ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で   作:O江原K

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初恋の巻 (マンドリル)

 

「明日からムーンブルク城目指して数日は野宿か・・・しかしもう誰も

 生きていないであろう場所に行くのも気分が乗らないよね。半年前までは

 ぼくたちの国と変わらない穏やかな日々を過ごしていたのに。

 もう王様にも王女様にも会えないのか・・・」

 

アーサーが酒を飲み干しながら憂鬱に語っている。二人はそれぞれ

一部屋ずつとっているのに夕食が終わった後にアレンが酒瓶を持って

押しかけて来た。男の友情を深めたいという気持ちからだろう。

しかしまた彼が説教を始めたり大声で騒いだらいやだな、とアーサーは

そちらも憂鬱の種だったが、この日のアレンは静かだった。

 

「・・・・・・そうだよな。もう終わったんだよな・・・・・・」

 

いつもは最初に騒いでからだんだんと静かになりそのうち寝てしまうのが

一連の流れであったが今日は始めから大人しい。酒は入っているようだが・・・。

 

「体調が悪いんだったらもう休んだら・・・」

 

「いや、おれは元気さ。体のほうはな。思いだしていただけさ・・・」

 

と言いながらも、普段よりもゆっくりと空になったグラスを再び満たしていた。

 

 

「・・・ムーンブルクの・・・セリア王女・・・・・・覚えているか?」

 

「そ、そりゃあ・・・覚えてはいるよ。あまり頻繁に会っていないし

 親しいってわけじゃなかったけどね。きみだってそんなものだったろ?」

 

「ああ。向こうからすりゃあおれなんてどうでもいい男の一人だったろうよ。

 でも・・・・・・おれにとって彼女は・・・初恋だった」

 

「・・・なるほど・・・・・・」

 

 

 

アレンが初めてセリア王女を意識したのはまだ五歳のとき、各国の首脳を集めた

会議のときにその姿を見たのが初めだった。それまでアレンは自分と同じくらいの

女の子と接したことは全くなかった。彼の下は全て弟、男であったからだ。

 

そこにいた女の子はセリアだけではない。アーサーの妹サマンサやその他の

国の王女、貴族の娘たちもいた。しかしアレンはセリアが他の誰とも

違って見えた。その美しさもそうだが、彼女から感じ取れる何かが違っていた。

 

セリアは楽しそうに振る舞っていた。しかしその心の内でつまらなさ、

物足りなさを覚えていた。五歳にして外面の自分を形作りあげていた。

もちろん幼いアレンには彼女の全てを理解することはできなかったが、

彼女はかわいそうだ、と思った。助けてあげたいと願った。

 

けれども幼いアレンには言葉が出てこない。どう言えばいいのかわからない。

たまたま近くに彼女が来て話す機会が訪れても、

 

『・・・お、おれはアレン。これからよろしく・・・』

 

『あら、ローレシアの王子様ね。こちらこそ。わたしはセリア』

 

たったのこれだけで会話は終わってしまった。それから年月が過ぎ幾度か

顔を合わせても、なぜか彼は彼女に対してだけはまともに顔を見て

長く話すことができなかった。彼女のほうは別にアレンを意識してはいない。

ただ、表面をどれだけ繕ってもその心の奥は『諦め』の気持ちに満ちている。

つまらない毎日を変えたいが自分の生まれたときから与えられた立場ゆえに

それはできっこないという思いだ。

 

彼女を解放してあげたいと思った。彼女を縛るものから救い出すことができれば

自分も共に背負うべき重荷を捨てても構わない。それだけセリアという少女に

引き寄せられていた。彼女のことを思うと苦しい気持ちになってしまうのに、

毎日考えてしまう。彼女はムーンブルクの大切な一人娘なのだからどうあっても

叶うはずのない、自分が将来ローレシア王となったとき隣にいてくれる彼女、

もしくはまったく知らない集落の小さな家で彼女と二人暮らす姿。

心を痛めながらも夢を描いていた、まだ幼い日だった。

 

 

アレンの初恋が突如として終わったのは、彼が十二歳、剣の稽古に励んでいた

ある日だった。兵士たちの会話が耳に入ってしまった。

 

 

『ムーンブルクの王女、ラダトームの第三王子と婚約が決まったらしいぜ。

 まだ五年は先の話だろうに・・・王族ってのは気が早いなァ』

 

『ラダトームも必死なんだろ。かつての栄光を取り戻すためにな。

 上二人が次々とくたばらなきゃ王になれない三男ごときでそのための

 足掛かりになりゃあ儲けものだろ。ムーンブルクも男子がいないしな』

 

 

『・・・・・・・・・!!』

 

アレンは持っていた訓練用の剣を落とし、足の上に落としてしまっていた。

しかも突然動きを止めてしまったので相手は急に反応できず、攻撃を

もろに食らい、その場に崩れるように沈んでいった。

 

『お、王子!誰か!は、早く王子を!いきなり王子が・・・!!』

 

 

アレンが『女好き』として知られるような行動をするようになったのは

この頃からで、闘将ボーイとして日々熱心さを前面に出すようになったのも

彼が珍しく訓練で負傷したその次の日からだった。その恋の終わりは

切なく、苦しかった。思い描いていた夢も消え果てた。

 

 

 

 

「・・・ふーん・・・。きみが女好きになったのってもしかして

 王女のことを忘れるために無意識に・・・ってところだったのかな?」

 

「さあな。ただ今思うことは・・・おれのものになんかならなくたって

 元気に生きていてくれたら何も言うことはなかった。それだけだ・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「おれたちも家族や大事な人が生きているうちに心残りがないように

 話したいことは話しておかないとな。永遠に言えなくなっちまうからな」

 

 

アレンの言葉にアーサーはしみじみとした気分になりながらも、この話題に

関連した現実的な話を始めた。故郷のことを考えていたら思い出したことがあった。

 

「ところで・・・ぼくはもう少しでルーラという呪文を覚える。いまでも

 キメラの翼で同じことができるけれど、魔法力のあるぼくならこれらの

 ために『結界』を張ることができる」

 

「結界?なんだそりゃ」

 

「こういう魔物の影響がない安全な場所にならできるんだ。キメラの翼、

 もしくはルーラで飛べる場所を・・・いまはサマルトリアに戻れるように

 しているけれど、この町にすることもできるんだ。どうする?」

 

「おお、そういうことか。うーん・・・」

 

 

一瞬で飛んでいける地をサマルトリアのままにしておくことの利点は、

ムーンブルクの調査を終えた後に即座に帰還できることだった。大きな目的が

後に控えているとはいえ表向きの旅立ちの目的である調査の報告を

するために一度互いの故郷に帰らなくてはならないだろう。とはいえ

飛べる先をムーンペタにしておけば、万が一途中で危機に陥り

緊急避難を余儀なくされてももう一度ここから立て直しができる。

サマルトリアまで戻ってしまえばまたここまで来るのは億劫すぎる。

どちらにも長所短所があり、二人は少し考えた末に、

 

「この町には結界は張らなくていい。この宿屋は最高だが何日もかけて

 城まで行ってまた帰ってくるのもなぁ・・・」

 

「わかった。じゃあ今のままで・・・。なら一発で決めないとね」

 

 

その昔ルーラの呪文は自分が立ち寄った地であれば思いのままに行き先を

選べたのだという。しかしいまはたったの一ヶ所だ。ルーラだけではない。

昔に比べて『劣化』してしまった呪文は多く、失われてしまった呪文も

数えるときりがない。それはすなわち自分たちの『劣化』ではないのかと

人々は口にしていた。勇者ロトの時代に比べて人は衰退していると。

とはいえ泣き言ばかりを言っていても何もできない。今あるもので

未来を切り開く、それがアレンの目指している人間の力の証明だ。

 

 

 

翌日、まだ太陽の昇らない暗い時間から二人は町を後にしようとしていた。

二泊もした心地よい宿屋に別れを告げてムーンブルクへの旅が始まる。

さあ行くぞ、と意気込んでいたとき、彼らの後ろを一匹の犬がついてきていた。

 

「・・・・・・」

 

「ん~?この犬・・・!こいつ、昨日おれに噛みついてきた犬だ!

 まだ用があるのかァ―――――――っ!!」

 

「怒っている感じはもうしないよ。きみに謝りたいんじゃないかな?

 この町には戻らないんだからしっかりお別れしておかないとね」

 

「ふん・・・まあおれも多少悪かった。あばよ、駄犬・・・」

 

二人が手を振りながら去っていこうとするが、犬はまだ追いかけてくる。

 

「おいおいおい・・・何だこいつは。おれたちは旅人だ、お前は飼えないぜ」

 

「旅の仲間が欲しいとは言ったけれど犬はちょっとね・・・。しかしぼくたちの

 どこに懐かれる要素があったんだろう?わからないな」

 

撒こうとしても犬の速さにはなかなか苦労させられ、町の外まで出てようやく

犬は追ってこなくなった。二人はすでに息を切らしていた。

 

「ハァ―――ッ・・・やっぱりあの犬は厄を運んできやがった!くそっ!」

 

気を取り直してムーンブルク城を目指す旅を始めた。ムーンペタの町の人々も

ここへは近づけていない。商人たちも同様で、魔物に襲われた後この城が

いまどうなっているのかを正確に知る者はいなかった。襲撃からかなりの

時間が過ぎてしまっているので生存者がいる可能性はなしに等しいが

もしかしたら備蓄されている食料や自然の水で細々と食いつないで

籠城しながら生き残っている人間がいるかもしれない。もう魔物たちが

撤収しているのにそれに気づかないで地下にこもっていたら気の毒だ。

万が一の可能性を信じて二人は歩き続けていた。

 

 

魔物たちをこれまで通り打ち倒していったが、ここで彼らはある魔物に出会った。

 

「・・・・・・またムカデどもか・・・ん、あいつは・・・?」

 

猿の魔物が一匹、敵の群れの中にいた。アーサーはその魔物を知っていたようで、

 

「あれはマンドリルだ。怪力自慢の獣!でも人間を積極的に襲うわけじゃ

 ないはず。やっぱりハーゴンの影響なのかな?敵意むき出しだ」

 

 

『マンドリル』。大きな猿というだけで説明は足りる獣の魔物。巨木を

簡単に切り倒す力の持ち主ではあるが凶暴な性格ではなかったので

ムーンブルクでは家畜としての利用を研究していたほどだ。万が一の

ことがあってはならないので本格的な導入には至らなかったが、

マンドリルはかつては恐れられてはいなかった。ところが近年、

世界的に魔物たちが人を襲うようになったので、このマンドリルも

変わってしまったのだろう。息が荒く、血走った目つきで睨んでくる。

 

 

「あっちがやる気ならこっちも遠慮なしに戦えるぜ!猿野郎はおれに任せろ!」

 

「ならぼくはそれ以外のやつを焼き払う!でも気をつけて・・・」

 

「馬鹿にすんなよ!このおれが力比べで負けるわけがねえだろ!」

 

ムーンペタの町で購入した鋼鉄の剣でマンドリルに襲いかかる。力比べは

もちろんだが、速さで圧倒し先に斬りつけてしまえば問題ないと自信満々に、

 

「くらえ――――っ!!化け猿が――――――っ!!」

 

首を斬るつもりで振りかぶったが、すでにマンドリルはアレンを射程に捉えていた。

 

「なにっ・・・!こいつ・・・・・・」

 

「ガァ―――――――ッ!!!」

 

アレンの攻撃は届かず、マンドリルの太い腕が渾身の力で彼を殴り飛ばした。

 

 

「・・・アレン!こっちは片付いた!ぼくも加勢に・・・!」

 

「がはっ・・・!いや、こいつは強い・・・!ホイミを頼む!」

 

アレンですら後れを取っている。自分では何もできないだろうとアーサーは

大人しく後方支援に回ったが、アレンはその後も防戦一方だ。

たまに攻撃が入るがマンドリルは怯むことなくアレンを追いつめる。

 

 

「く、くそっ・・・!!いくら何でも強すぎやしないか!?」

 

「グオオオオ――――――ッ!!」

 

なおも威嚇するようにマンドリルは吠えている。アレンを回復しながら

アーサーはこれまでの旅で最大の強敵の様子をじっと眺めていた。

弱点や隙が見つからないかと注意深く観察し、それがどうやっても

見つからなければ逃げるための道の確認だ。とはいえ、いいように

やられたままアレンが大人しく戦いを放棄するとは思えないが。

どうにか勝利のためのヒントを得たいところで彼はあることに気がついた。

 

 

(・・・あれ、このマンドリルの顔つきは・・・確かにぼくの知っている

 穏やかなものとは違う。でもハーゴンの力に支配されているかといえば

 そうでもないようだ。これは・・・・・・)

 

アーサーはアレンの前に出た。マンドリルとの距離をゆっくりと詰めていく。

自分が代わりに戦うのかと思いきや、武器である鉄の槍を足元に置き、

何も持たないまま獣に近寄っていった。

 

「・・・ちょっと待て!まさかお前、自分が盾になっておれを逃がそうと!」

 

「そんなわけないよ。ぼくがやろうとしているのは誰も死なない方法さ」

 

するとアーサーはまさかの行動に出た。なんとマンドリルに対して

ホイミの呪文を唱え、アレンの攻撃によって受けた傷を回復させてしまった。

これにはアレンはもちろん、マンドリルも驚いて動きが止まった。

 

 

「おいアーサ――――ッ!!何をやっているんだてめえは!?こいつに

 勝つのが無理だと諦めて媚を売ってやがるのか!?こんな猿に!」

 

「・・・媚を売る・・・とはちょっと違うな。でもアレン、ぼくたちは

 このまま戦っていてもひょっとしたら負けるかもしれないよ?」

 

「てめえ・・・!そんな弱気でハーゴンを倒せると・・・・・・」

 

アレンは片膝をついているのにそれでも今すぐアーサーを殴りかねない

勢いだった。降参など受け入れられるわけがない。しかしアーサーの

考えは全く別のところにあった。

 

 

「いや、このマンドリルがハーゴンの意のままに動きぼくたちを襲っていたら

 もっと楽に勝てていただろうね。でもそうじゃないとわかったいま・・・

 ここはこれで終わりにするのが最善だ。そう思ったんだ」

 

アレンに対し、戦いを打ち切るように言う。あくまで敗北ではないと。

そして今度はマンドリルに向かってアーサーは同じ提案をした。

 

「きみにぼくの言葉がわかるかは知らないけど、きみだってこれ以上は

 無駄な消耗だろう?ぼくたちはもうやらない。早く家に帰ったほうがいい」

 

 

マンドリルはアーサーをしばらく黙って見つめていたが、くるっと

後ろを向くと、ゆっくりと歩き始めた。どうやら通じたようだ。

しかしそれだけでなく、二人に対して顔で何かを合図している。

二人が動かないと、マンドリルも歩くのをやめ、その合図の仕草を続ける。

 

「・・・・・・ついてこいってことか?おれたちに?」

 

「・・・そうみたいだ。方角は目的地から逸れないけれど・・・」

 

「行ってやろうぜ。仮におれたちを餌にするつもりなら逆に

 やつらの巣ごと壊滅させて猿の肉の燻製にしてやるだけだ」

 

 

マンドリルの後をついていく。どうやら相手もこれを求めていたようだ。

一時間もしないうちに森に入ると、マンドリルは急に足を速めた。

何事かと二人も追うと、そこには別のマンドリルが倒れていた。

 

「・・・?苦しそうだ。病気なのかな?」

 

「いや、違うみたいだぜ。そしてアーサー、お前の言う通りだった。

 あいつと戦わなくて正解だ。道理で強いわけだ・・・」

 

アレンたちを連れてきたマンドリルはどうやら餌をとりに出ていたようだ。

しかしこのマンドリルが強さを見せていたのは他に大きな理由があった。

 

「見ろよ・・・生命の神秘の瞬間だぜ。おお・・・すげえっ」

 

「・・・ああ、これで全ての納得がいったよ。なるほどね~・・・」

 

 

倒れているのは雌だった。出産が始まり、小さな新しい命が無事に誕生した。

雄は胸をどかどかと叩き喜びを全身で表現していた。この瞬間のため、

愛する妻と生まれてくる我が子を守るために彼は戦っていたのだ。

 

「・・・ウボォッ、オオウッ」

 

「これは・・・・・・うげっ」

 

アレンたちへの礼のつもりなのか、踊りを終えるとマンドリルは何かを

引きずって持ってきた。それは大ねずみの死骸だった。彼らにとっては

美味な肉なのだろうが、二人は骨や内臓が飛び出している死後数日は

経っているそれをありがたく受け取ることはできなかった。

 

「・・・い、いいって。それはお前たちが持っておくべきだ!お前の

 奥さんもちゃんと体力をつけなきゃ・・・だろ?」

 

「ウホッ、ホホホ!オウッ」

 

「いやいや、ぼくたちは何もしてないから・・・。気持ちだけ・・・」

 

会話が成立しているのか疑わしいが、どうにか大ねずみの肉をもらうのは

回避できた。マンドリルの家族と別れ、再びムーンブルクへ向かう街道に

戻る。魔物たちとの戦闘はしばらくないまま平和な旅が続いていた。

 

 

「・・・人間も獣も魔物も・・・真の強さの秘密は同じところにあるんだね」

 

アーサーが感心したようにアレンに話を振る。しかし彼はすぐに答えようとせずに

下を向いている。強敵マンドリルに勝てなかったことが悔しかったのか、

それとも大ねずみの死骸でよほど気分を悪くしたのか。彼を気遣いアーサーは

これ以上話しかけてはこなかったが、アレンはその日のうちはずっと静かだった。

その原因はアーサーが考えていたものとは違い、リリザの宿屋でアレンが語った

話に関わっていたのだが、それに気がつくのはアーサーといえども難しかった。

 

(あのマンドリルたちは自然の中で愛を育んで結ばれ、それが強さをも与えた。

 おれもあの子・・・セリアとあんな幸せが欲しかったなァ)

 

もう叶わない、終わった夢の初恋は今でもアレンに苦しみを与え続けていた。

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