痴漢に遭遇→パンツを買う→ストーカーに遭遇
阿賀野と加賀。この2人の
あれは13年前、俺がまだ小学3年生の頃の事だ。あの日俺は夏休みを利用し家族総出で九州にあるひいばあちゃんの家に遊びに来ていた。ひいばあちゃんの家は町……というよりも村といった方がしっくりくるようなド田舎で周囲には何もない。見えるのは川、田んぼ、山、青空くらいのものだった。
きっと今の俺があの場所に行けばうへぇ……と嫌気がさしてしまうだろうが当時の俺にとってはとても素晴らしいワクワクにあふれた町だった。
最初に俺が選んだ遊び場は川だった。水は澄み渡り淡水魚の様な綺麗な魚が泳いでいた。石の影に沢ガニを見つけた時のテンションの高まりを俺は今でも忘れない。俺の知っている川はどれも汚く濁り、そこに棲む生物だってアメリカザリガニやジャンボタニシくらいしかいなかったのでこの時の衝撃は凄まじかった。
俺は裾を捲りあげ裸足で川の中に入り夢中で沢ガニを捕まえた。きっと当時の俺はこのカニを沢山捕まえて家族皆で食べようなんて馬鹿な事を考えていたのだと想像に難くない。
ただただ馬鹿みたいにカニを捕まえ続けていた時だった。突然足場が悪くなりツルっと足を滑らせてしまった。
(やばっ、こける)
正直コケるのは構わない、やんちゃ坊主だった俺は少々の痛みには慣れている。ただびちゃびちゃに濡れ服を汚してしまうと母さんから怒られる、それが怖かった。だがもう体勢を立て直すことはできない。大人しくげんこつを受け入れようと覚悟を決めた時。
がしっ
倒れる俺の腕を誰かが掴み助けてくれたのだ。俺は体勢を崩したままの状態で首だけを動かし救世主の方へ顔を向けた。
そこにいたのは俺より二、三歳ほど年上と思われる少女だ。じっと少女の顔を見続ける俺に向かって少女は言った。
「気をつけなさいよねクソ提督」
みーんみーんとクマゼミが喧しく鳴く中、彼女の髪飾りについている鈴がチリンと音を鳴らすのが確かに聞こえた。
これが俺と彼女の出会いだった。
それから彼女は毎日俺の遊びに付いてくるようになった。付いて来ないでくれと彼女に言った。当時の俺は女の子と遊ぶのは何だかとても恥ずかしい事のように感じたからだ。だけど彼女は「あたしの行く場所にあんたが先回りしてんのよ」と理由の分からない理論で一蹴した。
最初は仕方なく彼女の同行を許しただけだった。だけど流石は地元人、俺の知らない田舎の楽しみ方というものを知り尽くしていた。
彼女はカブトムシを見つけるのが上手かった。俺はカブトムシっていうのはずっと木にへばり付いているものだと思っていたがどうやらそうではないらしい。
「そこ、掘ってみなさい」
俺は言われるままに木の根元をスコップで掘った。するとザックザックとカブトムシやクワガタが出るわ出るわ。俺は興奮の余り両手にカブトムシを掴んで彼女に突きつけた。と同時に殴られた。どうやら彼女はあまり虫が得意ではないらしい。
彼女はひまわりが好きな少女だった……と思う。思う、と言うのは直接彼女の口からひまわりが好きだと聞いた訳ではないからだ。そもそもあまり素直な性格ではなかったので何かを好きと言うような事自体がなかった。
だが彼女は度々俺をひまわり畑に連れて行った。そこでは沢山のひまわりが咲いていた。正直花になんて興味のなかった俺はひまわりの種を一粒とって口に放り込み――吐いた。
「ばかね」
と、彼女は笑っていた。
彼女は秘密基地を作るのが上手かった。もちろん木々の間に小屋を立てるような本格的な物ではなく、俺の身長くらいの雑草?を結び合わせて作った簡易的なものだ。
俺は彼女に教わった通りに雑草を結び合わせドーム状の基地を作っていく。
「ちょっと!あんまり大きいのじゃなくて小さいのを作りなさいよ!」
えー俺はおっきいのがいいよ。と不満を垂れた。
「馬鹿っあんまり大きいとあんたと密着できな……じゃなくて基地がもろくなるでしょ!」
と顔を真っ赤に染めた彼女に怒られた。
彼女は釣りが得意な少女だった。彼女が釣り糸を垂らせば直ぐに魚が食らいついた。
「ふふーんどうよ。海に行けば秋刀魚だって沢山とっちゃうんだから!」
と彼女は得意げに言っていたがやはり虫は苦手らしく俺は毎回彼女の釣り針にイモムシを付けて上げていた。
そんな風に俺は9歳の夏を彼女と過ごした。
ある日の夕方、彼女との別れ際にふと疑問になって彼女に訪ねてみた。
「お姉さんはどうして俺と遊んでくれるの?」
彼女は一瞬言葉に詰まったが直ぐにこう応えた。
「あんたが提督であたしがあたしだからよ」
「よくわかんない」
「いいのよ分かんなくても。とにかくあたしがずっとずっとあんたと一緒にいてあげるわよ……って何言わせるのよ!」
急に自分のセリフに恥ずかしくなったのか彼女は怒ってどこかに行ってしまった。
ずっとずっと一緒に居てあげる。この言葉で俺はようやくあることに気づいた。
(俺、もう直ぐ地元に帰るって言ってないや)
きっと彼女は俺がずっとこの町にいると思っている。そう気づいた。
あれだけ煩かったクマゼミはなりを潜め、代わりにツクツクボウシが静かに夏の終わりを知らせ始める8月25日のことだった。
それから俺は何度もそのことを彼女に伝えようとした。だけどいざ言うぞというところで何だか照れくさいような、悲しいような今までに感じた事のない気持ちに阻まれ、結局彼女に伝える事が出来なかった。
8月30日。俺がこの町にいられる最後の日。今日こそはちゃんとさよならを言うぞと意気込んでいたが結局夕方になってしまった。ダメだ、今日は絶対に言うんだ。言わなきゃダメだ。そうやってもたもたしている間に彼女はいつものように別れを告げる。
「それじゃ、また明日ね」
俺は息を呑んで胸が張り裂けそうになりながらもこう応えた。
「うん、また明日」
これが彼女との最後の会話だった。
それから数年後、自衛の為に読んでいた艦娘大全で彼女が駆逐艦曙であると知ったのだった。
◇◇◇
「何か申し開きはあるか?」
「ないわ」
「あれや!」
下着泥棒と遭遇後、俺は風呂場にあるシャワーのホースを引きちぎりそれを用いてこいつを縛った。縛られている間もこの艦娘は全く抵抗することはなく不気味なことこの上ない。
「ちっ、この半年俺のパンツ盗んでいたのはお前ってことでいいんだな?」
「そうね」
「ちったぁ申し訳なさそうにしろよ……」
この野郎、拘束された現在も全く悪びれる様子もなく平然としていやがる。
「この部屋にはどうやって入った」
「私が艦娘で貴方が提督だと言うことを大家さんに伝えたら快く合鍵を渡してくれたわ」
大家ぁ…。大体この国は艦娘に甘すぎる。そりゃあ確かにこいつらはこの国を深海棲艦とかいう奴らから救った英雄なのかもしれない。それでも許される事と許されない事はあるだろうが……。
――いや、本当は分かっている。国はこいつらに手を出さないんじゃない、出せないんだ。
人類が勝てなかった深海棲艦を早々に全滅に追い込んだ艦娘。つまり、万が一にも彼女らの機嫌を損ねて実力行使に出られるなんて事態にでもなれば、深海棲艦に手も足も出なかった人類が抗えるはずもないのだ。だからこの国は艦娘達を英雄として扱い、角が立たないよう法の外の存在として認めている。
幸い艦娘達は心優しく良識人ばかりの為、これまでに事件らしい事件は起きていない。…はずなのだが。
「提督、先程私から没収した下着を返してください」
明らかに良識とか理性とかをどこかに落としてしまっているようにしか見えない。
「ふざけんな。つーかまずは俺から盗んだパンツを返せ」
「それは無理ね」
「んでだよ」
「貴方の下着は今私が着ている服の生地になったもの」
「・・・」
ダメだ、もうほんとダメだ。イッてやがる。ぶっ飛んでやがる。
「替えの下着なら置いておいたでしょう?それを着てください」
「女物なんざ穿けるか!せめて男物用意しろや!」
「私は男性用の下着なんてもっていません」
「あれお前が着ているやつだったのかよ!?」
ダメだ、こいつが喋る度にツッコミを入れさせられてしまう、体力が持たない。
「提督……ひとついいかしら」
「……んだよ」
「出来れば下着はトランクスではなくボクサータイプにして欲しいわ。その方が蒸れて臭うと思うから」
「やかましい!」
◇◇◇
このままでは完全に加賀のペースだと感じた俺は一時撤退しコーヒーを飲み冷静になる事にした。
冷蔵庫からコーヒーの入ったペットボトルを取り出しコップに注ぎブラックのまま仰ぐ。
しかし、妙だ。100年分の性欲を溜め込んでいるこいつらは提督である俺達を見つけると同時に襲ってくるはずだ。だが今ここにいる加賀はとりあえずは俺の命令に従い大人しく縛られている。恐らくこれが今朝遭遇した阿賀野だった場合一も二もなく俺はめちゃくちゃにされていたことだろう。
この加賀が特別理性的なのか?いやそれは無い断じてない。そうでないと俺の奪われたパンツが浮かばれない。
「おい加賀、お前は性欲をコントロール出来ているのか?」
「いいえ、全く」
「ならどうして俺を襲わなかった?今朝あった他の艦娘は問答無用だったぞ」
「他の艦娘に会ったの?」
今まで感情の伺いしれなかった顔に少しだけ苛立ちが見て取れた。なんだ?あまり艦娘同士の仲は良くないのか?
「いいから俺の質問に答えろ」
「……私達艦娘は100年分の性欲を溜め込んでいる。そしてその欲望とも言える感情を受け止められるのは、貴方達提督適性を持つ人だけ。ここまでいいかしら」
「ああ、理解している」
「だからその…私達は貴方の私物とかあればとりあえずはその欲望の捌け口にできるの。貴方だって如何わしい本やビデオがあれば1人でもできるでしょう?」
……なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「おい、まてどういうことだ」
「要するに……お世話になりました」
聞きたくなかった……。なんで俺は盗まれたパンツをオカズにしていました宣言を本人から受けなくちゃならんのだ……もういやだ。
「つまりお前は自家発電で性欲を発散していたから理性を保つ事が出来たと?」
「そういうことね」
なんでこいつはこんな平然としていられるんだ。俺だったら自殺もんのカミングアウトだぞ…
「提督、私からも質問いいかしら」
「言ってみろ」
「さっき私以外の艦娘に遭遇したと言っていたけれど誰のことかしら」
「阿賀野とかいうのだよ。ほらヘソ出しノースリーブの」
「ああ……あの子達」
「ほんと災難だぜ。あいつらにスマホを奪われるしお前にはパンツを奪われるし」
「スマホを奪われたの?」
「ああ、あれには大事なデータが沢山入ってるから正直まいってるんだ」
ボソッ「だからGPSが変な位置を示していたのね」
「なんか言ったか?」
「いえ、何でもありません。ところで提督、一つ提案があります」
「……なんだ」
「そのスマホ、私が取り返してあげましょうか」
毒を制す為に毒を利用する。きっとこの時の俺は1日に2人の艦娘と遭遇し疲れきっていたのだと思う。だから正常な判断ができなかったんだ。
だって普通に考えれば想像できたはずだ。毒と毒を混ぜればより強力な劇物になる何てことは。