滅ぼされたムーンブルク城にてアレンは確かな希望を得た。王女セリアが
ハーゴンの呪いによって犬に変えられたもののまだ生きており、その呪いを
解呪するラーの鏡の存在も知った。少しでも早く目的の場所へ行きたかった。
「アレン、まだだいぶ距離がある。もう少しゆっくり歩かない?
ムーンブルクを出てからずっとこのペース!体力が持たないよ」
「・・・そう思うならお前だけそうしろ。冷たいことを言うようだが・・・。
おれたちがこうしている間にも王女は犬の姿で孤独を味わっている。
おれは夜通し歩くつもりでいる!いやなら一人でサマルトリアに帰りな!」
「・・・・・・・・・・・・」
アーサーは仕方なく彼の後ろについていく。決して一人で帰るのが怖かった
わけではない。このままアレンを放っていったら彼は必ず命を落とす。
いまのアレンは周りが見えていない。ただただ一直線に突っ走っている。
いくら光を得たからといえ、あまりにもそれを求めすぎている。
自分に都合の悪いことを一切考えようとせず、危険だった。
「よーし・・・四つの橋が見える!そして目の前にはこの沼地!
ぼこぼこと毒を噴き出してやがる・・・ここに間違いないな」
ムーンブルクから急行し、驚異的な速さで目的の場所までやってきた。
夜の休みも短くして、ずっと歩き通しだったというのにアレンは
一息入れることもせず沼地のなかに入っていく。身体に毒だと
自ら口にしながらも躊躇せずに突入していった。アーサーもアレンと
協力してラーの鏡を見つけようと続こうとしたが、
「・・・待て、お前は沼地に入るな。そこにいてくれ」
「ん?二人でやったほうが早いんじゃないかな?」
「いや、お前も疲れただろう。ちょっと休めよ。それに、どちらかは外で
魔物が近づいてきたときに追い払う役がいないとまずい。おまけに入ってみて
わかったが思ったよりこいつは体力を奪われる。お前にホイミをかけて
もらいながらじゃないと持たない。だから待っていてほしい」
(・・・ふ~ん・・・。意外と冷静さは残っていたみたいだ。見直したな。
あとは思い通りにいかないときもこれが続くかどうか・・・)
沼地の外でアーサーは見張りをしながらこの先のことを考えていた。
ラーの鏡を手に入れた後、ではない。『思い通りにいかないとき』、
つまりそれが見つからなかった場合だ。そのときアレンをどう説得するか。
まだ夜までは間があるが、早くから最善の策を探していた。
「アレン!もうお昼だけどどうする?ぼくは先に食事にするけど」
「食べていてくれ!おれはこの辺りを一通り終えてからにする!」
結局アレンが昼飯をとることはなかった。その後も探索の手を止めない。
休憩するように言われてもホイミの呪文を唱えてくれ、とだけ返すのだ。
この呪文が気力や疲れまでは回復できないのをアレンもわかっているはずなのに。
「あと少しのはずだ。これだけしらみつぶしにやってんだ。絶対にもうすぐ・・・」
「・・・・・・・・・」
やがて夕刻となり、アレンのやる気は全く衰えていないように見えるが、
だいぶ参っていた。遠くにいるアーサーにもそれは伝わっている。
全く休まずに毒の沼に浸かりながら中腰でラーの鏡を探しているアレンの
動きは鈍くなってきている。こんなことはおかしい、と戸惑い焦る
アレンだったが、彼を見ているアーサーは実のところムーンブルクを
出たときからこうなるのは薄々わかっていた。彼の疑いは確信に変わった。
(・・・ぼくは最初からあまり信じていなかったからなぁ。人々の魂が
悪意から嘘をついたとは思えないけど、これは罠なんじゃないかってね)
仮にラーの鏡が本物だとして、どうしてハーゴンたちはこんな沼地に
鏡を放置したまま去っていくというのか。全く意図がわからない。
あの魂たちは、もっと言うと犬にされたセリア王女も『利用』されているのだ。
すでにどこにもないラーの鏡という希望のためにあえて生かされ、アレンみたいな
それに引き寄せられる者の餌となっている。魚を狙う釣り人の用意した餌のように。
(つまり・・・ありもしない鏡を見つけに沼地に入ったが最後・・・か。
しかもわざわざ身の危険を冒して毒の沼に入るような人間は正義感に溢れて
いるに決まっている、それをわかっていてこんな罠を仕掛けたんだ)
やがて日没が間近に迫り、もう潮時だろうとアーサーは動いた。
「アレン、そろそろ終わろう。限界だよ、時間もきみの体力も」
「・・・だから帰りたきゃお前ひとりでそうしろと言っただろ。だが
帰る前にもう一度ホイミを唱えてくれ。帰らないのなら警戒を続けろ。
この大陸の魔物は夜でも活発だ。油断できねえぞ」
「もう魔力がないんだよ。あとホイミ一回か二回分しかない。諦めよう」
「・・・あ?」
アレンはここでようやく一日をかけて何も得られなかったという事実を理解した。
「でもここにキメラの翼がある。ムーンペタに結界を張らずにサマルトリアに
戻れるようにしていたのは幸運だった。すぐに調査の報告ができる」
沼地から出てラーの鏡探しを打ち切り、互いの故郷へ戻ることを促す。
しかしアレンは苦渋の表情を浮かべながらもまた手を動かした。
地道な作業をやめる気などない。そしてアーサーに言い返す。
「いいや、おれは不幸だと思っているぜ!ラーの鏡を見つけたとき
真っ先にムーンペタに帰り王女を呪いから救い出してやれるんだからな!
アーサー、ただ利口で賢いだけじゃ未来は切り拓けないんだぜ・・・」
反抗心や意地で探し続けているのではない。セリア王女を助けたいという一心、
ただそれだけだ。アレンだって罠である可能性を僅かには認識していた。
一縷の望みがあるならばそれに賭けたかった。ムーンブルクの魂たちがいまだ
この世に留まる意味を見つけてやりたかった。王女を人の姿に戻し彼らを
安心させて天に送ってやりたいというアレンの熱い気持ちがあった。
「・・・ならもう止めはしない!ただしこれ以上暗くなったらこれまでよりも
遥かに見つけ出すのは不可能だ!しかも魔物の群れの視線を感じる。
命の危険を感じたらすぐに二人で飛ぶ!時間はもうないぞ!」
「魔物の群れ・・・ああ、そっちまで気が回ってなかったぜ。
そうか、お前ももう魔力はないっていうなら確かに短い時間で
ケリをつけなくっちゃあいけないみたいだな」
アーサーは鉄の槍を持ち魔物との戦いに備えたが、いくら流れるような身のこなしに
よる彼の戦い方にも対処できる敵の数の上限はある。地面からはムカデや蟻が群れで
やってきて、空中からは暗くなってきたせいかスモークが闇に紛れ込んでいる。
もう猶予はない。終わりが間近に迫っていた。
「・・・・・・だめだ!一斉に襲われたらどうしようもない!アレン・・・!」
「・・・おれは・・・セリアのために・・・!ここで諦めるわけにはいかねえ!
おれが初めて惚れた女だ!どんなことになろうと絶対に救ってみせる―――っ!」
その瞬間、アレンの右腕から闇を切り裂くように眩しい光が放たれた。
勇者ロトの子孫の証である紋章のようなアザが光輝いたのだ。アレンにも
こんな経験は人生で初めてで、光の源が己の腕だとはわからなかった。
「・・・うおおっ!!こ、この光はっ・・・!?」
「アレン!きみの腕からだ、それは!気がつかなかったのか!?」
「こんなのは知らねえ!突然何なんだ!?毒の沼の影響か・・・」
アレンは叫ぶのをやめた。この光と関連があるに違いないだろうが、
これもまた初めての何とも言い難い不思議な感覚がアレンを包む。
「・・・そっちに・・・何かあるのか?おれを導いている・・・」
誘われるがままにその場所まで行く。そして彼はゴーグルをつけた。
「この下・・・さっきまでよりもずっと深くを調べろというのか?」
海に潜るときのように息をたっぷり吸い込んでから、沼の深く目指して
進んでいった。この毒の沼はアレンが思っている以上に実際は深かった。
運が悪ければ飲み込まれていたかもしれない。その代わりに
最も深いところまで探索の手が及んでいなかった。彼を導いている
謎の力がなければアレンは見つけ出すことができなかっただろう。
「・・・・・・!!あれだ、あれだっ!!そんなところにいやがったのか!」
やがて再び沼地から顔を出したアレン。その手には確かな成果があった。
「ど・・・どうだ。待たせたな。だが・・・とうとうやったぜ」
「アレン!まさか・・・!ほんとうにあったなんて・・・」
アーサーは沼地から脱出したアレンに最後の魔力でホイミを唱えた。
毒によって奪われた生命力は回復したが、さすがにどっと疲れが
襲ってきたのかその場に倒れ込んだ。
「・・・きみはすごいな。ぼくはラーの鏡はこんなところにはないと
決めつけていたよ。きみ一人で手に入れたんだ」
「・・・それは問題じゃねえな、アーサー。いま考えなきゃいけないのは
せっかく見つけたこいつをどうやって無事に持ち帰るかって話だ・・・」
喜びもつかの間、これまでは気配だけしかしていなかった魔物たちが
とうとう姿を現し、二人を追いつめていた。
「キメラの翼を使うしかない。再びムーンペタに行けるのはかなり後に
なってしまうだろうけどここで命を落としたら話にならないよ」
「くそ!おれはすぐに彼女のところへ行かなくちゃいけないんだ!
くだらねえ遠回りをしているわけには・・・!」
アレンはまだ正面突破を諦めきれずにいたが、かなりの数に囲まれた今、
ある程度は蹴散らさないと逃走はできない。戦うにしても疲労が溜まった
限界寸前のアレンと魔力が切れたアーサーがどこまでやれるのだろうか。
「せっかく見つけたってのに、こんなことでセリアを待たせたくねえ!」
「だけどアレン、いまのぼくらじゃ・・・・・・」
二人は口を閉じた。魔物たちの群れの背後から無数の足音が聞こえたからだ。
敵の新たな援軍か。だとしたらいよいよキメラの翼による緊急脱出しか
なくなる。さすがにアレンもわがままを言っている場合ではないと思った。
それにしても物凄い迫力が大地から伝わってくる。どんな魔物なのか。
「あれはマンドリル!マンドリルの大群だ!一匹だけでもあんな手強い
相手だったのに何匹いやがる!?くそ、完全に運に見放された!」
「・・・・・・?いや、違うみたいだ、アレン!彼らは・・・・・・」
マンドリルたちはなんと二人を囲んでいた魔物たちのほうへと狙いを定め、
自慢の怪力で叩き潰したり踏みつけたり殴り飛ばしたり・・・。
マンドリルは好戦的ではなかったが、この辺りで最強の魔物だった。
ラリホーアントなんかでは一瞬でばらばらだ。『かぶとムカデ』という
鉄壁の守りを誇るムカデが防御して身を固めてもマンドリルたちが
集団でパンチを繰り出せばやがて砕けてしまった。
「あっという間に魔物が減っていく!」
「あ、ああ!だがあいつらの狙いは何だ?狩りだとしたらおれたちもまずい!」
魔物たちの全滅に大した時間はかからなかった。マンドリルたちは
倒した魔物たちには目もくれずにゆっくりと近づいてきた。二人は
いつでも逃げられるように準備していたが、その必要はなかった。
マンドリルたちは左右に二列ずつきれいに列を作り、二人のための道が
できた。どうやら守ってくれているようだ。敵意は一切感じられなかった。
「・・・・・・次から次へ混乱させてくれることばかりだぜ、今日は・・・」
「同じ感想だよ。だけどここは彼らに甘えさせてもらおう。
目的がわからないけれどありがたく素直にね」
彼らが四方から保護してくれているので夜通し歩いても安全だった。
マンドリルたちの守りは次の日の昼過ぎ、彼らの生息地から大きく
離れてしまう寸前まで続いた。やがてマンドリルの群れがいなくなり
二人だけとなったが、ムーンペタまでかなり近い場所まで戻れていた。
そこでようやくアレンたちは様々な出来事を冷静に振り返ることができた。
「・・・アーサー、お前は昨日このラーの鏡はおれ一人の力で手に入れたと
言っていたが・・・ここまで無事にこいつを持ち帰れたのはお前のおかげだ」
「・・・・・・?ぼくは何もしていない。マンドリルたちにお礼を言いなよ」
「いーや、やっぱりお前だ。ムーンブルク城に着くまでのときのことだ。
おれとマンドリルの戦いを止めただろ。結果そのマンドリルは
おれに殺されることなく無事に嫁の出産に立ち会うことができた。
きっといまのはその恩返しなんだろう。やつら一族総出でな」
「だからぼくの手柄でもあるって?たまたまだよ」
かつてラダトームの勇者ブライアンは、滅びの町ドムドーラでロトの鎧を
手に入れたとき、町に住み着いていた魔物たちからも祝福されたという。
真に認められし勇者は魔物すら自分の味方としてしまうのだ。アレンたちも
すでに伝説の勇者たちの道に僅かながらではあるが足を踏み入れていた。
その日以降、ムーンブルク大陸の一部の地域は非常に安全な旅ができる
ようになった。マンドリルたちに逆らえない他の魔物たちが人を
襲うのをやめて森や山の奥へ退いたか、もしくはマンドリルたちの
いないところへと去ったからだ。
「まあどっちでもいいか。そんな話をするよりは先を急ぐぞ!」
アレンたちはムーンブルク城を出てからずっと長い休みをとらずにいたが
いまは身体がよく動いていた。ムーンペタに行くまでは勢いを緩めない、
そのアレンの熱意にアーサーも引っ張られた。疲れは溜まっていても
彼らには確かなる希望の根拠、ラーの鏡がある。この日も夜遅くまで
歩き続けた。ついに翌日の夕方、無事に町に帰還した。
「・・・思ったよりずっと早い到着だった。いつも通りまずは宿に・・・」
「行くわけねえだろ。町の犬を片っ端から調べるぞ!」
ムーンペタの人気の宿屋は部屋を確保しておかないと泊まれなくなるかも
しれなかったが、アレンの優先順位はぶれなかった。飼い犬、野良犬
見境なくラーの鏡で真の姿を確かめた。
「こいつは・・・鏡のなかも犬か!つまりほんとうに犬!」
「こっちも犬だ!まあ・・・当然といえば当然だが・・・」
「おっ・・・アーサー、お前はどうやらその姿が正体のようだな」
「・・・・・・鏡をぼくに向ける理由は何かあったのかな?まあいいけど」
やはりそう簡単には見つからない。そんなとき、彼らは一匹の小さな野良犬を
見つけた。それはアレンにとって因縁の相手だった。
「あの子犬はねえだろ。おれを思いっきり噛みやがったやつだ!あいつは除外だ」
「まあぼくもあれはないと思う。でも・・・」
別の犬を探すため早々にこの場を去ろうとしたが、犬のほうから寄ってきた。
「・・・・・・・・・!!」
「それにしてもこの間から全然鳴かないな。この犬は・・・・・・」
アレンたちが全く意識していなかったそのとき、アレンの持っていたラーの鏡が
突然かたかたと震え始め、眩い光ですでに陽の沈んでいた周囲一帯を照らした。
「この間のおれの腕の光とは違う!いきなりラーの鏡が光を!」
「もしかして・・・!その犬こそが・・・!?」
ラーの鏡に何が映っているのか確かめようとしたが、あまりの輝きで
それはできなかった。しかもそれが最高潮に達すると、鏡は光を
放つのをやめ、役目は終わったと言わんばかりに粉々に砕けた。
「うおっ!!危ねえ!急に飛び散りやがった!破片は刺さらなかったか!?」
「ああ・・・ぼくは大丈夫だ。でも突然どうして・・・・・・」
「・・・・・・こ、これは・・・・・・」
二人はこの一連の奇跡の結末、その集大成を目にした。鏡の前にいたはずの子犬が
どこにもいなくなり、代わりに一人の少女が横たわっていた。彼女こそ
アレンがずっと探し求めてきたまさにその人物だった。