リリカルらっきょ Es ist Hilfe für Sie.―貴方に救いを― 作:うるしき
軽い熱中症になっていました…。
――そんな自己満足、私は認めないから――
――だから、罰(幸せ)をあげる――
救済願望 いち
「ねぇ、こんなところでなにしてるの?」
「………ぁ?」
まるで、神様が泣いてるみたいだ。
何処かの誰かが呟いた言葉通り、世界は
涙に包まれていた。
しとしとと雫が落ちてきて、余すことなく
世界を満たしていく。
嘆いているのだろうか。それとも、
喜んでいるのだろうか。
けれど、空を覆う雲を見上げれば、
何処か憂鬱な気分にさせる。
結局、分かりもしない考察なんて
しながら鉛の空を見つめ続ける。
ふと、視線を下げてみれば。
見上げた顔に雨が当たって、
泣いてるように見えた。
冷たい地面に腰を下ろして、何処かの家の
塀に背を預けて、空を見上げていた彼の顔は。
そう、彼女には見えて仕方なくて、
知らず知らずに声を掛けていた。
彼女は酷く落ち込んでいた。
自分は独りぼっちなんだと、
心にぽっかりと穴が空いたみたいに。
特別な事でもない。
何処にでもありふれた事が彼女に
訪れただけ。
それでも、彼女にとっては最高(サイアク)に
不幸な事だったから。
だから―――、こんな雨の中傘も差さずに
歩いていた。
さらさらと滑らかな茶色の髪は雨で濡れていて、アメジストのような瞳からは
涙を流しているようで。
彼女―――高町なのはは、落ちてくる雨に
抵抗もしないままうたれていた。
足取りは重く、水分を含んだ服のせいだけじゃないような。
そんな、彼女の気持ちを表していた。
ふと、ポツリとなのはは呟いた。
「…………どうしよう」
脳裏を占めるのは、この状態のこと。
このまま家に帰れば、きっと叱られてしまうから。
それだけはどうしても許容出来ない事で、
《いい子》である筈の彼女にとって
死活問題と変わらない。
だって、《いい子》じゃなくなれば、
きっとなのははなのはじゃなくなって
しまうのだから。
「かえりたくないな…」
小さな少女の少しのわがまま。
でも、それは誰にも伝えることは
出来なくて。
だから、独りの時に誰にいうでもなく
毎日吐き出している。
どれだけ帰りたくないと思っても、
六歳にもならないなのはには
帰るしか選択肢がない。
「…あそんでたら、あめがふったから。でいいかな?」
俯きながら、くるりと踵を返して家へと
向かっていく。
帰ったときの言い訳を考えながら。
もう間も無く、家へと着こうとした頃。
どくん、と胸の奥が跳ねた気がした。
ゆっくり、されど加速させていって、
胸の鼓動が速くなっていく。
アメジスト色の瞳を見開いて、
空いた口からは音のない声が漏れた。
「―――あ」
なのはの見つめる先に、
家の塀に背を預けて座り込む人が居た。
服が濡れ、汚れるのも構わないとどこか
ぼんやりとした風に。
水を吸った黒髪、何処か風変わりな
着流しと編み上げブーツ、そして
赤いブルゾンといった出で立ちの。
へんなひと。
そんな感想がなのはの思ったこと。
和服と洋服を一緒に着ている。
それが可笑しな事であると、幼いなのはにも分かった。
あまり、そんな人は見ないから。
座り込んで分かりづらいけれど、
なのはよりは身長が高い様に見える。
―おにいちゃんよりはちいさいかな―
未だ空を見上げる彼を見て、
そんな些細なことを考えた。
二人の距離はそこまで遠くないが、
それでも詳細が分かる距離ではなかった。
だけどなのはには、彼が泣いてるように
思えて仕方なかった。
あんなにも、酷く弱々しい表情を
しているのだから。
「ねぇ、こんなところでなにしてるの?」
「………ぁ?」
だからだろう。どこか放っておけなくて
気付けば声を掛けていた。
まるで、迷子のように思えて仕方なかったから。
小さな子が道を見失って泣いてるみたいに。
そう考えると、なのはも迷子なのかもしれない。
何処に進めばいいのか分からなくなって、
膝を抱えて震えているかのように。
何処か共感めいたものを感じたのか、少し尻込みしながらも更になのはは彼へと問う。
「そのままじゃ、かぜひいちゃうよ?」
「そんなもの…どうってことないよ。それよりオマエの方こそ、風邪引くんじゃないのか?」
「え、えっと…そうだった」
「変なヤツ…オレを気にするよりも、早く帰れば?」
「でも、このままじゃ…」
普通の人ならば、大体はここで引き下がるかもしれない。
誰だって、自分に面倒や不幸は
持ち込みたくないから。
けど、なのはは違った。
《いい子》であるということ。
普通ならば、そうなってしまった原因を嫌って
しまう筈なのに。
彼女は廻りよりも、自分を責めてしまった。
余りにも彼女は優しい心を持って
しまったために。
なのはは何処か歪な意思を持つようになったのだから。
自分が迷惑を掛けないいい子であれば、
家族からは嫌われず、
家族の雰囲気も柔らかく、昔のように
戻るはずだと信じて。
だからこそ、目の前の少年をなのはは放っておくことが出来ない。
優しく、我慢強い彼女には。
だから、
一歩を踏み出して、呆気にとられる彼の
手を取ってなのはは歩き出した。
「………なんで」
生きてるのだろう。
何処か上の空で織は、空を見上げた。
あの夕焼けの放課後。
茜色の空が綺麗で、ずっと見ていたかった
と思った。
幸せを願って、決意を固めて、
織の心の奥底に仕舞い込んだ
憧れを必死に留めていたのに。
幸せの未来。それが分かっただけで
彼は満足だった。肯定する彼女、否定する織。
きっかけは壊れ始めた彼女。
肯定しか出来ない筈の彼女に、
否定の心が生まれたから。
だからこそ、壊れるしかないと知った織は、
彼女よりも自分を壊した。
彼女がいつか幸せを掴むために。
「それでも―――後悔はない筈なのにな…」
あぁ、出来るならもう一度だけ
会いたかった。
「なんで身体があるのとか…死んだ筈なのに。
―――なんて疑問を持つのは面倒だからどうでもいい」
織にとっての人生はあの時に幕を閉じた。
何故、どうしてなんて考えはいらない。
ただ、此処に織が在ることこそが事実なのだから。
どれ程考えた所で、この不可解な謎が
解ける訳でもない。
「それに、今更の救いに興味はないよ…。
本当、神様ってのは気まぐれだよな」
無気力―――。
もしも、仮に神様の気まぐれなら
あの時に救ってほしかった。
壊れ掛けていた彼女を。
否定と肯定の狭間でジレンマを
抱えていた彼女――両儀式を。
「…オレは、満足してたんだよ。
だってさ、オレの夢が生き続けるって
教えてもらったからさ」
雨が降る空を睨み付けるように。
けど、何処か喜色と寂寥を含んだ表情で。
何処にいるかも分からない神様に、織は語り掛けていた。
「だから―――
―――オレは幸せは要らないから。
式とコクトーを幸せにしてやってくれよな」
織の願い。
笑みを溢した彼の願いは、鉛色の空に溶けていった。
「―――本当、殺したくなるくらいにさ」
織に影が差した。
「ねぇ、こんなところでなにしてるの?」
「………ぁ?」
びしょ濡れになった幼い少女が、
泣きそうに織を見ていた。