『イシュヴァールの真実』。この名前の書は数日前に発禁処分の指定を受けた害書である。
民主政治なんてクソ喰らえの軍事大国アメストリスにとって、大変不都合な内容であった為、
監査の上に発行及び、販売、購入又は閲覧を禁止指定となった。
発行会社に
尚、その出版社の社員は取調室から出て自宅に帰ったという形跡はない。
引き続き、
ただ、その国家に対する危険思想を持って本を書いた執筆者の所持物と思われし、
髪留めが出版会社から発見されたという事だった。
さて、アメストリスは各本屋や国民に対して、それらの本を所持していれば回収場に持ってくるようにと命じた。
その本を所持し続けて、その事実が発覚した場合罰を負う事になるが、
焚書に協力すれば本の代金の半額を支払うと発表したのだ。
また、隠し持っている個人や本屋等を通報して、その結果本が見つかれば賞金も出すとも発表した。
さて、調査の結果、ある本屋が大量に入荷した『イシュヴァールの真実』が回収に出される事無く紛失していることが発覚した。
そして恐らくその紛失した本が、ゲリラ的に民家に放り投げられているという事もだ。
その活動はアメストリスの各地に住んでいるイシュヴァール人の一部が主体になっている可能性が高い事も、
目撃情報から明らかになっている。
実際一般の警察官が遭遇したケースもあり、その活動者の一人はフードで姿を隠してはいたが、
卓越した武術で警察官を素手で気絶させたという。
その警察官の証言から、イシュヴァールの武僧に伝わる格闘術が行使された可能性が極めて高かった。
この国の民にイシュヴァールであった出来事を主張して、
この国を内側から変えて行こうという、見過ごせない危険な思想テロリズムだと軍上層部は判断した。
国家の治安を乱す違法者の強力な戦闘力を抑えられる、更に強力な秩序の護り手、――――即ち、リーガルの出番である。
「これは場合によっては、アメストリス刑法第一条の大逆罪が適用されるのではないだろうか?」
喫茶店のテラス席で、今日もアメストリス六法大全を読みふけりながらココアを嗜むローズ。
六法大全の内容は全て記憶済みではあるが、やはり六法大全の紙をペラペラと捲る感覚は何時になっても良いものである。
そこにはこの国の正義の全てが記されてある。即ち、彼らの正義でもある。
ふと隣の席を見ると、アームストロング少将とその副官マイルズ少佐、そしてグラマン中将とその部下が、
演習の成果をコーヒーを飲みながら語っていた。
ローズは、まあ、その四名なら流石に会話の内容も当たり障りのない所で留めて、
機密に関する事はこんな場所では話さないだろうと、
再び意識を先程まで読んでいた六法大全の467ページ目に視線を戻した。
その時だった。
「そう言えば、演習が終わった後市街にこう言う本が撒かれていたそうだ。
面白そうだったから1冊拾ってきた」
北方の偉大なる少将閣下が一冊の本をテーブルの上に叩く様に置いた。
ローズはその音の方向をチラリとみると、例の本がそこに在った。
カップを置いてすたすたとそのテーブルへと向かった後、その本をさも当然の様に回収した。
「私はローズ・ジャスティ。大総統府付き独立法務執行官をしております。
この書は風紀を著しく堕落させる悪書ですので、回収させて頂きますのでご了承の程を願います」
その回収に待ったをかけたのは、北のトップでも無く、東のトップでも無く、
北の将軍様の配下に過ぎないマイルズだった。
「何の理由があって、その本を悪書と判断する?」
その言葉は疑問の形をした詰問だった。
少なくともローズにはそう受け取られた。
「国家がそう指定したからです」
「…そうじゃない。俺はその本の中身はまだ読んでないが、
虚構だけで彩られた本と言う訳では無いのではないか。
ならば内容を確認する位は問題ない筈だ。
法律とは何だ、人を救う為の物ではないのか」
オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将は黙認してやるから好きに語れという表情で咎める様子は無い。
グラマン中将は何処か鋭い光を目に湛えながらも、その視線は思いっきり少将の胸元へと向かっていた。
「貴方がどう思うかなど全く考慮する必要性はありません。
国家が、法がどう定めるか。それを僕がどう解釈するかだけがこの問題の解答です。
そこには争点も不明点も一切存在しません」
そう言いながらその本を回収して先程ローズがいたテーブルの上にあるカップを取り、
その中身を全て飲み干すと、会計を済ませて喫茶店を後にした。
彼はその後、町の広場にある悪書回収箱に本を投げ入れると、先程マイルズに告げられた言葉を思い出して、
そしてその記憶を追い払う様に呟いた。
「法律が何かだと?
知れた事だ。――――――――僕が法律だ」
それは法の番犬としての自負と、それ以外の何かが混じった感情の発露であった。
一体、例の本の執筆者は何イルズさんなんだ()