窓から見える月を見上げながら昔日を思い浮かべてみる。
後から2人目の弟子としてやって来たあの男がした最初の挨拶を僕は今も覚えている。
思えばあの溌剌とした第一印象がリザの好みだったのだろうか?
未だに片思いをしている女性の顔が浮かんで、ローズは頭を振って思考の道筋を戻す。
今思考に浮かべたいのは、リザでは無くあの男だ。
思えばあの男が父親の面影を強く残していた事を、もっと早くおばさんに問い詰めていれば良かった。
おばさんが養子を取ったのは、偶然出会った孤児に対する慈愛かと勝手に思い込んでいた。
そう言えばあの男は、母さんと離婚した資産家の父親と、喋り方やふとした時の癖にも共通点がある。
両親の離婚の原因は、父親が婚姻の前に付き合っていた女性が実は妊娠していて、
それが発覚した後、父親は母さんでは無くその女を取った。
だが、その後母さんも妊娠が発覚した。
それでも、母さんはそれを父親には告げずに一人で僕を産んだ。
ある意味、あの男の存在は僕と母さんにとって諸悪の根源だった。
あの男は産まれた時から僕から奪い続けていた。父親も、裕福な生活も。
それを最初から知っておけば、あの時にあの男と親友などと呼ばれる関係になどなりはしなかった。
救いは、何処にもない。誰も与えてはくれない。己で掴むしかなかった。
だから僕は必至で師匠を越えようと努力した。師匠を超える錬金術師になれば如何なる場所ででも栄光を掴めると、
僕は乗り越えるべき壁として最高の存在だと、あの時師匠を評価していた。
師匠の居る場所まで辿り着いて、師匠を越えて、師匠の後をリザと共に継いでいく。
僕はあの時そうできると思っていた。
だが、違った。
師匠が選んだのも、リザが選んだのもあの男だった。
一体、僕に何が足りなかったというのだ。
努力だってあの男以上にしたし、あの男以上の成果も出した。
親友であったあの男が
にも拘らず全てを失った。あの男が全てを持っていった。
その後、あの男が蘇らせようとしたものを聞いた時は衝撃だった。
それはロイ・マスタングの弟だった。
あの男の父親は何処かで偶然、前妻が身籠っていた事を知ってその子供に会おうとしたらしい。
己の妹がこっそり自分の前妻の家に生活費を仕送りしていた事を知った父親は、
おばさん経由で
だが、おばさんは母さんの遺言通りに、僕も死んだことにして遺品を送り付けて、父親との連絡を完全に遮断した。
それからしばらくして、あの父親はイシュヴァール人の子供を撃ち抜いた事になって、
戦争を誘発した罪で銃殺刑となった。
その直後頃に、あの男は僕の師事している錬金術師の弟子になった。
ひよっこの弟子に基本的な禁止事項とその理由をしっかり説明しなかった師匠も師匠だが、あの男もあの男だ。
あの時錬金術の恐ろしさを未だ理解していなかったあの男が、人体錬成を行おうとした事も驚いたが、
会った事も無い弟を錬成しようとしたという事には更に驚いた。
あの時の錬成の触媒は、あの時嫌がらせに父親に送り付けた、血に漬けた僕の
あの時、僕自身を錬成しようとした陣に対して、僕自身が介入したから被害は最小限で留まったのだろう。
あの男が自分だけで何とかしようとしていたら、恐らく今頃は
僕はあの男が母の仇であるという可能性に苦しんだ。
後にあの男と決別した後、クリスおばさんに確かめるまで、確証の無い虚実に恐れ戦いた。
その後、師匠は手を合わせるだけで錬成が可能になった僕を見て、急激に冷めていった。
代わりにあの男は師匠に気に入られていった。
そしてリザも…、リザは何時しかあの男の事を目で追っていた。
師匠が亡くなった後、予め用意されていたのか、僅かな文が遺書にしたためられていた。
それらは錬金術の秘奥でも何でも無く、只の挨拶でしかなかった。
そして、その挨拶の中には、遂に僕の名前は載っていなかった。
それでも、それでも僕はあの男の親友という立ち位置に在った。
だが、僕達の父親が引き起こした戦争の中でそれすらも崩壊した。
あの男だって、慈悲無くイシュヴァール人を殺していたはずだ。
だと言うのに、積極的にアメストリスの国益の為に敵を絶滅させようした僕を否定した。
僕は何一つ間違った事はしていなかったはずだ。
沢山敵を殺した事は間違いでは無い。正解だったはずだ。
アームストロングを咎めて、彼に彼が逃がしたイシュヴァール人に止めを刺す様に指導して、
その指導に従わない彼により、軍の規律が乱れる事を恐れた僕が止めを刺した。
キンブリーは何かを言っていたが、僕はそれらの事自体には喜びも抵抗も無かった。
只すべき事をしただけだ。
だが、敢えて言うとすれば僕はそれで認められたかった。
全てを奪われて、否定されてきた僕にも為すべきことを無し、それで評価される喜びを教授する事は許可されていた。
法律にもそれを否定する記述は書かれていなかった。
だが、イシュヴァール人を溶かして、呼吸困難にして、毒性ガスで殺しつくす僕のやり方を批難して、
あろうことが僕を焼きやがった。
戦争の終結が最早秒読みである事が解っていても、その命令が発布される最後の一秒までは、
命令通りイシュヴァール人を壊滅しなければならなかったはずだ。
なのに敵では無く、
僕が手に入れる筈の力で、僕を攻撃した。親友であったはずのこの僕を。
…無論、火傷はもう残ってもいないし、ワザとで無かった事は状況的に理解している。
僕がイシュヴァール人に止めを刺すために酸素濃度を急激に高めている所に気が付かなかったあの男が、
僕の行動を止める為に牽制で放った焔が拡大しただけだ。
だが、間違いなくあの時アイツは僕よりも、敵の命を取った。
僕は決してこの事を許す事は無いだろう。
ロイ・マスタング。お前は実の弟で親友のこの僕を焼いたんだ。
そう思い出に浸っていると、何故か治ったはずの火傷の痛みが未だ引き摺っている気がした。
今夜も、夜空は蒼く、月は真白く美しい。
若干ヤンホモ