『トウショウボーイ』 (プロローグ①)
世界でも有数の大国、『ローレシア』。建国からようやく百年になろうかという
歴史の浅い新しい国であったが、その勢いはどの王国をも凌いでいた。
精霊ルビスの大陸アレフガルドからやってきた一人の男が美しい妻を連れて
やってきたのがはじめとされている。その男は早逝であったが、彼の子孫たちも
王として資質のある者ばかりで、ローレシアは力を増し加え続けていった。
そのローレシアでいまいちばん人々の注目を集め、大きな期待を寄せられていた
少年がいた。現国王の長子、つまり次の王となることが決まっている王子だった。
彼の国では王になる者の名前は代々『ローレル』。いちおうそれとは違う別の名が
いまは与えられているがそれは仮のもの、国王になった際にローレルを襲名する。
だから国民にもほとんど浸透していない。むしろ彼らは王子のことをその若々しさ、
力強さから『ボーイ』と呼んでいた。彼は正義感が強く熱い男であったので
やがてそれが派生し、『闘将(トウショウ)・ボーイ』と人々は愛称をつけた。
困っている人を放っておけないことから『お助けボーイ』と言われたりもした。
平和な世ではあっても、どのような事態にも対処できるようにローレシアでは
兵士たちの訓練、軍隊の強化を怠らなかったのでそれが世界の他国への
抑制力ともなっていた。王子であるローレルも幼い日から剣の稽古を重ね、
しかも彼の素質と力は誰もが認めるほどのものだった。周辺諸国も含めた
剣術大会ではほぼ毎回のように優勝を重ね、人々の称賛を集めていた。
『きゃ――――っ!ボーイ――っ!トウショウ・ボーイ!』
『ふむ・・・さすがは伝説の勇者の血筋の本家。他の者とは器が違う。
剣士としてじゃない。王として、人間として違うのだ・・・』
そんなローレルにも弱点はあった。その一つに、女好きであることだった。
「王子さま!この間はありがとうございます。王子さまともあろうお方が
固い瓶のふたを開けられない私なんかの助けになってくださるなんて・・・」
「いいって、いいって。礼なんか。それより今度おれと遊ばない?」
下心を持って人助けをしているわけではない。しかしこのとき彼は女性の
胸元に頻繁に視線をやっていた。まだ問題を起こしたことはないが
いずれ大変なことをやらかすのではないかと城の人間たちは恐れていた。
そしてもう一つ、彼の熱き正義の心は強すぎて、それが周囲と時々
衝突を生み、一部の者からは好かれていない理由であった。
ローレシアではこのごろ貧富の差が目立つようになり、それと共に
どうしようもない者たちが増えていた。貧しさゆえに犯罪を犯す者、
また立場の低い人々を食い物にする者が出てきていた。ローレルは
常に思っていた。なぜ父や貴族たちはこの格差のある状態をこのままに
しているのか。どうして悪行者たちを残らず除き去ることをせずに
放置しているのか。直接父たちに抗議し公に批判したこともあった。
よってローレルに対する評価は民衆の間では日々高まっていったが、
城の人々が冷静に言うところによると、『彼は純粋で正しい道を歩む
だろうが、王として成功するかどうかはわからない』という、
半信半疑なものだった。ローレルもそう噂されていることは知っていたが、
「おれがこの国を変えなきゃいけない。どんなに反対されようが必ずやり遂げる。
誰もが幸せで何不自由なく暮らせるような国にする。それが偉大なる初代の王
ブライアンさま、その妻ローラさま、そして・・・勇者ロトのご意志のはずだ」
トウショウ・ボーイ・・・ローレルは現状を自分の手で変えたかった。
うまいやり方はまだわからない。彼が国王とされるのもずっと先だろう。
それでも自らが変革したかった。このまま黙って見過ごせはしなかった。
この十年で世界は緩やかに、しかし確実に変化していた。一切が謎に包まれた
『ハーゴン』という神官を教祖とした邪教の信者が急激に数を増し加えていた。
その教えが邪教と呼ばれる理由に、彼らの奉る神は『悪霊の神々』とされる
一般的にはとても受け入れられないものであったからだ。当初は相手に
されなかったが、彼らが日に日に大きな勢力となっていくことにやがて
世界各国の支配者たちも見過ごせなくなっていった。
ハーゴン教が力を得ていくのと同時に、これまで人間を襲うことはほとんどなく、
逆に狩りの対象であった魔物たちが凶暴化し、旅人たちを皆殺しにする事件も
多発していた。身を守るため、食糧を得るためではなく、ただ命を奪うために
人間を襲撃するのだ。それは山でも海でも同じことで、だんだんと人々の
生活に影響を及ぼすようになった。ローレルもそのことを知っていた。
ローレシアの周りの魔物たちは脅威となるような強さを持たないが、
人の姿を見た途端に襲いかかってきたという報告が日に日に増えていたからだ。
ローレルが十六歳となった年のある日、その日はいつもと変わらぬ快晴だった。
彼は町へ出ては困っている人々を助けたり、女性たちに声をかけたりして
普段通りの行いをしていた。まさか今日が自分の人生を大きく動かす
運命の一日であるなんて思ってもいなかった。そのときまでは。
彼が城に戻って一時間も経たないそのとき、門の辺りからざわめきが聞こえた。
また盗みを働いた者が捕らえられでもしたか、と王である父と話していた。
しかし一向に静かにならず、むしろそれは大きくなりしかも近づいてきている。
いったい何があったのか見に行こうとすると、彼らが向かうより先に
一人の男が王の間にやってきた。周囲の者が止めるのを振り切りここまで来たようだ。
「・・・!お、お前は何だ!?どうして全身から血を流している!?」
「父上!これは・・・『ムーンブルク』の兵では!?いや、すぐに治療を・・・」
ローレルは城の医者、加えて傷を回復できる呪文を使える者たちを
呼ぼうとしたが、その兵士は彼を手で制した。もはや絶命する寸前であり、
どうあってもそれを避けられないとわかっていたからだ。それよりも、
この身体でムーンブルクの国から遠く離れたローレシアまで来た目的を
果たすため、兵士は王座の前で片膝をついて最後の力を振り絞った。
「・・・ローレシアの国王様・・・それに王子殿!私はムーンブルクより
やって参りましたが・・・そのムーンブルクの城が・・・・・・
大神官ハーゴンの軍団により・・・突然攻め取られ・・・!!」
「それはまことか!?そなたらの王は!?人々は・・・!」
「おそらくは・・・・・・。この私がただ一人こうして・・・・・・。
だ、大神官ハーゴン・・・やつは邪神の力で全世界を滅ぼそうと
魔物たちを率いて・・・・・・ロ、ローレシア・・・でも一刻も
早くご対策を!そして我らの無念を・・・・・・」
兵士は力尽き、その場に崩れるようにして倒れた。ローレルはムーンブルクに
これまで数回、公の行事の機会に父や母と共に訪れたことがある。その城は
ローレシアよりもずっと美しい自然に満ち、清々しい空気を堪能させてくれた。
だが、それら以上にローレルが最もムーンブルクの思い出として残っていたのは、
自分と同い年だというこの国の王女。あの麗しく、ムーンブルク自慢の
どんな花よりも可憐な娘のことだった。誰にでも積極的に接し、女性相手には
特に自らを押し出すローレルが、彼女相手には緊張のせいでうまく話すことが
できなかった。その彼女も兵士の話の様子ではおそらく犠牲になったのだろう。
最後に会ったのは半年前。それが最後になってしまうなんて。
(・・・・・・こんなことならあのときもっと仲よくすればよかったな・・・。
そうか・・・また会えるときを楽しみにしていたのに・・・もう叶わないのか)
寂しさ、そして悲しさに部屋のなかであるのに寒い風が吹くのを感じたが、
次の瞬間には激しい怒りがローレルを支配していた。魔物たちに、
何より大神官ハーゴンに。多くの人々の命を奪った悪魔どもへの怒りの炎が。
「・・・うーむ、やはり近頃の魔物の変化の裏には邪教が関係しておったか」
「父上!ならば私を!勇者ロトの子孫としての使命、今こそ果たす時!
私を旅立たせてください!ローレシアの、世界の平和を取り戻すため、
同盟国ムーンブルクの仇を討つために・・・」
ローレルは拳に力をこめ、今すぐにでも打倒ハーゴンの旅に出ることを直訴した。
一刻も早く邪教を壊滅させることがこの国だけではない、世界の救いとなる。
父も快く背中を押してくれるものと思ったが、その返答は意外なものだった。
「いや、息子よ、しばし待て。まずは事の真偽を確かめるため兵を数人ほど
ムーンブルク地方へ遣わす。彼らの報告を受けてから本格的に
我らの今後の方針を決めなければならない」
「・・・・・・・・・」
「そこで守りを固めるのではなく我らのほうから攻めると定まってようやく
そなたが行くかどうかという話になるだろう。だからそうだな・・・
まあ最低でも数か月はかかる。それまではしばし・・・・・・」
若き闘将は激怒した。これがほんとうに自分の父なのかと。勇者ロトの血が
流れている者の言葉か、と。ロトの時代はすでに遥か昔。血が薄くなっていても
仕方がない。しかしたった四代前に、ブライアンという勇敢な男がいた。
彼は竜王と呼ばれる巨大な竜に一人で戦いを挑み、打ち勝った。
大事なのは勝利したことではなく、その勇気と根性、正義に満ちた行動だ。
「・・・承知しました。この件に関してはもう結構です!」
彼は冷静さを取り繕おうとしたがそれは無理だった。激しい思いに任せるままに
自身の部屋の銅の剣と皮の鎧を身につけた。それらは城の訓練で使われるものだ。
それと机の上に置いてあった、たった50ゴールドという金を持ち、誰の許しも
得ないまま旅立ちの準備を着々と進めていった。人の目を全く気にもせずに
それらを行ったのですぐに王にも彼の行為は知らされることとなった。
「・・・いかがいたしましょうか。我らでどうにかしましょうか」
「・・・・・・好きにさせておけ、どうせ二日か三日で泣いて帰ってくる。
世の中はそんなに甘くはない。いまそれを知っておくのもよいではないか」
「・・・はっ・・・で、では・・・見て見ぬふりをしろ、と・・・」
王はそれ以上何も語らず、狼狽える高官たちを王の間から退かせた。はじめは
ほんとうにこれでいいのかと城の人々は戸惑ったが、やがて王の言う通りだと
納得するようになった。挫折を経験することで王子も大人しくなるだろう、と。
ついにはローレルが何日持つかという賭けをする者たちまで出てきた。
だが、王の内心は全く違うところにあった。彼は息子への大きな期待があった。
(・・・・・・もし私や兵士どもの言う通りすぐに逃げ帰ってくるようであれば
所詮は私と同じ、ただ偉大なる先祖の血が流れているだけの存在。だがあいつは
何かが違う・・・。世界の危機に天から遣わされた勇者だという予感がある。
ふっ・・・親バカと言われたらそれまでかもしれぬがな・・・・・・)
「・・・・・・よし、行くか。ハーゴンをぶっ倒すまでは帰らない。
何か月、いや何年・・・・・・いつになるかはわからないけどな」
崇敬してやまない四代前の先祖ブライアンが築いた愛する祖国、ローレシア。
この国を自らの手で変えなければならないと決意しているからこそ、しばしの
別れ。ローレシアを出たら次期国王のローレル王子様ではない。ただの
熱き若者、トウショウ・ボーイが一人いるだけだ。やがて全世界の
太陽となる男の冒険がここに始まった。彼はその生涯にわたって
無数の人々に光と恵みを与える英雄となるのだ。
人々よ、希望を求め、暖かさが欲しいのなら彼のもとに集まるがいいだろう。
お助けボーイはきっと救いの手を差し控えたりはしないのだから。