「提督、コンドームはいくつ買っておけばいいかしら?」
「必要ねーよ、ダボが」
「……そう、避妊は必要ないということね。流石に気分が高揚します」
「お前ちょっと黙ってろな?」
深夜24時、変態ストーカー空母加賀の申し出により阿賀野討伐共同戦線を張った俺達は作戦に必要な道具を手に入れる為に最寄りのロー○ンにやって来ていた。加賀はここまで出向いた目的を失念しているのかさっきから妙齢の女性が口にすべきではないような言葉ばかり口にしている。幸いにも深夜の店内には俺達以外の客はおらず、白い目で見られるような事はなかったのが救いだった。
「おら、さっさとレジに行くぞ」
「そうね。早く私達の家に帰りましょう」
「……一応言っとくがお前は自分の家に帰れよ?」
なにこいつサラッと俺の家に上がり込もうとしてんだ。
「だめよ、明日の打ち合わせをしないといけないわ。これの使い方も説明しないと」
加賀は買い物カゴを持ち上げそう言った。カゴの中には多種多様な物が入っており確かに俺にはこれをどう使って阿賀野を撃退すればいいのか想像すらできなかった。
「……今日だけだぞ」
「
「しばくぞ」
レジで買い物を済ませ店外へでる。何故か加賀が店員さんとおでことおでこがぶつかりそうな距離でメンチを切り合っていたので頭を引っぱたき店外へひきずり出した。あの店員さんには良くしてもらってるんだ、迷惑かける奴は許さん。
「まって提督、あの店員は──」
「やかましい、とっとと帰ってミーティングするぞ」
「……わかったわ」
加賀は何だか納得いかないという様に不満げな表情を浮かべたがそれでも俺の横に立ち帰路につく。
月明かりとまばらに立つ街頭のか細い光を頼りに2人して深夜の道を歩く。3月も終わりが近く最近では春の訪れを肌で感じられる程度には暖かくなってきていたがそれでも日の沈みきったこの時間帯は若干の肌寒さを感じた。
「加賀、寒くはないのか?」
何故かそんな言葉が口から漏れた。あまり生地の厚くなさそうな道着に丈の短い袴といった服装があまりにも寒そうに見えたからだろう。第一印象は最悪だったとはいえ、こうして2人で話をするうちにこいつが悪い奴ではないと分かり、俺は心の扉を開け始めているのかもしれない。
「大丈夫よ。貴方の下着で作ったこの服はとても温かいの」
「今すぐ脱げ」
そっと心の扉を閉めた。
「つーかこんなもんで本当に阿賀野を倒せるのか?」
ガサゴソと大量の商品がつまったレジ袋の中に手をツッコミ商品を一つとりだす。出てきたのはカ○ビーが販売する国民的お菓子、サッポ○ポテトバーベキュー味。
「こんなもんどう使うんだ?」
あれか?サッポ○ポテトには艦娘の嫌う成分が含まれているとかそういう感じか?
「好きなの、サッポロ○テト」
「おめーが食う用かよ!!」
掴んでいたサッポロポテトを加賀に投げつけた。
「提督止まって。何かいる」
阿賀野を何とかしたらこっそり引越しをして加賀との関係を絶ってしまおうと考えていると加賀が急に制止をかけた。先ほどまでより若干声が低く何やら異様な雰囲気を漂わせている。
「何かってなんだ」
辺りを見渡すがこれといって何か気になるものはない。
「12時の方向真正面、誰かがこちらに近づいてくる───」
加賀の指さした方向に目を向ける。月明かりしか頼りのない現状ではよくわからないが確かに誰かがいるのが確認できた。
「いや、普通にこの辺の住人だろ」
「違います、この感じは──」
加賀は何故か警戒を続ける。その間に謎の人物はゆっくりと足音をたてながらこちらに近づいてくる。俺たちとの距離がおよそ5m程になったところでようやく俺はそいつの顔を認識することができた。
「ようやく見つけました司令」
中学生の制服の様な格好に薄いピンクの髪色、そして何より特徴的なのはその視線だけで人を殺せそうなほど鋭すぎる眼光、確かこいつの名前は
「不知火です。ご指導ご鞭撻よろしくです」
「提督下がって」
加賀が不知火から守るように俺の前に立つ。くっ、ちょっとかっこいいじゃねーか。
「彼女、かなり危ない状態ね。正気を失いかけてる」
「正気を?」
「精神的に未発達な駆逐艦の娘達にはよく見られる現象なの。性欲に理性が負けてしまってるのね。捕まるとその場で犯されるから気をつけて」
加賀、それにあの
「加賀さん、司令を不知火に渡してください」
「それはできません。彼は私の提督です」
「『私の』ですか。ですが司令に《提督》適性が、そして加賀さんがまだ《艦娘》であるところを見るにまだ結ばれている訳ではなさそうですね」
「そうね、『まだ』ね。ですがこれから帰って襲うつもりです」
おい今何つった。
「では不知火はぎりぎり間にあったと言うことですね。ここであなたから司令を奪います」
不知火の眼光が俺を捉える。その鋭すぎる眼光に威圧され俺の体は金縛りにあったかの様に硬直してしまった。
「大丈夫よ提督。私が貴方を守ります」
そっと加賀が俺にそう言った。今まで変態でイカれたヤローだとしか思っていなかったが窮地においてはここまで頼りになる奴だったのか。加賀の言葉で金縛りからも脱出できた。
「貴方に提督は渡しません」
加賀と不知火が同時に舗装された地面を蹴り互いに接近する。加賀は手刀、不知火は拳で相手を攻撃する。
「くっ、ちょこまかと」
「それはお互いさまね」
加賀と不知火、どちらも回避に優れているらしく両者の攻撃は相手にヒットしない。無為に空を切るばかりだ。だが突如加賀は両足の踵を地面につけ回避の構えを解いた。
「何の真似ですか」
「別に。ただ私は貴方の攻撃を躱す必要がないと気づいただけよ。駆逐艦の火力では空母の装甲は破れないのだから。私はカウンターを合わせるだけでいい」
「後悔しますよ」
不知火の拳が加賀の腹部に目がけて放たれる。速く、重い一撃。恐らく俺が食らえば腹に大穴が空いているだろうとんでもない威力だと想像できる。
「沈め」
ドゴン という
「私が今身につけているのは艤装ではなく提督の下着……だったわ」
一瞬でも変態空母をアテにした俺が馬鹿だった。あいつはダメだ。もう阿賀野も俺一人で何とかしよう。
取り敢えず俺は回れ右をして元きた道を全力で引き返す。加賀は捨て置く。
背後からガッガッガッとアスファルトをえぐりながら不知火が追ってくる音が聞こえる。このままでは捕まるのは時間の問題だ。
(そうだ!)
先ほどローソ〇で対阿賀野用に購入した物を思い出す。阿賀野討伐用とはいえ同じ艦娘だ恐らく不知火にも効果があるはず……!使い方わかんねえけど。
ガサゴソとレジ袋の中を漁る。
(これだ!)
俺はレジ袋の中から一つの商品を取り出した!これで不知火を倒す!
俺の右腕が掴んでいたのは
「サッポ○ポテトじゃねーーか!」
レジ袋ごと不知火に投げつけた。
(くっそ!どうすりゃいいんだよ!)
考えながらひたすらに走っていると今度は前方に人影が見えた。まずい、このままでは不知火と激突してしまうかもしれない。
「おい!逃げろ!直ぐ後ろに暴走した艦娘がいるんだ!巻き込まれるぞ!」
「加賀さんの帰りが遅いから迎えに来てみれば……。安心して提督さん、この瑞鶴が来たからには提督さんには指一本触れさせないんだから!」
提督さん?加賀さん?瑞鶴?加賀の仲間ということか?瑞鶴という名も艦娘大全で見たような気がする。混乱していて状況が理解できないが敵ではないようだ。
「五航戦瑞鶴出撃よ!」
瑞鶴は手刀を、不知火は拳を握って互いに接近する。あっこれさっき見たやつだわ。
「沈め」
「忘れてた……私が今着てるの提督さんの下着だった……」
登場から10秒で瑞鶴は沈んだ。
「空母には馬鹿しかいねえのか!」
現在不知火と俺の距離は約3m、もう逃げられない。
「司令、観念してください」
不知火はゆっくりとゆっくりとこちらに近づいてくる。俺は蛇に睨まれたカエルの様に動くことができない。やがて不知火の腕が俺の肩にかけられ大外刈りの要領でその場に押し倒されてしまう。
「一度結ばれてしまえば司令はもう不知火だけの提督です」
そう言いながら俺の着ているパーカーのファスナーに手をかける。
「100年待ちました……不知火はもう我慢の限界です。少し乱暴になってしまうかもしれませんが許してください」
不知火に覆いかぶさられ見えるのは彼女の顔と夜空に浮かぶ月だけ。ああ、こんな路上で俺は犯されるのか。しかも見た目こんな中学生みたいな奴に。
別に艦娘が嫌いとか人間じゃないとか差別をしている訳ではない。ただもっと自由でいたかった。少なくとも30代前半までは誰にも縛られずふらふらと責任のない人生を送りたかった。だがここで不知火と提督と艦娘の契を躱してしまえばそうはいかなくなる。俺は20代前半にして残りの人生を不知火と過ごすことになるのだろう。ここで未来が決定してしまう、それが堪らなく嫌だった。
「むっ、忘れるところでした。司令、まずは契の口づけを」
不知火の顔が俺の顔に近づいてくる。先ほどまで見えていた月と重なりそれすらも見えなくなってしまった。不知火の俺を押さえつける力は凄まじくまるでビクともしない。
(もうだめだな)
諦めた俺はゆっくりと瞼を閉じた。
……?
おかしい、何時までたっても唇に何かが触れる気配がない。
俺はおそるおそる瞼をあける。だがそこにあるはずの不知火の顔はどこにもなく、先ほどまで見えていた月が輝いていた。
(不知火はどこに?俺が目を閉じている間に何かがあったのか?)
状況を理解できず混乱していると左方向に人の気配を感じた。慌てて俺はそちらに顔を向け臨戦態勢に入る。だがそこに立っていたのは不知火ではなかった。
「ようやく見つけたわよクソ提督。もう絶対に逃がさないんだから」
ちりん───と遠い夏の日に聞いた鈴の音が聞こえた気がした。