ブラコン型駆逐艦:曙①(プロローグ)
昔、とは言っても100年と15年くらい前に僕達人間は“深海棲艦”って呼ばれるお化けみたいな敵と戦争をしてたんだって。
だけどそのお化けみたいな奴らはとっても強くて人間は一方的に攻撃を受けてたんだとか。
そんな人間を助けてくれたのが艦娘っていう女の子達。彼女達は自身の想い人である『提督』って人を守る為にそれはもうドッタンバッタン大騒ぎしながら敵を倒しあっという間に戦争を終わらせた。
戦争終結後、一人の艦娘は提督に愛を告白しその後の人生を添い遂げたんだって。
問題は残された他の艦娘達だった。僕達とは身体の作りが違う艦娘達は100年経った今もたった一人で当時の姿のまま生きている…すっごい変態さんになって。
僕のお父さんは言っていた。
『艦娘を見たら逃げろ。でないとめちゃくちゃにされるぞ』と。
だけどそう言った後にこうも言っていた。
『まっ、逃げるだけ無駄なんだけどな。どうせ捕まるし』
そう言った後それを聞いていた母さんにスリッパで頭をスパーンと叩かれていた。
□□□
瞼を開けると目の前には暗闇が広がっていた。寝転んだまま左腕を動かし枕元にあるはずのスマホを探すがなかなか見つからない。ならばと右腕も頭上へと動かそうとするがこちらの腕はピクリとも動かない、代わりに熱すぎるぐらいの体温が伝わってきた。まだ暗闇に目が慣れていないので確認はできないが恐らくは双子の妹である小春に抱きかかえられているのだろう。
カツッと左手に硬質な何かが触れる感覚があった。それを掴み眼前へと持ってきて、記憶を頼りについているはずのボタンを押した。
ボタンを押すとスマホはその画面に明かりを灯す。画面にはいつの間にか設定されていた妹と僕のツーショットの待ち受けに現在の日時、時刻、バッテリー残量が表示されていた。
「午前3時、いつもの時間だ」
もぞもぞと動き妹にホールドされていた右腕をなんとか引き抜く。かなり強く抱きしめられていたようで若干の痺れを感じた。
腕の代わりにさっきまで使っていた枕を妹に抱かせ立ち上がる。いつの間にか目も暗闇に慣れてきたようで明かりを点けずとも子供部屋の出口が確認できた。
そろり、そろりと足音を殺し出口へ向かう。ここで妹を起こしてしまえばきっとまた布団に連れ込まれてしまうだろう、それは避けたかった。
後ろで眠っているはずの妹は実は起きていて今僕の背中をじっと見つめているのではと不安になりながらも何とかドアの前にたどり着く。息を止めたままゆっくりとドアノブを下げ部屋を後にした。
「ふう~~。やっぱり緊張するね」
部屋を出て扉を閉めるとようやく酸素を取り込むことができた。心臓がばくばくと活発に動き体内に酸素をめぐらそうと必死になっている。
30秒ほどかけて呼吸を整え廊下の明かりを点ける。明るくなった廊下を進み階段を下った。
「あれ?明かりが点いてる……」
1階に降りるとまず玄関の電気が点いているのに気づいた。この時間は皆寝ているはずなので明かりがついているはずはない、消し忘れかとも思ったがあの小煩い母さんに限ってそれはないだろうと結論づける。
恐る恐る玄関に向かうとそこには一人の男が座っていた……正座で。
「父さん……こんな時間になにやってんの」
玄関にいたのは父だった。何故か正座し、右足首には足枷のようなものが嵌められている。
「フッ……門限を破っちまってな」
何故かカッコつけて言っていたが状況が状況だけに全く格好良くはない。
「そういや昨日は帰って来てなかったね。母さん凄く心配してたよ、遅くなるなら連絡くらいしてあげなよ」
「酒飲むとそういうの忘れちゃうんだよな」
我が家には門限がある。僕達子供は18時、父さんは22時だ。もちろん事前の連絡があればこの限りではないのだが父さんは決まって連絡しないで母さんを怒らせている。
昨晩も父さんは帰ってこず、母さんはラップを巻いた夕食の前で鬼の形相を浮かべていたのを覚えている。
「そもそも、門限なんてあるのがおかしいんだよな」
「それは以前父さんが浮気したからでしょ」
「だからしてねぇっての……母さんの勘違いだ」
「どうだか」
今から半年ほど前、父さんが浮気をしているという事件があった。真偽のほども情報の出処もわからないけどとにかく母さんは怒った。もう父さんは仕事を辞めて家から一切出るなとまで言っていた。別れ話にならない辺り母さんは父さんのことが大好きなんだなと思った。まあ、そんなことがあり父さんには門限が設けられた、破れば今正座させられているようにお仕置きを受ける。
「まあいいや。朝まで頑張ってね」
「おいおい、この足枷外してくれよ」
「嫌だよ、怒られたくないし」
僕はそう言って玄関をあとにしリビングヘと向かった。後ろで父さんが冷たい息子だ……なんてぼやいているのが聞こえる。
リビングに入り明かりを点ける、深夜ということもあり部屋には誰もいない。僕は台所に移動し食器棚からマグカップを掴み冷蔵庫から取り出した牛乳を注いだ。
マグカップを片手にリビングにあるソファに腰掛けた。牛乳を一口飲み目の前のテーブルにマグカップを置く。あらかじめソファに置いておいた本を手に取り開いた。本の作者は星真一、最近のお気に入りだ。
ペラペラとページをめくる。聞こえるのは僕が本を捲る音と外から聞こえるカエルの合唱だけ。本当に静かだった。
僕はこの時間が好きだ。一人で誰の目を気にすることもない自由な時間が。別に他の人が嫌いだとかずっと一人で生きていたいなんて言うつもりはない。だけど一人でいる時間は僕にとっては一種の充電のようなもので生きていく上で必要なモノだった。
けれど僕の双子の妹……小春はそれを許してはくれない。
小春は常に僕の側にいる。小さな時はそれも当たり前だったけど今日から小学5年生になる僕にとってそれは既に当たり前ではなくなっていた。というかおかしいと思う。
小春は多分ブラコンってやつでしかもツンデレってやつでもある。
以前、僕が小春に『お風呂には一人で入りたい』と告げたことがあった。小春は『あっそ、好きにすれば?』と応えた。その晩、僕は意気揚々とお風呂に一人で入った……が3分後には小春が乱入してきて言った。『クソ兄貴入ってたんだ、気づかなかったわ』
他にも一人部屋が欲しいと小春に告げたことがあった。その時も小春はあっそ、とだけ応えた。僕は勉強机や本を空き部屋に移した…がその1時間後には小春の私物も全てその空き部屋へと移されていた。
ストレートに『兄妹が四六時中一緒にいるのはおかしい』と告げると泣きそうな顔をされたので謝ったこともあった。
とにかく小春は僕から離れようとしない、四六時中側にいる。だから僕は一人の時間を確保する為に皆が寝静まった深夜を見計らってリビングへとやってくるのだ。
正直最近は寝不足で授業中にうとうとしてしまう時もあるけどこの時間は僕にとって必要だ、辞める訳にはいかない。小春が早く兄離れしてくれれば夜ふかしなんてしなくてすむのだが未だ妹にそんな兆候はまるでない。
もしかしたらこのまま一生小春と一緒に過ごす事になるのではと少し不安になった。
そんな僕の心を紙の擦れ合う音だけが癒してくれた。
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「クソ兄貴、どうしてこんなところで寝てるのよ」
そんな不機嫌を隠そうともしない妹の声で目を覚ます。いつの間にかカーテンは開かれ窓から差し込む朝日が僕を照らしている。
「目を覚ましたら隣にあんたがいないから泣きそうに……じゃなくて、ビックリしたじゃない!」
「ごめん、夜中に目が覚めてなかなか寝付けなくてさ」
どうやら僕はソファで本を読みながら眠ってしまっていたらしい。危ない危ない、幸い小春には毎夜僕が部屋を抜け出しているとは気づかれていないようだがこんな事が続けば感づかれてしまう、気を付けないと。
「たくっ、今日から新学期なんだから夜ふかしなんてしてるんじゃないわよ」
そうだ、今日から新学期、僕は小学5年生になるのだ。もしかしたら小春とは別のクラスになることができるかもしれない。そうすれば小春は嫌でも僕とは別の時間を過ごすことになる、そしてそのままの流れで兄離れをしてくれるかもしれない。
「ほら顔洗ってきなさい」
「うん」
そんな新学期に対する淡い期待を胸に僕は洗面所へと向かった。もちろん小春と一緒に。
「あっそうだ、クソ兄貴。今日から転校生が5人来るらしいけどそいつらと関わっちゃダメだからね」
不定期更新です。ごめんなさい。