マース・ヒューズ中佐は軍法会議所で勤務する子煩悩で愛妻家な男だ。
軍の通信資材を私的利用するわ、部下に長い長い家族自慢をしつこく話す様な男だが、
仕事は出来る。寧ろその思考能力はアメストリス軍においても上位に位置する。
彼は別にワザとふざけた昼行燈を気取っている訳では無い。
普段の家族を苛烈に愛する彼も、冷静に思考を回す彼も同じ地平に存在する人格なのだから。
ヒューズが今までの軍法会議所で得られる資料を漁っていると、ある事に気が付いた。
勿論これは、最初から疑いの目を向けていたからこそ見つかったという前提もある。
最初から彼は国家の標榜する正義を妄信してはいなかった。
ロイの元親友が秘密を知れる立場にありながら、国家の正義にするのとは対照的に、
ロイの現親友は秘密を知ってはいけない立場にありながら、国家の正義を切り崩す要因を探していた。
リーガルに先回りして潰される案件が多かったために、ヒューズが
だが、時間がかかったとしても、表立っては今まで誰も辿り着かなかった場所に彼は辿り着いた。
リーガルというのは国家の狗である。その正式名称は、『
リーガルの普段の行動方針を考えるに、大総統へ判明した真実を報告するのは迂闊だとヒューズは判断した。
だとすれば彼が頼れるのは只一人しかいない。
普段私用で使っている軍の通信設備は使わず、部外線の電話ボックスを使用して親友のロイ・マスタング大佐に連絡をすることにした。
普段なら繋げない回線を繋げる緊急コード『アンクル』『シュガー』『オリバー』『エイト』『ゼロ』『ゼロ』――
親友に真実を伝えようとした。
だが、その回線は切断された。
物理的に受話器の繋がる線が射撃により切断されたのだ。
「何を誰に話そうとしていたかは今となってはどうでも良い。
マース・ヒューズ中佐。国家反逆罪容疑で逮捕する」
ヒューズの後ろには、硝煙の昇る銃口を彼につき付けた、ロイ・マスタングの
「国家の狗が…っ」
「軍人が他者にそれを言うとは、いよいよヒューズ
氷の様に冷たい視線でヒューズを見つめるローズは、ロイの親友であるヒューズに心の何処かで何かが燃えるような不快感を感じていた。
「…当てて見せよう。国家に不都合となる事をアイツ――ロイに伝えようとしたのではないか?
……もしかして図星か。はっ、事実なら目指す山を登るあの男を引き摺り下ろす口実が一つできそうだ」
「…随分饒舌だな。良いのか、そんなに浮かれて。浮かれすぎて
「何…っ?」
一瞬動揺を見せたローズに、ヒューズは仕込み暗器のナイフを投合した。
ローズは咄嗟に銃で弾いたが、その銃は弾詰まりなど起こしてはいなかった。つまりは――――
「掛かったな」
先程のブラフを利用して、一気に接近したヒューズはローズの銃を持ち主の腕ごと蹴り上げた。銃が空に舞う。
そして、その勢いを利用してナイフを巻き込むように振るったが、
その一撃は左手を犠牲にしたローズが、怪我を厭わずにナイフを掴みかかった事で未遂に終わった。ひり付く痛みを無視して強く握り込んだ。
更に、右手でヒューズの肩を掴み、思い切り自身の額を相手の額に叩き付けた。
そして落ちてきた銃を右手で掴み取り、その銃の弾倉部で思い切りヒューズを殴りつけた。
「…まえには、――お前には僕は絶対に負けないっ!!」
何度も何度もヒューズのナイフを持った手が脱力した事で自由になった血濡れの左手で、
親友だった男の今の親友を自負する男を殴りつけた。
「ロイの親友を気取るお前には絶対に負けるものかっ!!」
既にヒューズの意識は失われているにも拘らず、ローズは殴るのを止めなかった。
数分後、冷静になったローズは仲間を呼んで、ヒューズを連行させた。
自身は怪我をした左手を治療しなければならないので、通信機で仲間に治療の心得がある錬金術師を用意するように言って、歩いて帰った。
ローズは冷静になろうと心掛けたが、思考の端にロイ・マスタングとマース・ヒューズが並んだ立ち姿が浮かび、
珍しく路上の石を蹴り飛ばす程度には彼の精神は荒れていた。
これは、しっかり
そうやって理性で怒りを鎮めながら。
次の日、身分を一時的に剥奪されて牢に入れられたヒューズの顔を見に行ったローズは、
獄中で何者かに殺害されている男を発見した。
そして、いる筈の牢の見張り番がいなかった。
見張りの名前は、マリア・ロス。臨時で急遽看守を命じられた女性士官であった。
ローズは行き場の無い怒りをぶつける様に、まだ残痛の幻覚が感じられる左拳を檻に叩き付けた。
治ったはずの傷口が僅かに開き、床を赤く染めた。
見ようによってはヤンホモさんなんですよねぇ。