「しまっ――」
「寝てろ」
出久から貰った弱点克服のノート。特に左半身から放つ炎に関しての扱いは微に入り細を穿つものであった。威力の調節、範囲の調節、火力の調節。これら三つを一定レベルで同時に可能とするのが、『呼吸』と言うメトロノームにリズムを合わせる事だ。
腹式呼吸で鼻から息を吸い、左拳を腰に引きつけて炎を溜める。止めて、巡らせ、伸ばした指先に集中。
イメージは自分と言うA地点、相手と言うB地点を結ぶ、最短距離の直線。
「
炎は波ではなく螺旋を描くミサイル弾頭の様に空を裂き、ヴィランの左半身に手酷い火傷を残した。
すかさず芦戸が懐に潜り込み、滑走の勢いを利用したアッパーで顎を打ち上げた。脳震盪を起こし、紙切れのように宙を舞うヴィランは首から下を完全に氷で覆われ、捕縛された。
「わりぃ、左の調整がまだ甘いから手間かけさせた」
「いーっていーって!早く上に行った緑谷達と合流しよ!」
そうだな、と言いかけた直後に、自分たちに近づくサイレンの音が聞こえた。I-アイランド全域で見かけた警備マシンの大群だった。
「まずはアレを片付けてからだな。」再び深呼吸を始め、今度は左手を右腰に添える。次は点ではなく、線を意識し、横一線に振るった。
「全員、一旦止まれ」
ナイトアイの言葉にこれ幸いとばかりに峰田と上鳴が座り込んで呼吸を整え始めた。
「どうかしたんですか?」飯田が汗を袖で拭って尋ねた。
「走破した階層が三桁に突入してから隔壁などの障害物がごっそり減っている。明らかに罠だ」
「でも前に進む以外に道は――」
「ああ、その通り。前進以外の選択肢は無い。しかし、ここまで来た以上、無駄な時間、無駄な体力、そして徒な『個性』の乱発を避けるべきだ。使用に上限がある物は特に。まずメリッサ嬢、この百三十階には何があるか教えて欲しい」
「はい、主に実験施設があります。実験の内容も危険な物もあるので、造りは頑丈です。『個性』も大規模な爆発を起こす程の物でなければ使っても問題ありません。ここから入れます、けど・・・・・・警備マシンが大量に・・・・・」
「僕達が雄英の生徒だって事がばれたね、多分。来客のリストと顔認証システムがあれば時間の問題だし」
「つまり、閉じ込めるのではなく『捕縛』に方針を変えたと言う事ですわね。警備マシンの突破ですが、ここは上鳴さん、お願いしますわ。飯田さんは彼をあそこまで飛ばす発射台の役を」
「うむ、了解した!頼むぞ、上鳴君!」
敬礼にも似たポーズで飯田は意気込みを見せた。
「おうよ!へっへ~、ようやく俺の出番だぜ。そうだよなあ、精密機械の天敵と言えば水に衝撃、そして高圧電流だもんなあ」
小休止で調子が戻った上鳴は髪をかき上げ、やっと自分も役に立てると息巻いた。
「私はその計画に異存はないわ。でも保険は必要よ。あの警備マシン、かなり頑丈に作られてるし、ここも島である以上、防水加工や防錆ラミネートは勿論、高圧電流にも耐えられるように設計してあるの。もしカミナリ君の『個性』出力が防御を下回ったら・・・・・・」
「計画がパァだね。ん~~・・・・・・単純に壊すだけなら僕や飯田君でも出来るしなあ・・・・・機械の注意を逸らせる物って無いかなあ?」
「あ、じゃあ・・・・・・あの花火みたいな奴ってどうやろ?」
「花火?こんなとこで?」訳が分からないとばかりに耳郎が首を傾げた。
「あーでもその、ほら、本物の花火やなくて、バババババーって周りにめっちゃばら撒くアレ!」
言葉が出てこないのがもどかしく、麗日はそれでもどうにか伝えようと必死に身振り手振りで示した。「うーんと、飛行機とかについてる奴なんやけども・・・・・」
「飛行機・・・・・・」はっと気が付いた八百万は目を輝かせた。「フレアとチャフですわね!妙案ですわ、麗日さん!」
麗日のインスピレーションによって持ち上がった計画はこうだった。
まず絶縁シートを用意し、飯田を除いたメンバーがその下に避難。
次に飯田がエンジンで勢いをつけて上鳴を警備マシン群の中心に放り込み、同じくシートの下に避難。
上鳴はおよそ五十万ボルトを一度放電し、効かなければ即座に持たされたチャフのキャニスターを起爆。
続いてそれを合図に麗日、耳郎、八百万、メリッサの四人も同じ物を投擲し、起爆。飽和で対処能力超過を誘発、通信を妨害したところで一番馬力がある出久と飯田が正面突破しつつ、上鳴を回収。
まだチャフの効果が活きている間に耳郎が増援の警備マシンが来る方向を探って各員に伝達してそれを迂回、更に上を目指す。
「いい作戦だ。一つ修正を加えるならば、上鳴君と言ったかな?君の回収は私に任せてもらいたい。この場で役に立つ『個性』は持ち合わせていないが、私もプロヒーローだ。セミプロですらない君達にばかり動かれては私も立つ瀬が無い」
嫌とは言わせんぞとばかりの鋭いナイトアイの眼光に、反論するものはいない。
「よっし、んじゃ飯田!よろしく頼むぜ!」
「任せたまえ!むぅぅおおおおおおおおおおおお!!!」
上鳴の両手を掴み、エンジンの『個性』を発動。その場で回転を始め、頃合いを見て彼の手を離す。
「さんざっぱら走らせやがって、食らえコンチクショー!無差別放電・50万ボルト!」
眩い電光が迸り、警備マシンに黒い焦げ跡がつき始めた。せり出していたカメラアイも引っ込んでいく。
「やっぱ防御しちゃうよなー。ならこいつで!」発煙筒より少し太く短いキャニスターのピンを引き抜き、地面に叩きつけて顔を背けた。辺り一面にアルミ箔がばら撒かれ、照明の光を受けて煌めく。「ヤオモモ!」
「了解ですわ!皆さん!」
「おっしゃー!」
更に四つのチャフキャニスターが宙を舞い、炸裂。
「一速、二速、三速!」平らな一本道で淀み無いギアチェンジと加速を行う飯田。
「フルカウル30%、FLORIDA SMASH!」そして左肩を前に出したタックルの構えで突き進む出久。
動きが鈍ったマシンは凄まじい激突音と共にボウリングのピンの様に跳ね飛ばされ、風圧で他のマシン達もひっくり返り、欄干の向こう側に吹き飛ばされていく。
「左から来てる!数は不明!」
「ならば右折だ」
一行は再び階段を見つけ、百三十八階まで上り詰めた。高い天井に二メートル以上はある黒い直方体が図書室の本棚の様にいくつも並んでいた。
「ここは・・・・・・サーバールームか。」辺りを見回す限り、警備マシンもヴィランも見当たらない。正面に自動ドアがある。しかし十歩も進んでいないところでドアが開き、再び百数十体のマシンがサイレンを鳴らしながら現れた。
「しつけえええええええ!!!」
もううんざりだとばかりに峰田が呻く。しかしそんな非難などお構いなしに数は二百、三百と膨れ上がっていく。
「メリッサさん、強行突破はやっぱりまずい、ですよね?」
「ええ。サーバーに被害が出たら警備システムに支障が出るかもしれない。チャフも冷却ファンに入ったら大変だからここじゃ使えないわ。カミナリ君の『個性』も勿論アウト」
「・・・・・・非常に不本意だが、座禅陣を組むしか無い」眼鏡を押し上げながらナイトアイがため息交じりに言った。
「ざぜん、じん?」上鳴がオウム返しに聞いた。こんな時に座禅を組んでどうしようと言うのだろうか。
「島津の退き口をやるのだよ」
その意味を理解したのか、飯田と八百万の顔が強張る。
「・・・・・・分かりました。では、僕は残ります」
「私も残りますわ」
「ちょ、おいおい、待ってくれよ!島津の退き口って何だよ!?」
「捨て奸。要するに、究極のトカゲの尻尾切り戦法だよ。」残る事が何を意味するのか分かりかねる上鳴に出久がかいつまんで説明した。「チームの数人が殿となって敵を死ぬまで足止め、を繰り返すことになる」
「幸い向こうは殺害ではなく捕縛が目的だから、死ぬことはない。まず二人は決まったが、他はどうする?」
「じゃあ、ウチも残る。ヤオモモのサポートぐらいは出来るし」と、ナイトアイの言葉に耳郎が声を上げた。
「おいらも残っとくぜ」
ナイトアイとメリッサを除くほぼ全員が耳を疑った。
「え?」
「はい?」
「な、何だよお前ら!」
「いや、あんたの口から殿に志願するなんて遂に上鳴のアホが伝染、もとい通電したんじゃないかと思って」
「はぁ!?耳郎、おま、ふざけんなよ!?」
「お、おいらだってカッコつけてえんだよ!良いだろ別に!?」耳郎の言葉が心外だとばかりに峰田は頭のもぎもぎを床一帯にばら撒き始め、虚言ではないぞと見せつけた。
「よろしい。人数はこれぐらいでいいな。では先へ進むのは我々五人。メリッサ嬢、先導を」
「はい!みんな気を付けてね!」
クラスメイト四人を残し、出久達は別のルートへ向かった。
緑谷出久のSMASH File:
Florida Smash:助走をつけてかますショルダータックル。なお、ワン・フォー・オールを使えば踏み込み一歩でも事足りる。由来はテキサスに次いで優秀なアメフト選手を輩出しているフロリダ州から
次回、Mission 08: Atrociousな男達
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