最上階までまだ先は長かったが、飯田達を残して風力発電システムが設置された屋上スペースに出た。最上階に一直線で辿り着く為に麗日は出久、メリッサ、ナイトアイの三人に触れて『ゼログラビティ』を発動、タワーの最上階まで押し上げ、再び捨て奸を敢行して上鳴と共にその場に残った。
「サー・ナイトアイ、一つ聞いても?」
「この事件に関係していることであるならば許可する」
「タワー入場前に言ってましたよね?レセプションパーティーが狙われて会場内全員が武装集団に人質にされる未来を視たって。具体的に誰を視たんですか?」
ナイトアイは一度、二度と瞬きし、問い返した。「知ってどうする?」
「I・アイランドのセキュリティーをこうも簡単に突破して掌握なんて、いくらなんでも都合が良すぎる。内部の人間が手引きをしたとしか思えないんです。島の人間全員を人質に出来るなら、レセプションパーティーで拘束した貴賓やプロヒーローは十把一絡げ。見せしめも兼ねてあの場でプロヒーローだけでも全員始末してしまえば障害はほぼ百パーセント消える。装備も整っていたし、明らかに汚れ仕事に馴れているみたいだったのに。にも拘わらず、それをしなかった。もしくはしないようにしないように指示されたんじゃないかと思います。内通者兼首謀者に」
「ちょ、ちょっと待って。内部の人間が手引きって、そんな――」
「はい。メリッサさんの言う通り、証拠は状況的な物しかありません。これはあくまで根拠薄弱な推測です。だから万が一サー・ナイトアイが事件の関係者を視ていたら答え合わせで確証が持てます」
「よろしい。理路整然と一息に言えた事に免じて答えよう。私が視たのは――」
「チッ、やはり俺一人では処理しきれん」
監視カメラの回線を通してタワー内での戦闘の一部始終を流し目で見つつ、グラファイトは保管室のデータを物色していた。特殊な細胞分裂を起こすガスを内包したタンク、果物のデザインをあしらった錠前、卵ほどの体積がある宝石をはめた指輪、超古代の文明に彫られたであろう石板の一片、あらゆる動植物とは異なる種類の細胞がこびりついた隕石の欠片など、保管されているものは千差万別だった。
だが、一つとして探している物には該当しない。しかしその最中、保管庫の一つにデビッド・シールドがアクセスしている事を報じるウィンドウが開いた。
「1147ブロック・・・・・・ほう。機械を介して『個性』数値の増幅を図る物か。」
出久達も近づいているが、まだ距離がある。首魁ヴィランの方が近い。探し物の片手間にコード解除を少しばかり邪魔してやろうと操作を始めた。
「ん?」アクセス拒否の文字を見て、デビッドは眼鏡越しに顔を顰めた。
「アクセス拒否・・・・・・どういう事ですか博士?」サムは背後の開け放たれた銀行の金庫を思わせる分厚いドアを肩越しに時折確認しながら額の汗を袖で拭い、尋ねた。「コードはまだ変わらないはずでは?」
「い、いや、コードを打ち間違えただけ・・・・・・の筈なんだが」
「ドクター・クロトのおかげでセキュリティー機能は大幅に上がりましたが、上がり過ぎると言うのも考え物ですね」ジョークで緊張を和らげようと試みたサムだったが、あまりにも場違いで、自分自身ですら笑いがこみ上げるどころかニコリともできない。
「そうだな」再びコードを入力しようとしたが、手が止まる。そもそも、何故否認の文字が出た?コンピューターなど小学生の頃から使っていたし、キーの位置など見なくとも手を置いただけで分かる。打ち間違える事ぐらいあるが、それなら何をどう間違えたか、すぐに分かる筈なのだ。しかし、先程自分は間違いなく正しい解除コードを入力した。なのに、アクセスを拒否されてしまった。まるで何らかの上位存在の意思が思惑を阻止ししているかのように。
いや、そんなはずはない。迷惑をかけるのは承知の上だが、これも人助けの為なのだ。
「よし、解除した」最後の認証を突破し、1147ブロックのボックスが開いた。
「やりましたね、博士。全て揃っています。」ケースのラッチを外し、サムはその中身をデビッドに見せた。
「ああ、遂に取り戻した。これだけは、データであろうと誰にも渡せない。」
「プラン通りですね。ヴィラン達も上手くやっているみたいです」
「ああ、君が彼らを手配してくれたおかげだよ」
「パパ・・・・・?」
心臓が止まりかけた。幻聴ではなかった。デビッドが振り向いた先には、まごうことなき一人娘のメリッサが、その場にいた。混乱と失望がない交ぜになったその面差しに早くも胸が潰れそうな気がし始める。
「プラン、通りってどういう事?サー・ナイトアイが言っていたのが勘違いだって、嘘だって信じたかった。信じたかったのに・・・・・・ッ!」
「メ、メリッサ・・・・・・!」
しかも彼女だけではない。緑谷出久と、オールマイトの元サイドキックのサー・ナイトアイも後ろに控えている。
「これを仕組んだのも、その装置を手に入れる為に・・・・・・?そうなの、パパ?」
真っ直ぐに見据える娘の視線が痛い。デビッドは観念したように「ああ、そうだ」と頷いた。
「何で・・・・・・どうして!?」
「博士は奪われた物を取り返しただけです!機械的に『個性』を増幅させる、この画期的な発明を!まだ試作段階ですが、薬品と違い、副作用も無い。効力の振れ幅もありません。しかし、この発明と研究データはスポンサーによって没収、研究そのものも各国の圧力によって永久凍結となりました。これが公表されれば、超人社会の構造が根底から激変するからと・・・・・・」
「それで、ヴィランを装った人間を雇い、引き入れて別の場所で研究を再開しようとサムが手配を・・・・・・」
ここで初めてナイトアイは口を開いた。「貴方は忘れている。盛者必衰の理を。形あるモノはすべからく滅び、消える。『個性』社会であろうとなかろうと、それは変わらない。貴方も、私も、勿論オールマイトも。」
「たとえそうだとしても!これはオールマイトを救うために必要なのだ」悲痛な顔でデビッドが声を絞り出した。「これさえあれば、消えかかっている彼の力が蘇る。全盛期以上の力を取り戻すことができる筈なんだ。分かってくれ、メリッサ」
「分かんない!パパが言ってることなんて全然分かんない!!マイトおじ様がそれで力を取り戻したとしても、こんなやり方、絶対喜ばない!」
視界が歪む。目が熱い。髪を頭皮ごと引き千切りたい。目の前にいるはずの懇願する父親がまるで別人のようだ。力が入らない足に踏ん張りを利かせるだけで、メリッサは精一杯だった。
「たとえそうだとしても!私はこの装置を彼に渡さなければならない。もう作り直している時間も無いんだ!頼む、この装置を彼に渡させてくれ。その後でなら、どんな罰でも甘んじて受けよう」
「命がけだったわ・・・・・・ミドリヤ君と彼の友達は命をかけて戦って私を守ってくれた。それまでに何度も死にかけたのよ!?」
ここで初めてデビッドは違和感に気付いた。「死にかけた?いや、しかしヴィランは偽物・・・・・全ては芝居の筈だ」
「デビッド・シールド博士・・・・・・貴方は、愚かだ。確かに博識ではあるのだろう。ノーベル個性賞を取るほどだ。が、こと人間が持つ悪意に関しては無学に等しい」ナイトアイは懐から取り出したスマートフォンのロックを解除し、それを投げてよこした。
「何を・・・・・?」それをキャッチし、デビッドは気絶した男の写真を見た。服装からサムが手配した偽ヴィランの一人だとすぐに分かった。
「その男のヴィランネームはソキル。英語での綴りはSwordkill。前科は傷害、恐喝、銃刀法違反、そして五年前に在日フランス大使、書記官、そして外交官に全治八か月の重軽傷を負わせ、警備にあたっていた人員とその場にいた民間人合計十四名を殺害した、れっきとしたテロリストだ。そして彼を率いるのが実行犯のリーダー、通称『ウォルフラム』。」
「テロ、リスト・・・・・・サム、どういう事だ?!」
「あ、え、いや・・・・・・」
「良~く知ってんじゃねえか、ヒーロー。そして博士、勿論芝居をしてたぜ。『偽物ヴィラン』と言う芝居を、な」
白いコートに鉄屑を溶接して作った武骨な左右非対称の仮面の男――ウォルフラムが部下を一人連れて戸口に現れた。そして無造作に扉に触れた瞬間、欄干が蛇のように捻じ曲がって出久とナイトアイを壁に釘付けにした。
「金属操作の『個性』かッ・・・・・・!」
「少し大人しくしていろ。サム、装置は?」
「こ、ここに。」ケースを抱え、サムはつんのめりながらもウォルフラムのもとへと階段を下りた。
「サム・・・・・・!?君は最初からヴィランに装置を渡すつもりで――」
「ええ。ですが博士、貴方も悪いんですよ。長年貴方に仕えてきたと言うのに、あっさりと研究を凍結させられ、手に入れるはずだった栄誉に名声!それが全て無くなってしまった!貴方だって結果的に私を騙したじゃありませんか!お金ぐらい貰わないと、割が合いません!」
人間の悪意に関しては無学。デビッドは、ここで初めてそれを思い知らされた。初めから騙され、利用されていたのだと。机に、パソコンに、論文に、寝る間も惜しんで血反吐を吐きながら噛り付き、作り上げた『個性』増幅装置。『平和の象徴』を守る為と言う大義名分のもと、己が善であると信じて疑わず、目的達成の為に他を無自覚に犠牲にした自分はそれを超える、より醜悪などす黒い『悪』であると。
「ご苦労。謝礼だ」ウォルフラムはケースを受け取り、懐に手を入れた。しかし取り出したのは札束どころか金品ですらない、拳銃だった。鈍い撃発音と共に、サムが倒れる。
「な、何故・・・・・や、約束が違う!」
「約束?忘れたな。謝礼は
しかしサムの額を銃弾が貫くことはなかった。突如現れたオレンジの粒子が楯となり、弾丸をその場にとどめている。
「グラファイト・・・・・・!?」
「グラファイト?お前がそうなのか。思っていたよりは小さい奴だな」
ウォルフラムの小馬鹿にした笑みなど意に介さず、グラファイトも鼻で笑い返した。
「貴様こそ、不細工な仮面だな。素顔は絵にも描けぬ、よほど醜悪な物と見た」
売り言葉に買い言葉の、安い挑発の応酬。気が逸れている間に出久はワン・フォー・オールを発動して全身に巻き付いた鉄を引き剥がそうと抵抗を始めたが、やはり鉄は鉄であり、飴細工ではない。許容上限一杯まで出力を上げても足りないのだ。ならばと更に出力を上げていく。出し惜しみなどしている場合ではない。
「本来はこいつを殺したければ勝手にしろと言いたいのが偽りなき本音だが、死なれては困るから邪魔をさせてもらった」
「ほう、」と言いつつ、ウォルフラムはデビッドに銃口を向け、発砲したが、再び弾丸が標的に辿り着く前に握り潰された。銃創はおろか皮膚には火傷すらない。「良いのか?そいつはもう科学者じゃあない。今や立派なヴィラン、俺と同類だぞ?どんな理由があろうと、悪事に手を染めた。俺達が偽物だろうが本物だろうが、そこに片棒を担ぐ当人の意思が存在している限り、それは変わらない」
「同感だ。だがそれを言うならば俺とて同じ。俺もまた、『悪』だ。だが貴様らと俺の差は、天と地ほども隔たっている。俺は貴様らの理解すら遠く及ばぬ、深淵の巨悪だ」
「おいおい、ヒーロー様が自ら悪であると認めちまっていいのか?」
「顔だけでなく耳も悪いと来たか。俺は一度もヒーローと名乗った覚えはないぞ。そして俺は休息を邪魔されて、すこぶる機嫌が悪い。今すぐその銃とケースを捨てて作戦を中止すればよし。続行するならば、二度とその仮面を外せぬよう、顔面ごと踏み潰す」
「どうやって?」ウォルフラムの銃口が、再び足元に倒れているサムとデビッドに向く。
「下手な芝居はよせ。貴様を雇ったその脂ぎった愚物と違い、その装置の理論を構築し、量産できる唯一の人間を殺すなど、理に適わん」
「なら、これはどうだ?」と、ハッタリを看破された事などおくびにも出さず、銃口の向きを変えた。
しかし、ウォルフラムの行動にグラファイトはただ口元を歪めた。
「壁を撃って、何をするつもりだ?もしや跳弾で俺を殺そうと言うのか?面白い、やってみるがいい。その様に芸達者ならば前座程度は務まろう。」
「壁?何を――」言っているんだ、と言う言葉がウォルフラムの口から洩れる事は無かった。いない。銃口の先にいた筈の『個性』で壁に釘付けにした眼鏡をかけたビジネスマン風のヒーローと、博士の娘が。残っているのは、拘束を無理矢理引き千切った雄英高校のガキ一人。図られたと気づいた時には既に遅かった。
『I・アイランドの警備システムは、通常モードに戻りました。繰り返します、I・アイランドの警備システムは、通常モードに戻りました』
「警備システムをッ・・・・・・!?」
「言った筈だぞ、俺は悪であると。俺の
ウォルフラムの手がドアに触れ、地面や壁から柱がうねるように伸び、グラファイトに迫った。
『ギュギュギュ・イーン!』
木を伐採するが如くそれら全てが空中でぶつ切りになって落ちた。舞う土煙が治まった頃には、ウォルフラムも、同伴していた配下の男も、デビッド・シールドの姿も無かった。
「無駄な事を・・・・・・」
「グラファイト!今までどこにいたの!?」
「部屋と、この島のシステムの中だ。心配せずとも島が封鎖された時から電脳空間にて全て見ていた。そもそも、俺がいなくとも十分上手く立ち回っていたではないか。俺があの場にいれば、などと言う考えが一度でも頭をよぎったか?」
「だとしても!見ていたなら助けてくれれば良かったじゃないか!たとえ君の助けがここに辿り着くまでいらなかったとしても、あればいくらでも手間は省けた!警備システムの掌握も、潜り込めるならメリッサさんがやる必要はなかった!グラファイトが言ってるそれはあくまで結果論だよ!何もやらない事の言い訳にはならないッ!!」
急速な語気の荒みに合わせで瞳孔が限界まで開き切り、ワン・フォー・オールの光がスパークして出久の全身を駆け巡る。
「・・・・・・否定はしない。だが、いずれお前は俺が援護できない状況に出くわす。必ずだ。幸いここは現代社会でも民間には出回らない最先端の技術をふんだんに使った施設で、行き来など散歩も同然。が、そうでない場所ではそうも行かん。その状況でお前は、同じことを言うつもりなのか?」
「だとしても——」
「今すぐ納得しろとは言わん。お前はまだ道半ば、そしてこれは俺の持論、根本的に感性も死生観も違う非人間の持論だ。さて、」そう言いつつ、自分の流した血だまりの中で蹲ったサムを足で小突き、仰向けにした。「起きろ、愚物。貴様にはあと一つだけ仕事をしてもらう。くたばるならその後で許す。今日デビッド・シールドが保管庫にケースを収めたブロックのナンバーを吐け。中身を拝借して奴を倒す」
「あ、う・・・・・・・」
「急げ。失血死するぞ」
出久が上着とその辺にあった鉄パイプを使ってターニケットを作り、銃創を圧迫されながらも、サムは掠れる声を絞り出して答えた。「い、いち、いち、ゼロ・・・・・キュ・・・・・・」
「ご苦労」
壁に設置された救急キットを開いて応急処置を施すと、グラファイトは指を鳴らしてブロックを開き、バグスターバックルを取り出した。
「出久、使ってみるか?」
「え?それを?」
「ああ」
『ガッチョーン!』
バグヴァイザーZに装着し、それを出久の腹に押し付けると、ベルトが伸長し、勝手に巻き付いた。
「いつも手に付けてたのに、ベルトに・・・・・・・!?」
「バックルで機能が拡張されるのだ。ガシャットの能力を引き出せるだけでなく、高レベルガシャットの副作用やダメージのフィードバックもある程度は軽減出来る筈だ。いつも以上の無茶ができるぞ、喜べ」
「じゃあ、その派手派手な奴は?」
「うむ・・・・・・どう説明した物か・・・・・・まあ使えなくはないが、作った奴の性格だけに、そいつ以外の物が使えばどうなるか分かった物ではないからな。念の為置いておく」
次回、Mission 09: バッドエンドはNo thank you
SEE YOU NEXT GAME......