アメストリス絶対法   作:蕎麦饂飩

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有形無形ブリッジフォーリンダウン

にわか景気の谷『ラッシュバレー』。

イシュヴァールの戦争特需で栄えた、血の代価で成長した機械鎧技師たちの聖地。

機械鎧が栄えるというのは、基本的に手足の無い人々が手足を必要とするからである。

そういう意味では、栄えていることそのものが平和の否定であるこの場所に、現在エドワード達は来ていた。

 

機械鎧のレアモデルを見て目を輝かせるウィンリィに色気の欠片もねえなと呆れるエルリック兄弟。

 

 

周囲ではバーゲンセールやら催し物等で盛況だが、偶々エドワードは見たくないこの町の闇の一部を見た。

 

 

 

『恵んでください』

 

多少の差異はあるが、その類の言葉を壁に書いたり、首にかけた板に書き込んで通路の端で座り込んでいる者達がいる。

彼等は『手足乞い』と呼ばれるラッシュバレーに来たは良いが、機械鎧を買うお金も、簡易な義手を買うお金も無い障害持ちの者達だ。

心無い人々にはかたわ乞食とまで忌み嫌われて唾棄される彼等彼女等は、明日への希望では無く、

手足を持つ者への羨望と嫉妬、そして開き直りがあった。また、長くその生活を送る者には諦めが宿っていた。

 

バニーニャという少女もその一人だった。

失った両足をドミニクという技師に新たに貰って、その恩を返すために観光客からの窃盗を繰り返していた。

相手が観光客であるのは、地元民を敵に回すと自分がこの町に住みにくくなるという卑しい打算もあった。

 

当然、彼女を追う者も居る。彼女を護る為に皆が口裏を合わせる事は無い。

何せ、彼女は町の中でも昔は少々スリを働いたこともあったし、ドミニクの様な凄腕技師は尊敬されるが、

盗賊まがいのような人種は人々の尊敬の的に等ならないからだ。特に己の為に窃盗を行う者ならば尚更だ。

 

 

観光客が彼女を追いかけても、彼女は決して掴まる事は無かった。

彼女の新しい両足である機械鎧の運動性能は、今まで追っ手を一度も近づけなかったからだ。

 

だが、最後の窃盗の時は相手が悪かった。

 

 

大総統府付き独立法務執行官――――通称『リーガル』

その中でも最強の一人と名高いローズ・ジャスティが追っ手だった。

彼は一度警告をした相手には一切容赦も慈悲も無い。法律を守る事こそが、それだけが正義と信じる彼は一切の温情が無かった。

 

また、彼等リーガルの銃は、通常錬金術の円の部分を銃口に見立てて、銃弾に刻まれた紋様を、錬金術の円の中身と見立て、

その様々な効果を発動させる。その銃弾の紋は、通常予め刻まれたものを使う故に、カートリッジの交換などが必要だったが、

ローズの場合は銃弾は全て模様が一切存在しない。

彼がこのシステムの発案者であり、紋様と発動する効果内容の関係を極めて正確に理解している事と、

彼の類稀なる図を描かずに錬金術を発動できる能力により、

両手で銃のグリップを握っただけで、その中に在る銃弾に紋様を刻み込む事が出来るからだ。

 

哀れバニーニャは両脚の機械鎧を接続している部分から下方全てを完全に破砕弾で奪われた。

そして牢屋にぶち込まれて、出所した時には再び嘗ての様な両脚が無い状態に戻ってしまった。

 

未だ以前の機械鎧の代金も返していないのに、ドミニクには頼れない。

剰え、窃盗の結果破壊されたなど言えようも無かった。

街の噂にはなっていたので聞いていたかもしれないが、直接話すのはあまりにも辛かった。

 

 

だから彼女は手足乞い達の住処に身を寄せた。

ただ、彼女は背後の壁や、自身が持つ木の板に手足を強請る様な事を書かなかったのは、彼女の意地だろう。

冷酷なリーガル隊員が見れば、「自身の罪の浅ましさを反省したのだな」と、見当違いの事を言ったかもしれないが。

 

 

そして今の今まで彼女が手足乞いをしている。

そうしてエドワード達に出会ったのだ。

 

彼女には他の『手足乞い』と違って、諦めに伴う開き直りが少なかった。

往々にしてそれがポーズで無ければ死んでいく手前の手足乞いの姿に他ならなかった。

 

周囲の者も助けない。だからこそ彼女は未だに其処に手足乞いとして居る。

彼女が仕出かしてきた評判の集積結果だ。オオカミ少年が誰にも信じられずに獣の餌食になったのと同じ結果だった。

 

罰を受ければ罪の無いまっさらな人間と周囲が受け入れてくれるとは限らない。

出所者への周囲の目というのは厳しいもので、人によってはそれも含めて罰というのかも知れない。

 

 

冷静に物乞い通りに在る者は、在るべくしてそこに在る。と判断するリアリストな思考が若干あるエドワードに対し、

同性で、年が近い故に、視界に映ったバニーニャに同情しかけるウィンリィ。

だが、ウィンリィが同情する仕草を見るや否や、他の物乞い達が一斉にカモにしようと強請る為に、

地面を張ったり歩いて近寄って来たので、ウィンリィの安全を守る為に、エドワードはその場からウィンリィを連れて駆け出した。

 

彼には、この穢れた世界をウィンリィに見せるだけでなく、

穢れた住人達がウィンリィの善意を食い物にしようと迫ってくるのに耐えきれなかったのかも知れない。

 

 

 

イシュヴァールとの戦争が終わり、嘗て程の需要が無くなり、それでも少しずつ景気を落としていきながらもまだまだ賑わいがある。

この様な町にはならず者と物乞いが多いというのはエドワードも理解はしていた。

だが、そいつらの犠牲者にウィンリィがなるのだけは御免だった。

可哀想な奴に可哀想だと思ってやる分には良いが、その可哀想な奴になら奪われるのも仕方ないとまでは思えない。

それは善人で無く只の歩くエサだ。

彼の現実主義者な部分はウィンリィと同じくらいの年で絶望しきった少女の目を忘れる為に、そう結論付けた。

 

そして次の日、同じ通りを偶々通りかかったエドワードは例の少女が死んだことを知った。

倒れて動かなくなった少女から、彼女の同居者たちは先程まで生きていた同類から金になる物を漁り始めていた。

何処までも救いが無いこの世界。果たして法律が全てを仕切る時代になればこのような問題は無くなるのだろうか?

 

ふと、そんな何処かの誰かが言いそうな言葉が脳裏に浮かんだエドワードだったが、

そんな程度で、誰もが救われてハッピーエンドになるものかと、やはり否定的な現実論で思考を完結させた。

 

 

その時だった、

 

「お前達、何やってんだっ!!」

 

空気が響くような怒声が響き渡った。

その声の主をエドワードは知らなかったが、周囲の人々が口々にドミニクさんと呼びかけていたので、

彼にもこの男はこの町でも有名な技師なのかと直ぐに理解できた。

 

だが、恥を捨てて開き直った物乞い達には怒声なんて柳に風だ。

 

「なんだ? 手足乞い達のルールにケチつけんなや。

それとも何か? アンタが俺に新しい手足を付けてくれんのか?」

 

 

この様子を見れば、ああ、こう言う人間だから手足乞いになるのかと多くの者が理解する。

そうして彼らはますます見下されて煙たがられて、お恵みが少なくなるというものだが、

それでもこうやって反発するのは、彼等にそれを考える頭が無いか、余裕が無いか、

それともバニーニャにタダで高級な両足を恵んだ前例があったからだろうか?

 

 

だが、ドミニクも息子の嫁が身重な状態で、他人の為に時間や金を裂ける余裕も無い状況で、その反論には腹を立てる他無かった。

故に、強請る為に集まってくる人々から逃げる様にドミニクが背を向けた時だった。

 

 

ウィンリィが麓に凄腕技師が下りて来ている事を聞いて此処にやって来たのだ。

咄嗟にエドワードは亡くなった少女の方を見たが、

既にハイエナたちが覆いかぶさっている状況がウィンリィの視線を上手く遮っている状況だった。

 

 

それから、ウィンリィは家に帰ろうとしているドミニクにしつこく付きまとい、

人嫌いな頑固者のドミニクは着いてくるなと怒鳴ったが、それでもめげない彼女は、

「だったら、ドミニクさんと同じ方向に歩いていくだけです」と言ったので、ドミニクは「勝手にしろ」と許容した。

 

その許容には先程かつてドミニクが助けた少女が死に、その少女と目の前の少女が同じような年であった事に関係したかどうかは、

ドミニク以外には知る由も無かった。

 

結局、ドミニク・レコルトの家の前にまでついてきたウィンリィを家の前で何時までも放置しておくのはドミニクの息子夫婦が咎めた事もあって、

ウィンリィと一緒に着いてきたエドワードとアルフォンスは食事を頂く事になった。

そうしている間に急に天候が悪化し、この天気では帰れないと宿までお世話になる所となった。

 

だが、その夜。別の嵐がレコルト家を襲った。

臨月だったドミニクの息子の妻サテラが突然の破水から産気づいた。

 

生まれてくる孫の為にドミニクが馬で医者を呼んでくることになった。

だが、神様は残酷だった。天より降りし神鳴が、ドミニクの家と麓を結ぶ橋を両断していた。

仕方なく帰った彼と共に、今度は錬金術が使えるエルリック兄弟とウィンリィも一緒に着いてきた。

サテラの夫リドルは妻の応援で家に残っている。

 

エドワード達が見たものは、やはり神の裁きに両断された無残な橋だった。

咄嗟に地面を前方に隆起させて新たな橋を造ろうとしたエドワードだったが、それも橋自身の自重によって伸びる途中で砕けて落ちた事で失敗した。

 

 

考えろ、考えろっ、考えろっっ!!

 

幾ら試行しても幾ら思考してもエドワードには向こう岸へと掛かる橋が構築できない。構築する完成図が想像できなかった。

想像も出来ないものを実行できるほど錬金術は甘くない。

仕方ない、引き返すか。

そう思案していた時だった。

 

エドワードの足元を何かが貫いた。

その音は二回。

 

咄嗟に離れてその音の延長線を見る。

エドワードだけでは無い。誰もがその先にいる者をこの嵐の中でも視認できた。

 

見間違えようの無い白と銀の制服。

そしてそれを着込んだ人物の持つ銃口から伸び出た二本の細いワイヤー。

 

 

「ローズッ!?」

 

その人物を理解したエドワードは名前を呼んだ。

だが返答はない。代わりに、

 

 

「…離れていろ、邪魔だ」

 

彼の冷たく切り裂く様な声で警告が告げられた。

それから暫くして聞こえてくる重低音。それは紛れも無く彼の相棒(マシン)の唸り声だった。

 

ワイヤーの間が見る見るうちに凍結していく。

空気を圧縮や膨張を利用して急速に熱を奪う事で、ワイヤーの周囲を凍結させてワイヤー同士の間に氷の橋を作ったのだ。

厚さもそれなりに確保されていて強度も問題なかった。

だが、その隙間10cm。酷く狭かった。だが、それは仕方ない。それ以上広げていくとそれこそ自重で橋が落ちてしまう。

 

 

エグゾーストが更に強く咆哮して、白銀の騎士はその僅かな隙間を駆け抜け始めた。

 

「無茶だっ」

 

常識を放り投げたような行動に、ドミニクさえ悲鳴に似た声をあげた。

だが、示された道と同じように、少しもブレる事無く、真っ直ぐに進むローズには不安は全く見られなかった。

 

最後に大跳躍をして、当然の様に対岸に着いた法の狗は、

 

 

「向こう岸に渡りたいなら暫く待て。この乗り物は特例でも2人乗りまでしか許可されていない」

 

その様な事を言い始めた。

規則・許可・制限・罰則。基本的にこの男が話す内容は何時もこんなところだ。

友達がいないのも無理はない事だった。

それに……

 

 

「オレ達は向こう岸から医者を連れてきたくて困ってたんだ。ローズは医者じゃないだろ?

子供の出産に法律や権力は無力だ」

 

そうエドワードが言う通り、人体に詳しい医者が欲しいのに、法律に詳しいリーガルに来られてもメリットは全くない。

正直カッコいい登場をしたものの、全く役に立たないという状態だった。

周囲の者も露骨なエドワード程じゃないが、似た様な感情が顔に出ていた。

 

 

すると、ローズは無線機で何かを話し始めた。完全にエドワード達を無視して。

それは数分の出来事だった。そして、

 

「今から30分後から数えて、2時間の間だけ麓の医者との連絡出来るようにした。

だが、あくまで今から2時間半までが許可を受けた時間だ。

それ以降は例え出産が終了していなくとも無線機は返納して貰う」

 

そう言って、己の特殊な無線機をエドワードに貸し与えた。

 

「えっ、マジか…?」

 

この『マジ』は法律ばかりが大事なローズが、違法では無いとはいえ、法律に関係の無い所で労力や時間を割こうという部分に有るのだが、

それは敢えて説明しなかったエドワードは正解だった。

とはいえ、機嫌が悪くなったところで約束を上司の命令や法律以外で保護にすることは、

余程の事が無い限りない男だとはエドワードも理解していたが。

 

 

その後、レコルト家に戻った一行は、時折音が割れる無線機で医者の声を聞きながら、必死に対応するウィンリィの手で、

無事に新たな命を見届けた。

 

「丁度2時間半だ。長距離出力モードはバッテリーの消耗が早い。危なかったな」

 

無線機の残り電力を確認して呟いたローズは、相手先に時間になったので無線機を取り返した。

と連絡した。

 

 

暫くして、エドワードはふと疑問に思った。

もしかして先程の制限時間は、バッテリー残量に合わせたものだったのか?

いや、コイツはそんなに良いヤツでは無い。だって、今もドミニクに今回の貸しを代償にリーガルの装備の改良案の意見提出を迫られている。

…でも、結果的にコイツに救われたことは事実だ。

そんな考えが浮かんだ。

 

 

その後、麓の街に回り道して下りたエドワードは、ふと、例の物乞い通りに立ち寄った。

そこには今までいた浮浪者達が一人もいなかった。

 

周囲の者に聞くと、リーガル達が全員不法滞在として検挙したという。

その為に、ローズがこの場所に来ていたのかと、エドワードは少し納得した。

そして周囲の者が言うには、手足乞い達の一切の理由や懇願を受け付けず、強制的に彼らを牢屋に入れる為に。

ローズの何時もの警告口調で、不法滞在及び、不退去罪で逮捕すると言っている様子が簡単に浮かんだ。

これも善意的に見れば、屋根も無い彼らに家と食事を与えてあげたと言えるのかもしれない。

あくまで極めて好意的に解釈すれば、だが。

 

リーガルの事を全肯定するつもりは無いし、ローズの事を良いヤツだと認められる気もしない。

だが、完全否定してしまうつもりも無い。

それでも、その冷たい生き方にも、救いが少しも無いという事は無い。

願わくば、その救いがもっと優しいものでありますように。エドワードは心の中でそう呟いた。


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