100年前、人類は深海棲艦とかいうUMAみたいな奴らと戦争をしていた。戦争とはいっても戦況は一方的なもので人類側の攻撃は一切通用せず敵の進攻を妨げるのが精一杯だった。このままでは人類は滅ぼされてしまう───そんな時に現れたのが艦娘だったらしい。
突如として現れた艦娘はその圧倒的な戦力で敵をバッタバッタと沈めまくった…が、如何せん連携というものが取れていなかった。敵との戦闘は全て自己判断と個人技によるもので戦略と呼べるものではなく敵に敗れ去るものもいたという。そんな状況を良しとしなかった人類は彼女たちに『鎮守府』と呼ばれる建造物と『提督』を彼女達に譲渡した。
提督の表向きな役割は彼女達への戦術指南、裏向きには艦娘達の監視だというのは恐らく当時の人間も艦娘本人達も気づいていたことだろう。
だが艦娘達は提督を大いに歓迎し、提督の指示には従順にしたがったという。
そして5年後、提督の存在により戦略的にもそして何故か性能的にもパワーアップを果たした艦娘達はそのわずかな期間で深海棲艦を殲滅し戦争は終結した。
人類は彼女達に感謝し、何か恩返しはできないかと尋ねた。彼女達は答えた。
『普通の人間として生活したい』
人類はその申し出を快く了承し陸に招き入れた。
そして艦娘達が鎮守府から旅立つ別れの日、10名の艦娘が提督の前に立ち手を差し出してこういった。
『私と一緒にきてほしい』
紛れもないプロポーズだった。提督は理解していた、この差し出された全ての手を握り返す事も可能だと。だが提督が握り返したのはたった一人分の手だったという。
これが『始まりの提督』と呼ばれた俺の曽祖父の物語だ。
俺はこの話を聞かされて思った。
「全員と結婚しとけやクソじじい」
そうすれば俺が襲われる可能性が少しでも減ったかもしれねえのにと。
だが
「あっ、こいつら複数人なんて手に負えるわけねえわ」と。
ようやく爺さんの気苦労を理解した。
◇◇◇
「よくもあたしに何も言わず姿を消して13年も放置してくれたわね」
草木も眠る丑三つ時、
「違うんだよボノ姉ぇ」
「ボノ姉ぇ言うな」
「ええ……、でも昔はそう呼べって」
「昔の話でしょ。それに今はこの3人もいるし」
そういって曙は俺の後ろで正座している加賀、胡座をかく瑞鶴、縛られ猿轡をはめられ転がされている不知火を指差した。最後の奴は中学生のような姿なのでかなり危ない絵になっているが一番やばい奴なので仕方がない。
1時間前、不知火に襲われていた俺を助けた曙はそのまま不知火を戦闘不能にした後、持参していたワイヤーで拘束しそのまま俺の自室へと運び込んだ。道中、気を失っている加賀と瑞鶴もついでに回収しておいた。正直、空母の二人は放置しておいてもよかったのだがこいつらを目の届かない所に置いておくというのもそれはそれで不安だったのだ。多分ろくなことしないから。
「で?早く答えなさいよ。ど!う!し!て!あたしに何も言わずに姿を消したのかを!」
「そんなこと言われても覚えてないよ……13年も前のことなんて」
13年という永い年月が過ぎた今でも俺はボノねえには頭が上がらないらしい。加賀にはあれだけ強気な態度を取れていたというのに曙には全く言い返すことができない。心なしか口調まで当時のものに戻ってしまっている気がする。
「覚えてないですって?あんた最後あたしに何て言ったかも覚えてないって言うの?」
「……ごめん」
「『また明日』って言ったのよ!だからあたしはずっとずっと待ってた!その日だけじゃない、次の日もその次の日もずっと待ってたのよ!」
あの頃の俺はガキだったしそもそも提督や艦娘がなんなのかすらよく理解していなかった。だから彼女にとっての俺はちょっと仲のよい友人、くらいにしか思われていないと考えていた。それがまさか13年経った今こうして当時のことで問い詰められることになるなんて夢にも思っていなかった。
「あんたがあたしを置いてどこかに行ってしまったと理解してからはひたすらあんたを探した。名前も何処に住んでるのかも全く知らないあんたを13年間探したの。そして今日、日本を6周しようかというところでようやくあんたを見つけた」
ええ……。流石に執着しすぎじゃないですかね……。日本6周てなんだよ。
「それだけ日本を回ったなら俺以外にも一人くらい提督適性者がいたんじゃない?」
「は?あたしの提督はあんただけに決まってるでしょ。冗談でもそんなこと言わないで」
「すいません」
なんで謝ってんだ俺……。
「だけどようやく見つけた。ねえクソ提督、あんた私に悪いことしたと思ってる?」
「そりゃまあ一応……」
あの時は提督やら艦娘やらが何か分かっていなかったとはいえ何も言わずに離れたのは不味かったかなと思う。そのせいで13年も俺を探す羽目になったらしいし。
「あたしにとってあんたがどういう存在か理解した?」
「13年も探されたら流石にね」
「なら償いとして今ここで私だけの提督になってちょうだい」
「仕方な……ん?」
私だけの提督?どういうことだ?
「ちょっと待ちなさい」
「そうね、流石にそれは黙ってられない」
「ヌ~ヌ~ヌ~」
曙の謎の発言に反応してそれまで黙っていた加賀と瑞鶴が突然立ち上がった。不知火は縛られ猿轡をはめられているので唸るだけだ。
「なによ加賀さん、瑞鶴さん今はあたしとクソ提督が話をしているの。邪魔しないで」
「そういう訳にはいきません。不知火から提督を守ってくれたことには感謝していますがそれとこれとは話が別です」
「そうね、彼は私達の提督さんでもあるんだからそんな勝手は見過ごせない」
曙に詰め寄る加賀と瑞鶴。つーか流れで連れてきてしまったけど瑞鶴、お前は一体なんなんだ。突然現れて不知火に瞬殺されてなにがしたかったんだ。
「ちっ!クソ提督!なんで加賀さんに瑞鶴さんと一緒にいたのか説明して!不知火はいいから!」
◇
「あんたら2人ただのストーカーじゃないのよ!」
俺は今日一日にあったことを曙にかいつまんで説明した。痴漢娘の阿賀野にあったこと、ストーカーの加賀と出くわし手を組んだこと、そして不知火に襲われたことだ。つーか今日一日やばすぎだろ、厄日か。
「失礼ですね。私達は提督に近づく不埒ものがいないか見張っていただけです」
「いや、それで下着盗んだりしないでしょ……。しかもそれを生地に服を作るとか……」
話の途中に知ったことだが瑞鶴と加賀は同じ家に住んでいるらしく毎日交代でこの部屋に侵入していたらしい。ボノねえもドン引きだ。
しかし2人の言っていることは要領を得ない。加賀と瑞鶴は俺を発見しながらもどうして不知火のように直ぐに姿を現さずこそこそとストーカーのような……違った、ストーカー行為そのものをしていたのだろうか?まさかまだ何かを隠している?
「それにしても阿賀野さんにもちょっかいかけられていたなんて……あたしがもう少しクソ提督を見つけるのが早ければ……、いや、ここは間に合って良かったと考えるべきね。あと一日見つけるのが遅かったら確実にクソ提督を誰かに取られてた」
「だから提督は貴方の物ではないと言っているでしょう」
「ちっ、うるさいわね。そもそも加賀さんはクソ提督を守りきれなかったじゃないですか。あたしがこなかったら不知火に奪われてたわ」
「だからそれとこれとは話が別です」
にらみ合い火花を散らす曙と加賀(ついでに瑞鶴)。互いに一歩も譲らない。
「埒があかないわね」
「そうね、そもそも艦娘が提督を譲ったりするわけないのだから当然ね」
「……もう白黒つけたいわね、クソ提督がいったい誰のものか」
おい俺はものじゃねーぞ、とは言えなかった。
「クソ提督、あんたのスマホの番号教えて」
「え?いいけどさっき言った通り今は阿賀野に奪われてるから……」
「いいから」
俺から番号を聞き出した曙はそのままダイヤルを押し電話をかけた。いや、今は午前の3時だぜ?流石に阿賀野も寝てるだろ……。
プルルルという発信音が部屋中に響く、どうやら俺達にも会話が聞こえるようにスピーカーモードにしているらしい。
『もっしもーし、もしかして提督さん?やっぱり阿賀野が恋しくなっちゃたとか?』
「クソ提督じゃなくて悪かったわね、曙よ」
『曙ちゃん?どうして貴方がこの番号に……ふーんそういうことか、だいたい分かったかな。それで用件はなに?』
「クソ提督に近づくのは止めて」
『それは無理ね。曙ちゃんも分かってるでしょ?』
「でしょうね。でもお互いに彼の周りをうろちょろされるのは嫌だ」
『……そうね。折角の提督との時間は邪魔されたくない』
「だから明日、恨みっこなしの一発勝負をしましょう」
『……いいわ、その勝負受けてあげる』
「詳しい場所と日時は追ってそのスマホにメールするわ。それじゃ」
ぴっ、と簡潔に阿賀野との会話を終わらせ通話をきる曙。なんか俺の意思が介入することなくどんどん話が進んでいっている。
「そういうことだから」
どういうことだ。
「明日、私、加賀さん、瑞鶴さん、阿賀野さん、あと一応不知火の5人でクソ提督がだれのモノか白黒つけましょう。負けた人は大人しく引き下がること」
「流石に気分が高揚します」
「五航戦を甘くみないでよね」
「ヌーー!ヌーーー!」
俺の意思を完全に無視する形でストーカーと強姦魔と痴漢魔の史上最悪の戦いの幕が上がろうとしていた。
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【艦娘大全もくじ】
小悪魔型駆逐艦 P26
女王型海防艦 P27~
腐敗型軽巡 P29
幸福型少女 カバー裏